Transformerモデルは、自然言語処理(NLP)をはじめとする多くの機械学習タスクで革新的な成果を上げてきました。このモデルは、エンコーダ(Encoder)とデコーダ(Decoder)の二つの主要なコンポーネントから構成されており、それぞれが異なる役割を果たします。本稿では、Transformerモデルにおけるエンコーダとデコーダの類似点と相違点について解説します。以下のセクションでは、基礎的な構造から始まり、各コンポーネントの機能、内部メカニズム、相互作用、応用例など、多角的な視点から深掘りしていきます。
1. Transformerモデルの概要
Transformerモデルは、Vaswaniら(2017)によって提案され、自己注意(Self-Attention)メカニズムを基盤とするニューラルネットワークアーキテクチャです。従来のリカレントニューラルネットワーク(RNN)や畳み込みニューラルネットワーク(CNN)と異なり、並列処理が可能であり、長距離依存性の学習に優れています。Transformerは主にエンコーダとデコーダの二つの部分から成り立っていますが、モデルの具体的な構成や用途によってはこれらのコンポーネントが異なる形で利用されることもあります。
2. エンコーダとデコーダの基本構造
2.1 エンコーダ(Encoder)
エンコーダは、入力シーケンスを受け取り、高次元の表現に変換する役割を担います。エンコーダは複数の層(通常は6層)から構成されており、各層は以下の二つの主要なサブレイヤーから成り立っています:
- 自己注意機構(Self-Attention Mechanism)
- 位置ごとの全結合フィードフォワードネットワーク(Position-wise Feed-Forward Network)
各サブレイヤーの後には、残差接続(Residual Connection)と層正規化(Layer Normalization)が適用され、学習の安定性と効率が向上します。
2.2 デコーダ(Decoder)
デコーダは、エンコーダからの出力を受け取り、目的とする出力シーケンスを生成する役割を果たします。デコーダも複数の層(通常は6層)から構成されており、各層は以下の三つの主要なサブレイヤーから成り立っています:
- マスク付き自己注意機構(Masked Self-Attention Mechanism)
- エンコーダ-デコーダ注意機構(Encoder-Decoder Attention Mechanism)
- 位置ごとの全結合フィードフォワードネットワーク(Position-wise Feed-Forward Network)
こちらも各サブレイヤーの後に残差接続と層正規化が適用されます。
3. 類似点
エンコーダとデコーダは、多くの共通点を持っています。以下にその主要な類似点を挙げます。
3.1 層構造
両者ともに、複数の同一構造の層(通常は6層)で構成されています。各層は、サブレイヤーと呼ばれる構成要素から成り、その中で注意機構とフィードフォワードネットワークが利用されています。
3.2 サブレイヤーの構成要素
エンコーダとデコーダの各層には、注意機構とフィードフォワードネットワークが含まれており、これらのサブレイヤーは以下のような共通の機能を持ちます:
- 自己注意機構(Self-Attention Mechanism):入力シーケンス内の異なる位置間の依存関係を捉える。
- 位置ごとの全結合フィードフォワードネットワーク(Position-wise Feed-Forward Network):非線形変換を適用し、表現力を向上させる。
- 残差接続と層正規化:各サブレイヤーの出力に入力を加え、その結果を正規化することで、深いネットワークにおける勾配消失問題を緩和する。
3.3 マルチヘッド注意機構(Multi-Head Attention)
エンコーダとデコーダの両方で、マルチヘッド注意機構が使用されています。これは、複数の注意機構(ヘッド)を並列に実行し、それぞれが異なる部分に焦点を当てることで、より豊かな表現を学習するためです。各ヘッドは独立してクエリ(Query)、キー(Key)、バリュー(Value)を計算し、それらを結合して最終的な出力を得ます。
3.4 ポジショナルエンコーディング(Positional Encoding)
Transformerモデルは、シーケンスデータにおける位置情報を捉えるために、ポジショナルエンコーディングを導入しています。エンコーダとデコーダの両方で、このエンコーディングが入力データに加えられ、モデルが入力の順序を理解できるようになっています。
3.5 トークン埋め込み(Token Embedding)
入力データは、エンコーダとデコーダの両方でトークン埋め込み層を通じて高次元のベクトルに変換されます。これにより、離散的な単語やトークンが連続的なベクトル空間で表現され、モデルがそれらを効果的に処理できるようになります。
4. 相違点
エンコーダとデコーダは共通の構造を持ちながらも、役割や機能においていくつかの重要な相違点があります。以下にその主要な相違点を詳細に解説します。
4.1 入力と出力の役割
- エンコーダ:主に入力シーケンスを受け取り、その情報を高次元の表現に変換します。これは、例えば、翻訳タスクにおけるソース言語の文をエンコーダが処理し、意味的な情報をデコーダに渡します。
- デコーダ:エンコーダからの出力と、既に生成された出力シーケンス(ターゲットシーケンス)を受け取り、新たなトークンを生成します。これにより、例えば、翻訳タスクにおいてターゲット言語の文を生成します。
4.2 注意機構の種類
- エンコーダ:各層に自己注意機構(Self-Attention Mechanism)のみを持ちます。これは、入力シーケンス内の各トークンが他のトークンとどのように関連しているかを理解するためです。
- デコーダ:二つの異なる注意機構を持ちます:
- マスク付き自己注意機構(Masked Self-Attention Mechanism):デコーダ内で自己注意を行う際、未来のトークン(生成されるべきトークン)を参照しないようにマスクがかけられます。これにより、モデルは既に生成されたトークンのみを基に次のトークンを予測します。
- エンコーダ-デコーダ注意機構(Encoder-Decoder Attention Mechanism):エンコーダからの出力を参照し、生成中の出力シーケンスとエンコーダの出力との関連性を考慮します。これにより、デコーダはエンコーダの情報を活用して適切な出力を生成します。
4.3 マスクの適用
- エンコーダ:通常、マスクは入力シーケンス内のパディングトークン(無視すべきトークン)に対して適用されます。これにより、パディングがモデルの計算に影響を与えないようにします。
- デコーダ:マスクは二重に適用されます。一つは、パディングトークンに対するマスクであり、もう一つは自己注意機構における未来のトークンを遮断するためのマスクです。これにより、デコーダは既に生成されたトークンのみに基づいて次のトークンを予測します。
4.4 デコーダの出力層
デコーダの最終層には、通常、線形変換とソフトマックス関数が適用され、次のトークンの確率分布が生成されます。一方、エンコーダにはこのような出力層は含まれません。エンコーダの出力は、デコーダに情報を提供するための中間表現です。
4.5 計算フロー
- エンコーダ:入力シーケンス全体を一度に処理し、高次元の表現を生成します。各エンコーダ層は、前の層からの出力を受け取り、自己注意とフィードフォワードネットワークを通じて新たな表現を生成します。
- デコーダ:出力シーケンスを逐次的に生成します。生成された各トークンは、次のトークンの生成に影響を与えます。デコーダの各層は、既に生成されたトークンとエンコーダの出力を組み合わせて、新たなトークンを予測します。
4.6 パラメータの違い
一般的に、エンコーダとデコーダの各層は同じ数のパラメータを持ちますが、デコーダはエンコーダ-デコーダ注意機構を追加的に持つため、総パラメータ数はエンコーダよりも多くなります。また、デコーダの自己注意機構にはマスクが適用されるため、計算方法に若干の違いがあります。
5. エンコーダとデコーダの内部メカニズムの詳細
5.1 自己注意機構(Self-Attention Mechanism)
自己注意機構は、シーケンス内の各トークンが他のトークンとどの程度関連しているかを計算する方法です。以下に、自己注意機構の詳細なプロセスを説明します。
- 入力の準備:エンコーダの場合、入力シーケンスの各トークンは埋め込みベクトルに変換され、ポジショナルエンコーディングが加えられます。デコーダの場合、既に生成された出力シーケンスが同様に処理されます。
- クエリ、キー、バリューの生成:各入力ベクトルから、異なる重み行列を用いてクエリ(Q)、キー(K)、バリュー(V)のベクトルが生成されます。これらは、自己注意計算の基礎となります。
- スケーリングドットプロダクト注意:クエリとキーの内積を計算し、スケール(通常は$\sqrt{d_k}$、$d_k$はキーの次元数)してソフトマックス関数を適用します。これにより、各トークンが他のトークンに対してどれだけ注意を払うべきかの重みが得られます。
- 重み付き和の計算:得られた注意の重みをバリューに適用し、最終的な自己注意の出力が得られます。
- マルチヘッド注意:複数の自己注意ヘッドを並列に実行し、それぞれが異なる部分に焦点を当てることで、より豊かな情報を捉えます。各ヘッドの出力は結合され、線形変換を通じて統合されます。
5.2 マルチヘッド注意機構(Multi-Head Attention)
マルチヘッド注意機構は、単一の自己注意機構では捉えきれない複数の視点からの情報を統合するための方法です。以下にその詳細を説明します。
- ヘッドの分割:入力のクエリ、キー、バリューを、それぞれ異なる重み行列で変換し、複数のヘッドに分割します。
- 各ヘッドでの注意計算:各ヘッドは独立して自己注意を計算します。これにより、異なるヘッドが異なるパターンや関係性を捉えることが可能になります。
- ヘッドの統合:各ヘッドの出力を結合し、再度線形変換を適用することで、統合された出力が得られます。
このプロセスにより、モデルは複数の視点から情報を処理し、多様な関係性を捉えることが可能となります。
5.3 フィードフォワードネットワーク(Feed-Forward Network)
各エンコーダおよびデコーダ層には、位置ごとの全結合フィードフォワードネットワークが含まれています。これは、非線形変換を通じて表現力を向上させる役割を果たします。以下にその詳細を説明します。
- 第一層:入力ベクトルに対して、線形変換を適用し、次元数を拡張します。例えば、入力次元が$$d_{model}$$の場合、内部次元は通常4倍の$$4d_{model}$$に設定されます。
- 活性化関数:拡張された次元に対して、活性化関数(通常はReLU)が適用され、非線形性が導入されます。
- 第二層:再度線形変換を適用し、元の次元数に戻します。
このフィードフォワードネットワークは、各トークンごとに独立して適用されるため、シーケンス内のトークン間の相互作用を直接考慮することはありませんが、豊富な表現を生成するための重要な役割を果たします。
5.4 残差接続と層正規化(Residual Connection and Layer Normalization)
各サブレイヤーの後には、残差接続と層正規化が適用されます。これにより、深いネットワークにおける学習の安定性と効率が向上します。
- 残差接続:サブレイヤーの出力に元の入力を加算します。これにより、勾配が層を通じて直接流れるため、勾配消失問題が緩和されます。
- 層正規化:加算後の結果に対して、層正規化を適用します。これにより、各層の出力が一定の範囲に保たれ、学習が安定します。
6. エンコーダとデコーダの相互作用
エンコーダとデコーダは、特にシーケンス・トゥ・シーケンス(Seq2Seq)タスクにおいて、密接に連携して動作します。以下にその相互作用の詳細を説明します。
6.1 エンコーダの出力
エンコーダは、入力シーケンスを処理し、高次元の表現(コンテキストベクトル)を生成します。このコンテキストベクトルは、デコーダが出力シーケンスを生成する際の情報源となります。
6.2 デコーダのエンコーダ-デコーダ注意
デコーダの各層には、エンコーダ-デコーダ注意機構が含まれています。これは、デコーダがエンコーダの出力(コンテキストベクトル)に対して注意を払うためのメカニズムです。具体的には、以下のプロセスが行われます:
- クエリの生成:デコーダの現在の層の入力からクエリベクトルが生成されます。
- キーとバリューの取得:エンコーダの出力からキーとバリューベクトルが取得されます。
- 注意計算:クエリとキーの内積を計算し、ソフトマックスを適用して注意の重みを得ます。
- 重み付き和の計算:注意の重みをバリューに適用し、エンコーダの出力に基づくコンテキストを取得します。
このプロセスにより、デコーダはエンコーダの出力を効果的に利用して、出力シーケンスの各トークンを生成します。
6.3 シーケンシャルな出力生成
デコーダは、出力シーケンスを逐次的に生成します。具体的には、以下のステップで行われます:
- 初期入力:デコーダの最初の入力は、通常、特別な開始トークン(例えば、)です。
- トークンの生成:デコーダは現在の入力とエンコーダの出力を基に次のトークンを生成します。
- 入力の更新:生成されたトークンは、次のステップでのデコーダの入力として使用されます。
- 反復:このプロセスを繰り返し、終了トークン(例えば、)が生成されるまで続けます。
このシーケンシャルな生成プロセスにより、デコーダは一貫性のある出力シーケンスを生成することが可能です。
7. エンコーダとデコーダの応用例
エンコーダとデコーダは、Transformerモデルのさまざまな応用例で異なる形で使用されます。以下にその主要な応用例を説明します。
7.1 シーケンス・トゥ・シーケンス(Seq2Seq)タスク
シーケンス・トゥ・シーケンスタスク(例:機械翻訳、要約生成など)では、エンコーダとデコーダの両方が必要です。エンコーダは入力シーケンスを処理し、デコーダは出力シーケンスを生成します。
7.2 BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)
BERTは、Transformerのエンコーダ部分のみを使用して、双方向の文脈を学習するモデルです。BERTは、マスクされた言語モデリング(Masked Language Modeling)や次文予測(Next Sentence Prediction)などのタスクで事前学習され、その後、さまざまなNLPタスクにファインチューニングされます。
7.3 GPT(Generative Pre-trained Transformer)
GPTは、Transformerのデコーダ部分のみを使用して、単方向(左から右)の文脈を学習するモデルです。GPTは、主に生成タスク(テキスト生成、対話システムなど)で使用されます。
7.4 T5(Text-to-Text Transfer Transformer)
T5は、エンコーダとデコーダの両方を使用して、テキストからテキストへの変換タスク(翻訳、要約、質問応答など)を統一的に扱うモデルです。T5は、すべてのタスクをテキストの変換問題として定式化し、エンコーダとデコーダの組み合わせを活用します。
7.5 その他の応用
- 音声認識:音声信号をテキストに変換するタスクでは、エンコーダが音声特徴を処理し、デコーダがテキストを生成します。
- 画像キャプション生成:画像からテキストを生成するタスクでは、エンコーダが画像の特徴を抽出し、デコーダがキャプションを生成します。
8. 数学的視点から見たエンコーダとデコーダ
エンコーダとデコーダの機構を数学的に理解することは、モデルの動作を深く理解する上で重要です。以下に、主要な数学的概念と計算過程を解説します。
8.1 自己注意の計算
自己注意の計算は、以下の数式で表されます:
\[
\text{Attention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left(\frac{QK^T}{\sqrt{d_k}}\right)V
\]
ここで、
- \( Q \) はクエリ行列、
- \( K \) はキー行列、
- \( V \) はバリュー行列、
- \( d_k \) はキーの次元数です。
8.1.1 マスク付き自己注意
デコーダの自己注意では、未来のトークンを参照しないようにマスクが適用されます。これは、次のように表されます:
\[
\text{MaskedAttention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left(\frac{QK^T}{\sqrt{d_k}} + M\right)V
\]
ここで、\( M \) はマスク行列で、未来の位置に対して非常に小さな値(例えば、-\(\infty\))が設定されます。
8.2 マルチヘッド注意の計算
マルチヘッド注意は、以下のように計算されます:
\[
\text{MultiHead}(Q, K, V) = \text{Concat}(\text{head}_1, \text{head}_2, \dots, \text{head}_h)W^O
\]
\[
\text{head}_i = \text{Attention}(QW_i^Q, KW_i^K, VW_i^V)
\]
ここで、
- \( h \) はヘッドの数、
- \( W_i^Q, W_i^K, W_i^V \) はそれぞれのヘッドに対応する重み行列、
- \( W^O \) は出力のための重み行列です。
8.3 フィードフォワードネットワークの計算
位置ごとのフィードフォワードネットワークは、以下のように計算されます:
\[
\text{FFN}(x) = \text{max}(0, xW_1 + b_1)W_2 + b_2
\]
ここで、
- \( W_1, W_2 \) は重み行列、
- \( b_1, b_2 \) はバイアス項です。
8.4 残差接続と層正規化の計算
各サブレイヤーの出力は、次のように計算されます:
\[
\text{LayerNorm}(x + \text{SubLayer}(x))
\]
ここで、\( x \) はサブレイヤーの入力、\(\text{SubLayer}(x)\) は自己注意やフィードフォワードネットワークなどの出力です。
9. エンコーダとデコーダの実装上の考慮事項
エンコーダとデコーダを実装する際には、いくつかの重要な点を考慮する必要があります。以下に主要な考慮事項を挙げます。
9.1 パラメータの共有
一般的に、エンコーダとデコーダは独立したパラメータを持ちますが、一部のモデルではパラメータを共有することでメモリ使用量を削減し、モデルの汎化能力を向上させる試みも行われています。
9.2 レイヤーの深さ
エンコーダとデコーダの各層の深さ(層数)は、モデルの能力に大きく影響します。一般的には、エンコーダとデコーダは同じ層数を持ちますが、タスクに応じて異なる設定が選択されることもあります。
9.3 正則化手法
ドロップアウトやラベル平滑化(Label Smoothing)などの正則化手法は、エンコーダとデコーダの両方に適用されます。これにより、モデルの過学習を防ぎ、汎化性能を向上させます。
9.4 最適化と学習率スケジューリング
Transformerモデルの学習には、特定の最適化手法(例:Adam)や学習率スケジューリング(例:ウォームアップステップと減衰)が用いられます。これらの設定は、エンコーダとデコーダの両方に影響を与えます。
9.5 計算効率と並列化
エンコーダとデコーダの計算は、並列化が可能なため、効率的に実装することが重要です。特に大規模なモデルでは、計算資源の効率的な利用が不可欠です。
10. エンコーダとデコーダの進化と最新の研究動向
Transformerモデルは、提案以来、多くの改良や派生モデルが開発されています。以下に、エンコーダとデコーダの機構に関する最新の研究動向を紹介します。
10.1 エンコーダのみのモデル
BERTやRoBERTaなどのモデルは、エンコーダ部分のみを使用しており、双方向の文脈理解に特化しています。これらのモデルは、事前学習とファインチューニングのアプローチを採用し、多くのNLPタスクで優れた性能を発揮しています。
10.2 デコーダのみのモデル
GPTシリーズやGPT-Neo、GPT-Jなどは、デコーダ部分のみを使用しており、主にテキスト生成タスクに特化しています。これらのモデルは、大規模な事前学習によって高品質なテキスト生成能力を持ちます。
10.3 エンコーダ・デコーダモデルの改良
T5やBARTなどのモデルは、エンコーダとデコーダの両方を組み合わせ、シーケンス・トゥ・シーケンスタスクにおいて優れた性能を発揮しています。これらのモデルでは、エンコーダとデコーダ間の情報伝達を改善するためのさまざまな工夫が行われています。
10.4 転移学習と多目的学習
最新の研究では、エンコーダとデコーダを組み合わせたモデルを用いて、複数のタスクを同時に学習する多目的学習や、特定のタスクへの転移学習が進められています。これにより、モデルの汎化能力が向上し、少ないデータで高性能を達成することが可能となっています。
10.5 軽量化と効率化
大規模なTransformerモデルは計算資源を大量に消費するため、軽量化や効率化を目指した研究も活発です。エンコーダとデコーダの構造を簡素化したり、パラメータの共有や知識蒸留などの手法を用いることで、計算効率を向上させる試みが行われています。
11. まとめ
Transformerモデルにおけるエンコーダとデコーダは、共通の基盤構造を持ちながらも、それぞれが異なる役割と機能を担っています。エンコーダは入力シーケンスを高次元の表現に変換し、デコーダはその情報を基に出力シーケンスを生成します。両者はマルチヘッド注意機構やフィードフォワードネットワーク、残差接続と層正規化などの共通のコンポーネントを共有しつつも、特有の注意機構や出力層の有無など、相違点も存在します。
エンコーダとデコーダの組み合わせは、機械翻訳、テキスト生成、要約生成、質問応答など、多様なNLPタスクにおいて強力な性能を発揮しています。また、BERTやGPT、T5などの派生モデルは、それぞれの用途に応じてエンコーダやデコーダの構造を最適化することで、さらに高い性能を実現しています。
Transformerモデルのエンコーダとデコーダの理解は、現代の機械学習における重要な基礎知識であり、これらのコンポーネントの詳細な理解は、モデルの設計や応用において不可欠です。今後も、エンコーダとデコーダの構造や機能に関する研究が進むことで、より高度な自然言語処理タスクへの対応が期待されます。
類似点、相違点の比較表
以下に、Transformerモデルのエンコーダ(Encoder)とデコーダ(Decoder)の類似点と相違点を一覧表形式で詳しくまとめました。各項目について、詳細な説明を含めています。
エンコーダとデコーダの類似点
カテゴリ | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 説明 |
---|---|---|---|
層構造 | 複数の同一構造の層(通常6層) | 複数の同一構造の層(通常6層) | 両者ともに、複数の層から構成されており、各層は自己注意機構とフィードフォワードネットワークを含みます。 |
サブレイヤー構成 | – 自己注意機構 – フィードフォワードネットワーク | – マスク付き自己注意機構 – エンコーダ-デコーダ注意機構 – フィードフォワードネットワーク | 両者の各層には注意機構とフィードフォワードネットワークが含まれますが、デコーダは追加でエンコーダからの情報を取り込む注意機構を持ちます。 |
マルチヘッド注意機構 | 使用 | 使用 | 両者ともに、マルチヘッド注意機構を採用しており、複数の注意ヘッドを並列に実行し、多様な関係性を捉えます。 |
ポジショナルエンコーディング | 使用 | 使用 | シーケンスデータの位置情報を捉えるために、入力データにポジショナルエンコーディングが加えられます。 |
トークン埋め込み | 使用 | 使用 | 入力トークンは高次元のベクトルに埋め込まれ、モデルが効果的に処理できるようになります。 |
残差接続と層正規化 | 使用 | 使用 | 各サブレイヤーの出力に残差接続を加え、その結果を層正規化することで、学習の安定性と効率を向上させます。 |
フィードフォワードネットワーク | 使用 | 使用 | 各層に位置ごとの全結合フィードフォワードネットワークが含まれ、非線形変換を通じて表現力を向上させます。 |
エンコーダとデコーダの相違点
カテゴリ | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 説明 |
---|---|---|---|
役割 | 入力シーケンスを高次元の表現に変換 | 出力シーケンスを生成 | エンコーダは入力データを処理し、デコーダはその情報を基に新たな出力を生成します。 |
注意機構の種類 | 自己注意機構のみ | マスク付き自己注意機構とエンコーダ-デコーダ注意機構 | デコーダは、自己注意に加えてエンコーダからの情報を取り込むための追加の注意機構を持ちます。 |
マスクの適用 | パディングトークンに対するマスク | パディングトークンと未来のトークンに対するマスク | エンコーダは入力のパディング部分をマスクし、デコーダはさらに未来のトークンを遮断するマスクを適用します。 |
出力層 | なし | 線形変換とソフトマックス関数 | デコーダは最終的にトークンの確率分布を生成するための出力層を持ちますが、エンコーダにはこのような出力層は含まれません。 |
計算フロー | 入力シーケンス全体を一度に処理 | 出力シーケンスを逐次的に生成 | エンコーダは入力全体を一括で処理し、デコーダは生成された各トークンを基に次のトークンを逐次的に生成します。 |
パラメータ | 各層が同一パラメータ(通常6層) | 各層が同一パラメータに加え、エンコーダ-デコーダ注意を含む | デコーダはエンコーダと異なる注意機構を持つため、総パラメータ数はエンコーダよりも多くなります。 |
内部メカニズム | 自己注意とフィードフォワードネットワーク | マスク付き自己注意、エンコーダ-デコーダ注意、フィードフォワードネットワーク | デコーダは、エンコーダからの出力を取り込むエンコーダ-デコーダ注意機構を持ち、これにより出力生成に必要な情報を統合します。 |
出力の生成方法 | 高次元表現の生成のみ | トークンの逐次生成 | デコーダは生成されたトークンを次の入力として使用し、一貫性のあるシーケンスを生成します。 |
応用例 | エンコーダのみのモデル(例:BERT) | デコーダのみのモデル(例:GPT) | エンコーダは双方向の文脈理解に、デコーダはテキスト生成に特化したモデルで使用されます。 |
詳細比較表
以下に、さらに詳細な比較を行います。
カテゴリ | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 詳細説明 |
---|---|---|---|
入力 | ソースシーケンス(例:翻訳のソース言語) | ターゲットシーケンス(既に生成された部分) | エンコーダはソースシーケンス全体を入力として受け取り、デコーダは既に生成されたターゲットシーケンスを入力として受け取ります。 |
自己注意のマスク | パディングトークンのマスク | パディングトークンと未来のトークンのマスク | エンコーダはパディング部分のみを無視し、デコーダはさらに未来のトークンを参照しないようにマスクを適用します。 |
エンコーダ-デコーダ注意 | なし | 使用 | デコーダはエンコーダの出力に対して注意を払うためのエンコーダ-デコーダ注意機構を持ちます。 |
出力の役割 | コンテキストベクトルの生成 | 次のトークンの予測 | エンコーダの出力はデコーダが使用するコンテキスト情報であり、デコーダの出力は実際の生成トークンです。 |
層正規化の適用タイミング | 各サブレイヤーの出力後に適用 | 各サブレイヤーの出力後に適用 | 両者ともに、各サブレイヤーの後に残差接続と層正規化を適用します。 |
フィードフォワードネットワーク | 各トークンごとに独立して適用 | 各トークンごとに独立して適用 | 各層のフィードフォワードネットワークは、トークンごとに同じネットワークが適用され、非線形変換を行います。 |
実装上の考慮事項 | – パラメータの共有は通常なし – レイヤー深さは同一 | – パラメータの共有は一部可能 – レイヤー深さは同一または異なる | デコーダはエンコーダと異なる注意機構を持つため、パラメータの共有は限定的ですが、一部共有する手法も存在します。層の深さはタスクに応じて調整可能です。 |
最適化手法 | Adamオプティマイザー 学習率スケジューリング(ウォームアップなど) | 同上 | エンコーダとデコーダは同じ最適化手法と学習率スケジューリングを共有します。 |
計算効率と並列化 | 高い並列化可能性 | 高い並列化可能性(ただし逐次生成部分あり) | エンコーダは完全に並列化可能ですが、デコーダは生成プロセスの一部で逐次的な処理が必要です。ただし、内部の計算は並列化可能です。 |
エンコーダとデコーダの内部メカニズムの比較
メカニズム | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 詳細説明 |
---|---|---|---|
自己注意機構(Self-Attention) | 各トークンが他の全トークンと関連性を計算 | マスク付き自己注意機構:既に生成されたトークンのみを使用 | エンコーダは入力全体を見渡して関連性を計算し、デコーダは未来のトークンを見ないようにマスクをかけて計算します。 |
エンコーダ-デコーダ注意 | なし | デコーダがエンコーダの出力に対して注意を払う | デコーダはエンコーダの出力(コンテキストベクトル)に対して注意を計算し、出力生成に必要な情報を統合します。 |
フィードフォワードネットワーク | 各トークンごとに同一の全結合ネットワークを適用 | 各トークンごとに同一の全結合ネットワークを適用 | 非線形変換を通じて各トークンの表現を豊かにします。 |
マルチヘッド注意の実装 | 複数の注意ヘッドを並列に実行し、出力を統合 | 複数の注意ヘッドを並列に実行し、出力を統合 | 各ヘッドが異なる部分に焦点を当て、より豊かな表現を学習します。デコーダは追加のエンコーダ-デコーダ注意ヘッドを持ちます。 |
出力層 | なし | 線形変換とソフトマックスでトークンの確率分布を生成 | デコーダは最終的に各トークンの出現確率を計算し、次のトークンを予測します。エンコーダは中間表現を生成するのみです。 |
エンコーダとデコーダの相互作用
相互作用のカテゴリ | エンコーダの役割 | デコーダの役割 | 詳細説明 |
---|---|---|---|
エンコーダの出力 | 入力シーケンスを高次元の表現(コンテキストベクトル)に変換 | デコーダが使用するためのコンテキスト情報を提供 | エンコーダは入力全体を処理し、その結果をデコーダが参照します。 |
エンコーダ-デコーダ注意 | 出力なし | エンコーダの出力に注意を払う | デコーダはエンコーダの出力を基に次のトークンを生成します。具体的には、デコーダの各層でエンコーダの出力に対する注意を計算します。 |
シーケンシャルな出力生成 | 一括処理 | 逐次的にトークンを生成 | デコーダは、生成された各トークンを次の入力として使用し、シーケンシャルに出力を生成します。エンコーダは全体を一度に処理します。 |
初期入力 | – | 特殊トークン(例:)を使用 | デコーダの最初の入力は通常、開始トークンであり、その後の生成は逐次的に行われます。 |
エンコーダとデコーダの応用例
応用カテゴリ | エンコーダの使用例 | デコーダの使用例 | 詳細説明 |
---|---|---|---|
シーケンス・トゥ・シーケンス | 必要(エンコーダでソースを処理) | 必要(デコーダでターゲットを生成) | 機械翻訳や要約生成など、入力シーケンスを基に出力シーケンスを生成するタスクでエンコーダとデコーダが協働します。 |
BERT | エンコーダのみを使用 | – | 双方向の文脈理解に特化したモデルで、エンコーダ部分のみを使用します。 |
GPT | – | デコーダのみを使用 | 主にテキスト生成タスクに特化したモデルで、デコーダ部分のみを使用します。 |
T5 | エンコーダとデコーダの両方を使用 | エンコーダとデコーダの両方を使用 | テキストからテキストへの変換タスクを統一的に扱うモデルで、エンコーダとデコーダを組み合わせて使用します。 |
音声認識 | エンコーダが音声特徴を処理 | デコーダがテキストを生成 | 音声信号をテキストに変換するタスクで、エンコーダが音声データを処理し、デコーダが対応するテキストを生成します。 |
画像キャプション生成 | エンコーダが画像の特徴を抽出 | デコーダがキャプションを生成 | 画像からテキストキャプションを生成するタスクで、エンコーダが画像データを処理し、デコーダが説明文を生成します。 |
数学的視点から見たエンコーダとデコーダ
数学的概念 | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 数式と詳細説明 |
---|---|---|---|
自己注意の計算 | \(\text{Attention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left(\frac{QK^T}{\sqrt{d_k}}\right)V\) | \(\text{MaskedAttention}(Q, K, V) = \text{softmax}\left(\frac{QK^T}{\sqrt{d_k}} + M\right)V\) | エンコーダは全てのトークン間の注意を計算し、デコーダは未来のトークンを除外するマスクを適用して注意を計算します。 |
マルチヘッド注意の計算 | \(\text{MultiHead}(Q, K, V) = \text{Concat}(\text{head}_1, \dots, \text{head}_h)W^O\) \(\text{head}_i = \text{Attention}(QW_i^Q, KW_i^K, VW_i^V)\) | 同上 | 複数の注意ヘッドを並列に計算し、それらを結合して最終的な出力を得ます。デコーダはエンコーダ-デコーダ注意も含みます。 |
フィードフォワードネットワーク | \(\text{FFN}(x) = \text{max}(0, xW_1 + b_1)W_2 + b_2\) | 同上 | 非線形変換を通じて各トークンの表現を豊かにします。 |
残差接続と層正規化 | \(\text{LayerNorm}(x + \text{SelfAttention}(x))\) | \(\text{LayerNorm}(x + \text{MaskedSelfAttention}(x) + \text{EncoderDecoderAttention}(x))\) | 各サブレイヤーの出力に入力を加え、層正規化を適用します。デコーダはエンコーダ-デコーダ注意も含みます。 |
実装上の考慮事項
考慮事項 | エンコーダ(Encoder) | デコーダ(Decoder) | 詳細説明 |
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パラメータの共有 | 通常、共有しない | 一部共有可能(例:重みの一部を共有) | 一部のモデルではメモリ効率を高めるために、エンコーダとデコーダ間でパラメータを共有することがありますが、一般的には独立しています。 |
レイヤーの深さ | 通常、6層 | 通常、6層(タスクにより異なる場合あり) | タスクに応じてエンコーダとデコーダの層数を調整することが可能です。 |
正則化手法 | ドロップアウト、ラベル平滑化など | ドロップアウト、ラベル平滑化など | 過学習を防ぎ、汎化性能を向上させるために、エンコーダとデコーダの両方に適用されます。 |
最適化と学習率スケジューリング | Adamオプティマイザー、ウォームアップステップなど | 同上 | エンコーダとデコーダは同じ最適化手法と学習率スケジューリングを共有します。 |
計算効率と並列化 | 高い並列化が可能 | 並列化可能だが逐次生成部分がある | エンコーダは完全に並列化可能ですが、デコーダは生成プロセスの一部で逐次的な処理が必要です。ただし、内部の計算は並列化可能です。 |
まとめ
エンコーダとデコーダは、Transformerモデルの中核を成す重要なコンポーネントであり、共通の基盤構造を持ちながらも、それぞれが異なる役割と機能を担っています。エンコーダは入力シーケンスを高次元の表現に変換し、デコーダはその情報を基に出力シーケンスを生成します。両者はマルチヘッド注意機構やフィードフォワードネットワーク、残差接続と層正規化などの共通コンポーネントを共有しつつ、特有の注意機構や出力層の有無など、相違点も存在します。