医療ケーススタディへのLLMの適用:プロンプト

以下では、前述の「COVID-19のパンデミック下でICUキャパシティが不足するケーススタディ」を題材に、大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)をどのように活用し、そのためにどのようなプロンプトを作成・適用していくかを考えてみます。ここでは、LLMを「意思決定の補助ツール」として位置づけ、「どのような情報がほしいか」「どのような形式で回答してほしいか」を明確にするためのプロンプト例をいくつか示します。


1. 大規模言語モデルを医療ケーススタディに活用する目的

  1. 医療リソース配分(トリアージ基準)の参考情報収集
    • 世界各国・各機関のガイドラインや論文の要約を素早く取得し、比較する。
    • エビデンスベースのトリアージ指標(SOFAスコアなど)の導入事例を調べる。
    • 具体的な実装方法や、運用上の問題点を事前に把握する。
  2. ステークホルダーとのコミュニケーション補助
    • 患者や家族への説明資料のひな型作成。
    • 取材やSNS発信に向けたメッセージ文面のドラフト。
    • 医療従事者への研修用資料の概要作成。
  3. 院内倫理委員会での議論ポイント整理
    • 倫理的・法的な観点の文献や事例のサマリー。
    • 意思決定に関連する複数のシナリオ・想定問答(Q&A)の作成。

こうした目的を踏まえ、どのような指示(プロンプト)をLLMに与えれば有用なアウトプットが得られるのかを検討します。


2. プロンプト作成の基本的な考え方

  1. 具体性
    • 「何を聞きたいのか」「どの形式で答えてほしいのか」「前提条件や制約は何か」を具体的に伝える。
  2. 段階的アプローチ
    • 複雑な問いを一気に投げるのではなく、必要に応じて段階を区切り、再帰的・反復的に質問を深めていく。
  3. 専門用語や数値基準を明示
    • SOFAスコアや倫理原則など、医療現場で使われる専門用語を事前情報として提示すると回答の精度が上がりやすい。
  4. 追加の背景情報・文脈を与える
    • 病院の規模や所在する国・地域の医療制度、想定する重症者数など。

3. プロンプト例

3-1. トリアージ基準に関する情報収集

プロンプト例 1

「あなたはICUトリアージの専門家です。COVID-19重症患者が急増し、ICUと人工呼吸器が不足する恐れがあります。
以下の前提条件を踏まえて、世界各国の主要なトリアージガイドラインや関連する論文の要点を教えてください。

  • 病院のICUベッド数は50床
  • 平時からSOFAスコアを導入
  • 患者の平均年齢は65歳
  • 日本の医療法と感染症法の規定に準拠 ガイドラインにおける共通点・相違点、および導入時の留意事項を簡潔にまとめてください。」

解説

  • 目的: トリアージ基準策定のための基礎調査。
  • ポイント:
    • 具体的な病床数(ICU 50床)や既に導入している評価指標(SOFAスコア)を提示。
    • 国際的なガイドライン(WHO、CDC、各国の学会)などを参照したまとめを求める。
    • 日本の法制度との整合性にも触れるよう依頼。

3-2. 倫理委員会向けのシナリオ構築

プロンプト例 2

「院内倫理委員会が、COVID-19の重症者受け入れに関する意思決定フローを議論しています。以下の項目を考慮したシナリオを3パターン作成してください。

  1. 患者の年齢・基礎疾患を優先するトリアージ
  2. まずはSOFAスコアで一律に判定し、例外を倫理委員会が判断する方法
  3. 治療効果の見込み期間(回復までの推定期間)を重視する方法 それぞれのメリット・デメリット、医療スタッフへの負担、患者家族からの理解を得るための懸念点を含めて、
    箇条書きで整理してください。」

解説

  • 目的: 倫理委員会にて議論する材料を作る。
  • ポイント:
    • シナリオを複数提示させ、それぞれの長所・短所・ステークホルダーへの影響をまとめる。
    • LLMに「箇条書き形式で回答」するよう指示し、読みやすいアウトプットを狙う。

3-3. 家族への説明文書のテンプレート作成

プロンプト例 3

「COVID-19重症患者のICU受け入れ基準を家族に説明するための文書ひな型を作成してください。
条件:

  • 医療用語をなるべく噛み砕いて説明
  • 病院としての立場(リソース限界)、患者さんを大切に思う気持ちを両立して伝える
  • 約800文字程度で構成
  • 最後に問い合わせ先と院内の相談窓口の情報を明記 よろしくお願いします。」

解説

  • 目的: 一般向け・患者家族向けの文書作成補助。
  • ポイント:
    • LLMに対して文章のトーン(専門用語の多用を避ける、丁寧さ・共感を重視)や字数目安など、具体的な条件を提示。
    • 出力後、人間が内容をしっかりレビュー・修正する必要がある(医療上の正確性や法的表現のチェック)。

3-4. スタッフ研修やQ&Aの作成

プロンプト例 4

「ICUナース向けに、COVID-19の重症度判定とトリアージ手順に関するFAQ集を作りたいです。以下の項目ごとにQ&A形式でまとめてください。

  1. SOFAスコアとは何か
  2. 患者家族とのコミュニケーションで気をつけるポイント
  3. 緊急時に医師が不在の場合の対応
  4. 心理的ストレスへの対処法 回答はそれぞれ 100~150字程度でお願いします。」

解説

  • 目的: 新人ナースや応援看護師が初動を把握しやすいマニュアルを素早く作る。
  • ポイント:
    • 質問(Q)と回答(A)をセットで書かせるよう指定し、紙資料や院内システムにまとめやすい形にする。
    • LLMが作った下書きをベースに、上級スタッフや管理職が最終チェックを行うことで時間を節約できる。

4. プロンプト適用時の注意点

  1. 医療上の正確性・最新性
    • LLMが参照しているデータが古かったり、不正確な情報を含んでいたりする可能性がある。最終的には専門家(医師、看護師、薬剤師、法務部など)が必ず検証・修正する必要がある。
  2. 倫理的・法的側面の確認
    • トリアージ基準や救命措置の優先度などは非常にセンシティブな領域。LLMが提示した案を“鵜呑み”にするのではなく、院内倫理委員会や法律専門家の監修を受けることが望ましい。
  3. プライバシーの保護
    • 患者データなど個人情報を含む形でプロンプトを投げない。モデルが学習に使われる可能性を考慮し、必要に応じて情報を匿名化・抽象化する。
  4. コミュニケーションと責任の所在
    • LLMは回答の最終責任を負えない。医療行為や医療判断は医療従事者が最終的に担う。説明資料やQ&Aの文面を整える際も、患者家族や社会に正しく伝わるようチェックが不可欠。

5. まとめ

医療分野のケーススタディ(ICU不足とトリアージ問題)に大規模言語モデルを適用する際は、

  • 明確なゴール設定: 情報収集、合意形成の補助、説明文書のドラフト作成など。
  • 適切なプロンプト設計: 具体的な指示・フォーマット・前提条件を盛り込む。
  • 出力の専門家レビュー: 医学的・法的・倫理的観点から内容を必ず点検。

という流れを踏むことが鍵となります。LLMは「膨大な知見の整理」「文章生成の高速化」などに優れていますが、医療現場の判断そのものを委ねるわけにはいきません。あくまで補助的ツールとして、医療チームの意思決定の質を高めるための有効なアシストが可能です。