演繹 (deduction)・帰納 (induction)・アブダクション (abduction) がどのように働くかの事例10パターン Vol.1

以下に、演繹 (deduction)帰納 (induction)アブダクション (abduction) の3種類の推論が、それぞれどのように使われ得るかを示す具体的な事例(パターン)を10パターン提示します。どのパターンでも「同じ状況に対して3つの推論がどう働くか」を例示する形式です。

パターン1:医療現場(患者の診断)

  1. 演繹
    • 前提:「インフルエンザ患者には高熱・筋肉痛・倦怠感が見られる」
    • 小前提:「Aさんには高熱・筋肉痛・倦怠感がある」
    • 結論:「ゆえにAさんはインフルエンザ患者である」
    • ※ ただしこの例では、前提が完璧に正しい(高熱・筋肉痛・倦怠感を示す人は必ずインフルエンザ、という厳密な前提)という仮定が必要。現実的にはそう単純ではなく、演繹が完全に成立する状況は限られる。
  2. 帰納
    • 観察:「外来に来る患者の多くが、高熱・筋肉痛・倦怠感を訴えていて、検査するとインフルエンザ陽性だった」
    • 結論:「これらの症状がある人は、インフルエンザである可能性が高い」
    • ※ 多数の事例から「この症状の組み合わせ=インフルエンザらしい」という経験則を導く。
  3. アブダクション
    • 観察:「Aさんは高熱・筋肉痛・倦怠感を訴えている」
    • 仮説:「Aさんはインフルエンザではないか」
    • ※ 「他のウイルス感染や細菌性肺炎ではなく、最も筋が通る病名はインフルエンザでは?」という形で仮説を立てる。これをもとに検査や追加問診を行って検証する。

パターン2:探偵の推理(殺人事件の捜査)

  1. 演繹
    • 前提:「この指紋が犯行現場に残っている場合、犯人は指紋を残した人物である」
    • 小前提:「現場のナイフからXさんの指紋が検出された」
    • 結論:「ゆえに犯人はXさんだ」
    • ※ ただし「指紋がある=犯人」という前提が絶対に正しいかは問題。完全な演繹を組み立てるには前提が真である必要がある。
  2. 帰納
    • 観察:「過去の類似事件では、凶器に指紋が付着している場合、ほとんどが指紋の主が犯人だった」
    • 結論:「今回の事件でも、指紋があるXさんが犯人である可能性が高い」
    • ※ 統計的にそうだ、という確率論的主張。
  3. アブダクション
    • 観察:「ナイフにXさんの指紋があった」「物取りの形跡はない」「被害者とXさんは金銭トラブルがあった」
    • 仮説:「この殺人を起こしたのはXさんではないか」
    • ※ 様々な状況証拠から「最も筋が通る」犯人像をまずは思いつく。のちにアリバイや動機を検証していく。

パターン3:日常生活(スマートフォンが動かない)

  1. 演繹
    • 前提:「スマホの電源が入らないときはバッテリー切れが原因の場合が多い」
    • 小前提:「バッテリーがゼロだと端末は起動しない」
    • 結論:「ゆえにバッテリーがゼロなら起動しないはずだ」
    • ※ “バッテリー切れ = 絶対に電源が入らない” が真ならば論理的には結論が真。ただし実際にはシステムエラーや故障など別要因もあり得る。
  2. 帰納
    • 観察:「これまで使ってきた経験上、充電を忘れていただけでスマホが動かなくなったことが何度もある」
    • 結論:「今回も充電切れの可能性が高い」
    • ※ 個別の体験が積み重なり、そう推測される。
  3. アブダクション
    • 観察:「スマホが全く反応しない」
    • 仮説:「バッテリー切れか、OSがフリーズしているか、ハード故障かもしれない」
    • ※ 最も可能性が高そうな「バッテリー切れ」を第一に疑うが、他にも複数仮説を一気にリストアップし、順に確認していく。

パターン4:ビジネス(売上が急に落ちた原因分析)

  1. 演繹
    • 前提:「ウェブ広告を停止すると、ウェブからの集客が減少する」
    • 小前提:「実際に今月、ウェブ広告を停止した」
    • 結論:「ゆえに今月の売上が急落したのは広告停止が原因だ」
    • ※ あくまで前提が“常に真”ならば成り立つ演繹。ただし他の要因(競合他社の台頭、商品品質など)もあるかもしれない。
  2. 帰納
    • 観察:「過去の販売データを見ると、広告を停止した月はいずれも売上が10%以上下がっている」
    • 結論:「今回も広告停止したので、売上が下がるのは当然だろう」
    • ※ 過去のパターンから一般法則を推測している。
  3. アブダクション
    • 観察:「売上が急激に落ちた」「顧客の検索回数も減少傾向」「広告が出ていない」
    • 仮説:「広告停止が直接原因ではないか? もしくは季節的要因や世間の景気悪化もあるか?」
    • ※ まずは広告停止を疑うが、同時に他の仮説も立てて精査しようとする。

パターン5:ソフトウェアのバグ修正

  1. 演繹
    • 前提:「このプログラムにロジックエラーがあれば、入力値に対して誤った結果を返す」
    • 小前提:「実際に誤った結果が返されている」
    • 結論:「つまり、このプログラムのロジックにエラーが含まれている」
    • ※ 前提が真ならば論理的に結論へ一直線。もっとも、大抵は「ハードウェアの問題・環境設定の問題」などもあり得るので、実際には演繹が単独で完璧に機能するケースは少ない。
  2. 帰納
    • 観察:「過去のバグ事例をいくつも調べたところ、ほぼ全ての場合、配列の境界処理ミスが原因だった」
    • 結論:「今回のバグも配列の境界処理に不具合がある可能性が高い」
    • ※ 多数の事例からの帰納的推測。
  3. アブダクション
    • 観察:「出力が想定外の数字になる」「デバッグログを見ると、ある部分の値が異常に大きい」
    • 仮説:「ループの上限を間違えているのでは? あるいは整数オーバーフローか?」
    • ※ まずはプログラムの挙動から、あり得そうな原因を複数立てる。

パターン6:歴史学(古文書の解釈)

  1. 演繹
    • 前提:「もし古文書に王の名前と即位の年が明記されていれば、その年が王の即位年である」
    • 小前提:「実際にこの文書には王○○が即位した年が書かれている」
    • 結論:「ゆえにこの文書が示す年が即位年だ」
    • ※ 証拠が間違いなく正しければ、演繹が成立するが、実際には文書の真偽や誤写の可能性などを検討する必要がある。
  2. 帰納
    • 観察:「同時代の他の文献を10通り調べたところ、王○○の即位年は同じ数字が記されている」
    • 結論:「王○○が即位した年は、ほぼこの年で間違いないだろう」
    • ※ 多数の文献が一致すれば、確からしさが高まる。
  3. アブダクション
    • 観察:「古文書に書かれた ‘X年に国政を執った王がいた’ という記述」「他の史料にも似た話があるが、微妙に年号が違う」
    • 仮説:「実際の即位年はX年であり、他史料のズレは記録ミスや暦の換算違いかもしれない」
    • ※ 食い違う情報をどうまとめて合理的説明を得るか、仮説を立てる作業。

パターン7:物理学実験(落下実験)

  1. 演繹
    • 前提:「もし万有引力の法則が正しいなら、高さHから物体を落とすと、加速度gで落下する」
    • 小前提:「この実験では高さHから物体を落とした」
    • 結論:「ゆえに加速度gで落下するはずだ」
    • ※ 実際の測定結果も一致すれば、前提(理論)が裏付けられる。ただし空気抵抗など無視できる前提かが鍵。
  2. 帰納
    • 観察:「何度も実験して同じ高さHから落とした結果、いつも同程度の加速度(約9.8m/s^2)を観測した」
    • 結論:「万有引力の法則は正しそうだ」
    • ※ 複数の観測事例で一致するならば、確からしさが増す。
  3. アブダクション
    • 観察:「物体が落下するという現象がある」「他の惑星でも似たように落下現象があるらしい」
    • 仮説:「惑星間に働く重力(万有引力)が存在するのでは?」
    • ※ 落下という結果を説明できる包括的な仮説として「万有引力」を立て、そこからさらに理論が発展した。

パターン8:市場分析(株式投資)

  1. 演繹
    • 前提:「もし会社Aの業績が上振れすると分かれば、株価は短期的に上昇する」
    • 小前提:「会社Aが予想を上回る決算を発表した」
    • 結論:「ゆえに会社Aの株価は短期的に上昇するはずだ」
    • ※ ただし実際の株式市場はさまざまな要因が絡むため、この前提が常に真かは疑わしい。
  2. 帰納
    • 観察:「過去10年間、会社Aは好決算の直後に株価が平均5%上昇している」
    • 結論:「今回も好決算なら5%程度上昇するだろう」
    • ※ 歴史的データからの統計的推測。
  3. アブダクション
    • 観察:「会社Aの業績予想がプラス修正された」「ライバル企業Bとの競合関係が落ち着いてきた」
    • 仮説:「これは近々株価が上昇に転じるサインでは?」
    • ※ 「業績好転が株価に反映される」という考えを仮説として立て、市場動向をチェックする。

パターン9:自動車の故障診断

  1. 演繹
    • 前提:「エンジンオイルが空になった車はエンジンがかからない」
    • 小前提:「この車のエンジンがかからない」
    • 結論:「ゆえにこの車はオイルが空になった可能性がある」
    • ※ “オイルがないことが唯一の原因”であれば演繹が成立するが、実際にはバッテリー故障や燃料切れなど他原因もある。
  2. 帰納
    • 観察:「これまでにエンジンがかからない車の大半はバッテリー上がりが原因だった」
    • 結論:「今回もバッテリー上がりの可能性が高い」
    • ※ 統計的にはバッテリー故障が多い、という経験則。
  3. アブダクション
    • 観察:「セルモーターが回らない」「ダッシュボードの警告ランプが点かない」
    • 仮説:「バッテリーが完全に上がっているのでは? あるいは配線のトラブル?」
    • ※ 状況証拠から“もっともらしい”原因を第一候補として仮定し、検証する。

パターン10:教育現場(生徒の成績低下の原因)

  1. 演繹
    • 前提:「もし生徒が授業中に眠りがちでノートを取っていなければ、成績は下がる」
    • 小前提:「A君は授業中いつも寝てノートを取っていない」
    • 結論:「A君の成績が下がるのは当然である」
    • ※ 前提が100%正しい場合に限り、結論は必ず真となる。
  2. 帰納
    • 観察:「これまで、授業中寝ている生徒の大部分はテスト成績が悪かった」
    • 結論:「A君も成績が悪いのは、同じパターンに当てはまるはずだ」
    • ※ これまでの観察から、眠気⇔成績低下の相関を帰納的に推測。
  3. アブダクション
    • 観察:「A君の成績が急に落ちた」「最近いつも眠そうにしている」「家庭環境にも変化があったらしい」
    • 仮説:「睡眠不足や家庭問題が原因で授業に集中できず、成績が落ちているのでは?」
    • ※ 成績不振という現象を最もそれらしく説明できる複数の仮説を立てる(睡眠不足、家庭事情、勉強法など)。

まとめ

以上の10パターンの事例では、いずれも「同じ(あるいは類似の)状況」を各推論形式でどう扱うか」を示しました。

  • 演繹 (Deduction)
    前提が真なら必ず真に至る「論理必然」の推論。ただし、前提の妥当性・網羅性が極めて重要。
  • 帰納 (Induction)
    過去の複数事例から確率的に一般法則を推測する推論。経験則から「たぶんこうだろう」と推定する。
  • アブダクション (Abduction)
    不可解な現象を最も筋道立てて説明できそうな仮説を、まずは思いつき、それを検証するための推論。

3つの推論形式は、科学から日常生活まで広範囲で使われており、「仮説(アブダクション)→ 検証(演繹+帰納)」 のサイクルを回すことで、私たちは日々問題解決に取り組んでいると言えるでしょう。