
第I部:世界の人口台帳:ランキングと将来予測
本セクションでは、各国の人口ランキングに関する中核的なデータを提示する。まず、最新の2025年の推計値から始め、2015年と2005年を振り返ることで歴史的文脈を提供する。次に、国連による2050年および2100年の将来予測に焦点を移し、人口動態において台頭する国と減少する国を特定する。
1.1 2025年の世界人口の概観
2025年、世界人口は約82億3,200万人に達すると推計されている 1。この時点での人口上位国は、世界の人口分布の現状を明確に示している。
2025年の人口上位国ランキングは以下の通りである。
- インド:約14億6,400万人 2
- 中国:約14億1,600万人 2
- アメリカ合衆国:約3億4,700万人 2
- インドネシア:約2億8,600万人 2
- パキスタン:約2億5,500万人 2
- ナイジェリア:約2億3,800万人 2
この中で、日本は約1億2,310万人で世界第12位に位置している 2。
2025年のランキングで最も特筆すべきは、2023年にインドが中国を抜き、世界で最も人口の多い国となった歴史的な「大逆転」である 5。これは単なる統計上の出来事ではなく、地政学的および経済的な転換点を示すものである。長らく「世界の工場」としての地位を確立してきた中国から、労働力人口が豊富なインドへと世界のサプライチェーンがシフトする動きが加速している。例えば、Apple社のiPhone製造拠点が中国からインドへ移転している事実は、この人口動態の変化がもたらす経済的影響の象徴的な事例と言える 5。この順位変動は、国連、Worldometers、日本の報道機関など複数の情報源で一致しており、その信頼性は極めて高い 2。
1.2 変化の10年:2015年と2005年のランキング比較分析
過去20年間の人口動態を理解するため、2015年と2005年のランキングを比較分析する。この回顧的な分析は、近年の人口変動の速度と方向性を明らかにする。
2015年の世界人口は約73億8,000万人であった 7。当時の上位5カ国は以下の通りである。
- 中国(13億7,600万人)
- インド(13億1,100万人)
- アメリカ合衆国(3億2,100万人)
- インドネシア(2億5,700万人)
- ブラジル(2億700万人)7
一方、2005年の世界人口は約64億6,000万人で、上位5カ国は以下の構成であった 9。
- 中国(13億700万人)
- インド(11億300万人)
- アメリカ合衆国(2億9,500万人)
- インドネシア(2億2,200万人)
- ブラジル(1億8,600万人)9
2005年から2015年にかけて、上位5カ国の順位に変動はなかったものの、中国とインドの人口差は急速に縮小していたことがわかる。この10年間で、インドの人口は約2億800万人増加したのに対し、中国の増加は約6,900万人に留まった。この時点で、将来の順位逆転はすでに明確なトレンドとして現れていた。また、この期間中にナイジェリアやパキスタンといった国々が着実に順位を上げてきた一方で、ロシアや日本は相対的に順位を下げており、世界的な人口動態のシフトが進行していたことが確認できる 7。
表1:世界人口ランキング:上位20カ国(2025年、2015年、2005年)
| 2025年順位 | 国名 | 2025年人口(千人) | 2015年順位 | 2015年人口(千人) | 2005年順位 | 2005年人口(千人) |
| 1 | インド | 1,463,866 | 2 | 1,311,051 | 2 | 1,103,371 |
| 2 | 中国 | 1,416,096 | 1 | 1,376,049 | 1 | 1,307,593 |
| 3 | アメリカ合衆国 | 347,276 | 3 | 321,419 | 3 | 295,520 |
| 4 | インドネシア | 285,721 | 4 | 257,564 | 4 | 222,781 |
| 5 | パキスタン | 255,220 | 6 | 188,925 | 6 | 157,935 |
| 6 | ナイジェリア | 237,528 | 7 | 182,202 | 9 | 131,530 |
| 7 | ブラジル | 212,812 | 5 | 207,848 | 5 | 186,405 |
| 8 | バングラデシュ | 175,687 | 8 | 160,996 | 8 | 141,822 |
| 9 | ロシア | 143,997 | 9 | 143,457 | 7 | 143,202 |
| 10 | エチオピア | 135,472 | 13 | 99,391 | 15 | 77,431 |
| 11 | メキシコ | 132,000 | 10 | 127,017 | 11 | 107,029 |
| 12 | 日本 | 123,103 | 11 | 126,573 | 10 | 128,085 |
| 13 | フィリピン | 117,000 | 12 | 100,981 | 12 | 85,599 |
| 14 | エジプト | 118,000 | 15 | 83,483 | 16 | 74,033 |
| 15 | コンゴ民主共和国 | 113,000 | 19 | 76,245 | 23 | 57,549 |
| 16 | ベトナム | 102,000 | 14 | 91,508 | 13 | 84,238 |
| 17 | イラン | 92,000 | 16 | 79,109 | 18 | 69,515 |
| 18 | トルコ | 88,000 | 18 | 77,267 | 17 | 73,193 |
| 19 | ドイツ | 84,000 | 17 | 78,728 | 14 | 82,689 |
| 20 | タンザニア | 71,000 | 30 | 43,188 | 32 | 38,329 |
| 出典:4のデータに基づき作成。2025年の数値は千人単位に丸められている。 |
1.3 未来予測:2050年と2100年の人口予測
国連の将来人口推計は、21世紀を通じて世界の人口構造が劇的に変化することを示唆している。
2050年までに、世界人口は約96億6,000万人に達すると予測されている 4。この時点での上位国の顔ぶれは大きく変動する。インド(16億8,000万人)が首位の座を固め、中国(12億6,000万人)との差を広げる。最も注目すべきはナイジェリアの台頭であり、人口3億5,900万人を超え、アメリカ合衆国(3億8,100万人)やパキスタン(3億7,200万人)と並び、世界トップ5の一角を占めるようになると予測されている 4。
さらに先の2100年には、世界人口は2075年頃に約102億5,000万人でピークに達した後、わずかに減少し約101億8,000万人になると見込まれている 4。この時点でのランキングは、21世紀の人口動態の「大分岐」を明確に示している。
- インド(15億500万人)
- 中国(6億3,300万人)
- パキスタン(5億1,100万人)
- ナイジェリア(4億7,700万人)
- コンゴ民主共和国(4億3,100万人)4
この予測が示すのは、単なる順位の変動ではない。21世紀がアフリカと南アジアへの人口動態の重心移動によって定義されることを示唆している。中国の人口はピーク時から半数以下にまで激減し、歴史上類を見ない規模の人口崩壊を経験する。日本は32位、ロシアは17位へと順位を大きく下げる見込みである 4。
このデータから導き出される結論は、世界の地政学的・経済的重心が根本的に再構築されるということである。2100年には、人口上位10カ国のうち5カ国(ナイジェリア、コンゴ民主共和国、エチオピア、タンザニア、エジプト)がアフリカ大陸の国となる 4。豊富な若年労働力を抱えるこれらの国々が、世界の経済成長、資源消費、そして国際外交において、今世紀後半の主要なプレイヤーとなる可能性は極めて高い。
表2:世界人口ランキング予測:上位20カ国(2050年・2100年)
| 2100年順位 | 国名 | 2100年人口(千人) | 2050年順位 | 2050年人口(千人) | 2025年順位 | 2025年人口(千人) |
| 1 | インド | 1,505,000 | 1 | 1,680,000 | 1 | 1,464,000 |
| 2 | 中国 | 633,000 | 2 | 1,260,000 | 2 | 1,416,000 |
| 3 | パキスタン | 511,000 | 5 | 372,000 | 5 | 255,000 |
| 4 | ナイジェリア | 477,000 | 3 | 359,000 | 6 | 238,000 |
| 5 | コンゴ民主共和国 | 431,000 | 8 | 218,000 | 15 | 113,000 |
| 6 | アメリカ合衆国 | 421,000 | 4 | 381,000 | 3 | 347,000 |
| 7 | エチオピア | 367,000 | 7 | 225,000 | 10 | 135,000 |
| 8 | インドネシア | 296,000 | 6 | 321,000 | 4 | 286,000 |
| 9 | タンザニア | 263,000 | 15 | 130,000 | 21 | 71,000 |
| 10 | バングラデシュ | 209,000 | 10 | 215,000 | 8 | 176,000 |
| 11 | エジプト | 202,000 | 11 | 162,000 | 13 | 118,000 |
| 12 | ブラジル | 163,000 | 9 | 217,000 | 7 | 213,000 |
| 13 | アンゴラ | 150,000 | 39 | 74,000 | 39 | 39,000 |
| 14 | スーダン | 137,000 | 30 | 85,000 | 30 | 52,000 |
| 15 | メキシコ | 130,000 | 12 | 149,000 | 11 | 132,000 |
| 16 | アフガニスタン | 130,000 | 36 | 77,000 | 36 | 44,000 |
| 17 | ロシア | 126,000 | 13 | 136,000 | 9 | 144,000 |
| 18 | ウガンダ | 121,000 | 31 | 85,000 | 31 | 51,000 |
| 19 | フィリピン | 114,000 | 14 | 134,000 | 14 | 117,000 |
| 20 | イエメン | 110,000 | 37 | 71,000 | 37 | 42,000 |
| 出典:4のデータに基づき作成。人口は千人単位。 |
第II部:大陸間の格差:地域の成長、停滞、そして減少
本セクションでは、分析の視野を国レベルから大陸レベルへと広げ、第I部で詳述した各国の変化を駆動するマクロトレンドを明らかにする。世界の地域間で深刻化する人口動態の分岐に焦点を当てる。
2.1 2025年の世界人口シェア
2025年においても、アジアは依然として世界で最も人口の多い大陸であり、その人口は約48億4,000万人、世界全体の約59%を占めている。アフリカがこれに続き、人口約15億5,000万人、シェアは約19%である。この二つの大陸だけで、世界人口の77%以上を占めることになる 11。これに対し、ヨーロッパのシェアは約9%(7億4,400万人)、北米(中南米含む)は約7.5%、オセアニアは約0.6%(4,700万人)に過ぎない 11。このデータは、長年にわたるアジアの人口的優位性を再確認すると同時に、アフリカが明確な第2位の大陸として、将来の成長の主役となることを示唆している。
2.2 成長のエンジン:アフリカとアジア
世界人口の増加を牽引しているのは、アフリカとアジアである。特にアフリカの年間人口増加率は$2.29%$と極めて高く、他を圧倒している。アジアの増加率はより穏やかで、$0.58%$である 12。絶対数で見ると、2025年の1年間でアフリカは約3,500万人、アジアは約2,800万人の人口増加が見込まれている 12。アジアは依然として大きな人口増加を記録しているが、増加「率」で比較するとアフリカはその約4倍に達しており、将来の世界人口増加の主要な駆動力としての役割を担っていることがわかる。
2.3 停滞と減少:ヨーロッパの「人口の冬」
ヨーロッパは、世界で唯一、人口が自然減少している大陸である。その年間成長率は$-0.09%$であり、2025年には約68万5,000人の純減が見込まれている 12。ヨーロッパの人口は、2020年にすでにピークを迎えたと考えられている 11。
この人口減少は、単なる統計上の数値以上の深刻な意味を持つ。それは、ヨーロッパの地政学的な影響力の長期的な低下を示唆するものである。人口が減少し、高齢化が進む大陸は、経済的なダイナミズムを失い、軍の徴兵対象者も減少し、国際社会における政治的発言力が相対的に低下する可能性がある。さらに、この人口動態の現実は、ヨーロッパが経済や社会保障制度を維持するために移民に大きく依存せざるを得ない状況を生み出している。実際に、ヨーロッパへの純移動者数は年間約148万人とプラスになっており、これがなければ人口減少はさらに深刻化する 12。この移民への依存は、社会統合をめぐる複雑な社会的・政治的課題を伴う。したがって、ヨーロッパの人口動態は、国際関係、安全保障、経済競争力に長期的な影響を及ぼす、世界のパワーバランスの変化における中核的な要因として分析する必要がある。
2.4 長期的な大陸間のシフト
長期的な予測は、アフリカへの人口重心の移動をさらに明確に示している。2025年に約19%であるアフリカの世界人口シェアは、2050年には25%以上にまで拡大する見込みである。一方、アジアのシェアは54%程度で比較的安定し、ヨーロッパのシェアは7%程度まで低下すると予測されている 12。アフリカの人口がピークを迎えるのは2100年以降と見られるのに対し、アジアは2054年にピークに達すると予測されている 11。このデータは、2050年までに地球上の4人に1人以上がアフリカ人になるという、明確な未来像を描き出している。
表3:大陸別人口分布と成長率(2025年)
| 大陸 | 2025年人口 | 世界シェア (%) | 年間成長率 (%) | 年間純増減数 | 予測ピーク年 |
| アジア | 4,835,320,060 | 58.74 | 0.59 | +28,422,053 | 2054年 |
| アフリカ | 1,549,867,579 | 18.83 | 2.29 | +34,726,730 | 2100年以降 |
| ヨーロッパ | 744,398,832 | 9.04 | -0.09 | -684,992 | 2020年 |
| 中南米・カリブ | 667,888,552 | 8.11 | 0.67 | +4,422,480 | 2050年代 |
| 北米 | 387,528,403 | 4.71 | 0.58 | +2,233,298 | 2083年 |
| オセアニア | 46,609,644 | 0.57 | 1.13 | +520,928 | 2100年以降 |
| 出典:11のデータに基づき作成。 |
第III部:人口密度:人間の集中の尺度
本セクションでは、絶対的な人口数から、人口が土地面積に対してどのように分布しているかを分析する。これにより、人口圧力、資源管理、生活環境を理解するための異なる視点を提供する。
3.1 人口密度の世界的な概観
2025年における世界の平均人口密度は、1平方キロメートルあたり63人と推定される 14。この世界平均値は、国や地域ごとの密度を比較する際の基準となり、人類がいかに不均一に地球上に居住しているかを浮き彫りにする。
3.2 密度のホットスポット:マイクロステートと都市国家
世界で最も人口密度が高い場所は、圧倒的に小規模な領土である。上位には、モナコ(25,732人/km²)、マカオ(22,563人/km²)、シンガポール(8,596人/km²)、香港(6,730人/km²)、ジブラルタル(4,013人/km²)などが名を連ねる 15。これらの地域は、高度に都市化された特殊な存在であり、その高い密度がもたらす課題や機会は、より大きな国土を持つ国々のそれとは根本的に異なる。この区別は、大規模な国家の人口密度を議論する上で重要な前提となる。
3.3 大国における密度:比較分析
人口の多い大国の中で最も人口密度が高いのはバングラデシュで、1平方キロメートルあたり1,350人に達する 14。その他の主要国の密度は、インド(492人/km²)、日本(327人/km²)、イギリス(287人/km²)、ナイジェリア(261人/km²)、中国(149人/km²)となっており、広大な国土を持つロシアは9人/km²と極めて低い 10。
これらの数値は、単なる統計以上の意味を持つ。人口密度は、各国の開発戦略や課題を映し出す指標である。
- バングラデシュの極端な密度(1,350人/km²)は、土地、食料、水資源に計り知れない圧力をかけており、海面上昇などの気候変動に対して極めて脆弱な状況を生み出している。
- 日本の高い密度(327人/km²)は、山がちな地形と相まって、可住地が非常に限られていることを意味する。これが土地や住宅価格を高騰させ、ひいては出生率の低下に繋がる一因となっている 17。
- ロシアの極端に低い密度(9人/km²)は、広大で開発が困難な領土の管理や、長い国境線の防衛といった、全く異なる戦略的課題を突きつけている。
このように、人口密度は国家の農業政策から都市計画、安全保障に至るまで、あらゆる政策形成に影響を与える重要な変数である。
表4:人口密度の高い国・地域 上位15(2025年)
| 順位 | 国・地域名 | 人口密度 (人/km²) | 人口 | 面積 (km²) |
| 1 | モナコ | 25,732 | 38,341 | 2 |
| 2 | マカオ(中国) | 22,563 | 722,007 | 33 |
| 3 | シンガポール | 8,596 | 5,870,750 | 737 |
| 4 | 香港(中国) | 6,730 | 7,396,076 | 1,050 |
| 5 | ジブラルタル(英国) | 4,013 | 40,126 | 6.8 |
| 6 | バーレーン | 2,099 | 1,643,332 | 790 |
| 7 | モルディブ | 1,766 | 529,676 | 300 |
| 8 | マルタ | 1,731 | 545,405 | 320 |
| 9 | バングラデシュ | 1,350 | 175,686,899 | 130,170 |
| 10 | シント・マールテン(オランダ) | 1,292 | 43,923 | 34 |
| 11 | バミューダ(英国) | 1,195 | 64,555 | 54 |
| 12 | バチカン市国 | 1,140 | 501 | 0.5 |
| 13 | ガーンジー(英国) | 1,007 | 64,477 | 78 |
| 14 | パレスチナ | 928.5 | 5,589,623 | 6,020 |
| 15 | マヨット(フランス) | 898.7 | 337,011 | 374 |
| 出典:15のデータに基づき作成。 |
第IV部:変化のエンジン:人口動態ケーススタディ
本セクションは、本報告書の分析的な核心部分である。世界の主要な人口動態トレンド、すなわち急激な成長、管理された減少、そして超高齢化を代表する3カ国を詳細に分析することで、「何が」起きているかから「なぜ」起きているかへと議論を深める。
4.1 ナイジェリアの台頭:人口爆発の解剖
ナイジェリアは、21世紀の人口増加を象徴する国である。その急成長は、複数の要因が絡み合って生まれている。
成長の要因
- 高い出生率:ナイジェリアの合計特殊出生率(TFR)は、近年、女性1人あたり4.62人から5.3人と、人口置換水準(約2.1人)をはるかに上回る高い水準で推移している 19。これは、大家族を好む文化的規範や、避妊実行率の低さ(17%)に支えられている 20。
- 若年人口構造:人口の実に42%から44%が15歳未満という、極めて若い年齢構成となっている 19。これは巨大な「人口の勢い(population momentum)」を生み出し、たとえ将来的に出生率が低下したとしても、膨大な数の若者が再生産年齢に達することで、今後数十年にわたり高い出生数を維持することを保証する。
- 死亡率の低下:医療の改善により乳児死亡率が低下し、平均寿命が延びたことで、より多くの子どもが成人まで生き延び、自ら子どもを持つようになった 21。
成長がもたらす影響
- 急速な都市化:ラゴスなどの都市における雇用や教育といったプル要因に引かれ、大規模な農村から都市への人口移動が起きている。これにより、都市人口は年間$6.5%$以上のペースで膨張し、インフラや公共サービスに深刻な負荷をかけている 19。
- 経済的圧力:毎年500万人が新たに労働市場に参入するが、経済はそれに十分な雇用を創出できていない。結果として、若者の失業率は40%を超え、深刻な社会問題となっている 21。ナイジェリアの人口動態が、経済成長を牽引する「人口ボーナス」となるか、あるいは大量失業と社会不安をもたらす「人口オーナス(負担)」となるかは、国家の将来を左右する重大な岐路である。
- 環境への負荷:人口増加は、世界最悪レベルの森林破壊、エネルギー需要の増大、天然資源への圧力の主要な原因となっている 23。
4.2 日本のパラダイム:超高齢社会との向き合い方
日本は、先進国が直面する人口減少と超高齢化の未来を最も早く、そして最も顕著に体現している国である。
減少の要因
- 持続的な低出生率:日本の合計特殊出生率(TFR)は1974年以降、人口置換水準を下回り続けており、現在は1.2人から1.37人という極めて低い水準にある 17。
- 社会経済的要因:その背景には、世界で3番目に高いとされる子育て費用、都市化の進展、母親のキャリア形成に不利な硬直的な労働文化、そして晩婚化・非婚化の進行といった複合的な要因が存在する 17。
- 高い平均寿命:日本は世界トップクラスの平均寿命を誇るが、これが低出生率と組み合わさることで、人口の高齢化をさらに加速させている 25。すでに総人口の29%以上が65歳以上である 28。
減少がもたらす影響
- 労働力人口の縮小:生産年齢人口(15~64歳)は急激に減少しており、2022年の7,400万人から2060年には4,800万人まで落ち込むと予測されている 17。これは慢性的な労働力不足を引き起こし、経済成長を脅かす 29。
- 極端な老年人口指数:日本の老年人口指数(生産年齢人口100人に対する高齢者数)は48.6人と世界で最も高く、年金や医療といった社会保障制度に極めて大きな負担をかけている 17。
- 政策対応の限界:政府は児童手当の拡充など様々な対策を講じてきたが、ワークライフバランスや性別役割分業といった根深い文化的な課題に対処できていないため、出生率の回復には至っていない 17。
4.3 ドイツの半世紀にわたる減少:人口動態の均衡力としての移民
ドイツの事例は、先進国における人口の自然減と、それを補う移民の役割を浮き彫りにする。
減少の要因
- 慢性的な自然減:ドイツでは、1972年以降、毎年死亡数が出生数を上回る「自然減」の状態が50年以上続いている 30。合計特殊出生率(TFR)は一貫して低く、1.38人から1.6人程度で推移している 30。
- 文化的変化:その背景には、家族よりも個人の自己実現を重視する社会への変化、伝統的な宗教的価値観の希薄化、子育てに伴う経済的負担の増大などがある 31。
移民の役割
- 減少を相殺する力:移民がいなければ、ドイツの人口は急激に減少していただろう。近年の人口安定、あるいは微増は、純移動者数がプラスであることのみに起因する 30。これには、過去のゲストワーカープログラム、EU域内からの移動、そして近年の大規模な難民受け入れなどが含まれる 30。
- 二重の人口構造:この結果、ドイツは縮小・高齢化する国内出身者人口と、増加し続ける若年層の多い移民系人口(2009年時点で総人口の19%)という二重の人口構造を持つに至った 32。
ドイツの50年にわたる経験は、同様の人口動態に直面する他の先進国にとっての長期的なケーススタディと見なすことができる。カナダ、イギリス、アメリカ合衆国なども、出生率が人口置換水準を下回り、人口増加を移民に依存している 30。ドイツの経験は、先進国が直面する避けられない選択肢を提示している。すなわち、経済的活力を維持し、高齢化社会を支えるためには移民が不可欠であるが、それは同時に社会的・文化的な統合という大きな課題を伴う。ドイツが移民統合において経験した成功と失敗は、人口減少という未来に直面する国々にとって、極めて重要な教訓となるだろう。
表5:比較人口動態指標:ナイジェリア、日本、ドイツ(2025年推計)
| 指標 | ナイジェリア | 日本 | ドイツ |
| 人口 | 約2億3,800万人 | 約1億2,300万人 | 約8,400万人 |
| 年齢中央値 | 18.1歳 | 49.1歳 | 45.9歳 |
| 合計特殊出生率 (TFR) | 4.62 | 1.37 | 1.38 |
| 人口増加率 (%) | +2.08 | -0.50 | -0.12 |
| 老年人口指数 | 88.2 | 48.6 | – |
| 純移動率 | -0.21 | – | +1.8 |
| 出典:17のデータに基づき作成。 |
第V部:統合と戦略的示唆:変動する世界
本セクションでは、新たなデータは提示せず、これまでの分析結果を統合し、高次の戦略的概観を提供する。ランキング、大陸間のシフト、人口密度の圧力、そしてケーススタディで得られた知見を結びつけ、これらの人口動態の変化が何を意味するのかを明らかにする。
5.1 新たな人口動態の世界秩序
本報告書で明らかになったように、21世紀は世界の人口地図が根本的に書き換えられる時代である。インドの台頭、アフリカへの人口重心の移動、そして中国とヨーロッパの相対的な地位の低下は、21世紀の地政学と世界経済のパワーバランスに決定的な影響を与える。豊富な若年労働力を抱える国々が新たな成長センターとなり、世界の政治経済における発言力を増していく一方で、人口減少と高齢化に直面する国々は、その影響力を維持するために新たな戦略を模索する必要に迫られるだろう。
5.2 成長と減少という二つの課題
世界は、人口動態に関して二極化した課題に直面している。ナイジェリアのような高成長国にとっての課題は、教育と雇用創出を通じて「人口ボーナス」をいかにして経済発展に結びつけるかである。これを怠れば、社会不安のリスクを抱えることになる。対照的に、日本やドイツのような低成長・減少国にとっての課題は、縮小する労働力の中でいかに経済のダイナミズムを維持し、増大する社会保障負担を管理するかである。これらの国々にとって、移民政策は避けて通れない重要な変数となる。
5.3 資源、環境、都市への圧力
本報告書で概観した人口動態のトレンドは、地球規模の課題に直接的な影響を及ぼす。アフリカと南アジアにおける人口増加は、世界の食料、水、エネルギーの需要を増大させ、気候変動対策への圧力を高めるだろう。同時に、これらの地域で進行する急速な都市化は、インフラ整備、住宅供給、公衆衛生といった面で巨大な挑戦を突きつける。一方で、人口が減少する地域では、インフラの維持や地方の過疎化が深刻な問題となる。人口密度に関する分析が示したように、人口の集中と分布は、持続可能な開発目標を達成する上で中心的な課題であり続ける。
5.4 結論:移行期の地球を航海する
我々は、強力かつ予測可能な人口動態の力によって形作られる、移行期の世界に生きている。この地殻変動を乗り切るためには、短期的な視点ではなく、これらの人口動態の現実を直視した長期的な政策が不可欠である。成長する地域には持続可能な開発への投資を、減少する地域には社会の活力と公正を維持するための革新的な解決策を。国境を越えた協力と、未来を見据えた賢明な政策立案こそが、この変動の時代を航海するための羅針盤となるだろう。
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