結論:前提を設計するときに最重要な作業は「用語の定義」を固定することです。定義が曖昧なまま前提を積み上げると、どれだけ精緻に議論しても土台ごとズレます。
前提をどう設計するか?
このテーマを突き詰めていくと、必ずぶつかる壁があります。
「そもそも、その言葉はどういう意味で使っているのか?」
ここを曖昧にしたまま、「前提」を語ることはできません。
前提は、必ず「定義」に乗るからです。
- 前提:ある議論・判断を成り立たせるための条件・仮定
- 定義:その議論で使う用語の意味・範囲を決める取り決め
主語 S と 述語 P のあいだに橋をかけるのが前提 A だとすれば、
その前に、S と P に使う言葉の意味を固めるのが定義です。
定義が揺れている限り、前提はどれだけ設計しても足場がスライドし続ける。
だからこそ、前提設計の「最優先タスク」は定義だと考えます。
1. 「定義抜きの前提」は、必ずどこかで破綻する
典型的な例で考えます。
命題:
「この政策は 成長 に資する」
ここで使われている要素を分解すると:
- S(主語):この政策
- P(述語):成長に資する
- A(前提):
- 「成長」は良いことである
- 「成長」はこの政策の評価基準として採用できる
…といったものが暗黙に乗っています。
しかし、もっと根本的な問題があります。
「そもそも、成長 とは何を指しているのか?」
- GDP 成長率か
- ひとり当たり所得か
- 企業利益か
- 雇用者数か
- 生活満足度か
定義が違えば、「成長に資するかどうか」の判定結果はまったく変わります。
- 定義1:成長=GDP 増加
- 定義2:成長=一人あたり可処分所得の増加
- 定義3:成長=生活満足度の向上
同じ「この政策」でも、定義1では「成長に資する」、定義2・3では「むしろ損なう」となることは普通に起こります。
結論:
- 定義が変われば、
- 同じ前提・同じデータでも、
- 結論 C が変わってしまう。
つまり、
「前提が大事だ」と言いながら、
定義を固めていない議論は、
地盤がスライドする上に家を建てている のと同じ
だということです(妥当性 80%)。
2. 「定義 → 前提 → 結論」の順序を守る
前提設計を行うときの、正しい「施工手順」はこうです。
- 定義を決める(用語とメトリクス)
- その定義のもとで 前提を設計する
- 前提から 結論を導く
逆順でやると危険です。
- 先に結論を決める
- それに合わせて前提を集める
- 都合の良いように定義をいじる
これは、結論 C を正当化するために
A(前提)と D(定義)を後付けでねじ曲げる操作になりがちです。
このような操作は短期的には「勝てる議論」に見えても、
長期的には OS が壊れます。
3. 良い前提は「良い定義」からしか生まれない
3-1. 定義が前提の「型」を決める
例題:
テーマ:「この企業は投資に値するか?」
ここで最低限、定義しなければならない用語は:
- 「投資に値する」とは何か
- リターンが一定水準を超えること?
- ボラティリティが一定水準以下であること?
- ESG 評価も含めた総合判断?
この定義によって、前提の「型」が変わります。
- 定義1:
- 投資に値する = 期待リターンが年率5%超
→ 前提:- 将来収益の前提(売上・利益成長率)
- 割引率の前提
- 投資に値する = 期待リターンが年率5%超
- 定義2:
- 投資に値する = 元本毀損リスクが一定水準以下
→ 前提:- 財務健全性の前提
- 業界構造の安定性の前提
- 投資に値する = 元本毀損リスクが一定水準以下
このように、
定義が、必要な前提の種類と構造を決める
のであり、
「良い前提」は 「良い定義」からの派生物 にすぎません。
3-2. 定義・前提・結論の依存関係
整理し直すと:
- 定義 D:用語の意味と測り方を決める
- 前提 A:D のもとで、世界の状態についての仮定を置く
- 結論 C:D と A のもとで「どうするか」を決める
この依存関係を意識することで、
- 結論 C が変わったのは 前提 A のせいか
- そもそも 定義 D を変えたからか
を切り分けられるようになります。
4. 実務で使える「定義設計」の3ステップ
前提を設計するときに、実務でそのまま使える手順に落とします。
ステップ1:キーワードを丸で囲む
検討テーマの文章から、キーワードを抜き出し、丸で囲みます。
- 成長
- リスク
- 安全
- 効率
- 採算
- 妥当
これらはすべて、何も定義しないといくらでも意味をすり替えられる言葉です。
ステップ2:「この文脈での定義」を日本語で書く
例:
- 「この文脈での『成長』=日本円ベースの売上高が年率3%以上増えること」
- 「この文脈での『リスク』=営業利益が赤字になる可能性」
- 「この文脈での『採算が合う』=3年以内に累積営業キャッシュフローがプラス転換すること」
ここで重要なのは、
- 辞書的な定義ではなく、
- 「この議論で、何をもってそう呼ぶか」 を決めることです。
ステップ3:定義を数字か観測条件に落とす
可能な限り、定義を数値や観測条件に紐づけます。
- 年率○%
- 3年以内
- 元本毀損確率○%未満
- 顧客満足度調査で○点以上
これによって、前提 A は「測れない抽象論」から「検証可能な仮説」に変わります。
- 前提例:
- 「この事業は、今後3年、売上が年率3%以上で成長する」
→ この前提が現実に合っているかどうかは、
数年後に検証可能です。
5. 定義を変えれば、前提も結論も再設計される
最後に、もう一歩踏み込みます。
定義を変えることは、世界の切り方を変えることです。
- 成長の定義を「売上」から「一人当たり可処分時間の増加」に変えれば、
成長企業の顔ぶれは一変します。 - リスクの定義を「赤字になる可能性」から
「社会的信頼を失う可能性」に変えれば、
企業行動の最適解も変わります。
このように、
D(定義)を変える
→ A(前提)の設計が変わる
→ C(結論)も変わる
という構造が意識できているかどうかが、
思考の質を大きく分けます。
6. まとめ:前提の前に、定義を疑う癖をつける
前提を設計するとき、ついこう考えがちです。
- 「どんな前提を置けば、この問題をうまく処理できるか?」
しかし、その前に問うべきは、こちらです。
「そもそも、ここで使っている言葉を、
自分はどういう意味で定義するのか?」
- 定義が曖昧な前提 → いくら精緻でも、土台からズレる
- 定義が明確な前提 → 多少ラフでも、ズレの場所が特定できる
前提を設計する際に最重要なのは、
用語の定義を固定し、その定義に責任を持つことです。
前提を疑う前に、まず定義を疑う。
この順序を OS に刻み込むことが、
思考の精度を上げるいちばん地味で、いちばん効く習慣だと考えます。



