ハンロンの剃刀は、なぜ個人投資家の「最強の武器」になるのか

―― 市場を読み解くとき、最初に切り捨てるべきもの ――

投資をしていると、株価が上下するたびに
つい“複雑なストーリー”で説明したくなります。

  • 「裏で機関が仕掛けたに違いない」
  • 「大口がまとめて投げたのでは?」
  • 「陰謀めいた売り崩しだ」

SNSや掲示板には、こうした“意図的な悪意”で
市場を語る投稿があふれています。

しかし——
これらの説明のほとんどは、統計的にほぼ全部ハズレです。

その理由を一言でまとめるのが、
ハンロンの剃刀(Hanlon’s razor) です。


■ ハンロンの剃刀とは何か

悪意で説明するな。単純なミス・誤解で説明できるなら、それで十分だ。

市場に当てはめるなら、

「陰謀や仕掛けで説明する前に、もっと単純な要因を考えろ」

という意味になります。


■ 個人投資家が最初に削ぎ落とすべき“悪意シナリオ”

株価が下がったとき、
多くの個人投資家は「敵」を探します。

しかし、株が動く理由の 90%以上 は、驚くほどシンプルです。

  • 決算(売上・利益・ガイダンスへのサプライズ)
  • 個別材料(新製品、提携、規制、事故など)
  • 地合い(指数・センチメント)
  • 需給の偏り(商いの薄い時間帯の大口注文など)
  • ETF・インデックスのリバランス
  • 自動売買・アルゴの連鎖

こうした 非悪意的な要因 だけで、
株価のほとんどの動きは説明できます。

それでも人は感情的に「敵」を作りたくなる。
しかしその思考癖こそ、
投資成績を悪化させる大きな罠です。


■ なぜ個人投資家は“悪意シナリオ”に弱いのか

心理学的には、だいたいこのあたりが理由です。

  1. 「他者のせい」にした方が精神的に楽
    損失を説明するため、人は無意識に“悪意ストーリー”を作ります。
  2. 市場は複雑なので、単純を信じたくない
    人は「難しい話の方が賢そうだ」という偏見を持っています。
  3. SNSで悪意説が“物語”として拡散する
    陰謀めいた話の方がドラマ性があり、クリックされやすい。

しかし、投資は確率ゲームです。
確率の低い物語に賭け続けるのは、構造的に負ける動きです。


■ 一流の投資家は“単純な説明”から入る

プロはまず、こういう順番で考えます。

  • 上昇のとき
    • 決算サプライズ(上振れ・ポジティブなガイダンス)
    • 好材料(新製品、規制緩和、ポジティブニュース)
    • 地合いの改善(指数上昇、金利低下など)
    • 需給の好転(空売り買い戻し、買い残減少 など)
  • 下落のとき
    • 決算の失望(下振れ、保守的ガイダンス、予想とのギャップ)
    • ネガティブ材料(事故、不祥事、規制強化)
    • 地合い悪化(指数下落、リスクオフ)
    • 需給悪化(信用期日・ロスカット・ファンドの解約売り)
    • 指数・金利要因(長期金利上昇、為替動向 など)
  • 誤差レベルの動き
    • 単なるボラティリティ
    • 板の薄さによるブレ

ここまでで説明がつくかどうかをまず確認します。

“悪意”を疑うのは、
これらの要因ではどうしても説明できなくなってからです。

ここが、
「最初から誰かの悪意を疑う人」と
「まず決算・需給・地合いを見る人」の決定的な差です。


■ ハンロンの剃刀を投資に使うと何が起こるか

1. メンタルが異常に安定する

「売られた理由が分からない」

「理由は普通にある。自分がまだ見つけていないだけ。」

こう認識を切り替えるだけで、
不要なイライラや陰謀論への依存が激減します。


2. 判断の精度が上がる

  • 陰謀論
  • 「機関の悪意」
  • 「誰かの売り崩し」

こういった 低確率のストーリーに思考リソースを使わなくなる ので、
決算・ビジネスモデル・バリュエーションなど、
本質的な分析に集中できます。


3. 期待値の高い分析だけが残る

「まず決算と需給と地合い」
という順番がクセになると、
自然と “勝ちやすい思考ルート” が習慣になります。


4. SNSに振り回されなくなる

「大口が売っている!」
「これはアルゴの嫌がらせだ!」

といった投稿に煽られにくくなり、
ノイズとシグナルを切り分けられるようになります。


■ では投資家はどう使えばいいか?

■ 実践①:理由探しの“検証順”を固定する

株価の理由を、次の順番で検証する癖をつける:

  1. 決算(数字・コメント・ガイダンス)
  2. 個別材料(IR、ニュース)
  3. 地合い(指数、セクター、マクロ)
  4. 金利・為替・政策要因
  5. 需給(信用残、出来高、イベント)
  6. ETF・インデックスのリバランス
    ―― ここまでが「非悪意の要因」
  7. それでも説明できないときだけ「意図・戦略」を検討する

7をいきなり最初に持ってくる人は、構造的に負けます。


■ 実践②:悪意シナリオの“事前確率”を常に意識する

「これは誰かの悪意に違いない」と思った瞬間に、
頭の中でこう付け加えておきます。

「……かもしれないが、その確率はかなり低い」

このひと言を挟むだけで、
マーケットの見え方がガラッと変わります。


■ まとめ

ハンロンの剃刀は、
**個人投資家が身につけるべき「思考の初期設定」**です。

  • 株価の動きを“誰かの悪意”で説明する癖を捨てる
  • まず 決算・材料・地合い・需給 といった単純な要因から検証する
  • それでも説明できないときだけ、はじめて“意図”を考える

投資とは、
ドラマチックな物語ではなく、
単純な確率と反復のゲームです。

そして、その入り口で
「低確率な“悪意ストーリー”を切り落としてくれる道具」こそ、
ハンロンの剃刀なのだと思います。