目次
- 用語の定義
- マーケティング史におけるニーズと本音の位置づけ
- 消費者心理学の観点からみるニーズと本音
- マーケティングリサーチの手法とニーズ/本音の捉え方
- ニーズと本音が製品・サービス企画に与える影響
- ブランディングとコミュニケーション戦略への応用
- ニーズと本音を見極めるためのチェックポイント・留意点
- 具体例:商品開発・広告制作のケーススタディ
- まとめ
1. 用語の定義
1.1 ニーズ(Needs)とは
- 一般的な定義
「ニーズ(Needs)」は、マーケティングにおいて消費者が「必要性を感じている」状態や、「解決したい課題・満たされたい欲求」そのものを指すことが多いです。マズローの欲求5段階説などを引き合いに出すまでもなく、衣食住をはじめとする基本的欲求や機能的なベネフィット、合理的な理由づけと紐づきやすい特徴があります。 - 顕在化している/していないニーズ
- 顕在ニーズ:消費者が明確に言語化できるニーズ。例:「〇〇が壊れたから買い替えたい」「もっと軽いスマートフォンが欲しい」など。
- 潜在ニーズ:本人は自覚していない、または言語化が難しいニーズ。しかし実際には、あるきっかけがあれば購買行動に至るような深層の欲求・不満・興味関心。マーケターはこの潜在ニーズを発掘することでイノベーションを起こすことが多い。
1.2 本音(Hon-ne)とは
- 「本音」の一般的な概念
日本語でいう「建前(タテマエ)」と「本音(ホンネ)」の対比がよく使われますが、マーケティング文脈でも「表向きの理由や言い分」と「実際の内面にある本当の気持ちや価値観」として区別されることがあります。 - マーケティングでの「本音」の位置づけ
消費者がアンケート調査やインタビューで答える内容は、必ずしも「本音」ではない場合があります。個人情報を気にする、社会的に求められるイメージを保ちたい、自己顕示やプライドがあるなどの要素が働き、言いたいことを抑えたり、取り繕ったりすることがあります。
「本音」は往々にして、その人が心の奥底で望んでいる感情的な欲求、願望、あるいは都合のよい理由などです。たとえば「本当はもっと高額でもステータスがあるものが欲しいが、周囲の目があるので安いと答えてしまう」などが典型的な例です。
2. マーケティング史におけるニーズと本音の位置づけ
2.1 生産中心主義から消費者志向主義への変遷
- 生産中心主義(プロダクトアウト)の時代
大量生産や大量消費が盛んだった時代には、企業はまず商品を作り、それを「売る」ことが主目的でした。消費者の意見を聞くというよりは、生産可能なモノを効率的に供給するのがメイン。消費者の「ニーズ」というより、企業側が「こんな製品が必要だ」と思い込んで市場に押し付けがちだった時代があります。 - 消費者中心主義(マーケットイン)の時代
市場が成熟し、競合商品が増え、より消費者の意見・嗜好を重視しなければ売れなくなった時代になると、「ニーズ」を把握することが企業の生存戦略として極めて重要になりました。その結果、マーケティングリサーチ(調査)手法が体系化され、数値的データや顧客の声を取り込み、商品開発やプロモーションに活かす流れが確立しました。
2.2 現代の「ニーズ&本音」アプローチ
- 機能的価値から情緒的価値へのシフト
コモディティ化の進行によって、価格や機能面だけでは差別化が難しくなりました。競合が増えすぎたために、もう「お客様のニーズを満たす」だけでは商品が埋もれてしまうリスクが高いわけです。そこで「なぜその商品が欲しいのか」という感情や価値観に寄り添い、本音を探る重要性が増してきました。 - ブランドロイヤルティを高めるための「本音」の理解
「ニーズ」を満たすだけでなく、ユーザーの深層心理での満足感—すなわち「自分はこういう人間でありたい」「このブランドに共感する」という“本音”の部分を捉えることが、長期的な関係構築には欠かせない要素として捉えられています。
3. 消費者心理学の観点からみるニーズと本音
3.1 マズローの欲求段階説との関連
- 生理的欲求 → 安全欲求 → 社会的欲求 → 承認欲求 → 自己実現欲求
たとえば、スマートフォンを買う場合の単純な「必要性」は連絡手段や情報収集など。しかし、実は承認欲求(周囲からカッコいいと思われたい)や自己実現欲求(最新のデバイスを使いこなす自分でありたい)などが根底にあることがあります。 - 「ニーズ」が欲求階層のどのレベルに属するか、そして「本音」がどのレベルに一番強く関わるか
ニーズは低次から高次まで広範囲にわたりますが、「本音」はより高次の欲求—とくに承認欲求や自己実現欲求との関連が強く、「人には言いづらい本当の願望」に直結する場合が多いのです。
3.2 顕在化/潜在化/無意識レベル
- 顕在化しているニーズ
意識上に昇り、言葉として表現できるもの。「スマホのバッテリーが長持ちする機種が欲しい」など。 - 潜在化している本音
「〇〇社の最新モデルを持っていると自分が周囲から一目置かれる気がする」など。しかし本人がそれを素直に表現しない、あるいは自分でも気づいていない。 - 無意識のレベル
ジークムント・フロイトの精神分析理論などでは、人間の行動は無意識(エス)の影響を受けるとされています。マーケティングで取り組む場合には多角的な心理学アプローチが必要です。
4. マーケティングリサーチの手法とニーズ/本音の捉え方
4.1 定量調査で得られること・得られないこと
- 定量調査(アンケートやWeb調査など)
主に顕在化したニーズを集計・数値化しやすい。サンプル数が多ければ統計的に有意な傾向を読み取れる。しかし「本音」や複雑な心理、回答者が自分で気付いていない深層心理までは把握しづらい。 - 注意点
回答者が「社会的望ましさバイアス」によって建前の回答をすることがあり、これだけで本音を推測するのは危険。
4.2 定性調査で深堀りする重要性
- フォーカスグループインタビュー(FGI)やデプスインタビュー
消費者の発言に対し、「なぜそう思うのか?」を繰り返し問うことで、価値観や感情、深層心理が浮き彫りになる可能性があります。 - 観察調査(エスノグラフィー)
実際に消費者の生活現場を観察し、普段の行動パターンや言動を記録・分析することで、言語化しづらい本音や習慣的行動のきっかけを探ることができます。 - プロジェクティブ技法
イメージ連想法や絵画法、文章完成法など、間接的に被験者の内面を引き出す心理学的手法。これらによって表層に出にくい感情や欲求が垣間見えることがあります。
5. ニーズと本音が製品・サービス企画に与える影響
5.1 製品開発の方向性に大きく影響
- 「ニーズ」だけを捉えた開発
顧客アンケートを取り、欲しいと思われる機能やスペックを実装したはずなのに、なぜか売れない…というケースは珍しくありません。これは「ニーズとしては要求されたが、実はそれほど本音としての魅力になっていない」可能性があります。 - 「本音」にフォーカスした開発
「本当は見た目がスタイリッシュで、人から羨ましがられたい」という理由で商品を手にとっているなら、そのスタイリッシュさを突き詰めることが極めて重要になる。たとえばテクノロジーのアピールより先に、そのデザインやブランドストーリー、世界観の訴求が購買行動を引き出す鍵になります。
5.2 価格設定やターゲティングへの示唆
- 本音が価格受容性に影響
例えば、「機能的にはこれで十分」という顕在ニーズがあっても、実は「本当はもっと高いものを買って満足感を得たい」「安いと恥ずかしいと思われたくない」という本音があれば、ある程度高めの価格設定でも売れていく可能性があります。 - ターゲティングの際の心理的要因
「よく使う若年層」というだけで区切るのではなく、「実は周囲との差別化を望む層」とか、「自己承認欲求が特に強い層」といった心理的クラスターを捉える必要がある場合もあるのです。
6. ブランディングとコミュニケーション戦略への応用
6.1 ブランディングの本質:消費者の内面に訴える
- ブランドイメージの形成
消費者は「このブランドを持つと、自分はこんなイメージになる」「こういうライフスタイルを送れる」という期待感を抱くことがあります。それは往々にして本音に紐づいています。 - ストーリーテリングの重要性
ストーリーテリングは、機能的・論理的な訴求だけでなく、「物語やコンセプトに共感する」という感情的な部分を刺激します。この感情部分こそが購買やブランドロイヤルティを高める原動力となるケースが多いです。
6.2 広告やプロモーションでの訴求
- 顕在ニーズに直球で応える広告
具体的に、「安い」「速い」「お得」といった分かりやすいメリットを前面に出す。これは端的に言うと「ニーズを直球で解決する」アプローチ。 - 本音に刺さる広告
「あなたもこれを手にしたら、周りにちょっと差をつけられるかもしれない」というような、直接言葉にはしづらい憧れやステータス感などの“暗示”を与える表現は、本音に訴えかけるテクニックの一つです。
7. ニーズと本音を見極めるためのチェックポイント・留意点
- 表面的な回答やデータに対して疑問を持つ
「本当にそれだけが理由なのか?」と問いを立て続ける。 - 複数のデータソース・手法を組み合わせる
定量+定性、直接+間接観察の両面からアプローチする。 - 一貫性のない回答や行動を見逃さない
人はアンケートの回答(建前)と実際の購買行動(本音)で矛盾することが珍しくない。 - 心理学・行動経済学の知見を活かす
プロスペクト理論やアンカリング効果、社会的証明など、人間の行動メカニズムを理解することで消費者がどんな本音を抱きやすいか推測が立ちやすくなる。 - 「ソーシャルリスニング」やオンライン上の本音の観察
SNSやレビューサイトなどは、対面調査では出にくい本音が見え隠れすることがある。
8. 具体例:商品開発・広告制作のケーススタディ
8.1 高級スキンケア商品の例
- 表向きのニーズ
「肌をきれいにしたい」「アンチエイジング効果が欲しい」 - 実際の本音
「周りから若々しく見られたい」「経済的・時間的余裕を感じさせたい」「自分へのご褒美として高価なコスメを使うことで満足感を得たい」 - マーケティング施策
- 単に「効能が高い」という科学的データで説得するだけでなく、“使うだけでステータスアップ”という演出を加える。
- 高級ホテルのスパ体験やラグジュアリーなパッケージデザインなど、全体のブランド体験として“所有する喜び”を喚起する。
8.2 スポーツジムの例
- 表向きのニーズ
「健康のために運動したい」「体重を減らしたい」 - 実際の本音
「自分は努力していると思われたい」「SNSでの自分の写真映えが欲しい」「異性や友人から“意識高い系”と思われたい」 - マーケティング施策
- SNSでの「チェックイン機能」を強化し、ジムに通っていることを発信しやすい仕組みを提供。
- おしゃれなカフェとのコラボや、映えるロゴのフォトスポットをジム内に設置する。
8.3 自動車の例
- 表向きのニーズ
「安全性や燃費の良さを重視したい」「家族を快適に乗せたい」 - 実際の本音
「良い車に乗っていると思われたい」「自分のライフスタイルを周囲に示したい」「クルマ好きのコミュニティで認められたい」 - マーケティング施策
- デザイン面やブランド歴史、所有欲を満たすストーリーを強化。
- CMやSNSでの口コミなどに、“憧れ”を刺激する要素をふんだんに盛り込む。
9. まとめ
- 「ニーズ」とは
顧客が明確に感じている課題や解決策、あるいは潜在的に存在する欲求のことで、比較的機能的・合理的な側面が強い。 - 「本音」とは
表向きには言いにくい、あるいは自分でも気づかないレベルで抱いている感情的・情緒的・社会的な欲求。ステータス、承認欲求、自己実現、プライドなどの深層部分に根付いている。 - マーケティングの成功には両方の理解が必須
- ニーズだけ把握していても、なぜか売れない・インパクトを与えられない状況に陥る可能性がある。
- 本音を捉えることで、商品やサービス、コミュニケーション施策の付加価値やブランド訴求がより強力になる。
- リサーチ手法の選択や分析の視点が重要
定量調査と定性調査、顧客観察、プロジェクティブ技法など、様々なアプローチを駆使して顕在ニーズと潜在本音を同時に探る姿勢が求められる。 - ブランディングや広告表現のカギ
「機能的メリット」+「感情・情緒的訴求」をバランスよく行うことで、消費者の“本当の気持ち”にリーチできる。
最後に
マーケティングを考えるうえでは、どうしても「消費者の声」を文字通りに受け取りがちです。しかし、それは多くの場合「建前」や「社会的に望ましい答え」が混じっています。表面的な回答やアンケート結果だけで結論を出すと、製品・サービス開発やプロモーション戦略で見当違いの方向に進んでしまうリスクがあるわけです。
だからこそ、本音を掘り下げる作業—具体的には消費者の真の欲求、あるいは言葉には出さない不満やこだわり、その人自身が気づいていない複雑な感情—を引き出し、うまく理解・活用することこそがマーケターや商品企画担当者、ブランディング担当者の腕の見せどころとなります。そこで見つかる「本音」は、競合との差別化をはかるうえでも極めて大きなカギとなるのです。
最終的に、消費者自身が「自分の本音」を理解していてもそうでなくても、マーケター側がその“本音レベルの価値”を製品やコミュニケーションに織り込むことができれば、消費者とブランドの絆はより強固になります。機能的ニーズを満たすだけではなく、消費者の内面に残る満足感を与えることが、ロイヤリティやファン化へとつながるからです。
こうした観点を常に意識してこそ、消費者の「ニーズ」と「本音」を両輪でとらえ、魅力的で独自性のあるマーケティング施策を打ち出せるようになるでしょう。