拡散型LLMと自己回帰型LLMの根本的な違い

以下の観点を分析します。

  1. モデルのアーキテクチャの違い(自己回帰 vs. 拡散)
  2. 生成プロセスの違い(逐次生成 vs. 並列生成)
  3. 速度・計算効率の比較(推論の負荷、トークン生成速度)
  4. 出力品質の違い(一貫性、長文生成の安定性)
  5. 学習方法の違い(データの処理・トレーニング戦略)
  6. 適用可能なタスクの違い(どのタスクに強みを持つか)
  7. 弱点や課題の比較(それぞれのモデルの問題点)
  8. 今後の発展性・市場への影響(自己回帰型 vs. 拡散型の将来性)

はじめに

大規模言語モデル(LLM)は近年急速に発展し、自己回帰型モデル(Autoregressive LLM, AR-LLM)がテキスト生成の主流となってきました。ChatGPTやGPT-4、Claude、LLaMAなどはこの自己回帰方式を採用し、与えられた入力に対し左から右へ順次トークンを生成します。一方で、新たなアプローチとして拡散型モデル(Diffusion LLM, dLLM)が登場しつつあります。これは画像生成で成功している拡散モデルの手法をテキスト生成に応用したもので、粗から精へと徐々にテキストを洗練させていくアプローチです (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。2025年にはInception Labs社が商用規模の拡散LLM「Mercury Coder」を発表し、研究コミュニティや産業界に大きな衝撃を与えました (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。また、Renmin大学らの研究チームは**Large Language Diffusion Models (LLaDA)**という拡散型LLMを発表し、従来の自己回帰型と遜色ない能力を示しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。

本レポートでは、拡散型LLM (dLLM)自己回帰型LLM (AR-LLM) の違いを8つの観点から徹底比較します。それぞれのモデルのアーキテクチャ、生成プロセス、速度・効率、出力品質、学習方法、得意なタスク、弱点や課題、そして将来の発展性・市場への影響について、最新の研究論文や事例を参照しながら詳述します。特にMercuryやLLaDAといった拡散型モデルと、GPTシリーズやLLaMA、Claudeといった自己回帰型モデルの比較を中心に、具体例やデータを交えて解説します。それでは各項目について順に見ていきます。


1. モデルのアーキテクチャの違い(自己回帰 vs. 拡散)

自己回帰型LLMは通常、Transformerのデコーダ(もしくは統合版)アーキテクチャを採用し、因果的自己注意機構によって左側のコンテキストのみに基づいて次の単語を予測します。入力文脈に対してモデルは一方向(左→右)に順番にトークンを生成し、各ステップでそれまでに生成されたトークンのみを条件として次を推定します (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。例えばGPT系モデルでは、”<|endoftext|>”などの開始トークンから始め、文章が終わるまで一語ずつ生成を繰り返します。このアーキテクチャはシンプルかつ強力であり、言語の確率分布を逐次的に近似することで高い性能を発揮します。実際、大規模自己回帰モデルは膨大なテキストコーパスで訓練され、あらゆる言語タスクで優れた性能を示してきました。

一方、拡散型LLMのアーキテクチャはデノイジング(ノイズ除去)ネットワークとして機能する点で異なります。基本構造にはTransformerを用いる場合もありますが、その役割は「部分的に破壊(ノイズ化)されたテキスト」を入力として受け取り「元のテキストに近づけるよう復元する」ことです ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。具体的には、マスク付き言語モデルに近い形式のTransformerを使い、文中の一部トークンが不明(マスクやノイズに置換された状態)になっている入力から、それらを埋める(予測する)ように訓練します (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。LLaDAではこの手法を採用しており、前処理としてランダムにトークンをマスクし、Transformerがマスクされたトークンを予測するという拡散的生成の基本ステップを実装しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。モデルは時間ステップ$t$に対応するマスク率で入力を破壊し(例えば$t=1.0$で全トークンマスク、$t=0.5$で半分マスクなど)、逆方向に少しずつマスクを解除していくプロセスで学習・生成を行います (Large Language Diffusion Models)。このように、自己回帰モデルが「一度に一語を順方向に生成」するのに対し、拡散モデルは「全体を見渡しながら欠損部分を同時に補完」していくアーキテクチャ上の違いがあります。

重要な点は、拡散型モデルでは全出力シーケンスを一度に処理するため、各生成ステップで文のあちこちに目を配れます。モデルは双方向的な注意を利用でき、すでに生成済みの前後の単語双方の情報から欠損箇所を予測可能です。これは因果的注意で未来を見られない自己回帰モデルとの大きな違いです。この双方向文脈の利用により、拡散LLMはグローバルな一貫性を担保しやすく、文章全体の構造を踏まえた単語選択が可能となります。例えば回文や逆順読みの文章など、文全体の構造制約があるタスクでは、自己回帰モデルは先の単語がわからない状態で局所的に生成を進めるために不利ですが、拡散モデルは全体を考慮して部分を埋めるため有利になりえます。実際、LLaDAは**「逆順の詩」を完成させるタスクでGPT-4oを上回る性能を示し、自己回帰モデルが苦手とする**こうした構造タスクの克服例を報告しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。

もっとも、拡散型LLMも内部構造はTransformerなど既存技術を流用している場合が多く、全く新奇なネットワークというわけではありません。例えばLLaDAでは「バニラTransformer」と記述されているように、特殊なネットワークではなく標準的なTransformerブロックを用いています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。Mercuryに関して詳細なアーキテクチャは未公開ですが、拡散モデル研究の文脈上、おそらくTransformerベースのデノイザーネットワークを反復適用する構造と考えられます。拡散モデルではU-Net(画像分野で用いられる畳み込みネット)を使う例もありますが、テキストでは離散的な系列データゆえに、Transformer系で自己回帰ではないマスク予測型(BERTに類似)のネットワークが適していると考えられています (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。したがって、アーキテクチャそのものよりも動作原理(逐次予測か同時予測か)の違いが本質と言えます。以下ではその生成プロセスの違いを詳しく見ていきます。

2. 生成プロセスの違い(逐次生成 vs. 並列生成)

自己回帰型モデルの生成プロセスは極めて直感的で、逐次的(シーケンシャル)です。モデルはまず最初のトークンを生成し、それを入力に加えて次のトークンを生成…という手順を、終了トークンが出力されるまで繰り返します。常に直前までの全文脈を条件として次の単語$w_{t+1}$の確率分布$P(w_{t+1} | w_1, w_2, …, w_t)$を計算し、一つサンプリングまたは確定して出力します。この左から右への一方向生成では、一度出力したトークンを後から変更することは基本的にありません。生成中に「やはり前の単語を別の語にしたい」と思っても戻れず、常に現在の出力シーケンスの続きを描き足していくイメージです (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。この方式は文章を自然に綴るには合っていますが、前の決定ミスを後で修正できないため、初期の選択ミスが後半に影響し続ける可能性があります。また、一単語ずつ順番にしか計算できないため、高速な並列計算資源があってもその潜在能力を十分活かせないという欠点があります(詳細は後述の速度比較で触れます)。

拡散型モデルの生成プロセスは**並列的(パラレル)であり、逐次型とは根本的に異なるアプローチをとります。生成の全体像は、「ノイズ(乱れた状態)から段階的に望ましいテキストを浮かび上がらせる」**過程です (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。具体的には以下のようなステップを踏みます:

  • ステップ0(初期化): まずモデルは出力長さ分の初期テキスト表現を用意します。これは「ノイズからの出発」に相当し、完全に無意味な出力から始めます。実装的には、全トークンを特殊マスクに置き換えた系列や、ランダムなトークン列、またはランダムな埋め込みベクトル列を初期状態とします (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。Mercuryの場合、内部では一見するとデタラメな文字列が最初に生成される様子が視覚化されています(まさに画像生成におけるノイズ画像に相当) (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  • ステップ1~N(反復拡散過程): モデルは現在のテキスト(最初はノイズ)を入力として、全位置のトークンを一斉に予測・更新します (Large Language Diffusion Models)。例えば長さ50の文章なら、50個すべてのトークンについて「より元の文章らしい」推定を同時に行います。生成初期では多くの部分が不正確ですが、徐々に文脈が形成されていきます。この処理を複数回(Nステップ)繰り返すことで、文章はだんだん洗練され、意味のあるテキストに収束します (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。各ステップで前ステップの出力を下敷きにしつつも、必要に応じて任意の位置の単語を修正できます。言い換えれば、文章全体を常に再検討しながら更新しているわけです。拡散モデルはこのような粗から精への反復最適化で最終的な文章を得ます。
  • ステップN+1(完成): 規定の拡散ステップ数を終えるか、あるいは出力が十分安定して変化しなくなった時点で、最終的なテキストを完成品として取り出します。例えばMercuryでは、この過程を経て初期の無意味な文字列がPythonのコードに生まれ変わるデモが示されています(初期状態ではランダムな文字の羅列だったものが、数ステップ後には意味の通るコードに変わっている)と報告されています (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

この生成プロセス上の違いにより、逐次型と並列型では以下の特徴的な相違が生まれます:

  • 並列生成によるグローバルな整合性: 前述の通り、拡散モデルは各ステップで全文に目を配れるため、出力全体として矛盾の少ないテキストを作りやすいと期待されます。自己回帰モデルでは序盤に決めた内容と後半との間で矛盾(たとえば物語の整合性や、質問に対する回答の一貫性ミス)が生じても、その場では修正できず後から振り返ることも困難です。拡散モデルなら次のステップで前後の辻褄を合わせるよう修正することが可能です (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  • エラー訂正の余地: 自己回帰では「一度出力したら確定」ですが、拡散では出力途中のミスを訂正できます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。例えばコード生成で一部の括弧の整合が取れていないとモデルが判断すれば、次の拡散ステップで修正することができます。Inception Labsは「並列生成とエラー訂正能力により、幻想(誤った事実の生成)が減り、ユーザ意図への整合性(alignment)が向上する可能性がある」と述べています (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  • 部分的な生成・編集: 拡散モデルは任意の部分をマスクすればそこだけ再生成できるため、文章の一部分を後から編集・補完するといった使い方が容易です。これはインペインティング(in-painting)的な応用で、画像の一部を塗り替えるのと同様、テキストでも一部穴埋めやリライトが自然にできます。自己回帰モデルでもプロンプトを工夫すれば部分編集を模倣できますが、直接には不得意な操作です。

一方で、拡散モデルの生成には複数ステップが必要なため、その間は中間結果を逐次的に利用者に見せることが難しいという実用上の違いもあります。自己回帰型であれば、モデルはトークンを1つずつ即時に出力できるので、ユーザはリアルタイムに文章がタイプされる様子を確認できます(ChatGPTが一文字ずつタイピングしているように見えるのはこのためです)。しかし拡散型では、例えば10回の反復を経てやっと意味のある文章になる場合、途中経過のノイズまじりの文をそのまま提示しても人間には解読不能です。したがって最終結果が得られるまで一括で待つ必要があり、インタラクティブな応答ではレスポンスを感じにくくなる可能性があります。ただしMercuryのように極めて高速であれば事実上待ち時間は短く、問題にならないかもしれません。この点も含め、次に両者の速度や計算効率の違いを詳しく比較します。

3. 速度・計算効率の比較(推論の負荷、トークン生成速度)

生成速度は実用上非常に重要な指標です。自己回帰型LLMは1トークンずつしか生成できないため、出力長に比例して時間が増加します。また各トークン生成にはモデル全体の計算(数十億パラメータのTransformer計算)を繰り返す必要があり、長文になると推論負荷が大きくなります (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。一方、拡散型LLMは一度の反復で全トークンを並行生成できるため、出力長に関係なく一定ステップ数で完了する設計が可能です (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。仮に20ステップの拡散反復で文章を生成するなら、出力が50トークンでも500トークンでも基本的に20ステップで済みます(各ステップの計算量自体は系列長に比例しますが、並列化効率は高いです)。この違いが、特に長文生成時の速度差として現れます。

Inception LabsのMercuryは、拡散型LLMの高い並列性によって**「現存の最速LLMよりも10倍高速」であると主張しています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。具体的な比較では、通常の自己回帰LLMが1秒あたり約100~200トークン程度の生成速度であるのに対し、Mercuryは1000トークン/秒以上を達成したとされています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。実際、標準的なNVIDIA H100 GPU上で1000トークン/秒超えを記録し、カスタムハードウェア(例: CerebrasやGroqチップ)でしか成し得なかった高速生成を汎用GPUで実現したとのことです (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。先端的な巨大モデル(GPT-4クラス)では50トークン/秒以下という低速例もある中、20倍ものスループット向上は驚異的です (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。こうした速度向上により、リアルタイム応答が必要なチャットボットや大量のテキスト生成を行うサービス**での遅延を大幅に削減できる可能性があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

速度だけでなく計算資源の効率利用という観点でも、拡散型には利点があります。自己回帰型では各トークン生成ごとに重いモデル計算を逐次実行するため、GPUの並列演算能力が十分に活かされない局面が多くなります。特に1トークン生成はバッチサイズ1の推論であり、巨大な行列演算器を持つGPUではメモリ転送に対する演算の割合が小さくなりがちです。Mercuryの開発者によれば、拡散LLMは**「単位メモリ転送あたりの計算量を増やし、既存GPUハードウェアをより効率的に活用できる」**とのことです (Mercury Coder: frontier diffusion LLM generating 1000+ tok/sec on commodity GPUs | Hacker News)。つまり、一度にまとまったテキストを処理することでGPUのコアをフル稼働させ、ハードの性能を余すところなく使えるというメリットがあります。この効果により、最新GPUと旧世代GPU間の性能差も圧縮でき、古いGPUでも比較的高速に動作することが期待できると述べられています (Mercury Coder: frontier diffusion LLM generating 1000+ tok/sec on commodity GPUs | Hacker News)。実際これは推論コストの削減に直結し、低リソース環境やコストセンシティブな用途で大きな意義を持ちます (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。

ただし、拡散モデルにも計算上のトレードオフは存在します。複数ステップ反復が必要なため、ステップ数が極端に増えると総計算量も増大します。例えば100ステップもかけてようやく文章ができるようなモデルだと、トークン数で見た効率優位が相殺されかねません。そのため、ステップ数をできるだけ少なく抑えつつ高品質なテキストに収束させる技術が重要です。この点、最新の研究では自己条件付け (self-conditioning)高度なノイズスケジュールなどにより、比較的少ない反復で十分な結果を得られる工夫がなされています (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey) (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。MercuryやLLaDAが実用的なステップ数(例えば10〜30程度か推測されます)で動作しているのであれば、既に自己回帰より優位な速度を実現できます。Mercuryチームは具体的なステップ数は公表していませんが、「アルゴリズム上の改良によって速度改善を図った」としており、これは推論時のステップ効率化を指している可能性があります (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。実際、Mercury Coderは高速化に特化したGPT-4o Mini等のモデルと比較しても同等以上の品質で10倍以上高速と述べられており (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)、ステップ効率とモデル性能のバランスを高度に最適化していることが伺えます。

総じて、短い文章では自己回帰モデルも大きな問題はありませんが、長文になるほど拡散モデルの並列生成の恩恵が顕著になります。また、ハードウェア資源の観点でも拡散モデルは計算をまとめて行うことでスループットを最大化できるため、大規模生成タスクや低コスト運用に向いていると考えられます (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。次に、こうした速度や効率の違いが出力品質にどのような影響を与えるか、そして各モデルの品質面での特徴を比較します。

4. 出力品質の違い(一貫性、長文生成の安定性)

生成モデルを評価する上で、出力の品質(Quality)は速度と並んで重要です。ここで言う品質には、文法や語彙の適切さ、文脈の一貫性、指示への適合度、創造性や多様性、長文生成時の安定性など様々な側面があります。自己回帰型LLMは既に多くのタスクで高い出力品質を示しており、ChatGPTやGPT-4が人間並みと評されるほど自然で整合的な文章を生成できるのは周知の通りです。しかし自己回帰モデルにも弱点はあり、長い文章では文脈を見失ったり繰り返しが発生したりすることが知られています。これは**「エラー蓄積(exposure bias)」と呼ばれる現象で、序盤のわずかな不適切予測が後半で増幅されることや、逐次生成ゆえに全体の整合チェックが難しいことが原因です。一方、拡散型モデルには並列生成による自己修正能力があるため、理論的にはより一貫した長文**を作りやすいと考えられます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

実際の比較では、拡散LLMがどの程度まで品質で自己回帰LLMに迫れるかが注目されます。Renmin大学らの研究によるLLaDAは、8億パラメータ規模のモデルにおいて自己回帰型の同等モデル(LLaMA3 8B)に匹敵する性能を示しました ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。LLaDA 8Bは大規模データで事前訓練および指示追従のための教師あり微調整(SFT)を受けた結果、文脈に沿った学習(in-context learning)能力や多ターン対話での指示応答能力においてLLaMA3 8Bと遜色ないレベルに達しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。これは、少なくともモデルサイズと訓練データが同程度であれば、拡散モデルでも自己回帰モデル並みの知的応答が可能であることを示しています。また興味深い点として、前述の**「逆順の詩」を完成させるタスクでLLaDAが自己回帰型のGPT-4oを上回ったことが挙げられます ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。この「リバーサル・カース(逆順の呪い)」は、自己回帰モデルが典型的に苦手とするタスクの一つであり、拡散モデルの全体最適化**による出力品質の強みを示す好例です。

Mercury Coderの報告も、高速化による品質劣化が起きていないことを強調しています。Mercuryの「小規模コードモデル」は、OpenAIのGPT-4o Miniと同等のコード生成品質を持ちながら、速度は10倍以上高速であると述べられています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。さらにモデルの小さい「mini」版でも、MetaのLLaMA 3.1 8Bなどの小型オープンソースモデルを上回る性能を示しつつ、1000 tokens/sec超という驚異的速度を達成したとされています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。これらはあくまでコード生成ベンチマークでの比較ですが、少なくともその範囲では拡散モデルでもトップクラスの自己回帰モデルに匹敵する品質が確保できていることを示唆します (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。Inception Labsは「我々の小型モデルはGPT-4o Miniと同等の性能で速度は10倍以上、さらにmini版は小型のLlama 3.1 8Bを凌駕する」と述べ、速度と品質の両立をアピールしています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。

品質に関して拡散モデル特有のメリットとして指摘されるのは、出力のコントロール性と一貫性です。前節で述べたように、拡散モデルは生成途中で誤りを検知すれば修正できます。この「自己フィードバック」機構により、文法的・論理的な整合性を保ちやすく、矛盾や誤りを減らせる可能性があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。また、従来の自己回帰モデルでは追加で工夫が必要だった文体や長さの制御特定部分の書き換えなども、拡散モデルなら自然に対応できると考えられます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。例えば「文章のこの部分だけは変更せずに、他を要約して」といった要望に対し、自己回帰モデルでは高度なプロンプト設計や後処理が必要ですが、拡散モデルなら指定箇所をマスクせず固定し、他をマスクして再生成するといった直接的手法が取り得ます。これは細粒度な編集高度な指示追従に繋がり、出力品質の向上(ユーザーニーズへの合致度向上)に寄与しえます。

一方で、拡散モデルの品質にはまだ未知数の部分も残ります。過去の研究では、拡散モデルは多様性の点で課題が指摘されていました。初期のDiffusion-LM(Liら, 2022)では出力が画一化しやすく、多様な文を生成しにくいという報告もあります ([PDF] DiffusionBERT: Improving Generative Masked Language Models …)。これは連続空間で拡散を行う際のモード崩壊や、離散へのマッピングの難しさなどが原因と考えられています。また、事実性(factuality)の観点でも、自己回帰モデル同様に訓練データ由来の誤情報を生成する(いわゆる幻影:hallucination)問題は避けられません。拡散モデルだからといって突然知識が正確になるわけではなく、訓練コーパスに依存した出力品質となるのは同じです。そのため「並列生成で幻影が減る」という主張は現時点では仮説の域を出ず、Inception Labsもそうした潜在的メリットに言及しているに留まります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

長文生成の安定性については、拡散モデルの評価はこれからという段階です。自己回帰モデルは非常に長い文章(数千トークン以上)を生成すると、一貫性維持が難しくなり内容が脱線したり冗長反復が発生したりするケースがあります。拡散モデルは構造上エラーが蓄積しにくいとはいえ、非常に長い系列を一度に扱う負荷や、途中で内容がぶれるリスクも考えられます。例えば1000トークンを一括で出力する場合、拡散モデルはその全長に対し一貫した出力を得るべく大きな探索空間を扱うことになります。これを的確に収束させるにはモデルの表現力と適切なステップ数が要りますし、注意機構の長距離依存性保持能力も鍵となります。LLaDAの現在のモデルサイズ8Bでは、おそらくそこまで超長文の生成は試されていないかもしれませんが、今後モデル規模が大きくなれば長文での安定性も検証されるでしょう。「長文生成における安定性」で優劣を断言するには時期尚早ですが、理論的には拡散モデルの方が長文中の文脈維持や全体整合チェックが効く分、有利になり得ると言えるでしょう。

まとめると、現時点で出力品質において拡散型LLMは自己回帰型LLMに迫る成果を示し始めているものの、全面的に凌駕したとまでは言えません。通常の会話・質問応答・創作文などでは自己回帰モデルが蓄積してきた最適化や微調整(例えばRLHFによる人間フィードバック調整)の効果もあり、拡散モデルは今後それらを取り入れていく必要があります。ただ、研究結果が示すように拡散モデルでも十分高品質なテキスト生成が可能であり、特定のタスクではむしろ優位性さえ見せ始めています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。次章では、そうしたタスク毎の適性について両モデルを比較します。

5. 学習方法の違い(データの処理・トレーニング戦略)

モデルの性能や性質の違いは、訓練時の目標関数や戦略にも起因します。自己回帰型と拡散型では、学習のさせ方・ロス関数も異なるため、この点を比較します。

自己回帰型LLMの学習は基本的に次単語予測による教師あり学習(Maximum Likelihood Estimation, MLE)です。巨大なテキストデータセットを用意し、各サンプル(例えば一文または一定長のテキスト)について系列の先頭から順にモデルに予測させます。モデルは各位置$t$で次の正解トークン$w_{t+1}$の確率を出力し、実際の正解と比較してクロスエントロピー損失を計算します。その損失和を全データで最小化するようパラメータを更新します。いわゆる**教師強制(Teacher Forcing)**という方法で、モデルには常に正解の前半部分を与え、次を当てさせる繰り返しです。この手法はTransformerによる言語モデルでは一般的で、例えばGPT-3も同様の手順で数千億トークンのコーパスから学習されています。自己回帰モデルの場合、訓練と生成で条件分布がずれる(exposure bias問題)ことになりますが、学習自体はシンプルかつ確立された手法です。また近年はこれに加えてRLHF(人間フィードバックによる強化学習調整)やInstruction Tuning(指示データによる追加微調整)などが行われ、モデル出力を望ましい方向へ最適化しています。いずれにせよ、基本となるのは左から右への言語モデリングであり、モデルは次単語予測に特化した確率分布近似器として訓練されます。

拡散型LLMの学習は、自己回帰とは異なる目的関数でモデルを訓練します。拡散モデル一般では変分下限(Variational Lower Bound)を最大化するような学習が行われますが、要点を言えば「破損したデータから元データへの復元」を学習します (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。LLaDAの手法を例にすると、まず前向き過程(forward process)としてデータマスキングを導入します ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。ある訓練サンプル(テキスト列)を取り、ランダムに選んだマスク率$t$(0から1の連続値)に基づき、その割合だけトークンをマスクします (Large Language Diffusion Models)。$t=0.8$なら80%の単語がマスクされ隠された入力$x_t$が得られます。次に**逆向き過程(reverse process)としてモデルに$x_t$を与え、元の完全データ$x_0$を推定させます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。具体的にはマスクされた箇所を全て同時に予測させ、その出力と元の正解文章を比較します。この「マスク補完タスク」**の誤差に基づいてモデルを学習させます ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。このとき、連続的な$t$に対して期待値を取る形で損失を定義し、全データで平均損失を最小化するよう訓練します。こうすることで、モデルは任意のマスク率(ノイズレベル)における入力から元の文を復元するスキルを獲得します。結果として、推論(生成)時にはマスク率を徐々に下げながら(ノイズを減らしながら)、各段階でモデルが予測した出力を次の段階の入力として再度推定する、という拡散的生成が可能になります (Large Language Diffusion Models)。

拡散モデルの学習にはいくつか工夫が必要です。例えば自己条件付け(self-conditioning)というテクニックでは、モデルが一度推測した出力を再入力として与え直し、訓練時にも自身の予測を条件に含めて学習させます (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。これにより、推論時に自分の過去予測に逐次依存する状況を再現し、安定した生成を実現します。また離散から連続へのマッピングの問題もあります。テキストは離散トークンなので、本来は確率的にマスクする以外にノイズを定義しにくいですが、一部研究では単語埋め込み空間で連続ノイズを加えるアプローチも取られました (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。Diffusion-LM (Li et al. 2022)では単語埋め込みを連続ノイズで乱し、最後に離散トークンに丸めるという訓練をしています (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。この場合、損失関数に離散化の過程を組み込む必要があり若干複雑です (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。一方、LLaDAのように完全マスクと逐次的マスク解除で離散状態のまま扱う手法は実装が単純で、BERTのマスク言語モデル訓練に近い感覚で行えます。そのため、LLaDAでは標準的なTransformerと標準的なデータセットを用いて、自己回帰と同様のスケールの事前学習を行うことに成功しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。これは拡散LLMの訓練が既存の言語モデル訓練パイプラインに組み込みやすいことを示しています。実際、LLaDA論文では**「我々の発見は、LLMの鍵となる能力がAR(自己回帰)に本質的に結びついているわけではないことを示した」**と述べられており、自己回帰とほぼ同じ手順(データとコスト)で拡散モデルを訓練できる意義を強調しています ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。

もう一つ、学習戦略の違いとして、自己回帰モデルでは逐次デコードを前提にした微調整や強化学習が発達している点があります。例えばチェイン・オブ・ソート(Chain-of-Thought)プロンプトや、ステップ実行型の思考誘導など、自己回帰ならではの「トークン逐次生成」を活かす工夫があります。一方拡散モデルは逐次ではなく全体最適化なので、同じ発想は直接適用できません。しかし、拡散モデルならではの高度なガイダンス手法も考案されています。画像分野では、拡散モデルにおいて分類器ガイダンス制御付きサンプリングで所望の属性を強める技術があります。テキストでも例えば「この文体にせよ」という条件ラベルをembeddingで与えることで、特定スタイルに寄せることができます (Diffusion Models for Non-autoregressive Text Generation: A Survey)。さらに、一部の研究では拡散モデルと自己回帰モデルを組み合わせる試みもあります (Enhancing Paragraph Generation with a Latent Language Diffusion …)。Appleの研究では**「非自己回帰的な意味拡散」と「自己回帰的な表現生成」のハイブリッド**で長文生成を強化するアプローチが検討されています (Enhancing Paragraph Generation with a Latent Language Diffusion …)。このように、学習方法の違いはありますが、お互いの利点を取り入れる方向の研究も進んでいます。

学習コストの面では、拡散モデルが自己回帰モデルより特別に重いという報告は今のところありません。LLaDA 8Bを一から訓練した実績を見る限り、同サイズの自己回帰モデルを訓練するのと同程度のオーダーで済んでいるようです (Large Language Diffusion Models)。むしろ推論コストが下がることで総合的な利用コストは削減できる可能性が高く、Mercuryでも**「推論コストの劇的な低減によって高品質AIをより安価に提供できる」と強調されています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。以上のように、学習目標や訓練戦略には違いがあるものの、大規模データで十分に訓練すれば拡散LLMも自己回帰LLMと同等の能力を獲得可能であることが示されました ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。次に、そうして得られたモデルがどのようなタスクで強みを発揮するか**、適用可能なタスクの違いを考察します。

6. 適用可能なタスクの違い(どのタスクに強みを持つか)

自己回帰型LLMと拡散型LLMの得意分野には、アーキテクチャと生成方式の違いに由来する特色が現れると考えられます。ただし現時点では拡散LLMの事例が限られているため、以下では予想も含めて議論します。

自己回帰型LLMの得意タスク: 自己回帰モデルは既にChatGPTや各種LLM製品で実用化されている通り、非常に幅広いタスクに対応できます。その柔軟性は、「与えられたプロンプトに続く最もありそうなテキストを出す」能力から来ています。具体的には:

  • 自然言語生成全般: 物語の創作、小説の執筆、詩の作成、対話応答など、文脈に沿って人間らしい文章を作るタスクは総じて得意です。大規模自己回帰モデルは文体模倣や感情表現なども巧みにこなします。
  • 質問応答・知識検索: Wikipediaや書籍から学んだ膨大な知識を活かし、質問に答えたり説明文を書くことが得意です。事実性に問題が出ることはありますが、構文的・文脈的には整合した回答を出します。
  • 要約・翻訳: ある文章の要点を抜き出す要約や、ある言語から別の言語への翻訳といったタスクにも強いです。これらは大量の教師データが存在し、自己回帰方式でも効率よく学習できます。
  • コード生成・デバッグ: CodexやAlphaCodeのように、プログラミングのソースコードを生成するタスクにも自己回帰モデルが使われています。文法や定型構造を学習し、与えられた要件に沿ったコードを一行ずつ書き出すのに適しています。
  • 論理的推論: 一部には弱点もありますが、連鎖的思考(Chain-of-Thought prompting)を用いることで、複雑な論理問題や数学問題の逐次的な解答を導くこともできます。

要するに、現在LLMと呼ばれるモデルが解いているタスクの大半は自己回帰モデルで実現されており、その適用範囲は極めて広範です。これはモデル自体のアーキテクチャというより、巨大データによる事前学習で言語知識を獲得し、多様なタスクで微調整されている成果です。

拡散型LLMの得意タスク: 拡散モデルはまだ新しいため限定的ですが、理論と初期成果から考えられる強みは以下のようなものです:

  • コード生成・構造予測: Mercuryがまずコード生成に焦点を当てていることからもうかがえるように、フォーマットや構文の厳格さが要求されるタスクは拡散モデルの恩恵を受けやすいかもしれません (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。コードでは一箇所の誤り(例えば対応する括弧がない等)が致命的ですが、拡散モデルなら出力全体でその不整合を検知し修正できる可能性があります。実際Mercury Coderは競技プログラミングのコード問題で高い正答率を示し、既存モデルを上回る結果を出したと報告されています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。これは拡散によるエラー修復が奏功した例かもしれません。
  • 逆順テキスト・構造制約下の生成: LLaDAの例で示された逆順詩の生成や、特定の文字列パターンを満たす文生成など、通常とは順序の異なる制約付き生成に適性があるようです ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。例えば「各文の頭文字をとると特定の単語になる文章」など、全体構造を俯瞰しないと満たしづらい条件も、拡散モデルなら各ステップで全出力を見渡せるため達成しやすいでしょう。
  • 対話や長文の一貫性維持: これはまだ仮説段階ですが、長い対話で前後の内容を矛盾なく保つ、あるいは小説の中で伏線を張って回収するといった長距離一貫性を要する生成でも、拡散モデルは力を発揮するかもしれません。前述の通り、並列生成は常に全文脈を再評価できるため、自己回帰モデルがうっかり見落とすような矛盾を減らせる可能性があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  • 部分編集・補完(インペインティング): ユーザーが文章の一部を指定して「ここを書き換えて」といった操作をする際には、拡散モデルの本領が発揮されます。例えば電子メール文面の特定箇所だけトーンを変える、法律文書の一部条項を書き直す、といったローカルな編集タスクは、拡散モデルなら自然な形で実行できます。これは厳密には生成というより変換ですが、タスク観点では高度な文書編集として新しい応用領域になるでしょう。
  • 高度な制御可能生成: 将来的には、拡散モデルは条件付き生成の柔軟性から、ユーザーの細かな指示に沿ったテキストを生成するのに適する可能性があります。例えば「この文章の語調を5段階中3くらい丁寧にして、長さは2段落程度で、キーワードAとBを必ず含めて」といった複雑な指示も、マスクと条件付けを巧みに使えば実現できるかもしれません。自己回帰モデルでもプロンプト工夫で対応しますが、拡散モデルの方が条件を統合しやすい設計と考えられます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

以上のように、構造的制約が強い生成や部分的編集などは拡散型の得意分野となりそうです。一方で、クリエイティブな自由文生成知識応答など一般的なタスクでは、拡散型でも十分対応可能とはいえ、自己回帰型が既に高い完成度に達しているため当面は大差ないかもしれません。LLaDAの結果も見ると、通常の対話や質問応答で自己回帰型と同等ということであり、現状では「これだけは拡散型でないと難しい」というタスクは限定的とも言えます。ただし前述のようにコード生成は一つ有望な分野で、Mercuryもまずそこに照準を合わせています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。また推論的なタスク(数学的問題解決など)で、途中の考察を何度も修正しながら答えを絞っていく、というプロセスを拡散モデルが担えるかも興味深い点です。例えば一度は誤った途中計算をしたが次のステップで修正して正しい答えに至る、といったことが実現すれば、論理的整合性が要求されるタスクでも威力を発揮するでしょう。今後の研究で、拡散LLMの新たな適用分野が開拓されることが期待されます。

7. 弱点や課題の比較(それぞれのモデルの問題点)

新旧の手法を比較する上で、弱点や未解決の課題にも触れておく必要があります。自己回帰型LLMと拡散型LLM、それぞれが抱える問題点を整理します。

自己回帰型LLMの弱点・課題:

  1. 生成速度・スケーラビリティ: 逐次生成ゆえの低速性は既に詳述した通りです。長い出力では時間と計算資源を大量に要し、リアルタイム性が損なわれます (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。特にモデル巨大化による1トークン生成コスト増大と相まって、高品質モデルほど遅いというジレンマがあります (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。またGPUを増やしても完全な線形スケールで高速化できない(分散しても結局シーケンシャルに待ちが発生する)ため、大規模システムでの効率限界も課題です。
  2. エラー蓄積と長文劣化: Exposure Biasとも呼ばれる、訓練時と異なる状況での推論により誤りが累積する問題です。特に長文では文脈から逸脱したり、同じ内容を繰り返したりという現象が知られます。モデルが自分の出力した内容を正しく評価できないまま話を進めるため起こる問題で、長大出力の信頼性に影響します。
  3. グローバル制約への非適合: テキスト全体に及ぶ制約(長さ、フォーマット、一貫したスタイルなど)を維持するのが苦手です。文頭では勢いよく書き出したものの、文末では論点がずれている、登場人物の設定が変わってしまう等、全体整合性に欠ける出力が生じ得ます。これは一旦出力した部分を後から変更できないためで、たとえば「文末で特定のフレーズで締める」という約束事を事前に強く意識させないと実現できません。
  4. 制御の困難さ: 自己回帰モデルは基本的にプロンプトで挙動を制御しますが、細かな調整は難しいです。例えば「もう少しだけ砕けた口調にして」といった微妙な変化を与えたい場合、再度プロンプトを工夫して最初からやり直させる必要があります。部分編集も苦手で、一部の変更には全文再生成が必要になるケースが多々あります。
  5. 訓練とチューニングのコスト: これはモデル一般の問題ですが、自己回帰LLMは巨大化の一途をたどり、訓練コストが莫大です。さらに人間によるフィードバック調整(RLHF)や安全対策調整が必須となり、その工程も大規模化しています。拡散モデルに比べて高度な調整技術が確立している一方、それ自体がモデルの複雑性を増しています。

拡散型LLMの弱点・課題:

  1. 大規模実証の不足: 拡散LLMはまだ登場したばかりで、GPT-4やClaudeのような超大規模モデルでの実証がありません。現在示されているのは8B規模(研究)やおそらく数十億~数百億規模(Mercury推定)の結果ですが、数千億~1兆パラメータ級で自己回帰型に匹敵する性能が維持できるかは未検証です (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。スケールアップに伴い新たな問題が出る可能性もあり、例えば注意機構の計算や学習安定性など課題になるかもしれません。
  2. 学習とサンプリングの複雑性: 前節で述べたように、拡散モデルの訓練は自己回帰に比べて目標が複雑です。変分下限の最適化やマスク率の調整など、ハイパーパラメータも多めです。適切にチューニングしないとモデルが発散したり、多様な文が生成できなかったりという問題が起こり得ます。実運用に耐えるモデルを作るには、さらなるノウハウの蓄積が必要です (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  3. 解釈性・デバッグの難しさ: これは自己回帰モデルにも言えますが、拡散モデルは特に生成過程がブラックボックス的になりがちです。途中のノイズ状態からどう最終文が出てきたか、人間には直観的に追いづらいところがあります。自己回帰モデルなら、各単語の予測根拠を追うのは難しくても生成履歴自体は追えますが、拡散モデルでは全トークンが一斉に変化するため、どの変更がどの効果を生んだか分析が難しいです。これは研究開発上も、拡散モデル特有のバグ(例えば出力が収束しない等)の原因究明を困難にするでしょう (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。
  4. 収束しない/破綻する場合の対処: 自己回帰モデルはどんなにおかしな文章でも、一応シーケンスを完了させるでしょう。しかし拡散モデルはうまく収束しない場合、最後までノイズまじりの文になったり、矛盾する単語を行ったり来たりして固まらない可能性があります。そうした失敗ケースの検出と対処(例えばリトライやfallbackとして自己回帰モデルを使う等)を考える必要があるかもしれません。現在のところ、Mercuryなど商用では品質保証のために何らかの対策を講じている可能性もあります(例えば拡散生成後に追加でルールベースのチェックをするといったこと)。
  5. ユーザへの認知: これはモデル性能とは異なりますが、利用者が拡散モデルの挙動に慣れていないという点もあります。自己回帰モデルの出力は「人間が一文ずつ書いている」ように見えるため受け入れられやすいですが、拡散モデルは突然最終結果が出てくる形になります。今後、生成AIのUI/UXとして拡散モデルを採用する場合、その見せ方やインタラクション設計も課題となるでしょう。

以上をまとめると、自己回帰型は実績あるが速度や逐次性ゆえの課題があり、拡散型は可能性を示したが大規模化や安定性に未知数な点が残るという状況です。それぞれの弱点は他方の強みを裏返したものでもあり、例えば拡散型の速度は自己回帰型のボトルネックを突いたものですし、自己回帰型の成熟度は拡散型にはまだ足りない部分です。したがって今後も両者の研究開発が進み、これら弱点を補う方向に発展すると考えられます。最後に、そうした将来展望や市場への影響について述べます。

8. 今後の発展性・市場への影響(自己回帰型 vs. 拡散型の将来性)

自己回帰型LLMと拡散型LLMの競争と共存は、今後の言語モデル研究・ビジネスに大きな影響を与えると予想されます。ここでは、将来の発展性と市場動向について考察します。

拡散型LLMの将来性:
2024~2025年にかけて登場した拡散LLMは、LLMの新潮流になる可能性があります。著名な研究者もそのポテンシャルに言及しており、Andrej Karpathy氏は「これは初の大規模拡散LLMであり、これまで多くのLLMは左から右への自己回帰的だった。Diffusionは全てを一度に徐々にデノイズする全く異なるアプローチで、画像・動画では主流だがテキストではこれまで難しかった分野だ」と述べ、新たな強みと弱みを持つ可能性に期待を示しています (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon) (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。またAndrew Ng氏も「Transformerによる逐次生成がLLMを支配してきたが、粗から精への並列生成というDiffusionモデルの挑戦はクールだ」と歓迎しています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。 (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。これらの声は、研究コミュニティが拡散モデルの可能性を真剣に捉えている証拠と言えます。

性能面では、LLaDAやMercuryの結果が示すように拡散LLMは実用に足る品質と大幅な速度向上を両立し始めています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。特に推論コスト削減のインパクトは大きく、Mercuryチームは「計算資源あたりの生成性能が飛躍的に向上することで、高品質なAIへのアクセスコストを劇的に下げられる」と述べています (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury) (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。これはクラウドサービスのコスト構造や、オンプレミスでLLMを運用したい企業にとって魅力的です。実際MercuryはAPI提供やオンプレ導入も視野に入れており、既に複数のFortune 100企業が採用を決めているとのことです (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。今後、拡散LLMの商用サービスが増えれば、例えばリアルタイムチャットボット対話型コードアシスタント大量文書の自動生成などで低レイテンシ・低コストのソリューションが普及する可能性があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。

技術的発展としては、まずモデル規模の拡大が考えられます。現在8B規模で成果が出たとなれば、次は数十B、数百Bへのスケールアップが検討されるでしょう。仮にGPT-4級のパラメータ数を持つ拡散LLMが実現すれば、質的にも量的にも真に自己回帰LLMを代替し得る存在となります。もっとも、その際に前述の課題(学習安定性や長文での挙動)がどうなるかは綿密に検証する必要があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。訓練データについても、自己回帰LLMと同様にウェブテキストから書籍、対話データまで幅広く使われるでしょうし、さらにユーザフィードバックを反映した調整(RLHFに相当するもの)も研究されるでしょう。拡散モデルに直接PPOを適用するのは難しいかもしれませんが、最終出力を評価する報酬を定義して拡散過程を最適化するような、新しい強化学習アルゴリズムの開発も考えられます。

自己回帰型LLMの今後:
一方、現在の主流である自己回帰型もすぐに廃れるわけではありません。むしろ両者は当面共存すると考える専門家も多いです (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon) (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。自己回帰モデルは長年の研究で洗練されており、高品質な事前学習モデルが数多く存在します。また、ソフトウェアやハードウェアも自己回帰向けに最適化されている部分があります(例えばトランスフォーマーの高速実行ライブラリや、大規模分散学習フレームワークなど)。当面は既存のAR-LLMを如何に効率よくデプロイするかという流れも続くでしょう。実際、最近ではモデル圧縮や高速デコーディングの工夫により、自己回帰モデルでもかなりの速度向上が報告されています (Autoregressive Model Beats Diffusion: Llama for Scalable Image …)。研究例としては、並列デコードアルゴリズムの工夫や、ハードウェアベースの最適化(専用アクセラレータ)などで、自己回帰モデルの弱点を補おうという取り組みも活発です。また、OpenAIやGoogleなど主要企業は既存モデルに莫大な投資をしており、それらをすぐ捨てることは考えにくいため、自己回帰型は安定した既存技術として引き続き改良・活用が進むでしょう。

競合と共存:
長期的には、タスクや用途に応じて両者が使い分けられる可能性があります (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。例えば、低レイテンシが最重要な場面では拡散型最高の創造性や複雑な推論能力が必要な場面では従来の自己回帰型、といった棲み分けです (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。あるいは将来的に、ハイブリッド型のモデルが出現するかもしれません。例えば、まず自己回帰で荒いプロットを生成し、それを拡散モデルで詳細化・修正する、といった二段構えのシステムも考えられます。実際、画像分野ではDiffusionとGANを組み合わせたり、拡散モデルに事前に粗い予測をさせてから微調整する研究もあります。同様にテキストでも逐次+拡散の融合で相乗効果を狙う方向性は十分考えられます。

市場への影響という点では、計算資源とサービスの在り方が変わる可能性があります。もし拡散LLMが広く実用化されれば、同じ予算でより大量の生成が可能になり、サービス提供者はコストを下げたり、ユーザは低価格で高度なLLM機能を利用できたりするでしょう (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。これはAI産業全体の裾野を広げることにつながります。また、オープンソースの動きにも影響が出るかもしれません。現在HuggingFaceなどで主流の自己回帰モデルに加えて、拡散モデルのチェックポイントや実装が公開されれば、コミュニティがそれを改良・応用する流れが生まれるでしょう。Renmin大学のLLaDAは既にモデルとコードを公開しており、今後オープンソースの拡散LLMが増える可能性があります (Large Language Diffusion Models)。Mercuryも将来的に研究者向けにモデルを提供する計画があるようです (Mercury Coder: frontier diffusion LLM generating 1000+ tok/sec on commodity GPUs | Hacker News) (Mercury Coder: frontier diffusion LLM generating 1000+ tok/sec on commodity GPUs | Hacker News)。

最後に、未知のインパクトとしては、拡散モデルが新しい能力を生み出す可能性も考えられます。例えば推論的エージェント(自律的に計画立て実行するAI)への応用で、並列生成を活かして複数プランを同時に模索し最良を選ぶ、など高度な展開もあり得ます (What Is a Diffusion LLM and Why Does It Matter? | HackerNoon)。もっと先を見れば、言語だけでなくマルチモーダル(画像・音声との組み合わせ)での拡散生成が台頭するかもしれません。画像生成は既に拡散が主流なので、それとテキストの拡散モデルを組み合わせ、例えば画像と説明文を同時生成したり、動画のシナリオと映像を一貫させて生成したりといった総合AIも夢ではありません。

現時点で言えることは、拡散型LLMは自己回帰型LLMに対する有力なオルタナティブとして浮上したという事実です ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。従来「高性能なLLM=自己回帰」と信じられてきた常識に一石を投じ、新たな可能性を切り拓いた点で、その意義は大きいです ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。もっとも、両者の優劣が完全に決したわけではなく、今後も研究と検証が必要です (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。スケーラビリティや多様なタスク適応という課題を克服できるか注視する必要があります (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。もし拡散LLMがこれらを乗り越え、実世界の応用で成果を上げれば、将来的には拡散方式が主流となり自己回帰方式は専門タスクに限られるというシナリオも十分考えられます (Diffusion Models Enter the Large Language Arena as Inception Labs Unveils Mercury)。逆に拡散方式が限界にぶつかれば、自己回帰方式が改良されつつ主役を守り続けるでしょう。

いずれにせよ、現在は言語モデルのパラダイムシフトの端緒にあり、競争により技術が進歩していくことは利用者・社会にとって大きな利益となるはずです。今後の研究の進展と産業界での動向に注目が集まっています。

まとめ

本レポートでは、拡散型大規模言語モデル(dLLM)と自己回帰型モデル(AR-LLM)の違いを8つの観点で比較しました。それぞれの要点をまとめます:

拡散型と自己回帰型、それぞれのアプローチには一長一短がありますが、拡散型の登場は言語生成AIの可能性を広げる重要なブレイクスルーです ([2502.09992] Large Language Diffusion Models)。今後さらなる研究によって、両者の融合や使い分け、新たなモデルの台頭なども起こり得ます。最終的に重要なのは、これら技術が実世界のアプリケーションでユーザに価値を提供できるかです。より高速で安価、かつ高品質なLLMが普及すれば、多くの産業やサービスでAIの活用範囲が一層広がるでしょう。自己回帰 vs 拡散という構図は、裏を返せばAI技術全体の進化を象徴しています。今後も最新の研究動向をウォッチしながら、最適な技術を適材適所で活用していくことが求められます。