以下に、ワークフローの基礎を学ぶために有用なケーススタディを例示します。
本ケーススタディでは、「新商品企画の承認から販売開始まで」というプロセスを題材とし、ワークフローをどのように設計・運用するかを具体的に示します。登場する役割、フローの構成、システム設計上の注意点などを通じて、ワークフローの基本的な考え方を習得できるように構成しています。
ケーススタディの概要
ケースの背景
- ある中規模メーカー企業が、新商品企画の立ち上げから販売開始までを短期間で進める必要がある。
- 社内に存在する部署:商品企画部、マーケティング部、経理部、法務部、開発部門、品質管理部、営業部 など。
- それまでは「口頭」「メール」「エクセル」などで各種承認を行っており、手戻りや伝達ミスが頻発していた。
- そこで「新商品に関する一連のプロセス」をワークフロー化し、承認フローの自動化と可視化を図りたい、というのが導入の目的。
対象とするプロセス(ざっくりした全体像)
- 企画書作成 → 2. 上長承認 → 3. 部門間調整 → 4. 詳細仕様検討・コスト試算 →
- 最終承認(役員レベル) → 6. 試作・テスト → 7. マーケティング施策立案 → 8. 販売開始準備 → 9. 正式ローンチ
本ケーススタディでは、上記のプロセスを ワークフロー管理システム(WfMS) や BPMN を使ってどのように定義し、承認ルートや役割分担をどう設定するかを体験します。
1. 役割 (Roles) の定義
まず、ワークフローを構築するにあたって重要なのは「誰がどの権限を持つか」を明確にすることです。本ケーススタディで設定する主な役割は次のとおりです。
- 商品企画担当 (企画担当者)
- 新商品の企画書を作成し、ワークフローを開始する当事者。
- 必要な資料(マーケット情報、コスト試算データなど)を最初に準備する。
- 商品企画部 上長 (企画部長)
- 企画担当者の直属上司。一次承認権限を持つ。
- 企画書の内容を確認し、OKであれば次工程に進める。
- マーケティング部 担当
- 製品の販売戦略やプロモーション計画を立案。
- 必要に応じて予算確保や市場調査などを行い、経理部・法務部との調整も実施。
- 経理部 担当
- コスト試算や資金繰りをチェック。
- 経費の承認権限、予算配分の最終確認も行う。
- 法務部 担当
- 新製品に関する法規制の調査や、商標などの権利面を確認。
- 契約書類のレビューやコンプライアンスの観点からOK/NGを判断。
- 開発部門 担当
- 実際に試作や技術的検証を行う。
- 製造可能性や開発スケジュールの見積りを提示する。
- 品質管理部 (QA)
- 試作した製品の品質検証や安全性試験を行う。
- 合格しない場合は開発部門へ差し戻し。
- 役員クラス (最終承認者)
- ビジネス面、投資対効果の面から最終決定する権限を持つ。
- ここでGoが出れば「販売準備ステージ」に移行。
- 営業部 担当
- 販売チャネルとの連携や受注管理の仕組みを整える。
- ローンチ後の売上データを把握・分析。
ワークフローでは、多くの場合「承認ロール」「実行ロール」「閲覧のみロール」など権限を分けます。本ケーススタディでも、上記9つの役割を整理し、どの工程で誰がタスクを受け持つかを明確にしていきます。
2. プロセス(タスク)とトランジション(フロー)の定義
次に、BPMN(Business Process Model and Notation) を使用して、プロセスを図式化したイメージを以下に示します(文字による簡易表現)。
[企画担当:企画書作成]
↓(申請)
[企画部長:一次承認]
↓(承認)-----> (差し戻し時は企画担当に戻る)
[マーケティング部:プラン検討 & 法務・経理と調整]
↓(OK)
[経理部:予算承認]
↓(OK)
[法務部:法的チェック]
↓(OK)
[役員クラス:最終承認]
↓(承認)
[開発部:試作・テスト]
↓(完了)
[品質管理部:品質テスト]
↓(合格)
[マーケティング部:販売戦略最終化]
↓(完了)
[営業部:販売開始準備]
↓(完了)
【販売開始】
2.1 主なタスクとその説明
- 企画書作成 (Start Event)
- 企画担当者がアイデアをまとめた企画書をシステムにアップロードすると、ワークフローが開始。
- 一次承認 (企画部長)
- 内容を確認し、問題なければ「承認」、修正・再考が必要なら「差し戻し」で企画担当に返す。
- マーケティング部でのプラン検討
- 市場調査データのチェック、販売チャネルの選定、宣伝戦略の立案など。
- 必要に応じて法務部や経理部と連携して調整を進める(※ここでサブプロセスを設定してもよい)。
- 経理部:予算承認
- コスト試算の妥当性を評価。予算枠を超える場合は役員クラスにエスカレーション、などの条件分岐があり得る。
- 法務部:法的チェック
- 商標や意匠登録のリスク、商品ラベルの表記ルールなどを精査。
- もし不備があれば「差し戻し」としてマーケティング部や企画担当に修正を依頼。
- 役員クラス:最終承認
- ビジネス上のメリットやリスクを判断し、最終的なGo/No-Goを出す。
- (Goの場合は次工程の「開発・試作」に進む。)
- 開発部:試作・テスト
- 実際に原材料や部品を用いて試作品を作り、機能・性能を評価する。
- 必要に応じてスケジュール再調整などを行う。
- 品質管理部 (QA): 品質テスト
- 検査基準(社内基準、法規制、業界規格など)に基づき品質検証を実施。
- 合格なら次へ進み、不合格なら開発部に再試作を依頼。
- マーケティング部:販売戦略最終化
- 販促資料の確定、販路との折衝、キャンペーン内容など、最終的なマーケ施策を確定。
- 営業部:販売開始準備
- 受注システムや在庫管理システムの連携を整備。
- 販売開始日や価格設定などの最終調整を行い、正式ローンチへ。
3. ケーススタディにおけるワークフロー設定のポイント
3.1 承認ルートの分岐・エスカレーション
- 差し戻し: たとえば企画部長が修正を要すると判断した場合は、企画担当者へ差し戻しになる。
- エスカレーション: 役員クラスまで承認が進まず、一定期間が経過したら自動でリマインド通知を出す、といった設定をする。
3.2 並行作業とサブプロセス
- ケースによっては「経理部の予算承認」と「法務部のチェック」を同時並行で進めたいことがあります。
- BPMNでは「Parallel Gateway(ANDゲートウェイ)」を用いて同時にタスクを割り振り、両方が終わったら次工程に進む、という表現が可能。
- マーケ部と法務部・経理部のやり取りも、1つのサブプロセスとしてワークフロー管理システム上にまとめると分かりやすいです。
3.3 担当者の自動アサイン
- ワークフロー管理システムのユーザ管理機能を使い、「法務部」ロールの人は誰でもタスクを受け取れるようにするか、それとも特定の個人にタスクを振るかを設定できます。
- 部署に複数名いる場合は「ラウンドロビン」「最終更新者にアサイン」など、組織のルールに合わせた方法を選択します。
3.4 監査ログと証跡管理
- いつ誰がどの書類を承認したかが自動記録されるように設定。
- コンプライアンスや後々のトラブル対応のためにも、ログの閲覧権限や保存期間を規定する。
4. ワークフロー管理システムでの実装例
4.1 簡易的なUI例
- ステータスボード: 各担当者はログイン後、自分に割り当てられた「承認待ちタスク」一覧を確認できる。
- 承認画面: ボタンをクリックして「承認」「却下」「差し戻し」が行え、コメントや理由を入力する。
- ファイル添付・履歴: 企画書、試作結果、品質レポートなどが時系列で紐づく。
4.2 BPMNツールの画面
- Camunda、Activitiなどのツールであれば、ドラッグ&ドロップで「タスク要素」「ゲートウェイ(分岐)」「イベント」などを配置し、矢印でつなぐだけでフロー定義ができる。
- 条件分岐(ゲートウェイ)に対し、「承認 == true なら次へ」「承認 == false なら差し戻しへ」などのルールを設定する。
5. 分析と改善: ボトルネック分析の例
ケーススタディの導入後、以下のような分析を行い、継続的な改善を行うシミュレーションを想定します。
- リードタイムの計測: 「企画書作成開始から最終承認までに要した時間」「最終承認から販売開始までに要した時間」を可視化し、どの工程が遅れやすいかを発見。
- 差し戻し率: 差し戻し件数が最も多いのはどの工程か? 例えば、法務部から差し戻しが多いなら、事前に法的観点を踏まえたドキュメントテンプレートを整備することで改善できるかもしれません。
- エスカレーション回数: 役員承認が滞りやすいのであれば、スケジュールを見直し、承認のタイミングをあらかじめ確保する仕組みを作る。
6. ケーススタディで学ぶポイントまとめ
- プロセスの可視化: 誰がどの順番でタスクを進めるのか、BPMNなどの図示により一目で把握できる。
- 承認ルートと権限設定: 役割ごとに何をできるかを明確にし、システムで自動化する。
- 差し戻しと例外処理: 全てがスムーズにいくとは限らない。差し戻しや例外時のプロセスも設計しておく。
- 並行処理とサブプロセス: 会社の組織構造や業務特性に合わせて、フローを柔軟に分割・分岐・統合できる。
- 運用後の継続的な改善: ボトルネック分析やKPI測定によって、ワークフローを洗練していく。
7. ケーススタディ実施のためのステップガイド
- 現状分析
- ワークフロー化対象を選定(本ケースでは「新商品企画〜販売開始」)。
- 既存のやり方(口頭・メール・書類)のフローや問題点を洗い出す。
- To-Be像(理想のフロー)の可視化
- BPMNなどでプロセスを図示。
- 各タスクの担当者、必要データ、判定基準、承認レベルを定義。
- システム実装
- 選定したワークフロー管理システム上で、プロセス図を作成。
- テスト環境で差し戻しなどの分岐パターンも含めて試行する。
- 運用開始と教育
- 関係部署に使い方をレクチャーし、実際にプロセスを回してみる。
- エラーや混乱があればフローやUIを微調整する。
- 効果測定とフィードバック
- リードタイム、承認スピード、差し戻し率、利用率などをKPIとしてトラッキング。
- 改善が必要な箇所があれば、BPMNのフロー定義を修正。
- 定期的にケーススタディの成果をレビューし、社内他部門へ横展開する。
8. まとめ
本ケーススタディ「新商品企画の承認から販売開始まで」は、以下のような学習効果を得られます。
- ワークフローの基本概念: プロセス、タスク、役割、承認、差し戻し、並列化など。
- BPMNなどによるプロセスモデリング: 実際の業務フローを図式で表現し、ステークホルダー間の認識を揃える。
- システム化の流れ: 現状分析 → 設計 → 開発 → 運用 → 改善 というライフサイクル。
- 組織横断的な調整の重要性: 部署間連携における情報の受け渡しや承認ルートを明確化するメリットを体感できる。
- 導入後の継続的PDCA: 導入がゴールではなく、データをもとにボトルネックやムダを発見し、業務改革を加速させる。
このケーススタディを通じて、ワークフロー構築の全体像と、実際の設計・運用イメージが掴みやすくなるはずです。ここで学んだ内容を、自社の別の業務フローにも横展開すれば、より大きな効率化やデジタル化推進に寄与することができます。ぜひプロジェクトメンバーや利害関係者と共に検討・実装を行い、ワークフローを実務に活かしてみてください。