複雑な論証的テキストからの前提抽出:方法論とフレームワーク

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I. 議論の解剖学:前提、結論、そして論証の構造

複雑かつ長文の議論から前提を的確に抽出する作業は、まず「前提」が論理的構造の中で果たす役割を厳密に定義することから始まります。議論(Argument)とは、単なる情報の羅列ではなく、推論(Inference)の言語的表現です。推論とは、いくつかの命題(Propositions)を根拠にして、一つの命題を導き出す知的手続きを指します 1

この文脈において、根拠となる命題が「前提(Premise)」であり、導出される命題が「結論(Conclusion)」です 1。したがって、議論は前提の集合と結論によって構成されます 2。前提の核心的機能は、結論の真実性を証明する、あるいはその受容を支持するために提示される「証拠」「根拠」「理由」として機能することにあります 3

「事実」が「前提」に転換する瞬間

前提抽出における最も重大な課題の一つは、「単なる事実の記述」や「背景情報」と、「前提として機能している命題」とを峻別することです。ある命題が前提であるか否かは、その命題固有の性質ではなく、議論の中で著者がそれをどのように 使用しているか によって決定されます。

この機能的転換は、具体的な例によって最もよく理解されます 6

  1. 単なる事実: 「私は20ポンド未満の犬を2匹飼っている」。
  • この文は、真偽を問える命題ですが、それ自体では前提ではありません。なぜなら、何かを証明するために使われていないからです 6
  1. 事実の羅列: 「私は20ポンド未満の犬を2匹飼っている。彼らは良い番犬には小さすぎる」。
  • これもまだ議論ではありません。二つの事実が提示されているだけで、両者の間に論理的な支持関係が明示されていません 6
  1. 議論(事実の前提への転換): 「私は20ポンド未満の犬を2匹飼っている、だから(so)、彼らは良い番犬には小さすぎる」。
  • 「だから(so)」という接続詞の挿入が、すべてを変えます。この瞬間、第一の命題(犬の体重)は、第二の命題(番犬には小さすぎる)という結論を支持するための「前提」として機能的に転換されます 6

したがって、前提の抽出とは、テキスト内の「事実」を無差別にリストアップする作業では断じてありません。それは、著者によって構築された「支持関係(relationship of support)」、すなわち「この命題は、他のどの命題を読者に受け入れさせるために提示されているか?」を特定する分析的作業です 7

複雑な議論における階層的構造

アリストテレスは、いかなる議論も二つの前提と一つの結論に還元できると考えましたが 2、現代の複雑な学術論文や法的文書、政策レポートを分析する上で、このモデルは不十分です。

複雑な議論は、直線的ではなく階層的な構造を持ちます。特に重要なのは「中間結論(Intermediate Conclusion)」という概念です。長文の議論では、ある推論によって導出された結論が、そのまま次の、より高次の推論のための「前提」として機能することが常態です 2

例えば、「AだからBである」という議論があり、さらに「BだからCである」という議論が続く場合、「B」は第一の議論の「結論」であると同時に、第二の議論の「前提」でもあります。複雑なテキストの分析とは、このような前提と結論の連鎖を解きほぐし、最終的な主要結論に至るまでの論理的階層を再構築する作業に他なりません。分析者は、単一の結論が複数の独立した証拠線によって支持される「収束的議論」や、複数の前提がすべて連鎖して初めて結論が導かれる「連鎖的議論」の可能性を常に考慮しなければなりません 8

II. 複雑な言説における論証の特定:指標と文脈的手がかり

前提を抽出する第一歩は、長文のテキストの中から論証(Argument)そのもの、すなわち「前提-結論」の構造が含まれる箇所を特定することです。この特定作業は、明示的な論理指標語(Indicator Words)と、文脈的な手がかりの双方を用いて行われます。

論理指標語(Indicator Words)の活用

著者はしばしば、議論の構造を読者に明示するために特定の接続詞やフレーズを使用します。これらは、前提がどれであり、結論がどれであるかを示す強力な手がかりとなります。

  • 前提指標語(Premise Indicators): 結論に対する「理由」や「根拠」を導入する語句。
  • 例:「なぜなら(because)」、「〜である以上(since)」、「〜という理由で(for)」、「〜の故に」、「〜を根拠として(for these reasons)」 7
  • 結論指標語(Conclusion Indicators): 前提から導かれる「帰結」や「主張」を導入する語句。
  • 例:「したがって(therefore)」、「ゆえに(thus)」、「その結果(consequently)」、「だから(so)」、「〜と結論できる(we can conclude that)」、「〜に違いない(must be)」 5

これらの指標語は、分析の初期段階において論理構造を迅速に把握するための最も直接的なツールです。

表1:前提および結論の主要指標語リスト

機能日本語の指標語英語の指標語典拠
前提の導入なぜなら、〜だから、〜を理由に、〜である以上、〜という根拠からbecause, since, for, as, given that, for the reason that7
結論の導入したがって、ゆえに、その結果、だから、結論として、〜に違いない、〜と結論できるtherefore, thus, hence, so, consequently, it follows that, we may conclude that, as a result5

指標語の限界と「推論」対「説明」の峻別

指標語は万能ではありません。特に注意すべきは、指標語が論理的推論以外の文脈でも使用される点です。例えば、「because(なぜなら)」は、前提抽出において最も誤解を招きやすい指標語の一つです 10

「because」は、「推論(Inference)」と「説明(Explanation)」の双方を導入するために使用されます。

  1. 推論(前提の提示): 「彼は会議を欠席するだろう(結論)、なぜなら 彼は病気だからだ(前提)。」
  • この文の目的は、読者がまだ真実として受け入れていないかもしれない「彼が欠席する」という結論を、前提(病気)を用いて 説得 することにあります。
  1. 説明(原因の提示): 「彼は会議を欠席した(既知の事実)、なぜなら 彼は病気だったからだ(原因)。」
  • この文の目的は、「彼が欠席した」という 既に知られている事実 の原因を説明することにあり、読者を説得することではありません。

前提抽出の対象となるのは、前者(推論)の文脈における「because」であり、後者(説明)の「because」は、因果関係を示してはいますが、論証の前提ではありません。この峻別を怠ると、単なる原因の説明を議論の前提として誤って抽出することになります。

指標語が欠如している場合の解釈的アプローチ

複雑な学術テキストや洗練された論説では、著者は文体の流麗さを優先し、上記のような明白な指標語の使用を意図的に避ける傾向があります 5。指標語が欠如している場合、読者は著者の意図とは異なる論理的関係性を補完してしまうリスクに晒されます 9

指標語が存在しない場合、以下の解釈的アプローチが不可欠となります。

  1. 「Why Test」の適用:
    テキスト内の各主張(命題)に対して、二つの問いを立てます 7。
  • 問い1:「著者は、私がこの主張を信じることを望んでいるか?」 もし答えが「はい」なら、その主張は「結論(または中間結論)」である可能性が極めて高いです 7
  • 問い2:「著者は、なぜ私がその主張を信じるべきだと考えているか?その理由として何を提供しているか?」 この問いへの答えが「前提」となります。
  1. 修辞的構造の分析:
    長文テキストの構造自体が、論理的役割を示唆します。
  • 学術論文や詳細なレポートにおいて、主要な結論(Main Conclusion)は、通常、アブストラクト、序論の最後(Thesis Statement)、または結論の章で提示されます 59 も、議論的な論文のテーマは常に結論を含むと指摘しています。
  • その主要結論を支持するための前提群は、本文(Body)の各パラグラフやセクションで詳細に展開されます。
  • したがって、分析はまずテキストの「マクロ構造」を把握し、主要な主張(結論)を特定することから始め、次にその主要結論を支持する「ミクロ構造」(個々のサブ・アーギュメント)の前提を抽出するという、トップダウンのアプローチが有効です。

III. 前提抽出のための体系的アプローチ:議論の標準化と図解(アーギュメント・マッピング)

複雑なテキストから前提を的確に抽出し、その論理構造を解明するためには、二つの強力な体系的技法、「議論の標準化」と「アーギュメント・マッピング」が不可欠です。

ステップ 1:議論の標準化(Standardizing Arguments)

議論の標準化とは、自然言語で書かれたテキストから論理的構成要素(前提と結論)を抽出し、それらを論理的な順序で再編成するプロセスです 5

標準化のプロセス 12:

  1. 主張の特定: テキストに含まれるすべての主張(claims)を特定します。
  2. 命題への変換: 各主張を、修辞的な装飾や非本質的な語句を削除し、「〜である」という形式の独立した命題(宣言文)として書き直します。
  3. 役割の特定: 各命題が「主要結論」「中間結論」「前提」のいずれの役割を果たしているかを、(セクションIIの技法を用いて)特定します。
  4. 再編成: 議論を論理的な順序でリストアップします。伝統的に、前提を番号付きでリストアップし、最後に結論を置きます。

(例)

P1: [前提1の命題]

P2: [前提2の命題]

C: [結論の命題]

この「標準化」のプロセスは、単なる整理以上の強力な分析効果を持ちます 5。第一に、自然言語ではしばしば結論が前提の前に提示される(結論→理由)など、論理的順序が逆転していますが、標準化はこれを(理由→結論)という厳密な論理的順序に組み直します。第二に、一つのテキストに複数の議論が混在している場合、それらを個別の議論として分離・明確化することを可能にします 5

そして最も重要な点として、標準化は議論の「空白」を明らかにします。すなわち、明示された前提だけでは結論を導き出すのに不十分な場合(論理的飛躍がある場合)、そのギャップが可視化され、著者が暗黙的に仮定している「隠れた前提」(セクションIVで詳述)を特定する基盤となります 5

ステップ 2:アーギュメント・マッピング(Argument Mapping)

アーギュメント・マッピング(議論の図解)は、標準化された議論の論理構造を視覚化する技法です 13。この視覚化により、複雑な情報の組織化、推論の明確化、および論理的関係性の迅速な伝達が可能になります 13。Argdown 14 や MindMup 13 といったソフトウェア・ツールは、このプロセスを支援するために設計されています。

マッピングの手順 8:

  1. 議論の「主要結論」を特定し、マップの最上位(または最下位)に配置します。
  2. その結論を 直接 支持する前提を特定し、ボックスに記述します。
  3. 前提から結論へと向かう矢印を引き、支持関係(Reasoning)を示します。
  4. 次に、それらの前提が自明のものでない場合、それらの前提 自体 を支持するさらなる前提(サブ・アーギュメントの前提)を特定します。
  5. このプロセスを、議論が最も基本的な(議論の余地が少ない)前提に達するまで再帰的に繰り返します 8

複雑な構造の特定:従属的前提 vs. 独立的前提

アーギュメント・マッピングのプロセスは、前提が結論をどのように支持しているか、その「構造」を分析者に強制的に判断させます。これは、複雑な議論を解体する上で極めて重要です。

  • 独立的議論(Independent Premises): 複数の前提が、それぞれ独立して 結論を支持する構造です 8
  • 例:「[P1] 喫煙は癌を引き起こす」、「[P2] 喫煙は心臓発作のリスクを高める」→「[C] 喫煙は健康に悪い」。
  • この場合、たとえ[P1]が偽であると反証されても、[P2]は依然として[C]を支持する独立した理由として残ります 8。マップ上では、[P1]と[P2]から[C]へ、それぞれ別の矢印が引かれます。
  • 従属的議論(Dependent / Co-Premises): 複数の前提が 連動して一体となって 初めて結論を支持する構造です 16
  • 例:「[P1] すべての人間は死ぬ」、「[P2] ソクラテスは人間である」→「[C] ソクラテスは死ぬ」。
  • この場合、[P1]だけ、あるいは[P2]だけでは、[C]を論理的に支持することはできません。両方が揃って初めて推論が成立します。32 の「Holding Hands」ルールが示唆するように、一つの推論の中で、用語(この場合は「人間」)が前提間で「手をつなぐ」必要があります。

アーギュメント・マッピングは、単なる清書のツールではなく、それ自体が強力な分析ツールです 16。マップを作成するプロセス、すなわち、どの前提がどの結論に、そして「独立的に」か「従属的に」か、どのように接続されるかを決定する行為そのものが、議論の構造的欠陥、論理的弱点、そして暗黙の仮定を白日の下に晒す最も厳密な分析行為となります。

複雑な議論の分析とは、まず主要結論(Top)を特定し、次にそれを支持する前提(Mid-level)を見つけ、さらにそれらの前提を支持する基礎的前提(Bottom-level)へと掘り下げる「トップダウンの解体」と、その後の「ボトムアップの評価」(基礎的前提は真か?→中間前提は支持されるか?→最終結論は支持されるか?)の往復運動なのです 8

IV. 水面下の論理:隠れた前提(暗黙の仮定)の特定と補完

複雑かつ長文の議論、特に哲学的、法的、あるいは社会的な議論の多くは、著者が明示的には述べていない「隠れた前提(Hidden Assumptions)」または「暗黙の仮定(Warrants)」に深く依存しています 17。これらの水面下の前提を特定し、明示的に定式化することは、前提抽出のプロセスにおいて最も高度かつ決定的なステップです。

隠れた前提とは、その議論が論理的に成立する(妥当である)ために必要とされるが、明示的に述べられていない命題です 18。著者はしばしば、それらが「自明の理」である、あるいは特定の分野における「常識」であるという理由から、これらの前提を省略します 5

隠れた前提の特定プロセス:「妥当性テスト」

隠れた前提を特定するための最も体系的な方法は、議論の「妥当性(Validity)」をテストすることです 19

  • ステップ 1:議論の標準化: まず、セクションIIIで述べたように、明示されている前提と結論を抽出・標準化します。
  • ステップ 2:妥当性テストの実施: 「もし、明示された前提がすべて真であると仮定した場合、結論は論理的に 必ず 真となるか?」と問います 19
  • ステップ 3:論理的ギャップの特定: もし答えが「いいえ」(=議論が妥当でない)である場合、その明示的前提と結論の間には論理的なギャップ(飛躍)が存在します。
  • ステップ 4:隠れた前提の補完: その論理的ギャップを埋め、議論を「妥当」にするために 必要不可欠な 追加の命題は何か、を特定します。この追加されるべき命題こそが「隠れた前提」です 20

事例研究による特定プロセスの解明

このプロセスは、具体的な事例によって最もよく理解されます。

事例研究 1:死刑制度 18

  • 議論: 「死刑は不道徳である(結論)、なぜなら罪のない人々が死刑によって殺されるかもしれないからだ(明示的前提 P1)。」
  • 妥当性テスト: この議論は妥当(Valid)ではありません。「罪のない人が死ぬ可能性(P1)」から「不道徳である(C)」は、論理的に 必ず 導出されるわけではありません。
  • 隠れた前提の補完: この議論を妥当にするためには、P1とCをつなぐ以下の隠れた前提(HP)が必要です。
  • HP: 「罪のない人々を殺す可能性のあるものは、すべて 不道徳である。」
  • 分析: この隠れた前提(HP)を補完して初めて、議論は「P1 + HP → C」という妥当な三段論法の形式をとります。

事例研究 2:中絶 21

  • 議論: 「中絶は間違っている(結論)、なぜなら罪のない人を殺すことは間違っているからだ(明示的前提 P1)。」
  • 妥当性テスト: この議論は妥当ではありません。P1とCは直接つながりません。
  • 隠れた前提の補完: この議論を妥当にするためには、以下の隠れた前提(HP)が必要です。
  • HP: 「中絶は、罪のない『人(person)』を殺すことである。」
  • 分析: 21 が指摘するように、この「隠れた前提」(胎児がいつ法的な「人」と定義されるか)こそが、中絶に関する倫理的・法的議論全体の核心的な争点です。

隠れた前提の機能と批判的分析への展開

隠れた前提は、多くの場合、著者の議論における特定の事例(明示的前提)と特定の主張(結論)とを結びつける、「一般化(Generalization)」や「原則(Principle)」、あるいは「価値観」の役割を果たします 18

前述の死刑の例 18 が示すように、複雑な議論における 本当の意見の対立 は、しばしば明示された前提(P1: 死刑が誤って罪のない人を殺す可能性)についてではなく、この 暗黙的に仮定されている「隠れた前提」(HP: その可能性のあるものは「すべて」不道徳か?) について生じます。

実際、この議論に対する反論は、隠れた前提(HP)を直接攻撃します。例えば、「では、赤ちゃんへの予防接種も不道徳なのか?あれも(極めて稀だが)罪のない人を殺す可能性がある」という反論です 18。この反論は、隠れた前提である「一般化」が適用範囲の広すぎる「早まった一般化」であることを指摘しています。

したがって、隠れた前提を特定する作業は、単なる論理的なパズル解きではありません。それは、著者の(あるいは分析者自身の)世界観、イデオロギー、偏見、そして疑われることのなかった「常識」を暴露する、最も強力な批判的思考(クリティカルシンキング)の実践です 22。前提を抽出するとは、議論のテキストに書かれていることだけでなく、その議論を成立させるために 書かれていなければならなかったが、書かれなかったこと をも白日の下に晒す作業なのです 18

V. 抽出された前提の評価:妥当性、健全性、および論理的誤謬

前提の抽出と再構築(隠れた前提の補完を含む)が完了した後、分析は最終段階、すなわち「評価(Evaluation)」のフェーズへと移行します。前提を「的確に抽出する」という目的は、最終的にその議論が結論を受け入れるに値するかどうかを判断するためにあります。

この評価は、「妥当性(Validity)」と「健全性(Soundness)」という二つの厳格な基準によって行われます 24

ステップ 1:妥当性(Validity)の評価

妥当性とは、議論の「論理形式(Form)」または「論理的接続」に関する評価です 25。

妥当性を問う質問は、以下の通りです。

「もし、抽出されたすべての前提が真であると 仮定した場合、結論は論理的に 必ず 真となるか?」 24

  • もし答えが「はい」ならば、その議論は「妥当(Valid)」です。
  • もし答えが「いいえ」(前提がすべて真でも、結論が偽である可能性が残る)ならば、その議論は「妥当でない(Invalid)」です。

重要な点は、妥当性は前提の 実際の真実性 には関わらないということです 25。前提が現実には偽であっても、議論は論理的に妥当であり得ます 27

  • 妥当だが健全でない例:
  • P1: すべての猫はチーズでできている。(偽)
  • P2: フィドは猫である。(真)
  • C: したがって、フィドはチーズでできている。(偽)
  • この議論は、P1が偽であるため「健全」ではありませんが、P1とP2が真だと 仮定すれば Cが必ず導かれるため、論理形式としては「妥当」です 27

ステップ 2:健全性(Soundness)の評価

健全性とは、議論の「内容(Content)」、すなわち前提の 実際の真実性 に関する評価です。

ある議論が「健全(Sound)」であると判断されるためには、以下の二つの条件を 同時に 満たす必要があります 2。

  1. 議論が「妥当(Valid)」であること。 (ステップ1をクリア)
  2. すべての前提が(現実世界において)「真(True)」であること。

もし議論が妥当であっても、その前提の一つでも(現実において)偽であれば、その議論は「不健全(Unsound)」となります 2。不健全な議論は、その結論が偶然真実であったとしても、その結論の真実性を論理的に 証明する ことには失敗しています。

分析の厳格な順序と論理的誤謬

前提の抽出と評価のプロセスは、厳格な順序で行われなければなりません 25

  • フェーズ 1:再構築(Reconstruction): まず、著者の議論を分析します。もしその議論が(隠れた前提の欠如により)妥当でない(Invalid)ならば、セクションIVの技法を用い、「寛容の原則(Principle of Charity)」に従って、その議論を論理的に妥当な形式になるよう最強の形で再構築(隠れた前提を補完)します 20
  • フェーズ 2:評価(Evaluation): 次に、その(妥当なものとして再構築された)議論を取り上げ、その すべての 前提(明示された前提と、補完された隠れた前提)が、実際に真(True)であるか を一つ一つ厳密に検証します。

前提の「真実性」の検証は、その分野の専門知識を必要とします。例えば、信頼できる医学雑誌を参照したり 23、提示された一般化(特に隠れた前提に多い)に対して「例外(Exceptions)」や「反例(Counterexamples)」を探すといった方法が用いられます 18

このプロセスを怠ることは、様々な論理的誤謬(Fallacies)につながります 28。例えば、著者の議論を意図的に弱い(妥当でない)形で解釈し攻撃することは「ストローマン(藁人形)論法」にあたります。また、前提が偽である(不健全な)議論を受け入れることは、「不適切な前提(Improper premise)」や「早まった一般化(Faulty generalization)」といった非形式的誤謬を犯すことになります 28

特に注目すべきは、健全性の評価における非対称性です 30。分析者は、前提の真実性に関する専門知識が(まだ)なくても、ある議論が「不健全である(not sound)」ことを証明できる場合があります。それは、その議論の 論理構造 が「妥当でない(invalid)」ことを示すことです 30。もし論理形式が(隠れた前提を補完してもなお)欠陥しているならば、その議論は前提の真実性に関わらず、自動的に不健全となります。これは、複雑な専門分野のテキストを分析する際に、まず論理構造(妥当性)の欠陥を攻撃することが極めて効率的な批判戦略であることを示唆しています。

VI. 高度な応用と結論的考察

本レポートで詳述した前提抽出と評価の体系的フレームワークは、あらゆる知的分野において、議論の的確な分析、構築、および批判の基盤となるものです。

専門分野での応用(ケーススタディ):法的推論

この方法論の厳密な応用例として、法的推論の構造(IRACメソッドなど)が挙げられます。法的推論は、本質的に論理的三段論法の応用です 31

  • R (Rule – 法規則): 適用される法規則や判例。これは論理学における「大前提(Major Premise)」に相当します(例:「すべてのAはBである」)31
  • A (Application – 当てはめ): 検討対象の具体的な事実関係を、法規則の要件に当てはめる分析。これは「小前提(Minor Premise)」に相当します(例:「このCはAである」)31
  • C (Conclusion – 結論): 法規則を事実に適用した結果(例:「ゆえに、このCはBである」)31

この文脈において、法務専門家が法的文書や判例から「前提を抽出する」とは、その議論の「大前提」として採用されている法規範(Rule)と、「小前提」として提示されている法的に重要な事実認定(Application)を、的確に特定・分離する作業に他なりません。

クリティカルシンキングにおける前提の役割

クリティカルシンキング(批判的思考)の本質は、まさに「前提となる事実を検証し、本質を見極める」ことにあります 22。情報を無批判に受け入れるのではなく、「本当にこれでいいのか?」「違う視点から見たら?」と問い続けるプロセスです 22

例えば、「日曜に多くの来客があるため、売上増のためにセールを実施している」という戦略に対し、「本当に日曜日にセールが最適なのか?」と問うことは 22、「日曜日のセールは(他の施策と比較して)売上増に最適である」という明示的または暗黙的な「前提」の真実性(健全性)を疑う行為です。本レポートの方法論は、このような批判的思考のプロセスを体系化・精緻化するものです。

結論的フレームワーク:前提抽出のための統合的プロセス

複雑かつ長文の議論から的確に前提を抽出するための統合的プロセスは、以下の5つのステップに集約されます。

  1. 特定(Identify): 指標語 7 とテキストの修辞的構造 5、および「Why Test」 7 を用い、議論の主要結論と明示的前提を特定します。
  2. 標準化(Standardize): テキストから抽出した前提と結論を、非本質的な語句を削除し、論理的な順序(前提→結論)でリストアップします 5
  3. 図解(Map): アーギュメント・マッピングを用い、議論の構造(前提間の従属・独立関係、サブ・アーギュメントの連鎖)を視覚化します 8
  4. 補完(Reconstruct): 議論の論理的ギャップを特定するため「妥当性テスト」を実施し、議論を妥当(Valid)にするために必要な「隠れた前提」を明示的に補完・定式化します 18
  5. 評価(Evaluate): 再構築された(妥当な)議論の すべて の前提(明示的および暗黙的)を取り上げ、それらが(現実において)「真(True)」であるかを検証し、議論全体の「健全性(Soundness)」を最終的に判断します 24

この体系的プロセスを習得することは、単なる技術的なテキスト読解スキルを向上させるだけではありません。それは、他者の主張をその最も強力な形で公正に理解し(フェーズ1:再構築)、同時に自らの主張の論理的基盤(特に隠れた前提)を自覚し(フェーズ1)、そして証拠に基づいて議論を厳密に評価する(フェーズ2:評価)という、知的な誠実性(Intellectual Honesty)の核心的な実践です。この方法論は、あらゆる専門分野における分析能力と倫理的基盤の両方を強化するものとなります。

引用文献

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