ランキングとは人の欲望の掲示板

気づけば世の中はランキングだらけである。「人気ラーメン店ランキング」「おすすめの転職サイトランキング」「今、最もモテる髪型ランキング」…。どこを見ても、何かしらが順位付けされている。

しかし、よくよく考えてみると、ランキングとは単なる情報の羅列ではない。あれは、人間の欲望の掲示板である。


1位の呪縛、圏外の悲哀

なぜ、人はランキングに惹かれるのか? それは単純明快だ。「1位は最高、その他はそれ以下」という、極めてわかりやすいヒエラルキーを作り出してくれるからである。

たとえば、「全国ラーメンランキング1位」の店は、無条件でウマそうに見える。実際に行列に並ぶ前から、すでにスープの香りが脳内で広がり、「このラーメンを食べたら俺はもう他のラーメンには戻れないかもしれない…!」などと勝手に感動してしまう。

だが、ここで一つ疑問が生じる。では、ランキング圏外のラーメンはマズいのか? そんなわけがない。むしろ、店主が丹精込めて作った絶品ラーメンが、どこかの「匿名ランキングサイト」にすら載らず、日々ひっそりと湯気を立てていることのほうが多いのだ。

ランキングの光が強く当たる場所があるということは、その裏でひっそりと影に沈む者もいる。これが「ランキング社会」の残酷な側面である。


欲望が生む「ベスト◯◯」たち

ランキングは「みんなが欲しがるもの」を浮き彫りにする。

例えば、「理想の恋人ランキング」を見れば、世の人々がどんなパートナーを求めているかが一目瞭然である。「優しい」「面白い」「経済力がある」「高身長」…。こうして並べてみると、まるで恋人とは「業務用オールインワン家電」のようである。

同じように、「住みたい街ランキング」では「オシャレ」「利便性がいい」「家賃が安い」などの要素が上位に並ぶ。もはやこの手のランキングを見ていると、「人間とは何を欲して生きる生物なのか」という壮大な問いにたどり着きそうである。


ランキングを信じるか、欲望に従うか

だが、ここで一つ大事なことを言っておきたい。**ランキングが示すのは、あくまで「多数派の欲望」**である。あなた個人の欲望とは、必ずしも一致しないのだ。

例えば、「最高の休日の過ごし方ランキング」を見たとしよう。1位は「キャンプ」、2位は「ドライブ」、3位は「おしゃれカフェ巡り」…。

しかし、あなたはキャンプもドライブも興味がなく、休日は家でゴロゴロしながらYouTubeを見たいタイプだったとする。そんなとき、ランキングを鵜呑みにして「無理やりキャンプに行く」のが正解だろうか? いや、むしろランキングの「圏外」にこそ、あなたにとっての真の幸福があるのかもしれない。


結論:ランキングは欲望のリトマス試験紙

ランキングは、人々の欲望を映し出す「掲示板」のようなものである。しかし、それが**「自分の欲望」**と一致しているとは限らない。

結局のところ、大切なのはランキングの順位ではなく、「自分の中で何が1位か」を知ることなのだ。

世間がどんなランキングを作ろうとも、「今日の俺的ランキング1位は『二度寝』!」という人生を楽しめる者こそ、真のランキング王者である。