以下では、演繹 (deduction) を実践するための「LLM向けプロンプト」の事例を示します。前回のアブダクション版と対比しながらご覧いただけるように、今回は「明確な前提(ルール)」と「適用対象(小前提)」から、必然的な結論を導く流れを重視しています。各ケーススタディでは、まず“演繹的思考を行うための背景情報”を提示し、そのうえで「LLMに何をさせるか」のプロンプト例を具体的に示しています。
ケーススタディ1: ソフトウェア要件の整合性チェック
背景・状況
- ソフトウェア要件定義のドキュメントがある。
- 要件R1: 「すべてのデータは暗号化して保存しなければならない。」
- テストログによると、一部のデータファイルで暗号化が確認されていない。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 要件R1:データは暗号化して保存される必要がある
- テストログA:ファイルX, Yに暗号化が適用されていない
【指示】
1. 上記のルールと観察結果を前提に、ファイルXとYが要件R1を満たすかどうか論理的に結論づけてください。
2. また、ファイルXとYが非暗号化のままだとどんなリスクが生じるかを、演繹的に推測してください。
3. さらに、ルールを満たすために必要な具体的対策を提案してください(暗号化アルゴリズム、実装手順など)。
ポイント: 「要件が必須」かつ「暗号化がされていない」という2つの前提があれば、「要件を満たしていない」という結論は論理必然となります。
ケーススタディ2: 衛生管理におけるルール適用
背景・状況
- 飲食店での衛生管理マニュアルがある。
- ルールA: 「消費期限切れの食材は調理に使用してはならない。」
- 厨房で期限切れ食材が発見された。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- ルールA:消費期限切れの食材を使ってはいけない
- 観察:冷蔵庫に消費期限を過ぎた卵が保管されている
【指示】
1. ルールAと観察結果をもとに、期限切れ卵を使用した場合に何が起こるか、論理的に結論づけてください。
2. この状況が衛生上および法令上どのような問題につながるかを示し、必然的に導かれるリスクを列挙してください。
3. 適切な対処策(たとえば廃棄やスタッフ教育など)を演繹的推論で提案してください。
ポイント: 「ルールA = 期限切れ食材は使用禁止」「実際に期限切れ卵がある」→「それは使用できない」が演繹的結論となります。
ケーススタディ3: 数学的証明(幾何)
背景・状況
- 幾何学における定理:「同じ円周上にある三角形の一つの角が直角なら、その辺は直径になる。」
- ある円に内接する三角形ABCが直角三角形だと判明している。
- BCが直角の頂点と対面していることが観測済み。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 定理:円周上の三角形で直角がある場合、その直角をはさむ辺は円の直径になる
- 観察:三角形ABCは円周上にあり、BCが直角をはさむ辺
【指示】
1. 上記定理および観察から、BCが円の直径であることを論理的に示してください。
2. もしBCが直径であるとしたら、点Aに関して追加で何が言えるか(円周上の位置関係など)を演繹してください。
3. 可能であれば、証明の過程をステップバイステップで説明してください。
ポイント: 定理という「一般的な前提」と「三角形ABCが条件を満たしている」という「観察小前提」から必然的に「BCは直径」という結論を導く。
ケーススタディ4: 会計監査におけるルール
背景・状況
- 会計基準:固定資産は取得価格で計上し、定められた耐用年数で減価償却する。
- 監査レポート:特定の固定資産が取得価格で計上されていないという指摘あり。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 会計基準:固定資産は取得価格で計上し、耐用年数に基づき減価償却をする
- 監査結果:資産Xは取得価格による計上がされていない
【指示】
1. このルールと監査結果から演繹的に導かれる「資産Xの会計処理上の問題点」を整理してください。
2. その問題点により財務諸表がどんな形で不正確となるか(過大計上 or 過小計上など)論理的に結論づけてください。
3. 不備を是正するために必要な具体的処理と、ルールとの適合性を説明してください。
ポイント: 「ルールに合わない処理がされている」という事実→「ルールを逸脱している」という必然的結論が得られます。
ケーススタディ5: セキュリティポリシー
背景・状況
- 社内セキュリティポリシー:USBメモリの使用は禁止。社内ネットワーク経由でファイル共有を行うこと。
- ログ解析:ある社員がUSB経由でデータを外部に持ち出した形跡を発見。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- ポリシー:USBメモリを使って外部とデータをやり取りしてはならない
- 観察:社員AがUSBメモリでデータを持ち出したアクセスログがある
【指示】
1. ルールと観察結果から、社員Aの行為が会社ポリシーに反していることを論理的に確定してください。
2. ポリシー違反がもたらすリスク(情報流出、コンプライアンス違反など)を演繹的に列挙してください。
3. 社員Aへの対応策および再発防止策を提示してください。どのようにすればポリシー順守が強化できるかを論理的に導いてください。
ポイント: 「使用禁止という明確なルール」と「実際に使ってしまった」という事実→「ポリシー違反」であると結論づける。
ケーススタディ6: 論理パズル(もし〜ならば)
背景・状況
- ルールR:「もし部屋Aでドアがロックされているなら、部屋Bに通じる鍵が必ず保管されている。」
- 観察:「部屋Aのドアはロックされているが、Bから持ち出された鍵が見当たらない。」
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- もし部屋Aのドアがロック中なら、部屋Bに鍵が必ず存在する
- 観察:部屋Aはロックされているが、部屋Bには鍵がないようだ
【指示】
1. この2つの前提を論理的に組み合わせた場合、本来どのような結論が導かれるはずかを説明してください。
2. しかし実際には鍵が見つかっていないために矛盾が生じている。矛盾が生じた場合、演繹的推論としてどんな可能性(前提が誤っている、鍵の場所が確認不足など)が考えられるか整理してください。
3. 矛盾を解消するためにどのような追加情報や条件を設定すべきかを示してください。
ポイント: 演繹では「前提が正しければ必ず結論が成り立つ」はずですが、観察と合わない場合は「前提が誤りか、観察にミスがある」などの再検討につながる。
ケーススタディ7: 契約書の条項違反
背景・状況
- 契約書条項:納品後30日以内に代金を支払う義務がある。
- 現在:納品から45日経過しているが、支払いが一部滞っている。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 契約条項:納品後30日以内に代金を支払う義務がある
- 観察:納品から45日経過しているが、まだ全額未払い
【指示】
1. この状況が契約条項に照らしてどのように評価されるか、論理的に結論を導いてください。
2. 条項に違反した場合、契約的にどんな措置(遅延損害金、契約解除リスクなど)が発生し得るかを整理してください。
3. 対応策として、いつまでに何をすべきかを演繹的に示してください(支払い督促、再契約条件など)。
ポイント: 「30日以内に支払いが義務」かつ「45日未払い」→「支払い義務違反」という必然的結論へ。
ケーススタディ8: 学校の校則違反
背景・状況
- 校則:「生徒は校内でスマートフォンを使用してはならない。」
- 監視カメラに、生徒が校内で動画を撮影している様子が映っていた。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 校則:校内でスマホ使用禁止
- 観察:生徒Xが廊下でスマホを操作し、動画撮影していた映像
【指示】
1. 校則と観察結果を踏まえ、生徒Xがルール違反しているかどうかを論理的に確定してください。
2. 学校側がとるべき指導措置を演繹的に考察し、生徒Xの立場で弁解できる可能性があれば指摘してください。
3. 校則の適用範囲(例えば緊急時など例外はあるのか)を検討し、ルールが確実に機能するような運用方法を提案してください。
ポイント: 「校則で禁止」+「実際に使った」→「校則違反の結論」。例外があれば別だが、演繹推論としては自動的に成り立つ。
ケーススタディ9: アクセス権限とログイン制御
背景・状況
- セキュリティ規則:「管理者権限をもつユーザしかシステム設定を変更できない。」
- ログ:一般ユーザが設定を変更した痕跡があり。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 管理者権限ユーザのみシステム設定を変更できる
- 一般ユーザ(権限なし)が設定を変更したログがある
【指示】
1. このルールから導かれる結論を述べ、実際の観察と矛盾している点を明らかにしてください。
2. 矛盾がある場合、演繹的に考えてどんな原因が考えられるか(アカウントのなりすまし、権限設定ミスなど)を整理してください。
3. セキュリティ上の対策として、何を改善すればルールが守られるかを論理的に示してください。
ポイント: 本来「一般ユーザは設定変更できない」はず→実際変更されている→前提の破綻、または権限設定のミスなどの疑い。
ケーススタディ10: マーケティング施策(クーポン配布)
背景・状況
- ルール:「クーポンを配布した顧客には、期間内に購入された場合、割引額をレポートに計上する。」
- システム上、クーポン配布リストに載っていた顧客の割引が計上されていないケースが複数見つかった。
演繹プロンプト例
【前提・ルール】
- 配布リストに載った顧客で、期間内に購入 → 必ず割引額を計上する
- 実際:複数の顧客が割引を受けていないレポートが確認された
【指示】
1. ルールに照らし合わせて、本来ならどんなレポート結果になっているはずか、論理的に結論を述べてください。
2. 観察と異なる結果になっている理由を演繹的に考えると、どの前提が満たされていないか、またはシステム不備があるのか検討してください。
3. 不備を解消するためにどのような手順や確認が必要かを提案してください。
ポイント: ルール上は「割引計上されるはず」→「実際に計上なし」→「システムor運用ミス」といった必然的推論になる。
まとめと活用のヒント
- 演繹的プロンプトの特徴:
- まず明確なルール (もし〜ならば/〜は必ず〜すべき) を掲示。
- それに反する or 適合する「観察(事例)」を提示。
- 「前提が正しければ、結論はこうなる」と論理的に結びつけるよう指示する。
- アブダクション (仮説生成) や 帰納 (一般化) と違い、演繹では「前提・ルールの真偽を前提したうえで、結論を必然的に導かせる」ことがポイントです。
- LLMを利用する際、「前提がこうであれば、必ずこうなるはずだ」という形式を明示し、そこからどう結論が導かれるかを尋ねる形にするのが有効です。
これらの演繹プロンプト例を参照しながら、実際にはさらに詳細な文脈や業務上のルールを盛り込み、LLMに「論理の一貫性」や「整合性検証」を行わせると、他の推論形式(帰納やアブダクション)との比較や組み合わせがしやすくなります。