RIGとRAGの違い

1. はじめに

1.1. LLMの可能性と「幻覚(ハルシネーション)」問題

大規模言語モデル(LLM)は、数十億~数百億パラメータという巨大な学習規模により、流暢で多岐にわたる自然言語生成が可能です。しかし、LLMは基本的に「確率的生成」モデルであるため、内部パラメータに記憶された知識(学習データからの統計的パターン)に基づいて出力を行います。
その結果、特に以下のような問題が生じます。

  • 最新の数値データや統計情報の更新不足
    → モデルが学習時点の知識に依存するため、時系列で変動するデータ(例:人口、GDP、失業率など)については、誤った数値や架空の情報(幻覚)を出力する可能性が高い。
  • 内部知識の不確実性
    → 言語生成は確率的なプロセスであり、出力される数値や統計情報が必ずしも正確ではなく、現実のデータと乖離するリスクがある。

このような問題に対処するため、外部の信頼性の高いデータソース(例:GoogleのData Commons)が活用され、LLMの出力を事実に基づいて補強・検証する技術が求められました。GoogleのDataGemmaは、この目的のために開発されたモデル群であり、特にRIGとRAGという2種類の手法を統合することで、幻覚のリスクを大幅に低減することを狙っています。


2. RIG(Retrieval‐Interleaved Generation)の詳細解説

2.1. 基本概念と全体のプロセス

RIGは「検索インターリーブ生成」と訳され、モデルの生成プロセスに外部データ検索(Retrieval)を動的に「交互に(Interleaved)」挿入するアプローチです。
以下、その流れを段階的に説明します。

2.1.1. 初期回答生成(LLM-SVの生成)

  1. ユーザー入力の受け取り
    たとえば「2024年の日本の人口は?」という質問に対し、ファインチューニングされたLLMは、まず内部知識に基づいて回答を生成します。
  2. LLM生成統計値(LLM‐SV)の出力
    生成された回答は通常の文章でありながら、数値情報部分において、例えば 日本の人口は約1億2000万人です。 と出力される。しかし、ここで出力された「1億2000万人」は、必ずしも正確ではなく、幻覚の可能性を含んでいます。

2.1.2. 自然言語クエリの埋め込み

RIGでは、LLMが生成する回答中に、数値情報の直後に自動的に自然言語の補助クエリを挿入します。
たとえば、先ほどの回答に対しては以下のような形式となります。

日本の人口は約1億2000万人 || [DC("2024年の日本の人口は?")] です。

ここでの

  • 「||」以降の部分は、Data Commonsに問い合わせるための疑問文として埋め込まれています。
  • この自然言語クエリ(例:”2024年の日本の人口は?”)は、LLMがファインチューニングによって学習した形式であり、あらかじめ用意されたショートショット例などを基に、どのような統計データを外部から取得すべきかを判断しています。

2.1.3. 外部データ(Data Commons)への問い合わせ

回答生成後、システムは自動的に以下の処理を行います。

  1. 埋め込み部分の抽出
    正規表現などを用いて、回答中から「[DC(“~”)]」形式の疑問文を抽出します。
  2. クエリの変換
    自然言語で書かれたクエリを、Data CommonsのAPIに適した構造化クエリに変換します。
    • 例:変数(人口)、場所(日本)、時刻(2024年)などを特定し、内部でマッピング(例:データベース上のIDなど)を行います。
  3. 外部APIコール
    変換されたクエリをData CommonsのAPIに投げ、最新かつ正確な統計情報(Data Commons 統計値=DC‐SV)を取得します。
  4. 回答の補正
    取得した正確な数値情報を、元のLLM生成回答中の該当箇所と置換または併記することで、最終回答を構築します。

2.2. 技術的実装の詳細

RIGの実装では、以下の技術的ポイントが重要です。

  • ファインチューニング
    • モデルは、回答生成時に「数値と補助クエリを交互に出力する」ようにファインチューニングされています。
    • 具体例として、Gemmaシリーズのモデル(例:datagemma‐rig‐27b‐it)があり、入力例と出力例が公開されています。
    • ファインチューニングデータセットには、700件以上の統計クエリと、回答に含まれる数値とクエリの正しい形式が含まれ、これによりモデルは自然言語クエリを自動生成できるようになります。
  • クエリ変換モジュール
    • 出力された自然言語クエリは、専用の後処理モジュールによって、変数、場所、属性に分解され、Data Commonsで使用される構造化クエリに変換されます。
    • これには、文字列処理、固有表現認識、正規表現ベースの属性検出、さらに埋め込みベースの意味検索などが用いられます。
  • 外部APIコール
    • Data Commonsへの問い合わせは、HTTPリクエストを介して行われ、APIキーによる認証も含むシンプルなRESTfulな設計です。
    • コール結果はJSON形式で返され、適切なエラーチェックと検証が行われた後、LLM出力の該当部分に反映されます。

2.3. メリットと適用上の留意点

  • メリット
    • 高速な応答生成:LLMが生成する際に並行して外部問い合わせを行うため、最終的な回答生成までの時間が比較的短縮される。
    • 柔軟な自然言語処理:自然言語のままでクエリを表現するため、従来のSQLやその他の形式に比べ、学習負担が軽減される。
    • 動的事実確認:生成時に出力された数値の正確性を、リアルタイムの外部データと照合できるため、幻覚リスクを低減できる。
  • 留意点
    • クエリ変換の精度:自然言語から構造化クエリへの変換が不十分だと、正確なデータ取得が阻害される可能性がある。
    • 外部データのカバレッジ:Data Commonsが持つ統計データのカバレッジに依存するため、特定の地域や指標でデータが不足している場合、補完ができない可能性がある。
    • 統合エラーのリスク:LLMが生成した元の回答と外部から取得した数値との統合処理で、文脈整合性を保つための高度なエラーチェックが必要となる。

3. RAG(Retrieval‐Augmented Generation)の詳細解説

3.1. 基本概念と全体のプロセス

RAGは「検索拡張生成」と訳され、主に以下のステップで動作します。

3.1.1. 事前検索フェーズ

  1. ユーザークエリの解析
    ユーザーからの入力(例:「カリフォルニア州とニューヨーク州のCO2排出量を比較して」など)を解析し、どの統計指標やトピックに関する情報が必要かを抽出します。
  2. 外部データ検索
    小規模なファインチューニング済みLLMまたは専用の検索モジュールが、Data Commonsを対象に関連する統計データやテーブルを取得します。
    • このとき、生成されるのは自然言語の質問ではなく、データベースから返されるテーブル形式の情報が中心となります。
    • 検索結果は、例えば「各州のCO2排出量」や「各地域の人口統計」など、複数のテーブルとして取得される。

3.1.2. プロンプト統合フェーズ

  1. 外部情報のプロンプトへの埋め込み
    取得した統計データ(テーブルやグラフ形式の情報)は、長文脈対応が可能なLLM(例:Gemini 1.5 Pro)の入力プロンプトに統合されます。
    • このプロンプトは、ユーザーの元のクエリとともに、外部データの情報を組み込んだ形になり、LLMがより豊かな文脈情報に基づいて回答生成を行えるようになります。

3.1.3. 最終回答生成フェーズ

  1. LLMによる回答生成
    統合されたプロンプトをもとに、LLMが詳細かつ包括的な回答を生成します。
    • ここでは、外部データの具体的な数値やトレンドがそのまま反映され、元々の幻覚リスクを大幅に低減します。
    • 例として、ニューヨーク市のGDPや人口統計の変化、あるいは比較結果など、正確なデータを元にした回答が得られます。

3.2. 技術的実装の詳細

RAGの実装では、以下の点が鍵となります。

  • 情報検索モジュール
    • 専用の検索モデルや、LLMの小規模バージョンを用いて、ユーザーのクエリに関連する外部情報をData Commonsから抽出します。
    • その際、対象とする変数(指標)、場所、時系列などを抽出するための前処理が重要となります。
  • プロンプトの組み立て
    • 取得した外部情報を、一定のフォーマット(例:複数のテーブルをシリアライズした形式)に整形し、元のクエリと結合します。
    • 長文脈LLMが処理可能なように、プロンプト全体のトークン数や文脈の整合性が考慮されます。
  • 最終生成モデルの呼び出し
    • 統合プロンプトを入力として、Gemini 1.5 Proのような大規模LLMが最終回答を生成します。
    • この際、モデルは補強された文脈情報を最大限に活かして、論理的かつ正確な回答を構築するように設計されています。

3.3. メリットと適用上の留意点

  • メリット
    • 豊富な文脈情報による高精度回答:事前に取得した外部データにより、LLMはより詳細かつ正確な統計情報を用いた回答を生成できます。
    • 複雑な問い合わせへの対応:複数のデータソースを統合して、複雑な比較や時系列分析など、より高次の解析が可能となります。
    • データの整合性確保:直接的な外部データの引用により、生成された回答の裏付けが明確になります。
  • 留意点
    • 処理時間の増加:外部データの検索とプロンプトへの統合という前処理が加わるため、全体の応答生成に時間がかかる可能性があります。
    • データカバレッジの問題:Data Commonsの情報量に依存するため、特定のクエリに対しては十分な情報が得られない場合がある。
    • プロンプト統合の難易度:複数のテーブルや情報源を統合するプロセスでは、LLMが正確に情報を取り込み、論理的な回答に落とし込むための工夫が必要となる。

4. RIGとRAGの比較:プロセス・応答特性・応用シーンの観点から

ここでは、これら2つのアプローチをさらに詳細に比較し、その違いと応用可能なシーンについて論じます。

4.1. プロセスのタイミングと統合手法

  • RIGの場合
    • 生成中に動的照合
      • LLMが初期回答(LLM‐SV)を生成する際、その回答内に自動的に自然言語クエリを埋め込み、生成直後に外部データと照合を行う。
      • このため、回答の「補正」がリアルタイムに近い形で行われ、回答全体の生成速度が高速である。
    • シンプルな実装
      • 自然言語のクエリを抽出するための正規表現や、API呼び出しによる置換処理が中心となるため、実装上の複雑性はRAGより低い場合がある。
  • RAGの場合
    • 事前補強による生成
      • ユーザーのクエリに対して、まず外部データを取得し、その結果を統合したプロンプトをLLMに与える。
      • このため、生成前に十分な情報補強が行われ、結果として回答の詳細度・精度が高くなる。
    • プロンプトの組み立てが重要
      • 取得された複数の情報ソースをどのように整形し、LLMが最も効果的に利用できる形にするかが、成功の鍵となる。

4.2. 応答速度と精度のトレードオフ

  • RIGの特徴
    • 高速応答:生成と補完が並行して行われるため、リアルタイム性が求められるチャットシステムやオンラインサービスに適している。
    • 単純な統計クエリに有効:比較的シンプルな数値補完や、限定的な情報照合に対しては非常に有効である。
  • RAGの特徴
    • 高精度な詳細回答:事前に統合された情報により、複雑な比較や時系列分析、詳細なレポート生成において優位性を発揮する。
    • 処理時間がかかる:外部データ検索とプロンプト統合のため、リアルタイム性が要求される環境では応答遅延が懸念される場合がある。

4.3. 応用シーンの違い

  • RIGの適用シーン
    • オンラインチャットや問い合わせシステムなど、ユーザーとの対話において迅速な応答が必要な場合。
    • 数値や統計情報の即時補正が求められるシンプルなケース(例:人口、GDP、失業率などの単一指標)。
  • RAGの適用シーン
    • 複雑な分析やレポート生成、詳細な比較が必要な場合。
    • 複数のデータソースから統合した情報をもとに、包括的な洞察を提供するシナリオ(例:地域間比較、時系列分析、産業別統計データの解析)。

5. 実際の評価結果と実用化の成果

5.1. 評価クエリによる精度向上の実証

DataGemmaに関する各資料では、101の評価クエリセットに対して以下のような実験結果が報告されています。

  • RIGの場合
    • LLMが生成した統計値の正確性は、従来モデルでの誤認識率(5%〜17%程度)に対し、DataGemmaでは約58%の精度向上が確認されています。
    • モデル自身が生成した数値と外部から取得した正確な数値の両方が正しいケースが増加し、ユーザーからの評価も向上していると報告されています。
  • RAGの場合
    • 外部データを事前にプロンプトに組み込むことで、統計情報の正確性は約99%に近い精度で提供されている。
    • ただし、最終的な推論や比較において、6%〜20%の誤りが依然として観察され、さらなる改良が必要な点も指摘されています。

5.2. ユーザープリファレンスの評価

また、評価ツールを用いたユーザー評価においては、RIGとRAGの回答はベースラインモデルよりも高い選好率を示しており、特にデータ補強が明示されている回答は信頼性の高さがユーザーに認識されています。


6. 今後の課題と研究の展望

6.1. 外部データのカバレッジと検索精度の向上

  • データソースの拡充
    Data Commons自体のデータカバレッジは継続的に拡大されているが、地域ごとや指標ごとの偏りが存在するため、今後はさらなるデータソースの統合が求められる。
  • 検索アルゴリズムの最適化
    自然言語クエリから正確な構造化クエリへの変換精度向上、および複数のデータソースからの情報抽出精度の向上が、システム全体の信頼性向上に直結する。

6.2. プロンプト統合と生成モデルの改善

  • プロンプトの自動最適化
    RAGにおいては、外部情報をどのように効果的にプロンプトに組み込むかが鍵となる。これには、プロンプト工学(prompt engineering)のさらなる進化や、長文脈LLMのさらなる改善が必要である。
  • リアルタイム性とのバランス
    高精度な回答生成と応答速度のトレードオフをどのように最適化するか、特にオンラインサービスにおいては、ユーザー体験を損なわない速度での運用が求められる。

6.3. 統合システムの評価とフィードバックループ

  • ユーザーからのフィードバック
    実際の運用環境でのユーザー評価をフィードバックとして取り入れ、モデルのファインチューニングやシステムの改善に役立てる。
  • オープンソースとしての展開
    DataGemmaはオープンソースとして公開されているため、世界中の研究者や開発者が独自の改良案を提案し、システム全体の進化を促進する可能性がある。

7. まとめと結論

7.1. RIGとRAGの総括

  • RIG(Retrieval‐Interleaved Generation)
    • 基本概念:LLMの生成プロセスに外部データ検索を交互に挿入することで、生成された統計情報の正確性をリアルタイムに補正する。
    • 主な利点:応答速度の高速化、シンプルな実装、即時の事実確認が可能。
    • 応用例:オンラインチャット、リアルタイム質問応答システム、シンプルな統計補完が必要なシーン。
  • RAG(Retrieval‐Augmented Generation)
    • 基本概念:ユーザーのクエリに対して、まず外部データを事前に検索し、その情報を統合したプロンプトをもとにLLMが回答を生成する。
    • 主な利点:豊富な文脈情報に基づく高精度な回答生成、複雑な比較や詳細な統計解析が可能。
    • 応用例:詳細なレポート生成、複雑な統計比較、学術的・政策的意思決定のための情報提供。

7.2. DataGemmaにおける実用化

GoogleのDataGemmaは、これら2つのアプローチを統合し、LLMの幻覚問題に対する実用的かつ革新的な解決策を提供しています。

  • 実際の評価結果:101の統計クエリに対して、RIGで約58%の精度向上、RAGで約99%の正確性が報告され、ユーザープリファレンスも高い評価を受けています。
  • システム設計:DataGemmaは、自然言語クエリの自動生成、外部データとのシームレスな連携、そして長文脈LLMを用いた詳細回答生成といった、各工程が高度に統合されたシステムとして設計されており、これが今後のLLMの信頼性向上に向けた重要な一歩となることが期待されます。

7.3. 今後の展望

  • 技術改良:外部データのカバレッジ拡大、検索アルゴリズムの最適化、プロンプト統合のさらなる自動化など、各工程の精度向上が課題。
  • 実用シナリオの拡大:ビジネス、政策、学術研究など多岐にわたる分野で、信頼性の高い統計データに基づいた意思決定支援システムとしての活用が期待される。
  • オープンソースコミュニティとの連携:DataGemmaのオープンソース化により、世界中の研究者や開発者が参加してシステム全体の発展に寄与する可能性が高い。

8. 結論

今回の詳細解説では、RIGとRAGという2つの手法がいかにしてLLMの幻覚問題に対処し、正確な統計情報を提供するために外部データ(Data Commons)と連携するかを、技術的プロセス、実装の詳細、評価結果、そして応用シーンという観点から、徹底的に掘り下げました。

  • RIGは生成中に外部照合を行うことで即時性を確保し、
  • RAGは事前に豊富な情報を補強することで高精度な回答生成を実現する。

これらの手法は、用途やシステムの要件に応じて使い分けることが可能であり、GoogleのDataGemmaにより実用化され、実際の評価でもその効果が確認されています。
今後は、これらの手法のさらなる改良と、外部データソースの拡充、統合プロセスの最適化により、LLMが事実に基づいた信頼性の高い回答を提供できる体制が確立されることが期待されます。