戦争は人間の理性を試すのではない。むしろ、人間の理性がどれほど簡単に歪むかを露呈させる。砲弾やミサイルが飛ぶ前から、認知の戦争は始まっている。しかも厄介なのは、多くの人が自分だけは冷静だと思い込むことだ。実際には、戦争が始まると私たちはまず正常性バイアス Normalcy Bias に捕まる。まだ大丈夫だ、今回は例外だ、本格化はしない。そうやって初動を遅らせる。
ところが状況が一気に悪化すると、今度は感情ヒューリスティック Affect Heuristic が前面に出る。恐怖や怒りが判断を代行し、何が正しいかより、何が気分に合うかで世界を理解し始める。そのとき人は、見たい情報だけを拾う確証バイアス Confirmation Bias に流れやすい。自分に都合のよい戦況、敵の残虐さ、自国の正義ばかりが目に入り、反証は裏切りや攪乱として処理される。
ここで集団心理が加わる。自分たちを必要以上によく見る内集団びいき In Group Bias は、自国の被害には敏感で、相手側の被害には鈍感になる。さらに外集団同質性バイアス Outgroup Homogeneity Bias が働くと、相手の社会にある温度差や多様性は消える。政府も軍も市民も一枚岩に見え、やがて非人間化 Dehumanization が進む。敵は人ではなく、害虫や機械や抽象的な悪になる。こうなると、相手の曖昧な動きまで悪意と決めつける敵意帰属バイアス Hostile Attribution Bias が強まり、偶発的な行動さえ全面的な敵意の証拠として読まれやすい。
情報環境もこの歪みを増幅する。印象の強い一枚の映像や一つの証言が全体認識を支配するのは、利用可能性バイアス Availability Bias の典型だ。本来は例外かもしれない事例が、脳内では全体像に昇格する。そこへ権威バイアス Authority Bias が重なると、政府、軍、著名人、専門家の言葉は、それだけで検証を免れやすい。しかも戦時は空気が強い。同調バイアス Conformity Bias によって、慎重論や反対意見は内容ではなく態度で裁かれる。疑問を呈する人間は、間違っているからではなく、場を乱すから排除される。
その先で起きるのが、責任の押しつけだ。不安や不満の行き場を求める社会は、しばしば少数者や異論者を標的にする。これがスケープゴート化 Scapegoating である。そして敵の行動を見れば、複雑な状況や制度ではなく、その民族性や国民性や性格のせいにしたくなる。これは基本的帰属の誤り Fundamental Attribution Error だ。構造を見ず、人格に還元する。だから理解ではなく断罪が先に立つ。
さらに厄介なのは、戦争が長引いた後だ。損害が大きくなるほど、人は撤退を合理的に考えにくくなる。ここでサンクコスト効果 Sunk Cost Effect が効く。これだけ犠牲を払ったのだから、今さらやめられない。加えて損失回避 Loss Aversion が働き、部分的な譲歩や撤退より、さらに大きな損失を選びやすくなる。戦争初期には短期で終わると楽観する楽観バイアス Optimism Bias があり、戦争中盤以降は引き返せないと感じる。この組み合わせはかなり危険だ。
しかも自国が正義だという感覚は、しばしば逸脱行為の免罪符になる。これが道徳的免罪 Moral Licensing である。正しい目的のためなら、多少の越境や誇張や抑圧は許される。そうしてルールは、自分の側だけ例外になる。後になって戦況が悪化すると、今度は後知恵バイアス Hindsight Bias が現れる。最初から分かっていた、避けられなかった、当然こうなった。だが実際には、多くの判断は不完全情報の中でなされていた。結果を知った後の賢さは、当時の判断の質を保証しない。
また、一部の兵士や市民の行動から国全体の本質を語りたくなるのは、代表性ヒューリスティック Representativeness Heuristic の罠だ。典型に見える事例を、全体の本質と誤認する。そして交渉や抑止の局面では、相手も自分たちと同じ計算で動くはずだと思い込む鏡像バイアス Mirror Imaging Bias が働く。こちらが合理的だと思う線で、相手も止まるとは限らない。にもかかわらず、相手の利益は自分の損失だとみなすゼロサム思考 Zero Sum Thinking が強まると、妥協、停戦、限定的合意といった選択肢は、敗北としてしか見えなくなる。
戦争時のバイアスの怖さは、一つ一つが独立していることではない。連鎖することにある。正常性バイアスで初動が遅れ、感情ヒューリスティックで判断が荒れ、確証バイアスで情報が偏り、内集団びいきと外集団同質性バイアスで世界が二色化し、非人間化と敵意帰属バイアスで攻撃が正当化される。そこへ権威バイアス、同調バイアス、スケープゴート化が重なって社会の空気が固まり、サンクコスト効果と損失回避が出口を塞ぐ。最後は後知恵バイアスが、誤った過程をもっともらしい物語へ書き換える。
だから戦争を考えるときに必要なのは、まず相手の悪を語ることではない。自分たちの認知の歪みを疑うことだ。人は戦争になると愚かになるのではない。もともと持っていた認知の癖が、極限環境で一気に拡大するだけだ。その意味で、戦争研究とは兵器や地政学の研究である前に、人間理解の研究でもある。敵を知る前に、自分のバイアスを知る。その順番を間違えた社会ほど、長く、高く、痛い代償を払う。



