以下では、帰納 (induction) を実践するための「LLM向けプロンプト」事例を示します。帰納は、「個別の観察事例やデータから一般的な法則や確率的な結論を導く」推論形式です。前回ご紹介した演繹 (deduction) と対照的に、帰納は「絶対にこうなる」とは言い切れず、蓄積された事例から「高い確率でこうだろう」という推測・一般化を行うのが特徴です。
ケーススタディ1: 製造ラインでの品質管理
背景・状況
- 工場の検査データ: ここ1週間で1000個中20個の不良が発見された。
- 過去1年の平均不良率: 1000個中10個。
- 原材料や製造工程に大きな変更はない。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 1週間で1000個中20個が不良。平常時(過去1年)は1000個中10個。
- 不良率が過去平均の2倍になっている。
【指示】
1. 過去の不良率と直近1週間の不良率を比較し、不良率が上昇した原因をいくつか推測してください。
2. これらの原因候補のうち、最も可能性が高い順に並べ、その理由をデータから導いてください(帰納的推論)。
3. 追加で何を調べれば原因をより確実に特定できるか(材料ロット、ライン作業担当者など)を提案してください。
ポイント: 過去のデータ(多数の観察例)から通常の不良率を把握し、最近の異常値に基づいて「おそらく原因がある」と結論づける。この「原因候補を推測する」部分では確率的・経験的な要素が強い。
ケーススタディ2: マーケティング・需要予測
背景・状況
- 過去2年間の販売データ:売上は月ごとに季節変動を見せている(夏は飲料水が伸びる)。
- この夏は特に暑い日が続き、前月比で売上が15%増加した。
- SNS口コミが増えているが広告費は大きく変わらず。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 季節ごとの売上傾向:夏に上昇、冬にやや落ち込む
- 今年の夏は猛暑で、売上増が顕著
- SNSのポジティブレビューが増加
【指示】
1. 過去2年間の売上推移と今夏の実績を比較し、季節要因が売上増に影響している確率を推定してください。
2. SNS口コミ増加も含めた複数の要因を「販売データに基づく経験則」として整理し、どの要因が最も強いと判断できるかを帰納的に結論づけてください。
3. 今後も同様の売上増加パターンが続くかどうかを予測し、追加で収集すべきデータ(広告効果測定、気温・天気データなど)を挙げてください。
ポイント: 「過去の販売傾向」と「今年のデータ」の蓄積を基に、「恐らく今年も同様に伸びるだろう」「猛暑とSNSが大きな要因だろう」と確率的な推測を行う。
ケーススタディ3: 教育現場の指導方法評価
背景・状況
- あるクラスで、新しい指導方法(A)を導入したところ、テスト平均点が前年同期比で5点アップ。
- 過去に導入した他の指導方法では、平均2点程度のアップだった。
- 生徒数は約30人で、サンプル規模としては小さめ。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 指導方法Aを導入後、平均点が前年より5点アップ
- これまで導入の指導方法B, Cでは平均2点アップが限度
- クラス人数は30名
【指示】
1. この結果だけで指導方法Aが優れていると言い切れるか、帰納的に考察してください(サンプルサイズ、他要因の影響など)。
2. 指導方法Aが効果的であると判断できる仮説を補強するには、どのような追加データ(他クラスでの実証、A導入前後の個人別伸び率など)が必要かリストアップしてください。
3. 次年度以降も効果が継続すると期待できるか、帰納的にどんな理由を挙げられるか整理してください(学習習慣づくり、モチベーション維持など)。
ポイント: 小規模データでの結果を「全体の一般化」に結びつける際の注意(サンプルサイズ不足など)も帰納の要点。「絶対に」効果があるわけでなく、データに基づく「高い可能性」で論じる。
ケーススタディ4: 製品故障の原因分析
背景・状況
- サポートセンターに寄せられた不具合報告:ある特定モデル(X)に集中。
- 他のモデル(Y, Z)は同様の報告が少ない。
- 過去のサポート履歴を見ると、モデルXはリリース直後のロットでよく不具合が出る傾向があった。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 直近100件の不具合報告中、60件がモデルX
- モデルYやZは同時期に発売されたが不具合報告は合計で20件程度
- 過去の統計でも、モデルXの初期ロットには不具合が多い傾向あり
【指示】
1. これらの観察結果から、モデルXの不具合率が高いと考えられる確率を推定してください(帰納的アプローチ)。
2. 不具合が起きやすい原因を複数挙げ、それぞれの可能性が高い/低いと判断する理由をデータから導いてください。
3. 不具合を減らすため、追加でどのデータ(部品仕入れ先のロット情報、使用環境など)を集めるべきか提案してください。
ポイント: 「観察された報告件数」と「他モデルとの比較」「過去実績」とを組み合わせた確率的判断を行う。仮説は「モデルXにロット不良があるかも」というものだが、帰納的には「高い確率でそうだろう」と結論づける。
ケーススタディ5: レストランの新メニュー評価
背景・状況
- 新メニューを1ヶ月間テスト販売したところ、注文率は全体の20%を占めた。
- アンケートでは「味は良いが価格がやや高い」という意見が多め。
- 過去の新メニュー導入時の平均注文率は15%だった。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 新メニューの注文率20%(平均より高い)
- アンケート評:味の評価は好評、価格に改善の余地あり
- 過去の平均新メニュー注文率は15%
【指示】
1. この結果から新メニューが「概ね成功している」と帰納的に判断できるか、確率的に検討してください。
2. 味・価格以外の要素(盛り付け、接客、店内ポスターなど)で改善が必要そうな点を推測し、導入の際に見られてきたパターンから帰納的提案を行ってください。
3. さらなる注文率アップに向け、どんな追加データを集めれば次の帰納的判断がより正確になるか提示してください(例: リピーター率、曜日別注文数など)。
ポイント: 過去の新メニュー導入事例を根拠に、「今回のメニューは成功と言えそう」「ただし価格に課題があるかも」という“確率的な一般化”を行う。
ケーススタディ6: オンライン学習サービスの利用傾向
背景・状況
- 受講生数が月間100人 → 150人 → 200人 → 250人と、4ヶ月連続で増加中。
- 過去の同種サービスでは、リリース初期に急増し、その後緩やかに落ち着くパターンが多かった。
- ネット上の口コミ評価は高い。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 4ヶ月連続で受講者が増加(+50人ごとに)
- 同業界のサービスではリリース初期に伸び、その後安定
- SNS上の口コミは概ね好意的
【指示】
1. この連続増加の傾向が来月以降も続くか、過去事例や口コミ傾向から帰納的に推測してください。
2. 一時的ブームで終わる可能性と、持続的成長になる可能性の両方について、データからどちらが優勢か判断し、理由を述べてください。
3. 追加で調べたい指標(離脱率、受講完了率、アクティブ率など)を提示し、これらを収集することでどう帰納的推定が精度向上するか説明してください。
ポイント: 「他社の類似ケース」と「現状の伸び」が似ている or 違うかを比較しつつ、来月以降の展開を帰納的に「高い確率でこうなる」と予測する。
ケーススタディ7: ヘルスケアアプリのユーザー行動分析
背景・状況
- ユーザーの運動データを1ヶ月追跡したところ、平均歩数が1日7000歩 → 7500歩 → 8000歩 → … と増加傾向。
- 体重・体脂肪率も微減している人が多い。
- アプリ内で友達同士を励まし合う機能を入れたタイミングと増加が重なる。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- ユーザー平均歩数が月ごとに増加
- 多くのユーザーで体重がわずかに減少
- アプリのソーシャル機能追加に伴い行動変化が見られる
【指示】
1. これらの観察例から、ソーシャル機能がウォーキング習慣にプラスに働いていると帰納的に言えるか評価してください。
2. 歩数増加に対し、他の要因(季節、流行中のダイエット法など)が影響している可能性も考慮し、それらがどの程度優勢かを比較検討してください。
3. 継続的に歩数が増えるかどうか、さらなる観察に必要なデータ(ユーザーの継続利用率、コメント・投稿数など)を挙げてください。
ポイント: 「ソーシャル機能」と「歩数増加」の相関を示す多数の事例から、「効果があるらしい」と推測するが、他要因の可能性を排除できるかどうかが帰納の課題。
ケーススタディ8: 犯行手口の分析(捜査)
背景・状況
- 過去に起きた窃盗事件5件のうち4件で、夜間に窓が破られて現金のみ盗まれている。
- 目撃情報はほとんどないが、靴跡が似ているとの報告。
- 警察は同一犯の可能性が高いとみている。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 5件中4件が同様の手口(夜間・窓破り・現金狙い)
- 靴跡が似ているとの鑑識報告
- 目撃証言は乏しい
【指示】
1. 複数の事例を総合して「同一犯の可能性」を帰納的に推測してください(確率的にどれくらい高いか)。
2. 一部違う点(ターゲットの建物の立地や時間帯の誤差など)があれば整理し、それらが同一犯説を揺るがすかどうかを検討してください。
3. 同一犯であるかをさらに裏付けるには、どんな追加証拠(指紋、DNA、目撃者の証言など)が必要かを挙げてください。
ポイント: 過去の事例パターン(夜間・窓破り・現金狙い)と現場証拠(靴跡)に基づき、「おそらく同一犯だろう」と“推量”する。確証ではなく確率的主張。
ケーススタディ9: 学術研究での傾向分析
背景・状況
- 新薬Aを投与したマウス100匹のうち80匹で症状が改善。
- 従来薬Bでは、同条件下で100匹中60匹の改善にとどまる。
- 動物実験レベルだが、有効性の傾向が見られる。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- 新薬A: 100匹中80匹改善(80%)
- 従来薬B: 100匹中60匹改善(60%)
- いずれも動物実験なので人体適用前の段階
【指示】
1. このデータから、新薬Aが従来薬Bより効果が高いと帰納的に結論づけられるか、統計的観点(有意差など)を踏まえて評価してください。
2. データが示す範囲で、副作用など他の考慮すべき要素もあるかどうか確認し、追加検証が必要か整理してください。
3. 人体実験へ移行するかどうかを判断するには、どのような追加データ(安全性、長期観察など)を集めるべきか述べてください。
ポイント: 動物実験の比較データから「新薬Aが良さそうだ」と一般化するが、サンプル数や統計的有意差など、帰納では「確率的に優位」と言える程度が焦点。
ケーススタディ10: Webアクセス解析
背景・状況
- 直近3ヶ月、ページ滞在時間が平均2分 → 3分 → 4分と増加。
- 直帰率が30% → 25% → 20%に減少。
- デザインやUIをリニューアルしたのは2ヶ月前。
帰納プロンプト例
【観察データ】
- ページ滞在時間が徐々に増加(2分→3分→4分)
- 直帰率が減少(30%→25%→20%)
- 2ヶ月前にUIリニューアルを実施
【指示】
1. 過去のリニューアル事例やアクセス解析パターンと照らし合わせ、UI改善が滞在時間増加に寄与していると帰納的に言えるか判断してください。
2. 他の可能性(たとえば検索アルゴリズムの変化、コンテンツの質向上など)がどの程度大きい要因になり得るかを推測してください。
3. 今後さらにサイトを改善するうえで、追加的に追跡すべきメトリクス(コンバージョン率、ユーザーセグメント別分析など)を列挙してください。
ポイント: 蓄積されたアクセス解析データを元に「UI改善が原因だろう」と結論づけるが、他要因も同時に検討するのが帰納の姿勢。
まとめと活用のヒント
- 帰納的プロンプトの特徴
- 「観察された多数のデータや事例」を詳細に提示して、LLMに「そこから一般的なパターンや確率的な傾向」を導かせる。
- “絶対にこうなる” ではなく、「高い確率」「統計上優位」「過去の傾向に照らして有力」といった表現で結論を誘導する。
- 「例外的事例やほかの要因にも留意する」よう促して、多角的な帰納推論を行わせる。
- 演繹 (deduction) や アブダクション (abduction) との違いを改めて整理すると:
- 演繹: 前提が真なら必然的に結論が真である形式的推論。
- 帰納: 多数の事例から確率的・経験的に一般化する推論。
- アブダクション: 観察事実を「もっともらしく説明する仮説」を導入する推論。
LLM を活用するとき、帰納的推論を引き出すには「観察事例をどれだけ用意するか」「サンプル数・過去データの情報」をしっかり提示し、そこから「一般化せよ」と指示するのがコツです。上記のケーススタディを参考に、状況ごとに観察データを整理したうえで帰納的判断を求めるプロンプトを作ってみてください。