以下の解説では、LLM(Large Language Model)に与えるプロンプトを設計する際に重要となる「意図 (intention)」と「目的 (objective/goal)」の違いについて説明します。
1. はじめに
1.1 LLMへのプロンプトとは何か
LLM(たとえばChatGPTやBERT、GPT-4、その他大規模言語モデル)は、入力(プロンプト)に対してテキスト生成や質問応答などを行うAIモデルのことです。プロンプトは、人間がLLMに「どのような出力を得たいか」や「どんなコンテクストを提供しているか」を示すための指示文にあたります。
プロンプト設計においては、「意図」と「目的」の双方を明確に記述することが非常に重要です。これができているかどうかで、モデルから返ってくる回答や生成物の質が大きく変わります。
1.2 「意図」と「目的」は似ているようで異なる
日本語において、しばしば「意図」と「目的」は似た意味合いで使われることがあります。しかし、LLMの分野におけるプロンプト設計では、この二つを区別して考える方が有益です。
- 意図 (Intention): そのプロンプトを作成・提示する背後にある「理由」「動機」「なぜそうしたいのか」という動因。
- 目的 (Objective/Goal): そのプロンプトを使って「最終的に何を達成したいのか」という到達点やゴール。
簡単に例を挙げると、たとえばLLMに「新商品のキャッチコピー」を考えてもらいたいとき、
- 意図: 「より売り上げを伸ばしたい」「インパクトの強い言葉がほしい」「ライバルとの差別化を図りたい」
- 目的: 「キャッチコピーを10案ほど出してもらい、その中から最適なものを採用する」
というように区別が可能です。
2. 「意図 (intention)」の重要性を徹底的に掘り下げる
2.1 意図が曖昧な場合に起こる問題
意図が曖昧なままプロンプトを作成すると、以下のような問題に直面しがちです。
- 回答がピント外れになる
LLMはプロンプトから得られる情報を元に応答を生成します。意図が明確に示されていないと、モデルは「何をどう考慮しながら回答していいか」がわからず、質問や依頼の趣旨とは外れた回答が返ってくる可能性が高くなります。 - 不要な情報が多い回答になる
意図がはっきりしていないと、「何を優先するか」がモデルにうまく伝わりません。そのため、「意図とは関係のない余分な長文」や「求めていない詳細情報」ばかりが返ってきてしまい、ノイズが増えます。 - 別の方向へ解釈されるリスク
とくに自然言語によるプロンプトは、言葉の解釈に多義性があるため、思わぬ方向にLLMが回答を発展させてしまうことがあります。
2.2 意図を明確にするメリット
意図を明確にすることで得られるメリットは大きいです。
- LLMに期待する論点を強調できる
明確な意図を示すことで、モデルに対して「何が今回の中心テーマか」を伝えられます。例えば「製品の利点を強調したアイデアを求める」のか、「感情に訴えかけるような表現を求める」のか、など。 - 回答の一貫性が向上する
意図が明示されていることで、モデルの回答もその意図に沿った形に揃いやすくなり、ブレが減少します。 - 要件を満たすための思考プロセスがモデルの中で組まれやすい
モデル自身が「何のためにこれを答えるか」「どういうトーンやアプローチが適切か」を理解しやすくなります。
3. 「目的 (objective/goal)」の重要性を徹底的に掘り下げる
3.1 目的が曖昧な場合に起こる問題
今度は「目的」が不明確な場合の問題点を考えましょう。
- 最終的にどんな成果物が欲しいのかがわからない
たとえば「このデータを使って分析してほしい」だけでは具体的に何を出力してほしいのかが明確ではなく、LLMが抽出すべきポイントや出力フォーマットを誤解するかもしれません。 - 評価基準が定めにくい
目的がわかっていないと、回答の良し悪しを評価することが難しくなります。たとえば「新規事業のアイデアを10個出す」という目的なのに5個しか出力されなかった場合、あるいは10個が出てきたとしても事業アイデアとして箸にも棒にもかからないものばかりであれば、それは目的を達成していません。 - 改善や軌道修正ができない
LLMの出力を見ながら微調整したりリトライを行ったりするとき、何を変えればよいのか、どういう方向で修正すればよいのかが不透明になります。
3.2 目的を明確にするメリット
目的をしっかり示すことで、次のようなメリットがあります。
- 最終成果物のクオリティが上がる
LLMに「何をどのように出力すればあなたのゴールを満たすか」を具体的に伝えるため、狙った出力に近い結果が得られやすくなります。 - 評価基準がはっきりする
「この出力は目的を達成しているのか、どこが足りないのか」といった評価がしやすくなり、その評価をもとに再度プロンプトを調整できます。 - チーム内での意思疎通がスムーズになる
LLMプロンプトの設計は一人でする場合もあれば、複数名のチームで行う場合もあります。目的が共有されていれば、メンバー同士の議論がよりスピーディーかつ正確になります。
4. 「意図」と「目的」の相互補完関係
4.1 なぜ両方大事なのか
しばしば「目的」がはっきりしていればそれで十分と思われがちですが、実際には「意図」も同時に明確化することで、プロンプトの指示に対するモデルの理解度が格段に高まります。
- 目的は “ゴール”
- 意図は “ゴールを設定した理由や背景、推進力”
両者を組み合わせて提示することで、「なぜそのゴールを目指しているのか」をモデルに補足情報として示すことになり、より質の高い生成結果が得られるのです。
4.2 例:商品のキャッチコピーを作るプロンプト
- 意図: 「他社と差別化し、若い世代に響く独創的なフレーズが欲しい」
- 目的: 「キャッチコピーを5~10案提案してもらい、最終的に1案を選ぶ」
この場合、意図をちゃんと書くと、LLMは「なぜ若い世代に響くものが欲しいのか」を推測しやすくなり、ポップでカジュアルな言葉を重視するなど工夫をしやすくなります。さらに目的が明確なので、提案数(5~10案)を正確に出力することも期待できます。
5. プロンプト設計で「意図」と「目的」を明文化する実践方法
5.1 STEP1: まずは「意図」を自問する
- なぜこの情報をLLMに尋ねたいのか?
- どんな背景や問題があって、この回答を得たいのか?
- 回答を得た先にどんな変化やメリットを見込んでいるのか?
こうした問いを丁寧に掘り下げることで、「自分の本当の意図は何か」がはっきりします。ここが甘いと、後続の設計すべてにズレが生じます。
5.2 STEP2: 「目的」を具体化する
- どのようなフォーマット、ボリュームの成果物が欲しいのか?
- いつまでに、誰がその成果物を見るのか?
- 数値基準や評価指標はあるか?(たとえば提案数、文書量、対象読者の想定など)
「箇条書きで5個以上」「論文形式でA4用紙1枚程度」「初心者にも分かりやすく」など、具体的な条件を付すことで、目的の解像度がグッと上がります。
5.3 STEP3: プロンプトに統合する
- 意図を説明する文: 「ユーザーセグメントの若年層への影響力を拡大したく、遊び心があるフレーズを模索しています。」
- 目的を明示する文: 「5つのキャッチコピー案を提案してください。最後にそれぞれの特徴を1文でまとめてください。」
このように、事前に自分が整理した「意図」と「目的」を、プロンプト文中で明確かつ簡潔に伝えることで、LLMに対して意図を誤解なく理解してもらいやすくなります。
6. LLMの性質と「意図」「目的」の活かし方
6.1 LLMの得意領域と限界
近年のLLMは膨大なパラメータと学習データをもとに、非常に流暢かつ多彩なテキスト生成能力を持っていますが、同時に「人間の意図を完璧に推測する」ことは苦手です。
あくまでテキストのパターンを駆使して統計的・言語的に最もありそうな回答を導き出しているので、「何を意図しているのか」を明示的に提示してあげる必要があります。これは、ChatGPTでもGPT-4でも、あるいは他の言語モデルであっても共通です。
6.2 大規模言語モデルの動作原理から見た「意図」と「目的」
LLMはトランスフォーマーというモデル構造を採用しており、入力された単語(トークン)の文脈(コンテクスト)に合わせて次の単語を予測していく仕組みです。
「意図」はその背景にあるコンテクストを充実させる材料になり、「目的」は最終的なテキストの形を確定させる導き手になります。
- 意図があると:モデルが文脈を読み取る際に、「どのような価値観や視点から回答を組み立てればよいか」を推測しやすくなる。
- 目的があると:モデルがどのようなゴールを目指すかを意識したうえで次の単語を出力するため、出力がゴールに近づきやすい。
7. さらに発展的な視点:ユーザーのリテラシーや状況を考慮する
7.1 ターゲット層(読者)やシチュエーションの明示
「意図」と「目的」の提示とあわせて、**「誰のための回答か」や「どのような状況で使うのか」**も書くと、LLMはより的確な答えを出せるようになります。
- 例: 「初心者向けに」「経営者向けに」「大学生向けに」「専門家向けに」など
これらの指示も、広義には「意図」に近い補足情報と言えます。
7.2 応用:感情面の意図や利用シーンの意図
「意図」には、機能的・ビジネス的な目的以外に、「ユーザーの感情を動かしたい」「商品ブランドのイメージを強化したい」というような情緒的・心理的意図も含まれます。こうした感情的な要素を盛り込むことで、モデルが出すコピーやアイデアにも感情面でのニュアンスが反映されやすくなります。
8. 実際のプロンプト例:意図と目的の違いを明文化
ここまでの解説を踏まえ、最後に「意図」と「目的」を明文化したプロンプトの具体例を示します。
8.1 例1:新商品のコンセプトアイデアを得たい場合
- 意図: 「既存の商品との差別化を図りたいが、どういう方向が若い世代に受け入れられるかわからないのでアイデアの幅を広げたい。」
- 目的: 「新商品のコンセプトアイデアを3つほど提案してもらい、各アイデアのメリット・デメリットを箇条書きで整理したい。」
- 実際のプロンプト
当社は10代~20代の若年層向けに、新しい飲料を開発したいと考えています。 【意図】既存商品の差別化ポイントが明確でなく、特に若年層の嗜好を捉えたアイデアが不足しています。 そこで、遊び心やトレンド感を盛り込みつつ、かつコスト面でも実現可能性を考慮できるコンセプトを探っています。 【目的】新商品のコンセプトアイデアを3つ提案してください。 各アイデアについて、ターゲットへのアピールポイント、コスト面の考慮点、メリット・デメリットを箇条書きで記述してください。
8.2 例2:学術論文の要約を依頼する場合
- 意図: 「専門外の分野の論文だが概要を素早く把握し、次の調査範囲を検討したい。できるだけ難解な表現を避けてほしい。」
- 目的: 「論文の背景、目的、方法、結果、考察をそれぞれ200字以内でサマライズしてもらう。」
- 実際のプロンプト
以下の論文を要約してください(英語の要約であっても構いません)。 【意図】専門外の分野であるため簡潔な要約が欲しい。難解な専門用語をできるだけ避けて理解を深めたいと考えています。 【目的】論文の背景、目的、方法、結果、考察をそれぞれ200字以内で要約してください。 場合によって用語の置き換えが必要であれば、一般的な言い回しに変えてもらって構いません。
このように、【意図】として「どういう背景や理由があるのか」を書き、【目的】として「最終的に何をどのような形式で出力してほしいのか」を明記することで、LLMはより的確にリクエストに応えてくれるようになります。
9. まとめ
「意図 (intention)」と「目的 (objective/goal)」は、プロンプト設計において非常に重要な要素です。
- 意図 (intention)
- 背景にある理由や動機
- なぜその質問をするのか、どんな問題意識があるのか
- 「ユーザーの感情」「企業としての狙い」「新しさがほしい」など、回答を導く際のコンテクストを豊かにする。
- 目的 (objective/goal)
- 最終的に実現したいもの、達成したいもの
- 具体的な出力形式や評価基準、分量、対象読者
- 出力結果に対する判断基準を明確にし、モデルにゴールを共有する。
これらを明確に示すことで、LLMが解釈を行う際の道筋が明瞭になり、最終的なアウトプットの質が格段に向上します。逆に、意図や目的が漠然としていると、曖昧で役に立ちにくい回答になったり、的外れな方向へ解釈されてしまったりします。
最後に
プロンプトを設計する際、まず自分自身の中で「何が意図で何が目的なのか」をしっかり言葉に落とし込む作業をおすすめします。たとえ頭の中ではわかっているつもりでも、実際に文章化してみると意外な抜け漏れや矛盾に気づくことは多いものです。
「意図」と「目的」を区別し、整理しておくことは、LLMとの対話だけでなく、プロジェクト全体の進行を円滑にするうえでも非常に役に立ちます。ぜひプロンプト設計に取り入れてみてください。