市場規模の推計で判断に効くのは、最後に出てくる金額ではありません。掛け合わせた仮定のうち、どれがいちばん怪しいかです。仮定を掛け算でつないだ推計では、どの仮定が同じ割合だけ動いても、結果は同じ割合だけ動きます。だから差を生むのは、仮定ごとの確からしさの違いです。この記事では、TAM、SAM、SOMの区別と二つの推計方法を押さえたうえで、推計の数字を仮定の一覧として読む方法を整理します。
TAM、SAM、SOMは、範囲の違う三つの市場規模です
市場規模分析は、ある製品やサービスの市場の大きさを、売上高、取引量、利用者数などで推計する作業です。目標の売上が現実的かどうかも、ここで確かめられます。市場全体が1,000億円しかないのに、5年目に5,000億円を売るという計画は成り立ちません。
TAMは理論上の最大値、SAMは国や地域や顧客層で絞った提供できる範囲、SOMは実際に取れる見込みです。大きなTAMを語っても、SOMが小さすぎる事業計画もあります。TAMの大きさを成長の根拠に掲げる計画は、海の広さを根拠に今日の漁獲量を約束する漁師に似ています。海が広いことと、自分の網に入ることは別の話です。
推計の方法は二つあり、どちらも仮定に頼ります
トップダウンは、公的統計や調査会社のレポートから全体の大枠をつかみ、比率で絞り込む方法です。データが手に入りやすい反面、細かいセグメントには合わないことがあります。ボトムアップは、顧客数、単価、購入頻度などを積み上げる方法です。自社の実態に近い見積もりができ、新しい市場にも使えますが、精度が仮定に大きく左右されます。実務では、両方で出した数字を突き合わせ、食い違いの理由を確かめるのが理想とされます。
計算例で、仮定を一つずつ動かしてみます
架空の国のオンライン学習サービス市場を、ボトムアップで試算した例です。数字はすべて仮定です。
| 項目 | 仮定 | 結果 |
| 人口 | 5,000万人 | |
| 生産年齢人口(15〜64歳) | 70% | 3,500万人 |
| インターネット普及率 | 90% | 3,150万人 |
| 認知率 | 60% | 1,890万人 |
| 利用意向率 | 40% | 756万人 |
| 年間利用額 | 1人1万5,000円 | 1,134億円 |
| 獲得できるシェア | 10% | 113.4億円(SOM) |
利用意向率を40%から30%に下げると、利用者は567万人、市場は850.5億円、SOMは約85億円になります。仮定を4分の1減らしたので、結果も4分の1減りました。認知率を60%から45%に下げても、同じく4分の1減ります。掛け算では、どの仮定も、同じ割合の変化には同じ割合で応えます。
ということは、どの仮定がいちばん効くかを問うても答えは出ません。問うべきは、どの仮定がいちばん大きく外れうるかです。人口や生産年齢人口の割合は統計で確かめられ、外れる幅は小さいはずです。一方、利用意向率はアンケートから得る値で、答えた人がそのとおりに使う保証はなく、サンプルの偏りも入りやすい。獲得できるシェアの10%は、多くの場合、根拠を示しにくい数字です。検証の手間は、外れる幅の大きい仮定に集めます。
推計の落とし穴は、すべて仮定の扱いに戻ってきます
- データの鮮度と出どころ。統計は、いつ、どこで、誰が作ったかを確かめる。できれば1〜3年以内のものを使う
- 仮定の説明。計算に使う変数が、どこまで厳密に測られたものかを説明できるようにする
- 市場規模と売上の混同。TAMは理論上の最大で、売上の見込みではない
- 成長率の当てはめ。業界が伸びても、各企業が同じペースで伸びるとは限らない。過去の推移や年平均成長率(CAGR)は参考にとどめる
- 外部の変化。パンデミックや国際紛争のような予期しにくい要因が市場を大きく動かす
楽観、中間、悲観の三つのシナリオを作るときも、全部の仮定を少しずつ動かすより、外れる幅の大きい仮定だけを大きく動かすほうが、判断に使える幅が見えます。
決算資料の市場規模も、仮定の一覧として読みます
決算説明資料や事業計画には、よく市場規模の数字が出てきます。投資家として読むなら、その数字がTAMなのかSOMなのか、どんな仮定を掛け合わせたものかを確かめるのが出発点です。大きな市場を示すこと自体は悪くありません。問題は、仮定が説明されないまま、大きな数字だけが成長の根拠として使われることです。生成AIに資料を渡し、市場規模の数字と、その前提にある仮定を表に抜き出させると、比べる作業が速くなります。どの仮定を信じるかを決めるのは、自分です。
もっとも、すべての仮定を確かめられるわけではありません。資料に仮定が書かれていなければ、外から推し量るしかありませんし、新しい市場では、誰にも確かめようのない仮定が残ります。その場合は、確かめられない仮定がどれかを知っていること自体が、判断の材料になります。
あなたが最近目にした市場規模の数字は、どんな仮定の掛け算でできていたでしょうか。そのうち、いちばん大きく外れうる仮定はどれで、それが半分になったら結論は変わるでしょうか。
この記事の背景にある考え方は、拙著『ChatGPTではじめるAI株式投資』の4章2節「数字のウラ側をお見通し! AIが解説する財務諸表」に書きました。会社予想の実現確度を、根拠と仮説に分けてAIに示させる使い方を取り上げ、崩すべきものとして「「企業側が自信満々で出した業績予想だから確度も高いだろう」という思い込み」を挙げています。本書は投資助言を目的としたものではありませんが、この節を読むと、資料に載った数字のどこまでが根拠で、どこからが仮説なのかを、自分で切り分けて読む姿勢が身につきます。
情報を集めるほど、判断がぶれるのはなぜか。
『ChatGPTではじめるAI株式投資』
成果を分けるのは、投資の軸の有無。AIを予言者ではなく壁打ち相手にして、自分の価値観を芯、軸、ルールの三段で言葉にする本です。
読み終えたとき、手元に残るもの
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本書は投資助言を行いません。特定の銘柄を勧める本ではありません。

