半導体バリューチェーンの戦略的力学:TSMCの「物理的支配」とARMの「アーキテクチャ的脆弱性」の真偽を問う

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エグゼクティブ・サマリー

本レポートは、半導体バリューチェーンにおけるTSMC(台湾積体電路製造)とARM Holdingsの戦略的地位に関する一見逆説的な問い、「なぜ『下請け』のTSMCが強く、『上流』のARMが弱いのか」について、詳細な分析を行うものである。

TSMCの「強さ」は、その「下請け」という立場、すなわち「ピュアプレイ・ファウンドリ」というビジネスモデルにこそ起因することを論証する。この設計を行わず製造に徹する「中立性」が、Apple、NVIDIA、AMDといった本来競合するはずのファブレス企業の最先端チップの製造需要を独占的に集約することを可能にした。この集約された巨大な需要こそが、他社が追随不可能な巨額の資本的参入障壁(Capital Moat)と、2nmプロセス1に代表される技術的優位性を築く源泉である。TSMCの強さは、代替不可能な「物理的チョークポイント」の支配にある。

対照的に、ARMの「弱さ」という認識は、その98%にも達する粗利益率2という財務的健全性とは裏腹に、その戦略的地位の脆弱性に由来する。ARMの「上流」支配(アーキテクチャ)は本質的に「知的財産」であり、その性質上、「代替可能」である。特に、オープンソースのRISC-Vという、ARMのビジネスモデルの根幹(ライセンス料とロイヤリティ)を脅かす根本的な脅威の出現3と、盤石なモバイル市場2とは対照的なPC市場での限定的なシェア4が、その「弱さ」の認識を裏付けている。

結論として、現代の半導体産業において、「物理的な製造(TSMC)」の支配は、「知的な設計標準(ARM)」の支配よりも、強力かつ永続的な戦略的優位性を確立していると分析できる。

第1章 序論:半導体バリューチェーンにおける「強さ」の再定義

1.1 水平分業のパラドックス:「下請け」の支配と「上流」の脆弱性

1990年代まで、半導体産業の主流は、設計から製造、販売までを一貫して自社で行うIDM(Integrated Device Manufacturer:垂直統合型)モデルであった5。しかし、製造プロセスの高度化に伴う巨額の設備投資リスクを回避するため、産業は水平分業モデルへと移行した。

この結果、設計に特化する「ファブレス」企業(米国のNVIDIA、Qualcomm、AMDなど)と、製造受託に特化する「ファウンドリ」企業(台湾のTSMCなど)が誕生した6。この分業体制は、ビジネスとして極めて合理的であった6

しかし、この水平分業は、従来の製造業の常識とは異なるパラドックスを生み出した。通常、「下請け」である製造受託企業は、発注者である設計企業よりも弱い立場に置かれがちである。だが半導体産業では、製造を担うTSMCが、発注者であるAppleやNVIDIAに対し、価格交渉や供給量において圧倒的な交渉力を持つ「強さ」を示している。

逆に、チップ設計の根幹となる命令セットアーキテクチャ(ISA)という「上流工程」を支配するARMが、TSMCほどの絶対的な戦略的支配力(=「強さ」)を持たず、むしろ「弱さ」を内包しているように見えるのはなぜか。本レポートは、このパラドックスを解明することを目的とする。

1.2 「強さ」の定義:資本的モート(堀)とエコシステム的モートの比較

本レポートにおいて、「強さ」を支える競争優位性、すなわち「モート(堀)」を以下の二つに分類する。

  • TSMCの強さ = 資本的・技術的モート:
    世界の先端ファブ装置投資額(2026年予測:1,190億ドル)7に象徴される巨額の設備投資と、EUV(極端紫外線)露光技術の習熟6に代表される、他社が短期間で模倣不可能な製造技術によって構築された「物理的な参入障壁」。
  • ARMの強さ = エコシステム的モート:
    ARMアーキテクチャがモバイル市場2などで業界標準となり、その上で動作する膨大なソフトウェア資産と開発者コミュニティによって構築された「ネットワーク効果」による参入障壁。

1.3 分析の枠組み:TSMCの「物理的支配力」 vs. ARMの「アーキテクチャ的影響力」

本レポートは、この性質の異なる二つの「モート」が、現代の半導体産業において、それぞれどの程度の持続可能性と戦略的価値を持つのかを、TSMCの「物理的支配力」とARMの「アーキテクチャ的影響力」という観点から比較分析する。

第2章 TSMC分析:「最強の請負人」の戦略的解剖

2.1 ピュアプレイ・ファウンドリというビジネスモデルの完成

TSMCのビジネスモデルは「ピュアプレイ・ファウンドリ」、すなわち自社では一切チップの設計・販売を行わず、100%製造受託に特化するモデルである。

この点が、競合他社との決定的な違いとなっている。例えば、SamsungやIntelは、自社チップ(Galaxy向けのExynosやPC向けのIntel Coreプロセッサ)を設計・販売するIDMでありながら、同時にファウンドリ事業も手掛けている5

TSMCの「強さ」は、逆説的だが、この「下請け」=「製造特化」の立場にこそ源泉がある。Apple、NVIDIA、AMD、Qualcommといった主要なファブレス企業は、スマートフォン、PC、AIサーバーといった市場で互いに熾烈な競争を繰り広げている1。もし彼らが製造をSamsungに委託すれば、それは自社の生命線である最先端のチップ設計情報を、スマートフォン市場の最大のライバルに開示することを意味する。Intelに委託した場合も、PCおよびサーバー市場における直接の競合相手に情報を渡すことにほかならない。

したがって、自社製品と絶対に競合せず、設計情報の機密性を守る「中立的な」TSMCは、これらファブレス企業群にとって、最先端プロセスを委託できる唯一かつ絶対的に信頼できるパートナーとなる。結果として、TSMCは、本来競合関係にある全ファブレス企業の需要を一身に集約できる、市場で唯一の戦略的ポジションを確立している。

2.2 技術的モート:プロセス微細化における絶対的優位性

2.2.1 EUV技術の掌握と先端ノード(10nm未満)の独占

TSMCの技術的優位性は、線幅10nm(ナノメートル)未満の先端半導体製造に不可欠とされるEUV(極端紫外線)露光装置を、世界に先駆けて量産に導入・習熟したことによって確立された6。IntelやSamsungもEUV技術でTSMCを追随しているが、歩留まり(良品率)と生産性において、TSMCは依然としてリードを保っているとみられている6。先端半導体における台湾の圧倒的な生産能力は、このTSMCの技術的リーダーシップによって支えられている6

2.2.2 3nmから2nm(N2)への移行:リードの更なる拡大

TSMCは、3nm(N3)プロセスに続き、2026年後半の量産開始が予定される2nm(N2)プロセス技術においても、記録的な需要を予測している1

特筆すべきは、N2プロセスの経済性である。業界筋によれば、N2プロセスを使用したチップの製造コストは、N3プロセスよりも収益性が高いことが判明している1。これは、N2がTSMCにとって初採用となる「ナノシートトランシスタアーキテクチャ」を導入するためである1。この新技術により、N3プロセスでEUV露光回数の増加によるコスト高騰が問題となったのに対し、N2ではEUV層数を増やすことなく性能向上を達成でき、大幅なコスト削減が実現すると期待されている1

これは、TSMCが「ムーアの法則」の技術的限界だけでなく、「経済的限界」(=トランジスタあたりのコストが下がらなくなる)をも突破しつつあることを示唆している。競合他社が3nmの歩留まりやコストに苦慮している間に、TSMCはすでに「より安価で高性能な」2nmへの明確なロードマップを顧客に提示している。N2の主要顧客として、Apple(最大2つのSoCを準備中)、NVIDIA、AMD、MediaTek、Qualcommといった主要プレイヤーがすでに名を連ねており1、顧客のTSMCへのロックイン(依存)はさらに強固なものとなっている。

2.3 経済的モート:模倣を許さない資本の壁

2.3.1 設備投資(CapEx)という名の戦略的兵器

TSMCの技術的優位性は、他社が模倣不可能なレベルの圧倒的な設備投資(CapEx)によって維持されている。

SEMIの予測によれば、世界の300mm半導体前工程ファブの装置投資額は、2023年の減少を経て、2024年以降は2桁成長が見込まれ、2026年には過去最高の1,190億ドル(約18兆円規模)に達すると予測されている7

この巨額投資を牽引しているのが、まさに「ファウンドリ」分野である。ファウンドリ分野の投資額は、2023年の446億ドルから、2026年には621億ドルへと増加し、他分野(メモリ、アナログなど)を圧倒的にリードすると予測されている7。このデータは、TSMCを筆頭とするファウンドリが、いかに巨大な「資本の壁」を築いているかを明確に示している。

表1:世界の300mmファブ装置投資額予測(地域別・分野別)

予測対象2023年 投資額2026年 予測投資額
地域別
韓国157億ドル302億ドル
台湾224億ドル238億ドル
米州96億ドル188億ドル
分野別
ファウンドリ446億ドル621億ドル
メモリN/A (2023)429億ドル

出典:SEMI 300mm Fab Outlookレポートに基づく7

2.3.2 資本力を支えるビジネスモデル

この年間数兆円規模の巨額投資は、単一のIDM企業が自社製品の需要だけを当てにして正当化できる規模ではない5

TSMCの「資本の壁」は、その「中立性」によって支えられている。前述の通り(2.1)、TSMCの中立的な立場が、Apple、NVIDIA、AMD、Qualcommといった全ての主要ファブレス企業の最先端需要を集約させる。この集約された莫大な需要(iPhone + GeForce + EPYC +…)が、TSMCの巨額の設備投資を経済的に正当化し、可能にしている。

TSMCの「下請け」モデル(中立性)こそが、他社を圧倒する「資本力」の前提条件となっており、この好循環が、製造技術における圧倒的な特許網の構築8と「スピード」の維持を可能にしている。

2.4 地政学的チョークポイント:「台湾リスク」という強さの裏返し

TSMCの強さには、地政学的な側面が不可分に存在する。TSMCの先端半導体製造能力(特に10nm未満)は、台湾に極度に集中している6

これは「台湾リスク」として知られ、世界経済の最大のアキレス腱となっている。仮に紛争や海上封鎖によってグローバルなサプライチェーンが途絶すれば、TSMCは海外からの材料や補修部品の供給が停止し、短期間のうちに操業停止を余儀なくされる6。また、半導体製造は膨大な電力を消費するが、台湾は火力発電用の天然ガスや石炭の多くを輸入に依存しており、電力供給面でも脆弱である6

TSMCの生産が停止した場合の影響は計り知れない。AppleのiPhone、NVIDIAのAI用GPU、AMDのサーバー用CPU、さらに自動車や産業機器に用いられるレガシー半導体まで、世界の主要な工場の多くが操業停止に追い込まれ、AIの進化はストップする6

この極度の脆弱性は、逆説的にTSMCの「強さ」と「不可侵性」を高めている。TSMCの停止が世界経済(特に米国経済)に与える壊滅的なダメージは、すべての主要国にとって自明の理である。この「相互確証経済破壊」とも言える状況は、米国、日本、欧州といった西側諸国にとって、台湾の現状維持とTSMCの安全な操業を、自国の経済安全保障上の最優先事項とすることを「強制」する。結果として、TSMCは、他社が決して持ち得ない強力な「地政学的シールド(盾)」を暗黙的に有していることになる。

2.5 結論:TSMCの「強さ」は「代替不可能な物理的ボトルネック」としての強さ

TSMCの強さは、その「下請け」というビジネスモデル(中立性)を基盤に、資本、技術、特許、そして地政学的な位置づけによって幾重にも強化された、代替不可能な「物理的な製造インフラ」の独占にある。

第3章 ARM分析:「脆弱性を抱える支配者」の戦略的解剖

3.1 IPライセンスモデル:ハイレバレッジ・ハイマージン戦略

ARMのビジネスモデルは、TSMCとは対極にある。自社でチップを製造・販売せず、チップの設計図の根幹となる「アーキテクチャ(ISA)」のライセンスを供与し、収益を得るIP(知的財産)ビジネスである。

収益源は大きく二つに分類される。

  1. ライセンス収入: チップ設計企業がARMのアーキテクチャやIPを使用する権利を得るために支払う初期費用2
  2. ロイヤリティ収入: そのライセンスに基づき製造・出荷されたチップ1個あたりに発生する、売上に応じた一定の料率2

3.2 財務分析:「弱さ」の認識を裏切る収益構造

ユーザーの「弱い」という認識とは裏腹に、ARMのビジネスモデルは驚異的な収益性を誇る。非GAAPベースの粗利益率(粗利率)は**98%**に達しており2、これはハードウェア産業でありながら、実質的に高収益なソフトウェア(SaaS)企業に匹敵する利益構造である。

3.2.1 ロイヤリティ収入とライセンス収入の二重構造

2026年度第1四半期(2025年7月発表)の決算では、総収益は前年同期比12%増の10億5300万ドルに達した2。内訳を見ると、ロイヤリティ収入が同25%増の5億8500万ドルと急成長した一方、ライセンス収入は同1%減の4億6800万ドルであった2

表2:ARM Holdings 収益構造の分析(2026年度 第1四半期)

項目金額(億ドル)前年同期比(%)
ライセンスおよびその他収入4.68-1%
ロイヤリティ収入5.85+25%
総収益10.53+12%
非GAAP 粗利益率N/A98%

出典:ARM Holdings 2026年度Q1決算データに基づく2

一見するとライセンス収入の停滞は「弱さ」の兆候に見えるかもしれないが、これはARMのビジネスモデルにおける「成功のタイムラグ」を示している。ARMの収益モデルは、まず「ライセンス」が売れ(投資期)、その数年後にそのライセンスを使ったチップが量産・出荷され、「ロイヤリティ」が発生する(収穫期)という構造を持つ。

現在のロイヤリティ収入の急増(25%増)は、数年前に販売したライセンスが成功裏に市場に浸透し、収穫期に入ったことを意味する。事実、ARMのロイヤリティ収入の約50%が「10年以上前に発売された製品」から得られており2、これはARMのIP資産がいかに長期間にわたり収益を生み続けるか、そのビジネスモデルの「耐久性」を証明している。

3.2.2 Armv9アーキテクチャ移行がもたらすロイヤリティ率の向上

ARMのロイヤリティ成長は、単なるチップ出荷「数量」の増加だけによるものではない。AIなど、より高度なワークロードに対応するために開発された最新アーキテクチャ「Armv9」は、旧来のArmv8アーキテクチャよりも高いロイヤリティ率(単価)が設定されている2

スマートフォン市場の出荷台数が成熟・横ばいであっても、ARMはv8からv9へのアーキテクチャ移行を促すことで、チップ1個あたりの平均単価(ロイヤリティ率)を引き上げ、収益を成長させることが可能である。この高付加価値化が、ロイヤリティ収入の25%増という高い成長率を支えている2

3.3 「弱さ」の根源:エコシステムを脅かす脅威

ARMの財務的強さとは対照的に、その戦略的地位には明確な「弱さ」、すなわち「脆弱性」が存在する。ARMの「上流」支配は、その知的財産が「代替不可能」であるという前提に基づいているが、その前提が揺らぎ始めている。

3.3.1 最大の脅威「RISC-V」:オープンソース vs. クローズドスタンダード

ARMのアーキテクチャは「クローズド」であり、利用には高額なライセンス料と、製品出荷ごとのロイヤリティが発生する。

これに対し、RISC-V(リスクファイブ)は、「オープンソース」のアーキテクチャであり、誰でも無料で使用・改変できる3

RISC-Vの脅威は、単なる「競合製品」の登場ではない。それは、ARMのビジネスモデルの根幹、すなわち「アーキテクチャ利用料」という価値の源泉そのものを破壊しかねない「コモディティ化」の脅威である。

ARMの最大の強みは、モバイル市場で確立された「ARMでしか動かない」膨大なソフトウェア・エコシステムにある。しかし、AI、IoT、自動車といった新興分野では、まだARMのエコシステムは絶対的ではない。これらの分野の設計者にとって、「なぜ高額なライセンス料をARMに支払う必要があるのか? 無料のRISC-Vを使って、自社のAIアクセラレータに最適化したカスタムチップを設計すればよいではないか?」という問いは、極めて合理的である。

RISC-Vは、ARMの「知的独占」を「無料の代替手段」によって突き崩そうとしており、ARMの内部関係者もRISC-Vを「非常に脅威に感じている」と指摘されている3

3.3.2 ARMの防衛戦略:IPから「コンピューティング・サブシステム」へ

このRISC-Vの脅威に対し、ARMは対抗戦略を強化している。その戦略とは、自らの立ち位置を、単なる「IP(部品)」の提供者から、「統合ソリューション」の提供者へとシフトすることである3

RISC-VはCPU IP(コア)自体は無料だが、それをチップ全体として機能させるためには、周辺IPとの統合や検証に膨大なコストと時間がかかる3。ARMは、このRISC-Vの弱点を突き、CPUコアだけでなく関連するIP(GPU、NPUなど)を予め統合・検証した「コンピュート・サブシステム(CSS)」11として提供する戦略を推進している。

これは、TSMCのビジネスモデルを「設計の世界」で模倣する試みと分析できる。TSMCが「製造のリスクと時間」を顧客から引き受けることで価値を提供する(製造のファウンドリ)ように、ARMは「設計と検証のリスクと時間」を引き受ける(設計のファウンドリ)ことで、「無料」のRISC-Vに対する付加価値を正当化しようとしている。

3.4 市場浸透の現実:モバイルでの圧勝と、その他市場での苦戦

ARMの「弱さ」は、その市場シェアの極端な偏在性にも表れている。

3.4.1 盤石なモバイル(99%) vs. 難航するPC(13%未満)

モバイル(スマートフォン)のアプリケーションプロセッサ市場において、ARMは99%以上という圧倒的なシェアを維持している2

しかし、PC(ラップトップ)市場では、長年の挑戦にもかかわらず、IntelとAMDが支配する「x86」アーキテクチャの牙城を崩せずにいる。ABI Researchの予測によれば、ARMベースのPC市場シェアは、2025年においても13%未満に留まるとされている4

このPC市場での苦戦は、ARMの「エコシステム的モート」の限界を明確に示している。ARMの強さが「エコシステム(ネットワーク効果)」にあるとすれば、x86がWindowsと共に築き上げてきた巨大な「既存のソフトウェア互換性」というエコシステムも同様に強力である。ARMの電力効率という技術的優位性だけでは、この巨大な壁を打ち破ることができていない。これは、ARMの支配力が万能ではなく、特定の市場(モバイル)に限定されたものであり、これが「弱い」という認識につながる一因となっている。

3.4.2 新たな戦場:データセンター市場への野心

モバイル市場が成熟する中、ARMの次なる成長の柱はデータセンター(クラウド)市場である。

ARMは、2025年までにデータセンターCPU市場で**50%**のシェアを獲得するという、非常に野心的な目標を掲げている14。この成長は、PC市場とは異なる力学によって牽引されている。

Amazon (Graviton), Google (TPU), Microsoft (Azure Maia), Meta (MTIA) といった大手クラウド事業者(ハイパースケーラー)は、AI性能と電力効率の最適化のため、IntelやNVIDIAへの依存を減らし、「自社製カスタムシリコン(チップ)」の開発を強力に推進している17。これらのカスタムチップの多くが、ARMアーキテクチャをベースに採用している。

PC市場とは異なり、ハイパースケーラーは自社でソフトウェア・スタック全体をコントロールしているため、x86の「既存エコシステム」に縛られる必要がない。彼らにとってARMは、自社のAIワークロードに最適化されたカスタムチップを設計するための、ライセンス料を払う価値のある「選択肢」となっている。このトレンドを背景に、ARMのデータセンター関連のロイヤリティは前年比で2倍以上に急成長している11

表3:ARM 市場シェアと目標(セグメント別)

市場セグメント現在のシェア / 状況将来の予測 / 目標
モバイル(携帯アプリ)99% 以上 2支配的地位を維持
PC(ラップトップ)13% 未満(2025年予測) 4苦戦(x86エコシステムが強固)
データセンター(クラウド)50%(2025年目標) 14急成長中(カスタムシリコン需要)
自動車44%(2025年度予測) 2順調にシェア拡大

出典:各種市場データ2に基づき作成

3.5 結論:ARMの「強さ」は「普及した標準」であり、「弱さ」は「代替可能な標準」である可能性

ARMの強さは、モバイル市場でデファクトスタンダードとなったエコシステムの支配力と、それによって生み出される98%という高収益モデルにある。

一方で、ARMの弱さは、その「標準」という知的財産が絶対的なものではなく、本質的に「代替可能」であるという脆弱性にある。その価値は、PC市場ではx86の壁に阻まれ、新興のAI/IoT市場ではRISC-Vという「無料」の代替手段によって、その存在価値の根幹が脅かされている点にある。

第4章 総合分析:TSMC(要塞) vs. ARM(ネットワーク)

4.1 異なるビジネスモデルの戦略的比較

TSMCとARMは、半導体エコシステムにおいて全く異なる「強さ」の源泉を持っている。

  • TSMC(要塞モデル):
  • 強さの源泉: 物理的な製造能力(資本と技術)6
  • 参入障壁: 極めて高い(年間数兆円規模の投資が必要)7
  • 顧客: 少数(Apple, NVIDIAなど)だが巨大1
  • 弱点: 地政学的リスク(台湾集中)6
  • ARM(ネットワークモデル):
  • 強さの源泉: 知的な設計標準(エコシステムとネットワーク効果)。
  • 参入障壁: 比較的低い(RISC-Vは無料で参入可能)3
  • 顧客: 多数(数百社)。
  • 弱点: 代替技術(RISC-V)の脅威、エコシステムの壁(PC市場)3

4.2 相互依存関係:最強のパートナーシップ

TSMCとARMは、競合関係ではなく、半導体エコシステムにおける最も重要な「共生関係」にある。両社の戦略的価値は、互いによって支えられている。

ARMが高性能なArmv9アーキテクチャ(AI、スマホ、サーバー用)を設計しても、それを期待通りの電力効率と性能で物理的に製造できるのは、TSMCの最先端3nm/2nmプロセスをおいて他にない。

逆に、TSMCが数兆円を投じて最先端の2nmファブを建設しても7、その膨大な生産キャパシティを埋める巨大な需要がなければ、投資は回収できない。その最大の需要家こそが、ARMアーキテクチャを採用するApple、MediaTek、Qualcommであり1、AI/HPC分野のNVIDIAやAMDである1

TSMCの「物理的支配力」とARMの「アーキテクチャ的影響力」は、互いを必要とし、互いを強化し合っている。

4.3 AIとカスタムシリコンの時代における未来の価値収斂

AIの進化は、両社の重要性をさらに高めている。Google、Amazon、Metaといったハイパースケーラーによる「カスタムAIシリコン」開発の加速17は、この共生関係にとって最大の追い風である。

これらのAIチップは、特定のAIワークロードに最適化するため、「ARMアーキテクチャ」をベースに設計され14、その製造は「TSMCの先端ノード」に独占的に依存している6。AIというメガトレンドが続く限り、このエコシステムの二大巨頭であるTSMCとARMの戦略的重要性は、ともに高まり続ける。

4.4 結論:クエリへの最終回答

本レポートは、冒頭の二つの問いに対し、以下の結論を提示する。

TSMCは「下請け」なのになぜ強いのか?

回答:TSMCの強さは、その「下請け」=「ピュアプレイ・ファウンドリ」というビジネスモデルがもたらした「中立性」にある。この中立性が、Apple、NVIDIA、AMDといった競合する全ファブレス企業の需要を独占的に集約することを可能にした。この集約された需要が、他社が追随不可能な「資本の壁」(年間数兆円の設備投資)7と「技術の壁」(EUVと2nm技術の独占)1を築く源泉となった。TSMCは「下請け」ではなく、デジタル世界の心臓部を物理的に製造する「代替不可能なボトルネック」である。

ARMは「上流工程」なのになぜ弱いのか?

回答:ARMが「弱い」という認識は、その財務的(98%の粗利益率)2には誤りだが、戦略的には正しい。ARMの「上流」支配は、「知的財産(アーキテクチャ)」という本質的に代替可能な資産に基づいている。その強さは、モバイル市場2で成功した「エコシステム」に依存しているが、その牙城は二つの側面から脅かされている。

  1. 根本的な脅威: 「無料」で使えるオープンソースのRISC-V3が、ARMのライセンス/ロイヤリティ・ビジネスの土台そのものを突き崩そうとしている。
  2. 市場の限界: モバイルでの支配力は、PC市場(13%未満)4のような他の巨大なエコシステム(x86)には通用しておらず、その支配力が万能ではないことを露呈している。

最終的な洞察として、半導体バリューチェーンにおいて、TSMCが確立した「物理的な独占(資本と製造技術)」は、ARMが確立した「知的な独占(標準とエコシステム)」よりも、参入障壁が格段に高く、代替が困難である。それゆえに、TSMCはARMよりも「強い」と分析できる。

引用文献

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  15. Intel outside as Arm’s data center CPU share grows to 25% : r/hardware – Reddit https://www.reddit.com/r/hardware/comments/1nepk8e/intel_outside_as_arms_data_center_cpu_share_grows/
  16. Exclusive: Arm expects its share of data center CPU market sales to rocket to 50% this year https://semiwiki.com/forum/threads/exclusive-arm-expects-its-share-of-data-center-cpu-market-sales-to-rocket-to-50-this-year.22441/
  17. SoftBank’s AI Ambitions and the Unseen Hand: The Marvell Technology Inc. Takeover That Wasn’t https://markets.financialcontent.com/wral/article/tokenring-2025-11-6-softbanks-ai-ambitions-and-the-unseen-hand-the-marvell-technology-inc-takeover-that-wasnt
  18. Arm Holdings Stock Surges Over 5% As the Chip Designer Beats Estimates in Fiscal Q2 https://www.tikr.com/blog/nasdaq-arm-holdings-stock-surges-over-5-as-the-chip-designer-beats-estimates-in-fiscal-q2