「なぜ、あの時あんな言い方をしてしまったんだろう…」
「どうして、この企画の良さが伝わらないんだ…」
仕事や日常で、こんな風に後悔したり、壁にぶつかったりすることは誰にでもあるはずです。私たちはその原因を「自分の性格のせいだ」とか「相手との相性が悪い」といった、漠然とした言葉で片付けてしまいがちです。
しかし、もしその「失敗」や「停滞」の原因を、まるでレントゲン写真のように鮮明に解き明かし、次の一手を具体的に示してくれる「思考の地図」があるとしたら、どうでしょうか。
前回のコラムでご紹介した「自認知・他認知フレームワーク」は、まさにその役割を果たします。今回は、この地図を片手に、誰もが経験する具体的なシーンを旅しながら、それがどれほど実践的なツールであるかを見ていきましょう。
ケース1:大事なプレゼンで頭が真っ白に…
あなたは重要なプレゼンの最中、突然頭が真っ白になり、しどろもどろになってしまいました。自己嫌悪に陥る前に、思考の地図で原因を分析してみましょう。
- ありがちな反省: 「やっぱり自分は本番に弱いダメなやつだ…」
- 地図を使った分析:
- 自認知-観察: 「聴衆の厳しい視線を感じた瞬間、心拍数が上がり、手に汗をかいている」という身体の変化に気づけていたか?
- 自認知-評価: その変化に対し、「これは単なる生理的な緊張反応だ。準備はしてきたから大丈夫」と客観的に評価できたか? それとも「もうダメだ、失敗する」と破局的に評価してしまったか?
- 自認知-制御: パニックに陥る前に、「一度、水を飲んで間を置こう」「一番得意なスライドまで飛ばそう」といった行動の制御はできたか?
多くの場合、失敗の原因は「本番に弱い」という性格ではなく、「自認知-評価」の段階で、緊張を過大評価してしまったことや、「自認知-制御」の具体的な選択肢を持っていなかったことにあります。これが分かれば、次回の対策は「性格改善」ではなく、「緊張した時の具体的な対処法を3つ用意しておく」という、極めて実践的なものになります。
ケース2:部下のモチベーションが上がらない…
あなたは、ある部下の仕事への意欲の低さに悩んでいます。「最近の若者は…」と嘆く前に、地図を広げてみましょう。これは典型的な「他認知」の問題です。
- ありがちな対応: 「やる気を出せ!」と精神論で叱咤激励する。
- 地図を使った分析:
- 他認知-観察: 彼の具体的な行動(始業時間に遅れがち、会議で発言しない、PC画面を頻繁に切り替える等)や、表情・声のトーンを客観的に観察できているか?
- 他認知-評価: その観察結果から、「彼は怠けているに違いない」と短絡的に評価していないか? もしかしたら「仕事の全体像が見えず、何から手をつけていいか分からず不安なのかも」「プライベートで何か悩みを抱えているのかも」といった、複数の可能性を評価できているか?
- 他認知-制御: あなたの働きかけ(制御)は、その評価に基づいているか? もし「怠けている」という評価なら「叱咤激励」になるでしょう。もし「不安」という評価なら、「仕事の進め方を一緒に整理する1on1の時間を設定しよう」という、全く異なる、より効果的な制御(働きかけ)になるはずです。
部下の問題の多くは、上司の「他認知-評価」の精度が低いことに起因します。観察した事実から、相手の内的状態をいかに正確に推測できるか。その精度が、あなたのリーダーシップ(対人制御)の質を決定づけているのです。
おわりに:日常は「思考のトレーニングジム」である
このように、私たちの日常は「自認知」と「他認知」の連続です。そして、その一つ一つの場面が、思考の地図を使いこなすための絶好のトレーニングジムとなります。
失敗や停滞は、嘆くべきことではなく、自分の思考プロセスのどこに「伸びしろ」があるのかを教えてくれる、貴重なデータです。
ぜひ、この思考の地図を頭の片隅に置いて、日々の出来事を分析してみてください。「あの時、こうすれば…」という後悔は、「次は、こうしよう!」という未来への具体的な一歩に変わっていくはずです。


