拡散型大規模言語モデル(dLLM)に関する倫理・社会的影響、ハードウェア要件、研究開発動向、評価方法についての最新情報

本レポートでは、以下のトピックを分析する。

  1. 拡散型LLMの倫理的・社会的影響(誤情報、バイアス、高速生成がもたらす影響など)
  2. 拡散型LLMのハードウェア要件と計算コスト(自己回帰型との比較、推論最適化の工夫)
  3. 拡散型LLMの現在の主要な研究機関・企業動向(Google、OpenAI、スタートアップなどの取り組み)
  4. 拡散型LLMの評価方法とベンチマーク(従来のNLP評価基準と異なる点、どのように優劣を測るか)

はじめに

拡散型大規模言語モデル(diffusion Large Language Model, dLLM)は、テキスト生成に拡散モデルの手法を応用した次世代の言語モデルである。これは、GPTシリーズなどの自己回帰型(autoregressive)モデルとは異なり、一度に文全体を粗から細へと徐々に精緻化する生成プロセスを特徴とする (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。本レポートでは、dLLMに関する以下のトピックについて最新動向を詳細に分析する。

  • 1. 拡散型LLMの倫理的・社会的影響(誤情報、バイアス、高速生成がもたらす影響など)
  • 2. 拡散型LLMのハードウェア要件と計算コスト(自己回帰型との比較、推論最適化の工夫)
  • 3. 拡散型LLMの現在の主要な研究機関・企業動向(Google、OpenAI、スタートアップなどの取り組み)
  • 4. 拡散型LLMの評価方法とベンチマーク(従来のNLP評価基準と異なる点、どのように優劣を測るか)

各項目について、最新の研究論文や企業発表、業界レポートを踏まえて解説する。

1. 拡散型LLMの倫理的・社会的影響

大規模言語モデル全般には、その強力さゆえに様々な倫理的・社会的リスクが指摘されている。拡散型LLMも例外ではなく、以下のような問題が議論されている。

● 誤情報(ミスインフォメーション)と幻覚: LLMは事実に反する情報であっても一見もっともらしい文章を生成してしまう「幻覚」と呼ばれる現象が知られている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。モデルが自信ありげに誤った回答を返すと、ユーザがそれを信じてしまい誤情報が拡散する恐れがある。これは社会に混乱をもたらしうる重大な懸念であり、特に医療 (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)や法律といった分野で誤った助言を生成した場合の影響が懸念されている。拡散型LLMであっても、学習データ由来の知識に基づいて生成を行うため、適切に対策しない限り自己回帰型と同様に幻覚による誤情報生成のリスクが存在する。事実、モデルの**「真実性(truthfulness)」**はLLMの重要な倫理課題の一つであり、幻覚により信頼性が損なわれることが指摘されている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas) (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。研究コミュニティでは、データ品質の向上やモデルに事実検証機構を組み込むことなど、幻覚を低減する手法が模索されている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。

● 偏見・バイアスの増幅: LLMは大量のテキストデータから学習するため、データ中に含まれる社会的バイアス(性別・人種・文化的偏見など)を引き継ぎ、それを出力に表現してしまうことがある (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。拡散型LLMであっても学習過程自体は類似のデータを用いるため、この問題は共有している。例えば、差別的なステレオタイプや有害な固定観念を含む出力が生成されれば、マイノリティや社会的弱者に不利益や心理的負担を与える可能性がある (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。研究では、LLMが意図せず偏見を再生・増幅しないように、トレーニングデータのバイアス除去(前処理)やモデル訓練中の公正性正則化、出力後のフィルタリング(後処理)といった対策が検討されている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas) (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。特に拡散型モデルは一度に文章全体を生成するため、出力全体の公正性を評価・制御する枠組みの整備が求められる。

● 高速な大量生成による影響: 拡散型LLMの技術的特徴として、並列的な生成プロセスにより非常に高速に大量のテキストを生産できる点が挙げられる (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。これは正しく使えばユーザ応答の待ち時間短縮や効率化に有益だが、悪用されればスパムや偽情報の大規模拡散を容易にする恐れがある。研究者は「LLMが人間らしい文章を任意の量だけ生成し、情報空間を氾濫させる能力」は世論操作やプロパガンダに悪用されかねない重大なリスクだと警告している (Disinformation Capabilities of Large Language Models)。例えばソーシャルメディア上で自動生成された偽ニュース記事やフェイクのレビュー・コメントが従来以上の速度と規模でばら撒かれれば、真偽の見極めがさらに困難になり社会的混乱を招く可能性がある (Disinformation Capabilities of Large Language Models) (Disinformation Capabilities of Large Language Models)。実際、最新の研究でもGPT-3クラスのモデルが誤情報記事を巧みに生成できることが示されており (Disinformation Capabilities of Large Language Models)、拡散型LLMの高速生成能力はこの問題を一層深刻化させると考えられる。そのため、生成コンテンツの検出技術(ウォーターマーク埋め込みや検知モデル)や、悪意ある使用への規制整備が社会的課題となっている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。

● その他の倫理的論点: 上記以外にも、大規模言語モデルに共通する論点として著作権やプライバシーの問題がある。訓練データ中の文章を丸ごと再現してしまうと、書いた人の著作権を侵害したり個人情報を漏洩したりするリスクがある (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。また、悪意のあるユーザがモデルを使ってヘイトスピーチや差別発言、違法行為の指南など不適切なコンテンツを生成させる可能性も懸念されている (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。拡散型LLM固有の問題ではないが、新たな生成方式に対して既存の安全対策(フィルタやプロンプトガイド)が十分機能するかについては慎重な検証が必要である。例えば、拡散型モデルでは出力を逐語的に制御するのが難しい場合があり、自己回帰型で用いているような逐次的なトークンフィルタリング手法がそのまま適用できない可能性がある。この点については、拡散モデルのガイダンス(誘導)手法を応用して有害出力を抑制するアプローチや、拡散過程自体に安全チェックを組み込むといった新たな策が研究課題となる。

以上のように、拡散型LLMは技術的革新によって性能や効率が向上する一方、従来型のLLMと同様またはそれ以上に慎重な倫理配慮が求められる。研究コミュニティや企業は、モデルの評価段階でバイアスや幻覚の傾向を入念に分析し、安全な使用ガイドラインやフィルタリング機構とセットでモデルを提供する必要がある (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas) (Deconstructing The Ethics of Large Language Models from Long-standing Issues to New-emerging Dilemmas)。倫理的・社会的影響を正しく評価・軽減しながら、dLLMの利点を社会に活かしていくことが今後ますます重要になるだろう。

2. 拡散型LLMのハードウェア要件と計算コスト

モデルの大規模化と計算資源: 大規模言語モデルは一般に、学習にも推論(推定)にも膨大な計算資源を必要とする。拡散型LLMも同様に、モデル規模(パラメータ数)や学習データサイズが極めて大きく、最先端のGPU/TPUクラスタを駆使して訓練される。例えば最新の拡散型LLMの一つであるLLaDA (Large Language Diffusion Model with Masking)は、約80億パラメータを持つモデルを2.3兆トークンのデータで学習しており、その訓練には H800 GPU(NVIDIA H100相当)で13万時間もの計算を費やしたと報告されている (Large Language Diffusion Models) (Large Language Diffusion Models)。これは同規模・同データ量の自己回帰型モデル(ARM)とほぼ同程度の計算予算であり、拡散型だから特別に学習コストが増大するわけではないことが示唆されている (Large Language Diffusion Models)。実際、LLaDAの研究チームは「同スケール・同データの自己回帰モデルと類似の計算コストで訓練できた」と述べている (Large Language Diffusion Models)。したがって、十分な計算資源が投入できれば拡散型LLMも大規模データでスケール可能である。ただし、メモリ要件については注意が必要だ。拡散型LLMでは学習・生成時に文章全体(例えば数千トークン)のベクトルを同時処理するため、コンテキスト長が長い場合はそれ相応のGPUメモリが必要となる。LLaDAでは最大4096トークン長のシーケンスを扱った (Large Language Diffusion Models)が、これは自己回帰型モデルが同程度の文脈長を扱う場合と同等以上のメモリ消費であり、高帯域幅メモリを持つ先端GPU(A100/H100世代など)が事実上必須となる。

推論(生成)プロセスの違いとコスト: 拡散型と自己回帰型の最大の違いはテキスト生成のプロセスにある。自己回帰型LLM(例: GPT-4やLLaMA)は左から右へトークンを一つずつ順次生成するが (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)、拡散型LLMはまずランダムな粗い仮の文章を用意し、これを徐々に洗練させていくという過程をとる (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。具体的には、初期状態では全トークンがマスクされるかランダムノイズに置き換えられ(画像生成のDiffusionモデルで言えば真っ白な画像に相当)、そこから一定ステップ数の反復処理で徐々にマスクを実単語に置き換えて文章を完成させる (Large Language Diffusion Models)。この反復ステップ数はハイパーパラメータであり、ステップを増やせば出力品質は上がるが計算時間は長くなる (Large Language Diffusion Models)。言い換えれば、1トークンごとに逐次処理を行うARMに対し、dLLMは全トークンを並列に少しずつ埋めていくというアプローチである。この違いにより、推論時の性能・コスト構造も異なる。従来は「逐次生成を行う自己回帰型の方が一度の推論での総計算量が小さく高速」だと考えられてきた (Diffusion language models – Sander Dieleman)。実際2023年初頭の専門家の見解では「現時点で言語モデルに拡散法を用いるのは効率面でautoregressionに太刀打ちできず時期尚早」とも言われていた (Diffusion language models – Sander Dieleman)。しかしその後の研究開発により、この常識は覆りつつある。

● 並列化による高速化: 拡散型LLMは各反復ステップで文章全体を更新できるため、GPU上での並列計算をフルに活用しやすいという利点がある (LLaDA – Large Language Diffusion Model (weights + demo) : r/LocalLLaMA)。自己回帰型では1トークン生成するごとにモデルを再実行する必要があり、長文生成時にはモデルの順次実行を何百回と繰り返す形になる。一方、拡散型ではステップ数と文章長は独立しており、例えば256トークンの文章を生成するのに256ステップ反復するとしても、各ステップでは256トークン全体を一括で計算できる(=単語ごとにではなく文全体をまとまった行列演算で処理する) (Large Language Diffusion Models)。この違いから、ハードウェア的にはdLLMの方がGPUの並列計算能力を効率良く使える可能性が指摘されている (LLaDA – Large Language Diffusion Model (weights + demo) : r/LocalLLaMA)。実際、拡散型LLMを商用展開するスタートアップのInception Labsは、自社モデルの高速性について「GPUをはるかに効率的に活用できるアルゴリズム上の改良によるもの」だと述べている (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。彼らのMercuryと呼ばれるモデルでは、1秒あたり1000トークン以上という生成速度を達成したとされ (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model) (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)、従来の最速クラスのLLM(約200トークン/秒)を大きく上回っている (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。この高速化は特別なハード(ASICなど)ではなく既存GPU上のアルゴリズム最適化によって実現されており (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)、同じH100 GPUでも自己回帰型モデル(GPT-4クラスが数十トークン/秒 (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury))に比べ5~20倍のスループット向上を示したと報じられている (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。
こうした成果は、dLLMが高スループット・低遅延な応答を要求される応用(チャットボットによる即時回答、リアルタイム翻訳、大量文書の一括生成など)に適していることを示す。一方で、反復ステップを重ねる都合上、単一の出力に要する計算回数自体は増える可能性がある。例えば、LLaDAでは生成長さの半分~同程度のステップ数を用いることが多く (Large Language Diffusion Models) (Large Language Diffusion Models)、200トークン程度の文章に100ステップの反復を行うといった具合である。各ステップはTransformerによる一回の推論計算に相当するため、最悪の場合、自己回帰型(同じ長さなら200回の順次生成)と同オーダーの回数モデルを適用する必要がある。ただし前述の通り各計算を大規模並列で実行できるため、ハード性能をフル活用して実時間的な遅延を低減できる。また、最近の研究では半自動回帰的戦略(一部トークンは逐次、それ以外は拡散で埋める)などにより必要ステップ数を削減する工夫もなされている (Large Language Diffusion Models)。Inception LabsのMercuryも詳細なアルゴリズムは非公開ながら、何らかの効率的な粗密化手法でステップ数を圧縮していると推測される。以上より、推論時の計算コストに関しては実装次第で自己回帰型を上回る効率も実現可能であり、dLLMは高性能GPU環境で真価を発揮するアーキテクチャと言える。

● インフラと最適化: dLLMを運用する上でのハードウェア要件としては、基本的に高メモリ・高並列計算能力を持つGPUサーバが必要となる。前述のようにH100やA100といったデータセンター向けGPUが想定され、訓練には数百~数千GPUのクラスターを用いる例もある。推論環境でも、大規模モデルの場合単一GPUでは収まらずモデルを分割して複数GPUに載せることもある。計算コスト削減のためには、量子化(int8/int4への軽量化)や蒸留によるモデル小型化といったモデル最適化手法も自己回帰型と同様に適用可能である。また、dLLM特有の最適化としてランタイム並列性の向上が挙げられる。例えば複数の生成要求に対してステップ処理をインターリーブさせ、GPUを休ませず常に計算させる工夫などが考えられる(自己回帰型モデルでもバッチ生成で類似の最適化は可能だが、dLLMはバッチ内長さが揃いやすく無駄が少ない)。さらに特殊チップの活用については、Mercuryの事例では「特殊ハードに頼らず汎用GPUで十分高速」とされたが (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)、今後モデルが巨大化すればニューラル専用アクセラレータ(TPUv5やHabana、Cerebrasなど)の導入も検討されるだろう。もっとも、その場合もアルゴリズム上の並列化メリットが失われるわけではないため、dLLMはハードの世代進歩に応じて恩恵を受けつつ推論あたりのコスト低減をさらに進められると期待されている (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。実際、Mercuryの開発者は「GPU技術の進歩に伴い、我々のアプローチの性能向上はさらに加速し得る」とコメントしている (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。

以上をまとめると、拡散型LLMのハードウェア要件・計算コストは、訓練面では自己回帰型と同等の大規模計算資源を要し、推論面では巧みな並列化により従来型を凌駕しうる効率を発揮するという特徴がある。ただし現時点では一部の先端事例(研究プロトタイプや特定用途モデル)で顕著な成果が出始めた段階であり、汎用の大規模モデル全般で常にARモデルを上回るかは引き続き検証が必要だ。反復ステップの最適化やモデルアーキテクチャの改良によって、今後さらなるコスト削減と性能向上が期待できる。

3. 拡散型LLMの現在の主要な研究機関・企業動向

拡散型LLMは新しいパラダイムであり、各国の研究機関や企業が先端的な取り組みを進めている。ここでは主要プレイヤーの動向を概観する。

● OpenAI(および関連するMicrosoft): OpenAIはGPT-4やChatGPTに代表されるように、自己回帰型LLMのリーダー的存在である。現状、OpenAIはテキスト生成に関して拡散モデルを採用した公式プロダクトは発表していない。同社は画像生成ではDALL-E 2で拡散モデルを活用したが、テキストは引き続きTransformerによる自己回帰アプローチをとっている。しかしOpenAIも拡散型LLMの動向は注視しているとみられる。OpenAIのパートナーであるMicrosoftは、自社の研究部門において拡散モデルによる言語生成の研究を進めている。2022年末に発表されたGENIEと呼ばれる手法は、エンコーダ+拡散デコーダから成る大規模言語モデルを事前学習し、要約やテキスト生成タスクで高い性能と多様性を示した ([2212.11685] Text Generation with Diffusion Language Models: A Pre-training Approach with Continuous Paragraph Denoise)。Microsoftの研究者らによるこのモデルは、従来の最先端自己回帰モデルに匹敵する性能を達成しつつ「より多様なテキスト」を生成できると報告している ([2212.11685] Text Generation with Diffusion Language Models: A Pre-training Approach with Continuous Paragraph Denoise)。Microsoftは他にも、拡散モデルと自己回帰モデルを組み合わせた拡散ガイド付き言語モデル(Diffusion Guided LM)の研究 ([2408.04220] Diffusion Guided Language Modeling – arXiv)や、拡散モデルの困難であったパープレキシティ(予測精度)の改善に取り組む研究 (Likelihood-Based Diffusion Language Models – OpenReview)など、基礎的な課題にも着手している。これらは直接プロダクトになってはいないものの、OpenAI+Microsoft陣営が将来的なLLMアーキテクチャの候補として拡散モデルを探索していることを示している。

● Google / DeepMind: GoogleもまたPaLM 2やBardといった自己回帰型LLMを主力としているが、研究段階では離散拡散モデルの言語分野への応用に関心を寄せている。DeepMindの研究者からは、「なぜ言語だけが未だに自己回帰が主流なのか」「拡散の iterative refinement が言語モデリングでも有効になるには何が必要か」といった問題提起がなされている (Diffusion language models – Sander Dieleman)。2023年1月にはDeepMindの研究者Sander Dielemanが拡散型言語モデルの展望を論じたブログ記事を公開し、そこで「現状では効率の面でARが非常に強力だが、拡散による洗練型生成も将来的に有望で、更なる探索が大きなリターンをもたらしうる」と述べている (Diffusion language models – Sander Dieleman) (Diffusion language models – Sander Dieleman)。また、Googleリサーチ内でもテキストの拡散モデルに関する基礎研究(例えば離散拡散過程の安定的な学習法の提案 (Discrete Diffusion Language Modeling by Estimating the Ratios of…)など)が進められている。他方で、2023年時点でGoogleが公式に発表したテキスト向け拡散LLMは無い。Googleは対話モデルLaMDA汎用モデルPaLMといった既存路線の高度化に注力しており、短期的にはそれらの強化版(Geminiなど)のリリースを予定している。しかし長期的には、DeepMindの知見も取り入れつつ拡散型を含む新アーキテクチャの可能性を模索していると考えられる。例えばDeepMindは画像領域でMaskGIT**(マスク生成による並列デコーダ)という拡散的発想のモデルを成功させており、これをテキストに応用する試みも将来あり得るだろう。

● Anthropic: Anthropicは安全志向のLLM「Claude」シリーズで知られるスタートアップで、OpenAI同様にTransformerベースの自己回帰モデルを採用している。現状、Anthropicから拡散型LLMに関する言及は公にされていない**。彼らは「憲法AI」などのアプローチでモデルの倫理・安全面の研究を深めており、アーキテクチャ自体は従来路線を踏襲している。しかし、Anthropicの創業者らはTransformerの限界にも言及しており、長期的には新しいモデル原理を検討する可能性もある。公開情報は少ないが、他社の動向に合わせ今後内部研究が進む可能性がある。

● 学術研究グループ: 非営利の研究機関や大学も拡散型LLMの開発を牽引している。先述のLLaDAは、中国の研究者チーム(Nieら)によって提案されたモデルで、一般に公開された中では最大規模級の拡散LLMである (Large Language Diffusion Models)。LLaDAはTransformerアーキテクチャを基盤としつつ、離散マスク拡散という手法で事前学習とInstruction Fine-tuningを行い、従来の自己回帰LLMと遜色ない能力を実証した (Large Language Diffusion Models)。例えば、LLaDA 8Bは基盤となる自己回帰モデル(LLaMA2 7B)をゼロ/少ショット学習で上回り、最新のLLaMA3 8Bとも互角の性能を示した (Large Language Diffusion Models)。この研究はICML 2024に投稿されており、学術界でも拡散LLMが有望視されていることを物語る。また、米国の研究者グループ(Kuleshovら)はMasked Diffusion Language Model (MDLM)という手法で拡散モデルのパープレキシティ性能を大幅に改善し、OpenWebTextなどの言語モデリングで自己回帰モデルに迫る結果を報告した (Paper page – Simple and Effective Masked Diffusion Language Models) (Paper page – Simple and Effective Masked Diffusion Language Models)。この成果はHugging Faceでコードとモデルが公開され、オープンソースコミュニティにも拡散LLMの知見が共有されている。さらに、拡散モデルの離散データへの適用に関する理論研究(例えばスコアエントロピー**による最適化 (Promises, Outlooks and Challenges of Diffusion Language Modeling))や、拡散モデルと強力な生成器を組み合わせたハイブリッドモデルの提案など、大学・研究所発の多様なアプローチが登場している。

● スタートアップ企業: 新興企業も拡散型LLMに注目し始めている。中でも際立つのがInception Labsで、スタンフォード大学のStefano Ermon教授が設立したスタートアップである。同社は2025年2月にMercury Coderを発表し、「商用規模で初の拡散型LLM」として注目を集めた (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model) (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。Mercury Coderはコード生成に特化したモデルで、OpenAIのGPT-4コードモデル(GPT-4o Mini)やAnthropicのClaude 3.5の小型版(Haiku)と比較して同等以上の性能を達成しつつ、桁違いの速度で動作することが示された (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。具体的には、Mercuryの“小”モデルがGPT-4相当の小モデルに匹敵する精度を持ち、速度は10倍以上高速だったとされる (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。この成果に対し、TeslaやOpenAIで活躍したAndrej Karpathy氏も「画像・動画では受容された拡散が、なぜテキストでは遅れていたのか不思議だった。このモデルは言語生成における拡散法の新たな強みと弱みを示すかもしれない」と言及しており (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)、業界の関心が高まっていることが窺える。Inception LabsはMercuryを既存LLMのドロップイン代替として企業向けAPI提供やオンプレミス展開を進めており (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)、既に複数の大企業と協業して高遅延・高コストの課題解決に乗り出しているという (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。このようにスタートアップならではの機動力で実用志向のdLLM**を開発する動きが出てきており、今後他の新興企業からも類似のモデルやサービスが登場する可能性がある。例えば、Stable AI(Stable Diffusionの企業版を手掛けたStability AI)がテキスト領域でも拡散モデルを検討することや、EleutherAI系のコミュニティがオープンな拡散LLMを開発することなども期待される。

以上より、拡散型LLMの開発は大手テック企業の研究部門から大学・非営利の先端研究者、そして敏捷なスタートアップに至るまで多方面で進行している。まだ商用製品として主流ではないものの、2024~2025年にかけて重要なマイルストーン(例えばLLaDAやMercuryの成功)が達成されたことで、「拡散は言語でも通用する」という認識が広がりつつある (Large Language Diffusion Models)。今後はより大規模な拡散LLMや、他社競合からの発表、産学連携によるオープンリリースなどが相次ぐ可能性が高い。特にGoogleやOpenAIといった主要企業がこの潮流に本格参入すれば、一気に技術革新が加速するだろう。現時点では自己回帰型が主流ではあるものの、拡散型LLMはポストTransformer時代の有力なアプローチとして研究開発コミュニティの注目を集めている。

4. 拡散型LLMの評価方法とベンチマーク

拡散型LLMは生成アプローチが従来モデルと異なるため、その評価にもいくつか特有の観点がある。ここでは評価指標ベンチマークについて、従来のNLP評価基準との差異やdLLMならではのポイントを整理する。

● 従来型LLMの評価指標: まず背景として、従来の自己回帰型LLMに用いられてきた評価法を概観する。標準的には、モデルの言語モデリング性能を測る指標としてパープレキシティ (perplexity)が広く使われてきた。パープレキシティはテストデータに対するモデルの確率割り当ての良さを表す指標で、値が低いほど予測性能が高いことを意味する。GPT系モデルのように確率分布を逐次計算できるARMでは、テストコーパスに対しこの値を算出することが容易であり、モデル比較の定量指標として用いられてきた。一方、生成品質(人間らしさや内容の正確さ)を評価するには、タスクごとのベンチマークが使われる。例えば知識や読解力はMMLU(大学水準の多領域知識テスト) (Large Language Diffusion Models)、推論力はBig-Benchや数学問題集(GSM8Kなど) (Large Language Diffusion Models)、コード生成はHumanEvalLeetCodeベンチマーク、要約・翻訳はROUGEやBLEUスコア、といった具合である。またChatGPTのような対話モデルでは、人間評価による役立ち度真実性守備性の評価や、OpenAIが公開したGPT-4評価(様々な能力を統合評価する枠組み)なども用いられる。これらの評価基準は拡散型LLMにも基本的には適用可能であり、実際LLaDAやGENIEといった研究では、これら従来と同じベンチマーク上で自己回帰モデルと性能比較が行われた (Large Language Diffusion Models) ([2212.11685] Text Generation with Diffusion Language Models: A Pre-training Approach with Continuous Paragraph Denoise)。

● 拡散型LLM特有の評価上の論点: 拡散型モデルでは、従来とは異なる生成プロセスゆえに直接適用しづらい指標や、新たに注目すべき観点が存在する。一つはパープレキシティの測定である。拡散型モデルは逐次的に次トークン確率を計算しないため、厳密な意味でのパープレキシティを算出するのが難しい。そこで研究者たちは、対数尤度の下界(lower bound)を推定することでパープレキシティ相当の指標を比較に用いている (Promises, Outlooks and Challenges of Diffusion Language Modeling)。例えばLouら(2023)の提案したSEDDという手法では、離散拡散のスコア推定損失からデータ尤度の下界を計算し、これをもとにGPT-2相当モデルとのパープレキシティ比較を行っている (Promises, Outlooks and Challenges of Diffusion Language Modeling)。その結果、適切なサンプリングステップを取れば小規模拡散モデルでもGPT-2並みの確率評価が達成できることが示された (Promises, Outlooks and Challenges of Diffusion Language Modeling)。また前述のMDLMの研究では、LM1BやOpenWebTextといった言語モデリングデータで拡散モデルが自己回帰モデルに匹敵するか凌駕するパープレキシティを達成できることが報告されている (Simple and Effective Masked Diffusion Language Models)。このように、**「言語分布をどれだけ正確に捉えているか」**という観点では、新たな理論指標や近似計測を用いつつ、dLLMも評価が行われ始めている。

もう一つの論点は生成多様性モード崩壊の評価である。自己回帰モデルは一度に1トークンを確率的に選ぶため、同じプロンプトから多様な出力を得るには温度パラメータ調整や再生成が必要になる。拡散モデルはノイズから多様なサンプルを得ることに長けており、例えばGENIEは自己回帰モデルより生成テキストが多様化することを強調している ([2212.11685] Text Generation with Diffusion Language Models: A Pre-training Approach with Continuous Paragraph Denoise)。この多様性を定量評価する指標として、生成群同士の分布類似度を測るMAUVEスコアや、自己BLEU(生成結果同士の類似度)・distinct-n(n-gramのユニーク率)といったメトリクスが使用される場合がある (Promises, Outlooks and Challenges of Diffusion Language Modeling)。特にオープンエンドな生成タスクでは、単一の正解が存在しないため、品質と多様性のトレードオフをどう評価するかが重要となる。拡散型LLMはステップ数やノイズシードを変えることで出力バリエーションを制御できるため、その分布全体の評価として人間評価者による好み調査や、多様性指標と人間評価の組み合わせが検討されている。

● ベンチマークへの適応: dLLMの評価では、従来ベンチマークの中にも特にdLLMの強み・弱みを表す項目が注目されている。例えばLLaDAの研究では、自己回帰モデルが苦手とする逆順推論タスクで優れた性能を示したことが報告された (Large Language Diffusion Models) (Large Language Diffusion Models)。従来、文章を後ろから前に推論したり並べ替えたりする「リバーサル(並び替え)問題」は、左から順に生成するモデルには難しい傾向があった(reversal curseと呼ばれる現象 (Large Language Diffusion Models))。拡散型モデルは文全体の依存関係を一度に処理できるため、この種のタスクで自然に有利となる。実際LLaDA 8Bは、GPT-4相当モデルですら難しい逆順の詩の補完タスクで優れた結果を出し、リバーサルの呪いを打ち破ったとされる (Large Language Diffusion Models) (Large Language Diffusion Models)。このように、新たな評価タスクとして非自明な順序操作や双方向文脈理解が提案・注目されている。また、長文一貫性の評価も課題となる。dLLMは全体を見渡して同時生成するため、長い文章内で前後矛盾が少なくなる可能性がある。一方で、ステップごとに文章全体を書き換える過程で文体や内容が揺らぐリスクも考えられる。そこで、長編の物語生成や複雑な対話の一貫性を比較するテストが有用かもしれない。現在は明確な定番ベンチマークは無いが、将来的には長文整合性評価双方向制約下での生成テストなど、dLLMの特質を測る新ベンチマークが提案される可能性がある。

● 総合的な評価枠組み: 最終的に、どのモデルが「優れているか」は単一の指標では決まらない。拡散型LLMの評価でも、多角的な基準で総合力を測ることが重要である。例えば、回答の正確さ・知識量、推論力といったタスク性能に加え、応答の多様性や創造性、ユーザの満足度(役立ち度)のような生成品質評価、さらに応答速度や計算資源コストといった実用上の効率指標まで含めて比較検討する必要がある。Mercuryの発表でも、品質と速度のバランスを示すために、コード問題正解率などの性能ベンチマークスループット(1秒あたりトークン数)の双方を報告している (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。結果としてMercury Coderは小型モデルながら大手のモデルに匹敵するコード生成スコアを叩き出し、なおかつ桁違いに高速であったため「高品質かつ低レイテンシー」という観点で優れていると評価された (Inception Labs Launches Mercury, the First Commercial Diffusion-Based Language Model)。他方、例えば物語生成の文芸性など定量化しにくい側面ではまだ検討の余地もある。今後、拡散型LLMが発展していく中で、評価方法も進化・拡充していくことになるだろう。従来のNLP評価手法を踏襲しつつ、拡散モデルの持つ並列生成の特徴を踏まえた新しい評価基準が整備されれば、自己回帰型と拡散型の真の優劣を公平に測ることが可能になる。研究者たちは「どの手法であれ、本質的にはモデルが十分表現力豊かであれば最終的な能力に大差はないかもしれない」とも指摘しており (Diffusion language models – Sander Dieleman)、最終的にはタスクでの有用性と安全性こそが評価の決め手となるだろう。

以上、拡散型大規模言語モデル(dLLM)に関する倫理・社会的影響、ハードウェア要件、研究開発動向、評価方法について最新情報を詳細に分析した。dLLMはまだ新興の技術であるが、その可能性と課題が徐々に明らかになりつつあり、2025年以降の言語AIの進化において重要な位置を占めることは間違いない。今後、更なる研究の深化とベンチマークの整備により、dLLMの有効性が検証され、適切なガードレールとともに社会実装が進むことが期待される。