以下のレポートは、提示された記事「Five Trends in AI and Data Science for 2025」(筆者:Thomas H. Davenport, Randy Bean、MIT Sloan Management Review)の内容をベースに解説したものです。2025年のAI・データサイエンスの最前線において、リーダー層や実務担当者が注意すべき焦点がどこにあるのか、そしてそれらがどのように組織運営やビジネス戦略に影響を与えるのかを、丁寧に時間をかけて紐解いていきます。テクノロジー面だけでなく、企業文化、組織設計、データマネジメントの側面にも焦点を当て解説しました。
https://sloanreview.mit.edu/article/five-trends-in-ai-and-data-science-for-2025
目次
- 総論:2025年のAI・データサイエンスをめぐる全体像
- トレンド1:エージェンティックAI(Agentic AI)の期待と現実
- 2-1. エージェント型AIの概念
- 2-2. “ベンダーの期待” vs “現場の懐疑的視点”
- 2-3. 具体的な利用例と初期導入の見込み
- 2-4. エージェント型AIがもたらすビジネスインパクトと課題
- トレンド2:生成AI(Generative AI)のROIと成果測定の重要性
- 3-1. 多くの企業が示す“成果への期待”と“計測の欠如”
- 3-2. 生産性向上を示す初期研究やケーススタディ
- 3-3. “本当の生産性向上”を測るための方法論
- 3-4. 組織内のマネジメント指標における落とし穴
- トレンド3:データドリブン文化(Data-Driven Culture)の現実と変革
- 4-1. 生成AIの台頭が文化に与えた影響
- 4-2. “データ・AIドリブン”組織の水準推移
- 4-3. 組織文化を変革するための必要条件
- 4-4. 古参企業(レガシー企業)の課題と変革例
- トレンド4:再注目される非構造化データ(Unstructured Data)の活用
- 5-1. なぜ今“非構造化データ”が重視されるのか
- 5-2. 非構造化データを扱うための具体的アプローチ
- 5-3. RAG(Retrieval-Augmented Generation)のインパクト
- 5-4. ナレッジマネジメントの復権と人間の役割
- トレンド5:AI・データを誰が統括すべきか?揺れ動くリーダーシップ像
- 6-1. CDO(Chief Data Officer)とCAO(Chief AI Officer)の出現
- 6-2. 組織構造の複雑化と“スーパーテックリーダー”の台頭
- 6-3. 組織として必要な意識改革と調整
- 6-4. 将来像:役割融合か専門性分化か
- 結論と将来への展望
1. 総論:2025年のAI・データサイエンスをめぐる全体像
近年のAI技術の進化には目を見張るものがあり、特に2023年末から2024年にかけてはChatGPTをはじめとする生成AI(大規模言語モデル:LLM)が急速に普及しました。その結果、2025年に向けては組織におけるデータ活用の存在感や、従来からあった統計解析・機械学習モデルの運用がさらなる変化を遂げると予想されています。筆者たちは、企業がAIを活用する上で重要となるトレンドを5つ挙げており、それぞれが組織運営やビジネスプロセス、そして競争力に直結するテーマです。
- トレンド1:エージェンティックAI(Agentic AI)の約束と実態
- トレンド2:生成AIの成果測定とROI(投資対効果)意識の高まり
- トレンド3:データドリブン文化の“真の定着”に対する認識の変化
- トレンド4:非構造化データ活用の再ブーム
- トレンド5:データ・AI統括役職(CDO, CAOなど)の組織内での地位・役割の確立
これら5つの要素は、それぞれが孤立した存在ではなく、互いに関連し合うことで、企業のデジタル変革(DX)やデータドリブン経営に大きな影響を及ぼします。
2. トレンド1:エージェンティックAI(Agentic AI)の期待と現実
2-1. エージェント型AIの概念
エージェンティックAI(Agentic AI) とは、生成AIなどを活用し「ある程度の自律性・主体性を持ってタスクを実行する」エージェント群(AIソフトウェアの集合体やマルチエージェントシステム)を指します。たとえば、企業内で複数のAIチャットボットが連携して、問い合わせ対応、顧客データ更新、レポート作成などの業務を相互補完的に処理するようなイメージです。
2-2. “ベンダーの期待” vs “現場の懐疑的視点”
- ベンダー側の主張
多くのITベンダーやコンサルタントは、すぐにでも高度なエージェント群が実稼働し、人間の手を大幅に離れた状態で業務が円滑化されると期待しています。特に「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)プラットフォームがエージェントをオーケストレーションし、業務プロセス全体を自動化する」といった未来像を描くことも多いです。 - 現場の懐疑的視点
一方、調査によると「すでにエージェンティックAIを導入している」とするITリーダーが3割を超える結果もある一方で、実際には各社ともPoC(概念実証)段階や限定的活用にとどまるケースが散見されます。また、特に金融機関や行政機関など厳密性と説明責任が求められる領域では、ほんとうにエージェンティックAIを“完全放任”で動かすにはハードルが高すぎるという声が強まっています。
2-3. 具体的な利用例と初期導入の見込み
- 内部タスクでの活用
パスワードリセットや有給休暇取得申請など、簡単な定型タスクへの適用は比較的早期に進む見込みです。これらの領域なら金銭的リスクが低く、エラーが起きてもシステム管理者が巻き戻したり修正したりできます。 - 顧客対応での活用
顧客が直接行う決済や契約行為などでは、仮にエージェントAIがミスを犯した場合のリスクが大きいため、2025年の段階ではまだ限定的な適用にとどまるでしょう。現時点では、多くの企業が導入初期段階として“有人確認フロー”や“最終承認ステップ”を設ける方式を検討しています。
2-4. エージェント型AIがもたらすビジネスインパクトと課題
- ビジネスインパクト
うまく活用できれば、ナレッジワーカーの定型業務を大幅に圧縮し、創造的なタスクへ人材を回せるというのが最大の利点です。また、2025年以降は「複数の生成AIエンジン同士が連携し、マーケティング・販売管理・カスタマーサポートなど部門横断的にタスクを進める」という構想も期待されています。 - 課題
- エージェントが生成する回答・実行する処理の信頼性確保
- セキュリティ(特に不正アクセス、情報漏洩リスク)
- 誤作動が起きた場合のリカバリ手順
- 組織内での明確な責任分界点(ヒト vs AI)
- ユーザー教育や業務プロセス再設計にかかる工数と費用
3. トレンド2:生成AI(Generative AI)のROIと成果測定の重要性
3-1. 多くの企業が示す“成果への期待”と“計測の欠如”
前回のトレンド1にも関連しますが、2024年までの期間に多くの企業がChatGPTや類似の生成AIを試験導入・PoC活用してきました。しかし「どの程度の生産性向上が得られたのか?」「実際に人件費や外部委託費がどれほど削減されたのか?」といった定量的な評価は十分に行われていないのが現状です。
実際に、Randy Bean氏の2025 AI & Data Leadership Executive Benchmark Surveyでは「生成AIのおかげで大きな生産性向上を得た」と回答した企業が多かったものの、その裏付けデータや測定方法が不明瞭なケースが相当に含まれています。
3-2. 生産性向上を示す初期研究やケーススタディ
Goldman Sachsなど一部の企業では、プログラミング領域における生成AIアシスタント(例:GitHub Copilotや独自のLLMなど)を導入した結果、約20%の生産性向上が見られたと報告しています。学術研究でも「経験の浅い従業員ほど生成AIの恩恵を受けやすい」「逆にコーディングなど熟練者が使うときは限定的かもしれない」といった興味深い成果がいくつか報告されています。
3-3. “本当の生産性向上”を測るための方法論
- 対照群を設けた実験
たとえばマーケティング担当者を3グループに分け、- 生成AIをフル活用し、人間のレビューなしでコンテンツ作成
- 生成AIを利用しつつ人間のレビューを必須とする
- 生成AIを使わず、人間のみで作成する
というような対照実験を行い、実際の成果物の質・量・制作時間を比較する。これにより、実際にどれだけの効率化が図れたかを厳密に検証できる。
- 成果物の品質評価指標
単に「作成スピード」が上がるだけでは意味がなく、「生成されたコンテンツの正確性」「クリエイティビティ」「リード獲得率(マーケ部門なら)」などを複合的に測定する必要がある。
3-4. 組織内のマネジメント指標における落とし穴
- “倍以上速くなったから人員削減”には結びつかない?
生成AIによる業務スピード向上が実際にコスト削減や収益増大に結びつくかは、各企業のマネジメント方針や労務上の制約も大きく影響します。測定結果が良好だからといって、直ちに大規模な人員削減を行うかどうかは企業文化や法律上の問題も絡みます。 - ノーベル賞受賞経済学者(ダロン・アセモグル)の警告
「AIが実際の生産性に大きなインパクトを与えるのは中長期的な視点が必要。短期間で爆発的な上振れは期待しすぎない方が良い」という見解が学界の一部で強調されています。
4. トレンド3:データドリブン文化(Data-Driven Culture)の現実と変革
4-1. 生成AIの台頭が文化に与えた影響
2023年末から2024年にかけて、ChatGPTや類似サービスへの関心が爆発的に高まったことで、データドリブンな意思決定や組織文化が急激に高まったように見えました。Randy氏の前回調査では、「データ・AIドリブン文化が定着した」と答える企業が約2倍に増えたという結果も報告されています。
4-2. “データ・AIドリブン”組織の水準推移
しかし2025年版の調査結果では、その数値がやや後退(“データ・AIドリブン”組織は37%、“文化が定着”は33%)しており、楽観的な回答からやや現実的な回答へシフトしたとも言えます。これは「生成AIの登場によってデータ活用への関心は確かに高まったが、それが企業文化として根付いたわけではない」という事実を示唆しています。
4-3. 組織文化を変革するための必要条件
- 経営陣の強いコミットメント
データやAIを駆使した意思決定をただ“試す”だけでなく、継続的な投資と実行を保証する経営トップの後ろ盾が欠かせません。 - 明確なKPI・インセンティブ設計
各部門がデータ活用を行った結果、どのように事業成果が改善され、その成果をどう評価・報酬につなげるかを明示することが必要です。 - 組織内での変革リーダーの育成
ミドルマネージャーや実務担当者が「データ活用は新しい負担」と捉えないためには、教育プログラムやキャリア形成支援など継続的な取り組みが不可欠です。
4-4. 古参企業(レガシー企業)の課題と変革例
- 長い歴史を持つ組織特有の壁
大企業や官公庁には既存の業務プロセス、役職制度、KPIなどが根強く残っており、一朝一夕にデータ活用を浸透させることは難しい。 - COVID-19パンデミックがもたらした変革の加速
大手企業の中には、パンデミックを機にデジタルトランスフォーメーションへ一気に舵を切ったところもある。生成AIの“即効性”を過度に期待するのではなく、段階的・継続的に組織改革を行ってきた場合、徐々に効果が現れる可能性が高いといえるでしょう。
5. トレンド4:再注目される非構造化データ(Unstructured Data)の活用
5-1. なぜ今“非構造化データ”が重視されるのか
従来の分析系プロジェクトは、主に取引履歴や顧客属性など“数値・テーブル形式”の構造化データを扱うのが中心でした。しかし、生成AIの急速な普及により、テキスト・音声・画像・動画などの非構造化データが脚光を浴びています。実際、多くの組織が保有するデータの**70〜90%**が非構造化データだと推定され、そこに秘められた知見を引き出す余地は大きいです。
5-2. 非構造化データを扱うための具体的アプローチ
- ドキュメント分類・タグ付け
大量の社内文書、顧客とのチャット履歴、メールアーカイブなどを自然言語処理(NLP)技術を用いてトピック分類し、メタデータを付与する。 - ベクター検索と埋め込み技術
LLMが用いる“エンベディング(埋め込み)”によって、文章の類似度検索を行うためのベクターデータベース(例:Pinecone、FAISS、Weaviateなど)を整備する。- RAG(Retrieval-Augmented Generation): LLMが大規模な外部データを参照・検索しながら回答を生成するフレームワーク。企業内部のテキストデータやドキュメントを対象にすると、社内FAQ、ナレッジベースの高度活用が見込める。
- 音声・画像・動画の解析
- 音声認識により会議の議事録作成、自動要約。
- 画像認識による製品検品の自動化、マーケティング資料への活用。
- 動画解析により研修映像の要点抽出や、物体検出によるリアルタイム監視など。
5-3. RAG(Retrieval-Augmented Generation)のインパクト
多くの企業が「社内ドキュメントをLLMに取り込めば、一発で高度な検索や自動要約が可能になる」と期待しますが、実際にはデータを整理し、品質を確保したうえで、RAG対応のワークフローを構築する必要があります。
5-4. ナレッジマネジメントの復権と人間の役割
- ナレッジマネジメントブームの再来?
かつて2000年代初頭にKnowledge Management(KM)ブームが起きましたが、十分に活用されないまま過ぎ去った例も多いです。しかし生成AIとRAGの普及により、大量の社内知識を一元管理・検索しやすくなり、再びKMが注目されています。 - 人間の“選別とキュレーション”が不可欠
LLMやRAGが誤った情報を混入させるリスクを下げるには、人間の側が「どのドキュメントが最新で正確な情報なのか」「どれを優先的に参照すべきか」をしっかり管理・審査する必要があります。AIだけに任せられる時代は2025年にはまだ到来していないでしょう。
6. トレンド5:AI・データを誰が統括すべきか?揺れ動くリーダーシップ像
6-1. CDO(Chief Data Officer)とCAO(Chief AI Officer)の出現
- CDOの普及状況
2012年時点でCDOを置いていた企業は12%程度でしたが、今では80%以上の企業が何らかの形で“データ責任者”を置いています(Randy氏の調査)。 - CAO(Chief AI Officer)の台頭
本格的にAIを導入する企業が増える中、データ管理とAI活用の責任を分けて担うためにCAO職を作る事例が増えています。33%もの企業がCAO職を置くというのは大きな変化といえます。
6-2. 組織構造の複雑化と“スーパーテックリーダー”の台頭
- CIO, CTO, CDO, CAOなど“CxO”の乱立
デジタル変革の波とともに役職が増えすぎて、お互いの管轄範囲が曖昧になるケースが多発しています。「CDOはあくまでデータガバナンスが中心」「CAOはAI活用の戦略策定」が原則だとしても、実際の業務は密接に絡むため、しばしば権限や責任分担の衝突が見られます。 - スーパーテックリーダー構想
Thomas H. Davenport氏が指摘するように、CIOが成長して“ビジネストランスフォーメーション全体を統括する上位職”へ進化し、その下にCDOやCAOが配置される形が理想的だという考え方もあります。これは**“テクノロジー変革を司る経営レベルの指揮官”**が必要だ、という認識に基づくものです。
6-3. 組織として必要な意識改革と調整
- ビジネス価値へのコミット
CDOやCAOが成功を収めるには、単なるデータやAI技術の管理者としてではなく、ビジネス成果(売上、コスト削減、顧客満足度など)を明確に向上させることが不可欠です。 - トップへのレポートライン
現在のところCDOがCEO直下・COO直下など“経営幹部への直通”である割合は36%にとどまります。トップマネジメントがデータとAIに深くコミットする組織ほど、デジタル変革のスピードと成果が出やすいという調査結果もあります。
6-4. 将来像:役割融合か専門性分化か
- 役割統合シナリオ
CDOとCAOの役割を1人が兼任(あるいはCIOが全体を統括)することで、組織内の複雑性を下げる。大企業の中には、デジタル変革をリードできるCIOやCDOがいわば“CDO兼CAO”のように振る舞っている例があります。 - 専門性分化シナリオ
データガバナンスや法規制への対応を重視する部門(CDO配下)と、先端AI技術の実装・運用を重視する部門(CAO配下)を分け、それぞれが強い専門性を磨くアプローチ。金融・医療のように規制が厳しい領域では、こうした専門的分業がより重要になるかもしれません。
7. 結論と将来への展望
2025年に向けて、AIとデータサイエンスは以下の点で大きな進化・変革を迎えています。
- エージェンティックAIが注目を浴びるが、すぐに大規模業務へ全面適用されるわけではない。
初期は内部の単純タスクや裏方業務から導入が進む見込みであり、大きな金額や顧客が絡む領域は慎重に扱われる。 - 生成AIの価値を証明するためには、しっかりとした効果測定が必須。
“劇的な生産性向上”と一口に言っても、その根拠を数値で示す企業はまだ少なく、対照実験などを活用して明確なROIを示す努力が求められる。 - “データ・AIドリブン文化”はすぐに定着しない。
生成AIブームにより関心は高まったが、本質的に文化を変えるには、経営トップの後押し、KPI設計、教育、評価制度など多方面の改革が不可欠。 - 非構造化データの重要性が再浮上。
生成AIやRAGが注目される中、企業が膨大に保有するテキスト・音声・画像・動画などを適切に管理し、ビジネスに活かすための仕組みづくりが急務となる。 - CDO/CAOという役職の確立にはまだ試行錯誤が必要。
データとAIに関する最高責任者の存在は当たり前になりつつあるが、既存のCIO/CTOとの関係や経営トップとの連携など、組織として統括の仕方に悩む企業は少なくない。
総じていえば、技術的なブレークスルーは続く一方で、その導入・活用・評価を支える組織文化やリーダーシップ、そしてデータガバナンスの問題は依然として根深いことがわかります。2025年という近未来においては、最新の技術を取り入れるだけでなく、「ビジネス価値の最大化」「組織・人材育成」「データ品質と倫理的配慮」などを包括的に考え、着実に実行できる企業が勝ち残るでしょう。
参考情報
- Thomas H. Davenport, Randy Bean, “Five Trends in AI and Data Science for 2025,” MIT Sloan Management Review, January 08, 2025.
- Randy Bean, Fail Fast, Learn Faster: Lessons in Data-Driven Leadership in an Age of Disruption, Big Data, and AI (Wiley, 2021).
- Thomas H. Davenport, All Hands on Tech: The AI-Powered Citizen Revolution (Wiley, 2024).
- 経済学者 Daron Acemoglu 氏の研究・論文など(AIが生産性に与える長期的影響についての議論)。