目的と手段の形而上学:定義、病理、そして倫理的関係性についての考察

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序論:目的と手段の弁証法

「目的とは何か?」「手段とは何か?」「目的と手段との関係は何か?」という三つの問いは、一見すると個別の辞書的定義を求めるもののように見える。しかし、これらの問いは、人間の「行為(Action)」と呼ばれるものすべてを根底で支える論理構造そのものへの、本質的かつ深遠な探求である。

これらの問いは独立して存在しているのではなく、特に第三の問い「関係は何か?」こそが、第一、第二の問いを解き明かす鍵となる。リサーチが示すように、「手段」とは「ある事を実現させるためにとる方法」1であり、本質的に「目的との相関概念」2である。手段は、目的との関係性においてのみ「手段」として定義されうる。この相互依存的な性質3こそが、目的と手段をめぐる分析の出発点とならねばならない。

したがって、本レポートは、この「目的-手段」の連関構造を核心に据え、その分析を五つの階梯(かい)に分けて進める。第一に「目的」の本質を、第二に「手段」の本質を、それぞれ類似概念との比較において厳密に定義する。第三に、両者の「機能的関係性」として、いかにして両者が階層構造を成すかを解明する。第四に、その機能的関係性が転倒・崩壊する「病理的関係性」、すなわち「手段の目的化」のメカニズムと弊害を分析する。そして最後に、この関係性が「効率性」の領域を超えて「道徳性」の領域において何を意味するのか、すなわち「目的は手段を正当化するか」という倫理学の根源的な問いを、カントの義務論と帰結主義の対立軸から考察する。

第1部:目的(Purpose)の本質と定義

1.1. 目的の辞書的・哲学的定義

辞書的に、「目的」とは「成し遂げようとすることがら。行為の目指すところ」4と定義される。このシンプルな定義の背後には、西洋哲学の巨大な伝統が存在する。

日本語の「目的」の語源の一つとされるギリシャ語の「テロス($T\acute{\epsilon}\lambda o\varsigma$)」4は、単なる「ゴール(goal)」や「到達点」以上の含意を持つ。アリストテレスの哲学体系において、「テロス」とは、ある存在がその「自然本性」5によって目指す「究極的な終局」や「完成状態」を意味する。アリストテレスの目的論(Teleology)とは、自然界のあらゆる現象や人間の行為には、それを方向づける内在的な「目的」が存在するという思想体系である5

この観点から見れば、「目的とは何か?」と問う行為自体が、すでに特定の哲学的立場を採用していることを示唆している。目的論は、「人間・世界の存在・現象に(共通の)目的は無い」とする唯物論や機械論と明確に対置される5。世界を単なる原因と結果の連鎖(機械論)としてではなく、何らかの「意味」や「目指すところ」を持つものとして捉える視座、それこそが「目的」という概念の探求を可能にする前提条件なのである。

1.2. 実践的区別:「目的」「目標」「方針」の分節

哲学的な「テロス」が日常の行為に落とし込まれる際、特にビジネスや組織運営の文脈において、「目的」はしばしば類似の概念と混同され、深刻な機能不全を引き起こす。ここで、「目的(Purpose)」「目標(Goal / Objective)」「方針(Policy)」の三つの概念を厳密に区別する必要がある。

ただし、これらの用語の定義は、参照する資料によっても一貫性を欠く場合があり、分析には注意を要する。例えば、一部の資料では「目標(Goal)」を最終到達点とし、「目的(Purpose)」をそのための指標とする、一般的用法とは逆転した定義が採用されている6。また、別の資料では「目的(Goal)」が「広範かつ長期的」な成果、「目標(Objective)」が「短期的で測定可能」な行動として、Goal > Objective の階層が示される7

本レポートは、これらの混乱を整理し、最も論理的に整合性がとれ、かつ経営学者ピーター・ドラッカーが提唱した「企業の目的は『顧客の創造』である」8というような、抽象度の高い「Why」の議論とも合致する分析的枠組みを採用する。その枠組みは、主に6に基づき、以下のように定義される。

  1. レベル1:目的 (Purpose / Mokuteki)
  • 定義: 最終的に成し遂げようとする事柄、目指すべき到達点(終点)8
  • 問い: 「Why(なぜ、それを行うのか?)」
  • 特徴: 抽象的、長期的、定性的。「将来こうなりたい」という理想の状態や、社会における存在意義を示す6
  • 例: 「社会を豊かにする」6、「顧客の創造」8
  1. レベル2:目標 (Goal / Mokuhyou)
  • 定義: 目的を達成するための具体的な「指標」または「めあて」8
  • 問い: 「What(何を、どれだけ達成するのか?)」
  • 特徴: 具体的、中・短期的、定量的。達成水準が数値や期限によって明確に測定可能である6
  • 例: 「売上高1,000億円」9、「顧客満足度90%以上を達成する」6
  1. レベル3:方針 (Policy / Houshin)
  • 定義: 目的や目標を達成するための、大まかな「行動の方向性」や「指針」6
  • 問い: 「Which(どの道筋で進むのか?)」
  • 特徴: 具体的な数値目標や個別の手段(How)ではなく、行動の原則や重点領域を定める。
  • 例: (目標が「売上高20%増」の場合)「新規顧客を積極的に獲得していく」6

この三つのレベルを混同すること、特にレベル1の「目的」とレベル2の「目標」を混同することは、後述する「手段の目的化」という病理の温床となる。

表1:目的・目標・方針・手段の分析的比較

概念レベル問い抽象度時間軸特徴具体例 [6, 9]
目的 (Purpose)L1Why (なぜ)高(抽象的)長期存在意義、理想の状態「顧客を創造し、社会を豊かにする」
目標 (Goal)L2What (何を)中(具体的)中・短期測定可能な指標、達成水準「売上高1,000億円を達成する」
方針 (Policy)L3Which (どの道筋で)中・長期行動の方向性、原則「既存顧客との取引を拡大していく」
手段 (Means)L4How (どうやって)低(具象的)短期具体的な行動、道具、施策「サポートセンターの人員を増加する」

第2部:手段(Means)の本質と定義

2.1. 手段の辞書的定義

「手段(しゅだん)」とは、辞書的に「ある事を実現させるためにとる方法。てだて」1、あるいは「目的を実現するための具体的な方法」2と定義される。

第1部で「目的」を「Why / What」と定義したならば、「手段」は「How(いかにして)」それを達成するかという問いへの答えである。そして、序論で述べた通り、手段はその定義上、常に「目的との相関概念」2であり、目的から独立しては存在しえない。

2.2. 実践的区別:「手段」「方法」「仕方」の精緻な使い分け

「目的」が「目標」と混同されたように、「手段」もまた「方法」や「仕方」といった類似概念と混同されやすい。しかし、これらの「How」を示す言葉の間には、厳密な分析を可能にするための重要な差異が存在する。

第一に、「手段」と「方法」は明確に区別されるべきである。ある分析によれば、「生産の手段」という場合、それは原料、道具、建物といった具体的な「モノ」を指すのに対し、「生産の方法」はそれらを使って物を生産する「やり方(プロセス)」を指す2。また、「強行手段に訴える」という表現は、交渉の打ち切りや武力の行使といった「具体的な行為・方策」を指し、これを「強行方法に訴える」とは通常言わない2。このことから、「手段」は「方法」よりも具体的かつ個別的な「行為」や「道具」を指す傾向が強いことがわかる。

第二に、この区別は「仕方」という言葉を加えることで、さらに精緻化できる。ある分析10によれば、これら「How」の階層は以下のように整理できる。

  1. レベル1:方法 (Method)
  • 目的達成のための全体的な「パス(path)」や、総合的・体系的な「やり方」2。最も広範な概念。
  • 例: アジャイル開発(という体系的な方法論)。
  1. レベル2:仕方 (Shikata)
  • 目的達成のための「行動全体」や、その行動の「プロセス」10
  • 例: スプリント会議の進め方(という具体的なプロセス)。
  1. レベル3:手段 (Means)
  • その行動を実行するために必要な「具体的なモノ(道具)」や「個別の行為・方策」2
  • 例: スプリント会議で使用するJira(という道具)、会議室の予約(という個別行為)。

この「How」の階層構造、特に「手段」が最も具体的・具象的なレベル(道具や個別行為)を指し示すという理解は、後の第4部で「なぜ最も具体的な『手段』が目的化するのか」を分析する上で、極めて重要な基盤となる。

第3部:目的と手段の機能的関係性

3.1. 相互依存と階層構造(Means-End Chain)

目的と手段は、定義上「セット」であり、「~実現のために、~する」という形で相互に依存している3。この関係性は、単純な一対一対応ではなく、複雑な階層構造(Means-End Chain)を形成する。

この階層構造の鍵となる特性は「関係性の相対性」である。「日本大百科全書(ニッポニカ)」は、「手段それ自体が、それに到達する手段を必要とする目的ともなる」2と鋭く指摘している。

例えば、ある組織において、

  • L1 目的:「社会貢献」
  • L2 手段(=L1の目的):「売上向上」
  • L3 手段(=L2の目的):「新製品開発」
  • L4 手段(=L3の目的):「市場調査の実施」
  • L5 手段(=L4の目的):「調査票の作成」

このように、あるレベルでの「手段」(例:L3 新製品開発)は、その一つ下位のレベル(L4 市場調査)から見れば、達成すべき「目的」として機能する11。この「ツリー状の構造」11は、抽象的な究極目的(L1)を、実行可能な具体的なタスク(L5)にまで分解し、複雑なプロジェクトを管理可能にするために不可欠な、高度に「機能的」な認知プロセスである。

3.2. 機能的階層がもたらす病理的錯覚

しかし、この「目的-手段」の階層構造が持つ「機能性」は、第4部で詳述する「病理」と表裏一体の関係にある。

複雑性を管理するために「目的」を「手段」へと機能的に分解するプロセスは、必然的に、組織の末端の実行者と、組織全体の究極的な「目的」との間に、認知的な距離を生じさせる。L5の「調査票の作成」を担当する者は、自らの業務がL1の「社会貢献」にどう繋がっているのかを直接的に意識することは困難である。

むしろ、その実行者にとっては、割り当てられた具体的かつ測定可能な「手段」(調査票の作成)こそが、達成すべき「目的」として認識されることになる。この認知的な「錯覚」11は、その業務が「ルーティン化」することによって、本来の目的が「忘却」されることで、さらに強固なものとなる12

このように、目的と手段の「機能的な階層関係」(第3部)は、その「病理的な関係性の転倒」(第4部)を引き起こす直接的な原因として、構造的に内包されているのである。

3.3. ビジネスにおける正しい設定の順序

この構造的リスクを管理し、組織を正しく機能させるためには、設定の「順序」が決定的に重要となる。

正しい順序とは、まず「最終的な理想の姿である目的(終点)」8(第1部の L1: Purpose)を明確に定義することから始まる。次に、その「目的を実現するための具体的な行動指標(めあて)である目標」8(L2: Goal)を設定する。そして最後に、その「目標を達成するための手段」8(L4: Means)を実行に移す。

この「Why → What → How」という不可逆的な順序を徹底し、定期的に上位の「目的」に立ち返って整合性を確認すること8こそが、機能的関係性を維持する唯一の方法である。

第4部:病理的関係性:手段の目的化(The Means Becoming the End)

4.1. 現象の定義と具体例

「手段の目的化」とは、組織や個人が陥る最も一般的かつ深刻な病理の一つである。これは、本来の目的を達成するために設定したはずの「手段」が、いつの間にかその手段を実行すること自体が「目的」へとすり替わってしまう現象を指す8

この病理は、日常のあらゆる場面に潜んでいる。

  • 知識習得: 本来の目的(知識を業務に活かし成果を高める)が失われ、手段(とにかく学び続けること)自体が目的化する14
  • システム導入: 本来の目的(営業活動の効率化)が失われ、手段(営業管理システムへの入力作業をこなすこと)が目的化する15
  • 人事施策: 本来の目的(生産性向上や部下の成長)が失われ、手段(1on1ミーティングを毎月実施すること)が目的化する13
  • 調査活動: 本来の目的(従業員満足度の向上)が失われ、手段(満足度調査の実施と、そのスコアを向上させること)が目的化し、本来の施策が後回しにされる13

4.2. 発生メカニズムの深掘り

なぜ、合理的なはずの組織や個人が、このような非合理な転倒に陥るのか。そのメカニズムは、複数の要因が複合的に絡み合うことで発生する。

  1. 階層構造による錯覚(第3.2部):
    前述の通り、複雑な目的-手段の階層構造11において、実行者は具体的すぎる「手段」を自らの「目的」であると錯覚しやすい。
  2. ルーティン化による忘却:
    手段が日常業務(ルーティン)として定着すると、実行の自動化が進む一方で、「なぜ、それを行っているのか」という本来の目的(Why)は忘却されていく12。
  3. 「測定可能性」の罠:
    手段の目的化を加速させる、最も強力な制度的要因が「測定可能性の罠」である。
    4.1の従業員満足度調査の例13がこ
    のメカニズムを端的に示している。本来の「目的」(従業員の真の満足度向上)は、抽象的で測定が困難である。一方で、「手段」(調査の実施回数や、調査スコア)は、具体的で測定が容易である。
    組織の評価システムが、「実行しやすい手段」や「測定しやすい指標」の達成度を評価するよう設計されている場合、人々は「達成すべき本来の目的」よりも「評価される測定可能な手段」を優先するようになる。これは単なる個人の認知エラーではなく、組織の評価システム自体が引き起こす、合理的な(ただし倒錯した)適応の結果なのである。14が「成果(=目的の達成)で評価する文化」の必要性を説いているのは、まさにこの「手段の実行」を評価する文化からの脱却を意図している。

4.3. 深刻な影響:組織と個人

手段の目的化がもたらす害悪は、想像以上に深刻である15

  • 組織への影響:
    メンバーが手段の実行に多大な時間とエネルギーを費やす一方で、本来達成したかった成果(目的)は得られない。結果として、組織全体の生産性は著しく低下し、競争力を失う15。1on1ミーティングが形骸化し、時間を浪費するだけのものとなる13のがその典型である。
  • 個人への影響:
    本来は自己成長や成果創出のために行っていたはずの活動が、単なる「ルーティンワーク」と化す15。これにより、従業員は仕事に対する「意味や意義」を見失い、モチベーションは著しく低下する15。さらに、創造性や問題解決能力を発揮する機会も失われ、個人の専門的成長が深刻に阻害される15。

4.4. 事例研究:「目標」の目的化(東芝の不祥事)

手段の目的化(Means-End Inversion)と類似しているが、より高次で破滅的な病理として、「目標の目的化(Goal-End Inversion)」を区別する必要がある。

東芝の不祥事(粉飾決算)は、8において「目標が目的と化してしまった事例」として分析されている。これは、第1.2部で定義した階層の転倒、すなわち、企業の究極的な【レベル1:目的(Purpose)】(例:社会への持続的な貢献)が忘れ去られ、そのための単なる【レベル2:目標(Goal)】(短期間での利益追求、売上目標)が、絶対的な「目的」として暴走したケースである。

これは、「システムへの入力作業」(手段)が目的化する15のとは異なり、組織の中核的な「目標」そのものが目的とすり替わる、より深刻なガバナンスの崩壊を示している。

4.5. 予防と対策

これらの病理を防ぎ、目的と手段の機能的な関係性を維持するためには、以下の対策が不可欠である。

  1. 目的の明確化と区別: そもそも「目的(Why)」が何であるかを具体的かつ明確に言語化し、それと「手段(How)」をはっきりと区別する13
  2. 定期的な振り返りと確認: 設定した目的と、現在実行している手段との間に「整合性」があるか、目的の達成に本当に貢献しているかを、組織全体で定期的に振り返り、確認する8
  3. 評価システムの変革: 手段の「実行回数」や「作業量」ではなく、それによってもたらされた「成果(目的の達成度)」に基づいて評価する文化を育てる14

第5部:倫理的関係性:目的は手段を正当化するか

5.1. 倫理学の二大潮流:帰結主義 vs. 義務論

これまでの第1部から第4部までの分析は、主に目的と手段の「効率性」に関わる経営学的な考察であった。しかし、両者の関係性を問うことは、必然的に「道徳性」の領域へと踏み込むことになる。すなわち、「目的が良ければ、いかなる手段も許されるのか?」という、倫理学における根源的な問いである。

この問いに対する立場の違いこそが、西洋倫理学の二大潮流を分かつ核心的な対立軸そのものである。

  1. 帰結主義 (Consequentialism):
    ある行為(手段)の道徳性・正当性を、その行為から生じる「帰結(結果=目的)」16を考慮して判断する倫理的な立場である16。
  • 功利主義 (Utilitarianism): 帰結主義の代表的な形態であり、「最大多数の最大幸福」18という「目的(帰結)」を最大化する「手段」こそが、道徳的に正しい行為であると考える17。有名な「トロッコ問題」19において、功利主義は「$m$人を救う($m>n$)」という「目的(帰結)」を達成するために、「$n$人を犠牲にする(進路を変更する)」という「手段」を(多くの場合)正当化する。
  1. 義務論 (Deontology):
    ある行為(手段)は、それがどのような「帰結(目的)」をもたらすかに関わりなく、その行為(手段)自体に本質的な善悪があるとする倫理的な立場である5。道徳的価値は、「義務」20(あるいは規則、規範)に従うこと自体に存在する5。

つまり、「目的と手段の関係は何か?」というユーザーの問いは、倫理学の文脈において「手段は目的に従属するのか(帰結主義)、それとも手段は目的から独立した道徳的制約を持つのか(義務論)」という、二大潮流の根本的な対立軸そのものなのである5

表2:帰結主義と義務論の倫理的判断基準の対比

比較軸帰結主義 (Consequentialism)義務論 (Deontology)
道徳性の判断基準行為の帰結(結果=目的) [16]行為(手段)の動機、義務、規則 [18, 20]
「善」の所在「目的」が「手段」を正当化しうる「手段」(行為)自体が善であるべき
主要な思想(例)功利主義(ミル、ベンサム) 19カント倫理学 [5, 20]
トロッコ問題 (m>n) 19多くの場合、進路変更(手段)を是とする(結果 $m$人が助かるため)進路変更(手段=$n$人を能動的に殺す行為)自体を義務違反として否とする立場がありうる

5.2. 究極の倫理的制約:カントの定言命法

帰結主義が「目的」の最大化を求めるのに対し、義務論の頂点に立つイマヌエル・カントの倫理学は、「手段」に対して絶対的な倫理的制約を課す。

カントは、理性的存在者(人間)が従うべき無条件の道徳法則を「定言命法(Categorical Imperative)」と呼び、その一つ(人格の公式)を次のように定式化した。

「汝の人格や他のあらゆる人の人格における人間性を、単に手段としてのみ (merely as a means) 扱わず、常に同時に目的それ自体として (as an end in itself) 扱うように行為せよ」21

なぜ人間は「目的それ自体」として扱われねばならないのか。カントによれば、人間は単なる「物件(Thing)」ではない22。物件は、ある目的のための「手段」としてのみ価値を持つ「相対的価値」しか持たない。対照的に、人間は「理性的本性(Rational Nature)」23、すなわち自ら道徳法則を立ててそれに自律的に従う能力を持つ。この「理性的本性」は「それ自体が目的として存在する」23がゆえに、他の何ものとも交換不可能な「絶対的価値」、すなわち「尊厳(Dignity)」を持つ。

ここで決定的に重要なのは、「単に(bloß)手段としてのみ」という限定詞である。カントの命法は、「人を手段として扱うこと」自体を禁じているのではない。社会生活は、スーパーの店員、医者、教師など、他者を(そして自らを)相互に「手段として」利用しあうことで成立している。

カントが不正としたのは、相手を「単に手段としてのみ」扱うこと、すなわち相手の「尊厳」や「自律」を無視し、相手の同意なく奴隷や道具のように扱うことである21。スーパーで買い物をする際、店員の人格と自律を尊重し、「当人の心からの同意」21(暗黙的であれ契約的であれ)に基づいて商品を要求するならば、その店員は「手段としてのみではなく、目的自体として」扱われていることになる21

5.3. 理想社会の構想:「目的の王国(Realm of Ends)」

カントの倫理学は、この「人間を目的として扱う」という原則が、社会全体で実現された理想状態を構想する。それが「目的の国(Realm of Ends)」24(目的の王国)である。

これは、すべての理性的存在者が、互いを「単なる手段」としてではなく「目的それ自体」として尊重しあい、自らが立てた普遍的な道徳法則によって結びつく、理想的な道徳的共同体である25

カントのこの思想は、個人の倫理にとどまらず、国際社会の構想にまで応用された。彼は、他国を自国の利益のための「手段」として(=征服や搾取の対象として)扱うのではなく、国もまた「人格」を持つ「目的」として扱うべきだと説いた25。この「永久平和」24のための思想が、後の国際連盟、そして国際連合の理念へと繋がっていくのである25

結論:目的、手段、そして人間の尊厳

本レポートは、「目的」「手段」、そしてその「関係性」という三つの問いから出発し、その分析的考察を深めてきた。

1. 「目的」と「手段」の定義

「目的」とは、行為の「Why(なぜ、何を)」を規定する、目指すべき終局点(テロス)である4。それは、抽象的な「目的(Purpose)」6から、測定可能な「目標(Goal)」9へと具体化される。「手段」とは、その目的を達成するための「How(いかにして)」であり、道具、方策、プロセス2を指す。「手段」は「目的」との関係性においてのみ定義される相関概念2である。

2. 「関係性」の二重構造:機能と病理

両者の関係は、複雑なタスクを管理するために不可欠な「機能的」な階層構造(Means-End Chain)11をとる。しかし、この機能的な階層構造こそが、実行者が上位の目的を忘却し12、測定容易な「手段」13や「目標」8そのものを「目的」と錯覚してしまう「病理的」な転倒(手段の目的化)15を生み出す構造的な原因となっている。

3. 「関係性」の倫理的制約

この「目的-手段」の探求は、最終的に「人間をどう扱うべきか」という倫理的な問いに帰着する。その関係性を「効率性」の観点からのみ捉えるならば、東芝の事例8が示すように、「目標」が「目的」を暴走させ、あるいは功利主義的な「目的(帰結)」19が非道徳的な「手段」を正当化しかねない。

しかし、カントの義務論18は、この関係性に絶対的な倫理的制約を課す。すなわち、いかに効率的で合理的な「手段」の追求(第1~4部)であっても、それは「人間性を、単なる手段としてのみではなく、常に目的自体として扱う」21という道徳的要請(第5部)によって厳格に制約されねばならない。

したがって、ユーザーの問いは、単なる定義論ではなく、私たちのあらゆる行為の「効率性」と「道徳性」の両立可能性を問う、哲学の核心的な問いであり続けているのである。

引用文献

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  6. 目標と目的の違いとは?具体例を交えながらわかりやすく解説 https://corp.miidas.jp/assessment/14395/
  7. 目標と目的の違い: プロジェクトマネージャーのためのガイド [2025 … https://asana.com/ja/resources/goal-vs-objective
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  10. 「方法」を他の言葉に言い換えると?知っているようで知らない … https://dime.jp/genre/1827679/
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  13. 目的とは【意味をわかりやすく】目標との違いと手段の目的化を … https://onehr.jp/column/human-resources/objectives/
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  19. 帰結主義とフレーム問題 – Revenantのブログ https://re-venant.hatenablog.com/entry/2015/11/24/131607
  20. カントの道徳哲学における「義務」とは何を意味するのでしょうか? : r/askphilosophy – Reddit https://www.reddit.com/r/askphilosophy/comments/10xjfod/what_does_duty_in_kants_moral_philosophy_mean/?tl=ja
  21. 手段と目的 – UMIN PLAZAサービス https://plaza.umin.ac.jp/kodama/ethics/wordbook/means_end.html
  22. 11月 5, 2025にアクセス、 https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2018/07/05/165654#:~:text=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E3%82%92%E5%BC%95%E3%81%84,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82%E3%80%8D
  23. 誰か、カントによれば、なぜ人は単なる手段として扱われるべき … https://www.reddit.com/r/askphilosophy/comments/4msi24/could_someone_simply_explain_why_according_to/?tl=ja
  24. カントの「目的の国」について : その具体的把握への試論 http://www.oyg.ac.jp/lib/wp/wp-content/uploads/KJ00004176989.pdf
  25. 【高校生のための西洋思想】カント#9 – YouTube https://www.youtube.com/watch?v=dxmjafCAQOo