前回と同様「同じ状況に対して演繹 (deduction)・帰納 (induction)・アブダクション (abduction) がどのように働くか」の事例を、さらに10パターン提示します。
パターン1:天文学(皆既日食の説明)
- 演繹(Deduction)
- 前提:「もし月が太陽と地球の間を正確に通過し、視線上に重なれば、皆既日食が発生する」
- 小前提:「今回、月が地球と太陽のあいだをほぼ一直線に通過した」
- 結論:「よって皆既日食が発生するはずだ」
- ※ 「月と太陽と地球が一直線に並ぶと日食が起こる」という前提が真であれば、結論は必然的となる。
- 帰納(Induction)
- 観察:「過去に観測された数多くの日食データから、地球-月-太陽が一直線に並んだ時期と日食が一致していた」
- 結論:「今回も月と太陽が一直線に近い配置なら日食が起こるだろう」
- ※ 多くの観察例に基づく帰納的推論。
- アブダクション(Abduction)
- 観察:「昼間なのに急に暗くなった」「太陽が完全に隠れた」
- 仮説:「月が太陽を覆う日食が起こったのでは?」
- ※ 観測された異常な現象(暗くなる)を最も筋道立てて説明できる仮説を立てる。
パターン2:料理(味つけが変になった原因)
- 演繹
- 前提:「もし塩を入れすぎると、料理は塩辛くなりすぎる」
- 小前提:「今回は普段より多く塩を入れてしまった」
- 結論:「だから料理がしょっぱくなりすぎたのだ」
- ※ 「塩を入れすぎると必ずしょっぱくなる」という前提が完全に真なら成立する。
- 帰納
- 観察:「これまで何度か塩の分量を間違えたときは、必ず味が濃くなっていた」
- 結論:「今回も塩を入れすぎて味が濃くなったのだろう」
- ※ 過去の経験から一般的にそうなると推測する。
- アブダクション
- 観察:「料理が明らかにしょっぱい」「普段より塩分濃度が高いと感じる」
- 仮説:「味つけ失敗の主原因は塩の入れすぎではないか?」
- ※ ほかにも調味料の入れ間違いなどあり得るが、まず“塩の過剰投入”を有力仮説として考える。
パターン3:野鳥観察(鳥が南に渡り始めた)
- 演繹
- 前提:「渡り鳥は冬が近づくと暖かい地域へ飛んでいく」
- 小前提:「この鳥は渡り鳥である」
- 結論:「ゆえに冬が近い今、南へ向かったのだ」
- ※ ただし「例外なく渡り鳥は季節に従う」という前提を真とする場合に成立。
- 帰納
- 観察:「過去10年、この種の鳥が集団で南に飛び立つのはいつも10月ごろだった」
- 結論:「今年も10月になったので、同じように南へ渡るだろう」
- ※ 過去のパターンからの帰納的推定。
- アブダクション
- 観察:「この鳥の群れが急に姿を消し、南に向かう群れが確認された」
- 仮説:「餌や気候条件を求めて南下したのでは?」
- ※ “南への長距離移動”をする理由として、渡り鳥の習性を仮説に設定して説明する。
パターン4:考古学(遺跡から出土した土器の用途)
- 演繹
- 前提:「この形状の土器は穀物を貯蔵するために作られたものである」
- 小前提:「出土した土器はまさにその形状をしている」
- 結論:「よって、穀物貯蔵用の土器と考えられる」
- ※ 「形状が同じ=必ず穀物貯蔵用」という前提が真なら論理的結論になる。
- 帰納
- 観察:「同時代の遺跡から見つかった同様の土器の多くに穀物の痕跡が残っていた」
- 結論:「今回の土器も穀物を貯蔵していた可能性が高い」
- ※ 過去の出土例の調査データをもとに推測する。
- アブダクション
- 観察:「土器の内側に穀物らしき残留物、底の形状が運搬より貯蔵向き」
- 仮説:「穀物貯蔵用として使われていたのではないか」
- ※ ほかにも祭祀用などの可能性があるが、いちばん自然に説明できる仮説を優先する。
パターン5:顧客クレーム(商品の不良報告)
- 演繹
- 前提:「もし初期ロットの製造工程にミスがあるなら、不良品が多発する」
- 小前提:「実際に初期ロットで多くの不良報告が上がっている」
- 結論:「ゆえに初期ロットの製造工程ミスが原因である」
- ※ ただし、本当に「製造工程ミス=不良品多発」が必ず成立するかがカギ。
- 帰納
- 観察:「過去の製品で不良報告が増えたとき、たいてい最初のロットに問題があった」
- 結論:「今回も初期ロットに不具合の原因があるだろう」
- ※ 経験則をもとに、高確率で初期ロットを疑う。
- アブダクション
- 観察:「顧客から『買って数日で壊れた』という報告が相次いでいる」「特定ロットだけに集中」
- 仮説:「製造ラインで何らかの不具合が起きていた可能性がある」
- ※ 原因に製造ミスを第一候補として想定し、検証する。
パターン6:SNSマーケティング(フォロワーが急増した理由)
- 演繹
- 前提:「もしインフルエンサーが自社商品の投稿をシェアすれば、フォロワーが急増する」
- 小前提:「インフルエンサーが弊社投稿をシェアした」
- 結論:「よってフォロワーが急増するはずだ」
- ※ “インフルエンサーのシェア → フォロワー急増” が常に成り立つなら結論は論理必然。
- 帰納
- 観察:「過去にインフルエンサーが紹介した商品は、毎回SNSフォロワーが50%以上増えていた」
- 結論:「今回もきっと同じようにフォロワーが増えるだろう」
- ※ 過去データの分析から経験則を導く。
- アブダクション
- 観察:「昨日からフォロワーが突如1万人以上増えた」「インフルエンサーが同時期に言及している」
- 仮説:「フォロワー増加はインフルエンサーのシェアがきっかけでは?」
- ※ 急増の現象をもっとも自然に説明する仮説を立て、その後に確認する。
パターン7:天気予報(台風の進路予測)
- 演繹
- 前提:「もし台風の中心気圧と風向きが特定の数値を示すなら、北西方向へ進む」
- 小前提:「今回の台風はその数値に合致している」
- 結論:「だからこの台風は北西方向へ進む」
- ※ ただし実際には気象は多変量であり、絶対的に演繹できるほど単純化は難しい。
- 帰納
- 観察:「同様の気圧・風向き・海面水温の条件が揃った台風は、これまで何度も北西に進んでいる」
- 結論:「今回も北西へ進む可能性が高い」
- ※ 過去の事例から確率的に予測する。
- アブダクション
- 観察:「台風が急激に発達し、北側の高気圧にぶつかる位置関係になった」
- 仮説:「高気圧の縁を回るように、北西へカーブするのでは?」
- ※ データから“最ももっともらしい進路”を一種の仮説として立てる。
パターン8:環境科学(地球温暖化)
- 演繹
- 前提:「大気中のCO2濃度が著しく増加すると平均気温が上昇する」
- 小前提:「CO2濃度が急増している」
- 結論:「ゆえに平均気温も上昇するはずだ」
- ※ 気候モデルが完全な前提であれば演繹可能。ただし実際には複雑な要因がある。
- 帰納
- 観察:「過去数十年にわたりCO2濃度と平均気温の上昇は相関している」
- 結論:「今後もCO2が増えれば温暖化が進むと考えられる」
- ※ データ的に強い相関があり、帰納的に因果を推測する。
- アブダクション
- 観察:「近年、世界各地で平均気温の上昇や異常気象が頻発している」「同時期にCO2濃度も増加」
- 仮説:「CO2増加による温暖化がこれらの異常気象を引き起こしているのでは?」
- ※ 複数の現象を一度に説明可能な仮説として“CO2増加説”を立てる。
パターン9:スポーツ(アスリートの成績低下)
- 演繹
- 前提:「練習量が極端に減ればコンディションが悪化し、成績が下がる」
- 小前提:「選手Xは怪我で練習量が激減していた」
- 結論:「だから成績が下がるのは当然である」
- ※ 「練習量減少=成績低下」が絶対的真理なら演繹が成り立つ。
- 帰納
- 観察:「同じチームで練習不足になった選手たちの多くが記録を落としている」
- 結論:「選手Xの成績が低迷しているのは、やはり練習不足のせいだろう」
- ※ 過去の事例からの経験則。
- アブダクション
- 観察:「選手Xのパフォーマンスが突然落ちた」「怪我でリハビリ中」「精神面の不安もあるらしい」
- 仮説:「怪我の影響+メンタル不調が重なり、実力を発揮できていないのでは?」
- ※ いくつかの状況証拠をまとめ、“最も整合的な説明”として仮説を立てる。
パターン10:語学学習(英語力が伸び悩む理由)
- 演繹
- 前提:「英語学習でアウトプット練習が足りない場合、リスニングとリーディングは伸びてもスピーキングは伸びにくい」
- 小前提:「Aさんはリスニング中心でアウトプット練習をほとんどしていない」
- 結論:「よってAさんのスピーキングが伸び悩むのは当然である」
- ※ 前提が“アウトプット不足=スピーキングが伸びない”として常に成り立つなら結論は確定。
- 帰納
- 観察:「アウトプット練習をしていない学習者は、往々にしてスピーキングが弱い傾向にある」
- 結論:「Aさんも同様にスピーキングが弱いのはそのためだろう」
- ※ 多数の学習者データから一般化している。
- アブダクション
- 観察:「Aさんの英語試験スコアはリスニング・リーディングだけ良く、スピーキングが極端に低い」
- 仮説:「アウトプット練習やスピーキングの機会が不足しているのでは?」
- ※ 現象に合う最ももっともらしい説明としてアウトプット不足を考え、解決策を探る。
まとめ
前回と同様に、今回提示した10パターンでも、
- 演繹 (Deduction) : 前提が「常に真」である限り、結論を必然的に導く推論
- 帰納 (Induction) : 多くの観察例から一般化する確率的推論
- アブダクション (Abduction) : 与えられた事実を「最も筋が通る形で説明できる」仮説を立てる推論
という三者の特徴を、さまざまなシーンで比較しました。実社会の問題解決や科学的探究では、多くの場合この三者が組み合わされ、「アブダクションによる仮説立案 → 演繹的検証と帰納的裏付け」のサイクルを経ながら知見を深めていきます。