I. 要旨
日本における空き家問題は、年々深刻度を増しており、国の社会経済全体に影響を及ぼす喫緊の課題となっている。これに対し、日本政府は「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下、「空家法」という。)を中核とした包括的かつ進化する法制度・政策対応を進めている。特に2023年の空家法改正は、問題の未然防止と既存ストックの有効活用へと舵を切る重要な転換点となった。
本報告書は、日本政府による空き家対策の全容を概説するものである。空き家数の増加傾向とその背景、空家法を中心とする法的枠組み、国・都道府県・市区町村の役割分担、財政支援や税制優遇、情報提供プラットフォーム(空き家バンク等)の整備、そして「管理不全空家」や「空家等活用促進区域」といった新たな制度導入など、多岐にわたる施策を網羅的に解説する。さらに、これらの政策が目指す公益の実現(安全確保、生活環境保全、地域活性化、土地利用の効率化等)と、依然として残る課題(所有者特定、財政的制約、地域間格差等)についても考察を加える。政府の対策は、問題が顕在化した空き家への事後対応から、発生予防と利活用促進を重視する事前対応へと戦略的な深化を見せており、これは空き家問題の複雑性に対する理解の成熟と、より長期的かつ資源効率的な都市・地域管理への移行を示唆している 1。
II. 日本における空き家問題の深刻化
A. 空き家数・率の統計的概観と推移
日本の空き家問題は、統計データによってその深刻さが浮き彫りになっている。総務省の「住宅・土地統計調査」によると、空き家の総数は過去20年間で約1.5倍に増加し、576万戸から849万戸へと膨れ上がった 1。直近の2023年の調査(速報値)では、空き家総数は900万戸に達し、2018年調査からわずか5年間で51万戸増加したことが報告されている 3。
特に問題視されるのが、「賃貸用又は売却用の住宅」及び「二次的住宅(別荘等)」を除いた「その他の空き家」と呼ばれるカテゴリーである。これらは長期間放置されやすく、管理不全に陥りやすい。この「その他の空き家」は、20年間で約1.9倍の349万戸に増加しており 1、2023年には385万戸(総住宅ストックに占める割合5.9%)に達した 3。この増加の主因として、高齢化に伴う死亡数の増加が指摘されている 4。
空き家率は地域によって大きなばらつきがあり、和歌山県と徳島県では21.2%、山梨県では20.5%と高い数値を示す一方、一部の府県では空き家率が減少する動きも見られる 5。また、「賃貸用の空き家」は絶対数こそ増加しているものの、空き家率は6.9%から6.8%へと僅かに改善している 5。
この「その他の空き家」が政策介入にもかかわらず増加し続けている事実は、問題の根深さを示している。人口減少、相続の複雑性、物件への愛着、特定地域における資産価値の低迷といった構造的な要因が絡み合っており、現行の法的・財政的措置だけでは対応しきれない側面があることを物語っている 6。例えば、空き家を手放さない理由として、仏壇や墓の管理、既存住民への配慮などが挙げられており 6、経済合理性だけでは割り切れない価値観の存在がうかがえる。政府が推進する「住まいの終活」といった啓発活動 7 は、こうした非経済的側面へのアプローチとして重要性を増している。
一方で、賃貸用空き家の空室率が微減している点は、需要が存在する市場においては、適切な仲介や情報提供を通じてある程度の効果が見込めることを示唆している 5。しかし、この市場メカニズムが機能しにくい地方の過疎地域や、そもそも市場価値の低い「その他の空き家」に対しては、解体補助金、コミュニティランドトラスト、非伝統的な再利用モデルといった、より多様な政策手段が必要となる。「不動産業による空き家対策推進プログラム」9 は市場メカニズムの強化を目指すものだが、真に問題となっている「その他の空き家」への波及効果は限定的かもしれない。
B. 社会経済的影響と対策の必要性
空き家の増加は、多岐にわたる社会経済的な負の影響をもたらすため、行政による介入が不可欠となっている。主な問題点としては、まず建物の老朽化による倒壊や部材飛散といった安全性の低下が挙げられる 2。また、ごみの不法投棄や害虫・害獣の発生源となるなど公衆衛生の悪化 2、さらには雑草の繁茂や建物の荒廃による景観の阻害 2 も深刻である。
これらの問題は、周辺住民の生活環境に直接的な悪影響を及ぼし、地域コミュニティの活力低下や、場合によっては不動産価値の低下、地域の魅力減退による地域経済の機能低下にも繋がりかねない 13。空家法制定の背景には、こうした状況に対し、従来は個人の財産管理の領域とされてきた空き家問題に、行政が積極的に関与する必要性が認識されたことがある 2。
政策介入の正当性が「住民の生活環境に悪影響」を及ぼす点の解消に置かれていることは重要である 2。これは、空き家対策の成功が、単に空き家の数を減らすことだけでなく、地域住民の生活の質の具体的な改善やコミュニティのレジリエンス向上によって測られるべきであることを意味する。トップダウンでの空き家数削減目標の達成だけでは不十分であり、たとえ数が減っても特定の地域で問題のある空き家が残存すれば、政策効果は限定的と言わざるを得ない。この観点からも、地域の実情に即した市区町村レベルでのきめ細やかな計画策定と実行が、対策の鍵を握ると言えるだろう。「空家等活用促進区域」13 のような施策の有効性も、こうした地域レベルでの具体的な便益をもたらせるか否かにかかっている。
III. 中核的法的枠組み:空家等対策の推進に関する特別措置法
A. 空家法の制定、目的及び変遷
空き家問題の深刻化に対応するため、2014年(平成26年)11月に「空家等対策の推進に関する特別措置法」(空家法)が公布され、2015年(平成27年)5月26日に全面施行された 7。この法律制定の背景には、増え続ける空き家に対し、その責任の所在や行政の対応方法が確立されていなかったことがある 2。空家法は、空き家に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって公共の福祉の増進と地域の振興に寄与することを目的としている 7。
従来、空き家は個人所有物であるため、行政は積極的な介入を避ける傾向にあった 2。しかし、空き家の増加に伴う問題が社会的に看過できないレベルに達し、法的に介入せざるを得なくなったため、本法が制定された。これにより、それまで個人の管理領域とされてきた空き家に対し、行政が調査や指導といった形で関与できる法的根拠が与えられたのである 2。
その後も使用目的のない空き家の増加が続いたため、2023年(令和5年)には空家法が改正され、同年12月13日から施行されている 7。この改正は、特に空き家の適切な管理の確保や活用拡大に向けた措置の強化を主眼としている。
空家法の制定と強化は、日本の私有財産権に対する政府の考え方の根本的な変化を示すものと言える。私有財産権は尊重されるべき基本的人権であるが、空き家の放置が周辺環境に著しい負の影響を及ぼす場合など、公共の利益が優先される状況においては、個人の財産管理権に一定の制約が課され、行政による介入が正当化されるという認識が、この法律によって明確に示された。2023年改正で導入された「管理不全空家」に対する措置は、この介入の範囲をさらに拡大するものであり、物件が直接的な危険物となる以前の段階から、所有者に対してより強い管理責任を求める方向へと、政策のバランスが進化していることを示唆している。これは、今後の土地利用や都市計画に関する他の政策にも影響を与える可能性のある重要な前例となるだろう。
B. 主要な定義:「空家等」、「特定空家等」
空家法における「空家等」とは、建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)をいう(空家法第2条第1項)。この定義には、別荘などの二次的住宅や、賃貸用・売却用の住宅も含まれる 1。
特に重要なのが「特定空家等」の定義である。これは、「そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にあると認められる空家等」と定義されている(空家法第2条第2項)7。
具体的には、以下のいずれかの状態にあるものが「特定空家等」に該当し得る 9。
- そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態
- そのまま放置すれば著しく衛生上有害となるおそれのある状態
- 適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態
- その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態
「特定空家等」の定義は、市区町村が介入する際の法的根拠となるが、特に4番目の「その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態」という包括的な基準は、地方自治体にかなりの裁量権を与えるものとなっている。倒壊の危険性、衛生上の問題、景観阻害といった最初の3つの基準は比較的具体的であるが、この第4の基準は、地域の優先順位、利用可能な資源、住民からの圧力などに応じて、自治体ごとに解釈が異なる可能性がある。これは柔軟な対応を可能にする一方で、全国的な適用の一貫性という観点からは課題も生じ得る。明確な国の指針(「基本的な指針」等 7)の重要性が増すとともに、実際の運用においては、各自治体の判断と能力が大きく影響することになる。これは、所有者にとっても予測可能性の点で不確実性を生む可能性も否定できない。
C. 2023年改正:パラダイムシフト
1. 「管理不全空家等」の導入と関連措置
2023年の空家法改正における最大の変更点の一つが、「管理不全空家等」という新たな類型が導入されたことである。これは、「適切な管理が行われていないことによりそのまま放置すれば特定空家等に該当することとなるおそれのある状態にある」空家等と定義される(改正空家法第13条第1項)7。つまり、現時点では「特定空家等」には至らないものの、放置すれば将来的にそうなるリスクが高い空き家を指す 13。
この「管理不全空家等」に対し、市区町村長は、管理指針に即して、特定空家等への移行を防止するために必要な措置をとるよう指導することができる。指導後も状態が改善されず、特定空家等に該当するおそれが大きいと認められる場合には、修繕や立木竹の伐採など、具体的な措置を勧告することができるようになった 7。
「管理不全空家等」の導入は、空き家対策における戦略的な転換、すなわち「予防的介入」への明確なシフトを意味する。従来の「特定空家等」への対策が、既に深刻な状態に陥った物件への事後対応であったのに対し、「管理不全空家等」への措置は、問題が深刻化する前の段階で介入し、より大きなコストや地域への負の影響が発生するのを未然に防ぐことを目的としている。これは、長期的に見れば、自治体や地域社会にとって費用対効果の高いアプローチとなり得る。また、所有者に対して、より早期の段階から適切な管理を促すことで、責任ある財産管理の意識を醸成する効果も期待される。全国に約24万戸と推定される「管理不全空家」17 の存在を考慮すると、この予防的アプローチの重要性は極めて高い。
2. 「空家等活用促進区域」の創設と規制緩和
2023年改正では、「空家等活用促進区域」制度も新たに創設された。これは、市区町村が、中心市街地や地域再生の拠点など、地域の核となる区域において、空き家の活用を促進するために設定できる区域である 7。
この区域内では、市区町村は空き家活用促進指針を策定し、その指針に沿った空き家の活用を所有者等に要請できる 7。さらに重要なのは、この区域内においては、建築基準法上の接道義務(前面道路の幅員4m未満でも建替えや改築を容易にするなど)や用途規制といった既存の規制が合理化され、空き家の改修や用途変更がしやすくなる点である 7。
「空家等活用促進区域」の導入は、エリア単位での再生を目指す戦略的な動きであり、既存の硬直的な規制が空き家活用の大きな障壁となっている現状認識に基づいている。この的を絞った規制緩和は、これまで活用が難しかった空き家の潜在的な開発可能性を引き出すことが期待される。しかし、その成功は、市区町村による積極的かつ適切な計画策定(「活用指針」の質)と、所有者や開発事業者との効果的な連携に大きく左右される。この制度は、単に老朽化した空き家を管理するだけでなく、実際に再利用を促進するという点で、2023年改正の目玉の一つであり、その成果が注目される。国が5年間で100区域の設置目標を掲げていることからも 16、このアプローチを積極的に展開しようとする意図がうかがえる。
D. 固定資産税・都市計画税への影響
空家法に基づく措置は、固定資産税及び都市計画税の課税にも大きな影響を与える。「特定空家等」に指定され、市区町村から勧告を受けた場合、または2023年改正で導入された「管理不全空家等」に指定され、同様に勧告を受けた場合、その敷地については住宅用地特例の適用対象から除外される 7。
住宅用地特例は、住宅が建っている土地の固定資産税を大幅に軽減する(小規模住宅用地で評価額の1/6、一般住宅用地で1/3)措置である 18。この特例が解除されると、土地の固定資産税額が実質的に3倍から6倍に跳ね上がることになる 13。
「管理不全空家等」に対しても、勧告段階でこの厳しい税制上のペナルティ(住宅用地特例の解除)が適用されるようになったことは、所有者に対して、物件が深刻な状態に陥る前に積極的な管理や処分を促す強力な経済的インセンティブとなる。これにより、対象となる可能性のある物件の数が大幅に増加する(「特定空家」約2万戸に対し、「管理不全空家」は約24万戸と推定 17)ため、これまで空き家を放置していた所有者の意思決定を加速させる効果が期待される。これは、従来の低い維持コストが空き家放置の一因となっていた状況を変えるための「強力なムチ」と言える。ただし、この措置は、市区町村にとって調査、指導・勧告、所有者からの問い合わせ対応といった行政コストの増大を招く可能性があり、また、市場(解体業者、不動産業者等)が、所有者の同時多発的な対応によって生じる需要増に対応できるかという課題も生じ得る。
IV. 政府の役割と省庁間連携
A. 国の役割
1. 国土交通省:政策立案、指針策定、支援業務の主導
国土交通省は、日本の空き家対策における中心的役割を担っている。国の空き家政策全体の策定、市区町村が対策を実施する上での基本的な指針の作成、財政的・技術的支援の提供、そして様々な関連施策の推進を主導している 9。
具体的には、空家法の運用や「特定空家等」及び「管理不全空家等」への対応、「空家等活用促進区域」制度の推進に関する方針を定め 9、市区町村が行う空き家の除却や活用等の総合的な取り組みを支援する「空き家対策総合支援事業」を実施している 19。また、所有者への情報提供や啓発活動 8、不動産業界との連携強化を目的とした「不動産業による空き家対策推進プログラム」の策定 10 なども国土交通省の重要な業務である。所有者不明土地問題との一体的な対策推進も図っている 21。
国土交通省の多岐にわたる役割は、同省が日本の空き家戦略の主要な設計者であり推進役であることを示している。指針の策定、財政支援、モデル事業の推進 19 を重視するアプローチは、空き家問題の地域性を考慮し、直接的な中央集権的管理ではなく、地方自治体の主体的な取り組みを促し、支援するという戦略を反映している。ただし、このアプローチの有効性は、地方自治体が提供される支援を活用し、指針を適切に実行する能力と意欲に依存する。「不動産業による空き家対策推進プログラム」に見られるように、国土交通省は民間セクターの動員にも積極的であり、政府の努力だけでは不十分であるとの認識がうかがえる。
2. 総務省:統計調査、基本指針の共同策定
総務省は、主に「住宅・土地統計調査」を通じて空き家に関する基礎データを提供し、国土交通省と共同で「空家等に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための基本的な指針」(以下、「基本指針」という。)を策定するという形で空き家対策に関与している 1。
「住宅・土地統計調査」は5年ごとに実施され、空き家の総数、種類別内訳、地域分布などの重要な統計情報を提供し、政策立案の基礎となっている 3。基本指針は、空き家対策の方向性や国、地方公共団体の役割分担などを定めるものであり、両省の連名で告示される 7。また、空家法の施行状況に関する調査も国土交通省と共同で行うことがある 23。
総務省によるデータ提供は、空き家対策全体の基盤となるものであり、その統計調査が問題の規模や性質を定義し、政策の策定と評価に不可欠な情報を提供している。国土交通省との基本指針の共同策定は、この問題の複雑性に対する省庁横断的な認識を示しており、住宅・土地政策の専門知識(国土交通省)と地方行財政・統計の監督(総務省)という両輪が必要であることを裏付けている。政策が「管理不全空家」や「活用促進区域」のように、より対象を絞ったものになるにつれて、より詳細で地域に密着したデータの必要性が高まる可能性があり、総務省の調査手法の高度化や、国土交通省または市区町村による補足的なデータ収集努力が求められるかもしれない。
3. 省庁間連携
空き家対策は、国土交通省と総務省だけでなく、財務省(税制)、法務省(相続制度、登記制度)、内閣府(地方創生)など、複数の省庁が関わる複合的な課題である。効果的な政策推進のためには、これらの省庁間の緊密な連携が不可欠である。
例えば、相続登記の義務化(令和6年4月施行)は法務省の所管であり、所有者不明土地問題の発生予防に繋がり、空き家対策にも資する 21。固定資産税の特例除外措置の運用は、国税庁・税務署との連携が求められる 15。また、空き家の利活用を地方創生に結び付けるためには、内閣府地方創生推進事務局等との連携も考えられる。
「空き家対策と所有者不明土地等対策の一体的・総合的推進」に関する政策パッケージ 21 は、まさにこうした省庁横断的な取り組みの必要性を示している。空き家担当部局と土地担当部局の情報共有の効率化などが挙げられているが、これは省庁の壁を越えた連携が実務レベルで求められていることを意味する。「全国ニ地域居住等促進プラットフォーム(仮称)」のような、関係省庁、自治体、民間事業者が参画する場の提案 9 も、広範な連携体制構築の一環と捉えられる。
空き家問題の解決には「省庁一体」のアプローチが求められる。各省庁がそれぞれの専門分野で政策を推進しつつも、それらが有機的に連携し、相乗効果を生み出すような仕組み作りが重要である。所有者特定の困難さといった課題 13 は、しばしば複数の機関が保有するデータや権限を組み合わせることで解決の糸口が見えることもあり、省庁間の情報共有や共同作業体制の強化が、今後の政策効果を高める上で鍵となる。
B. 都道府県の役割:市区町村支援と広域的戦略
都道府県は、空き家対策において、国と市区町村を繋ぐ中間支援組織としての役割を担う。具体的には、管内の市区町村に対し、技術的助言、国の財政支援の窓口業務、広域的な連携調整といった必要な援助を行う 7。また、国の政策と整合性を図りつつ、各都道府県の実情に応じた広域的な空き家対策戦略を策定し、推進することも期待されている。
都道府県は、特に財政力や専門職員が不足しがちな小規模な市区町村にとって、重要なサポート役となる。専門知識の提供、研修機会の提供、市区町村間の情報共有の促進などを通じて、地域全体の対策レベルの底上げに貢献する。また、複数の市区町村にまたがる課題、例えば広域的な移住促進策と連携した空き家活用や、特定の産業と結びついた空き家再生プロジェクトなどを主導する役割も考えられる。
都道府県の積極性と能力が、管内における空き家対策の質と均一性に大きく影響する。強力なリーダーシップを発揮する都道府県は、国からの支援を効果的に活用し、市区町村を力強く後押しすることで、地域全体の空き家問題解決を加速させることができる。逆に、都道府県の関与が薄い場合、市区町村の取り組みに温度差が生じ、対策が手薄な地域が生じる可能性も否定できない。
C. 市区町村の役割:最前線での実行、計画策定、直接的介入
市区町村は、空き家対策の最前線に立つ実行主体である。空き家の実態把握調査、空家法に基づく「特定空家等」及び「管理不全空家等」の認定と所有者への指導・勧告・命令、地域の実情に応じた「空家等対策計画」の策定と推進、空き家バンクの運営、所有者からの相談対応など、具体的な対策のほとんどを担う 2。
東京都目黒区の例では、空き家に関する相談窓口を一元化し、福祉、建築、環境、防災など関係所管と連携するとともに、外部の専門家や関係団体とも協力して対策を進めている 15。また、所有者不明の空き家については、裁判所に財産管理人の選任を請求することも可能となっている 16。国土交通省も、市区町村に対し、相談者の立場に立った一元的な相談窓口の設置を推奨している 21。
日本の空き家対策全体の成否は、最終的には個々の市区町村の実行能力、利用可能な資源、そして政治的意思にかかっていると言っても過言ではない。国の法律や指針が枠組みを提供するものの、現場での具体的な対応は地方自治体の裁量に委ねられる部分が大きい。これには、問題のある物件の特定から、所有者との交渉、活用の促進に至るまで、多大な労力と専門知識(法律、建築、交渉術など)が必要となるが、これらの資源は自治体によって大きく異なる 6。特に、職員の専門性や人事異動による経験の蓄積の困難さは共通の課題として指摘されている 6。
都市部と過疎地域では空き家問題の様相も最適な解決策も異なるため、市区町村はそれぞれの状況に合わせて対策を調整する必要がある。このため、国や都道府県による継続的な支援(財政的、技術的、人材育成)が、特に小規模な自治体にとっては不可欠である。一部の自治体で見られる先進的な取り組み 24 は、しばしば地域のリーダーシップや強力な住民参加に支えられているが、これらが普遍的に存在するわけではない。2030年度末までに全ての市区町村が空家等対策計画を策定するという国の目標 26 は野心的であり、その達成には相当な支援が必要となるだろう。
V. 主要な政策手段とプログラム
A. 財政支援措置
1. 解体・改修・利活用に対する補助金(補助率・上限額の例示)
空き家の管理や再利用を所有者に促すため、国及び地方自治体は様々な財政支援策を講じている。特に、費用負担の大きい解体や利活用のための改修に対しては、各種補助金制度が設けられている。
国土交通省は「空き家対策総合支援事業」を通じて、空き家の除却や活用など総合的な対策に取り組む市区町村を支援しており、これが間接的に所有者への補助金原資となる場合がある 19。
地方自治体レベルでは、具体的な補助金制度が数多く存在する。以下にその一部を示す。
| 自治体名 | 事業名 | 補助率 | 上限額 | 対象 | 出典 |
| 北九州市 | 老朽空き家等除却促進事業 | 工事費用の1/3 | 30万円 | 解体 | 27 |
| 東京都杉並区 | 老朽危険家屋解体撤去補助金 | 工事費用の80% | 150万円 | 解体 | 27 |
| 大阪府 | 朽危険空家除却補助金 | 工事費用の80% | 40万円 | 解体 | 27 |
| 愛知県名古屋市 | 名古屋市老朽危険空家等除却費補助金 | 最大工事費用の2/3 | 80万円 | 解体 | 28 |
| 東京都荒川区 | 古い空き家住宅の解体費助成 | 解体費用の2/3 | 100万円 | 解体 | 28 |
| 愛知県犬山市 | 犬山市空き家等活用事業費補助金 | 改装費の1/2以内 | 50万円 | 改修 | 28 |
| 東京都 | 空き家家財整理・解体促進事業補助金 | 家財整理:1/2(上限5万円)、解体:1/2(上限10万円) | – | 家財整理・解体 | 26 |
| 東京都板橋区 | 老朽建築物等対策支援事業(除却費助成) | 接道あり:5/10(上限100万円)、接道なし:8/10(上限200万円) | – | 解体 | 26 |
| 東京都葛飾区 | 空き家適正管理助成制度 | 管理委託:1/2(上限2万円)、樹木剪定:1/2(上限1万円) | – | 管理委託・剪定 | 26 |
これらの例からも明らかなように、補助金の対象事業、補助率、上限額は自治体によって大きく異なる 26。これは、各自治体の財政状況、空き家問題の深刻度、政策的優先順位の違いを反映している。このため、空き家所有者は、所在する自治体の最新情報を確認することが不可欠である。
このような補助金制度の地域差は、所有者にとって不公平感を生じさせたり、対策の進捗に地域的な偏りを生じさせたりする可能性がある。一部の地域では手厚い支援が受けられる一方で、他の地域では支援が限定的であるという状況は、空き家問題の解決に向けた全国的な取り組みの足並みを乱す要因となり得る。国の包括的な支援事業(例:国土交通省の「空き家対策総合支援事業」19)は、一定の基準を示す上で重要であるが、全国どこでも公平な支援が受けられるようにするためには、地方自治体の積極的な取り組みと、それを支える国からの更なる財政的・技術的支援が求められる。
B. 税制上の優遇措置及びペナルティ
1. 相続空き家の譲渡所得の特別控除
相続によって取得した空き家の売却を促進するため、「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」が設けられている。これは、一定の要件を満たす相続空き家を売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度である 15。この特例の適用を受けるためには、空き家の所在地の市区町村から「被相続人居住用家屋等確認書」の交付を受ける必要がある 29。令和6年1月1日以降の譲渡については、譲渡の時から翌年の2月15日までに家屋を取り壊した場合も適用対象となるなど、制度の拡充も図られている 31。
この税制優遇は、相続が空き家発生の主要な原因の一つである(平成26年空家実態調査では、空き家取得経緯の52.3%が相続 23)という実態を踏まえたものである。相続人が空き家を売却する際の税負担を軽減することで、市場への流通を促すことを目的としている。しかし、この制度はあくまで経済的なインセンティブであり、所有者が空き家を手放さない非経済的な理由(先祖代々の家への愛着、仏壇の管理など 6)に対しては直接的な効果は限定的である。したがって、この特例は有効な手段の一つではあるものの、万能薬ではない。その効果は、相続人が主に経済的要因で意思決定を行う場合に最大化される。また、確認書の取得という行政手続きが必要となる点も留意すべきである。
2. 特定空家等・管理不全空家等に対する固定資産税の取扱い(III.D.と関連)
前述(III.D.)の通り、「特定空家等」または「管理不全空家等」として市区町村から勧告を受けると、住宅用地特例が解除され、固定資産税が大幅に増額される。これは、空き家を放置する所有者に対するペナルティとして機能する。
この譲渡所得の特別控除(アメ)と固定資産税の増額(ムチ)という二つの税制措置は、所有者に対して空き家問題への対応を促すための「アメとムチ」戦略を形成している。適切な管理や活用、あるいは売却といった行動を促し、放置という選択肢を経済的に不利にすることで、問題解決を加速させようという意図がうかがえる。この組み合わせは、所有者に対応の緊急性を認識させる効果が期待できる。しかし、経済的に困窮している所有者にとっては、物件改善の費用も増税分の支払いも困難である場合、結果としてさらなる放置や差押えといった事態を招く可能性も否定できない。このため、支援策との適切な組み合わせや、所有者の状況に応じた相談体制の充実が不可欠となる。また、この「ムチ」の効果は、市区町村による一貫した指導・勧告の実行力に左右される。
C. 流通・利活用の促進
1. 「空き家バンク」:国及び地方のシステム
「空き家バンク」は、空き家を売りたい・貸したい所有者と、空き家を買いたい・借りたい利用希望者をマッチングするための情報提供システムであり、主に地方自治体によって運営されている 19。登録された物件情報は、自治体のウェブサイトや窓口で公開される。近年では、国土交通省がLIFULL社やアットホーム社といった民間事業者と連携し、全国の自治体の空き家バンク情報を一元的に検索できる「全国版空き家・空き地バンク」も運用されている 9。
空き家バンクは空き家の流通を促進するための重要な情報インフラであるが、その効果は必ずしも十分とは言えない。所有者がそもそも登録に消極的であったり 6、登録物件の状態が悪かったり、利用希望者のニーズと合致しなかったりするケースが多い。また、自治体職員の専門知識不足や人事異動によるノウハウの断絶といった運営上の課題も指摘されている 6。自治体は交渉や契約には関与しないため 32、実際の取引成立には不動産業者の介在が不可欠となる場合が多い。
したがって、空き家バンクは必要ではあるが、それだけでは十分な解決策とはなり得ない。その効果を高めるためには、物件の質を向上させるための改修補助金、所有者へのカウンセリング、取引を円滑に進めるための専門家(不動産業者等)によるサポート、そして現実的な市場評価といった補完的な施策との連携が不可欠である。栃木県栃木市の空き家バンクが全国トップクラスの成約件数を達成している例 24 は、積極的な運営と他の支援策との組み合わせが成功の鍵であることを示唆している。
2. 「空家等管理活用支援法人」:役割、指定、活動
空家法に基づき、NPO法人、一般社団・財団法人、民間企業などが、市区町村長の指定を受けて「空家等管理活用支援法人」となることができる制度が設けられている 9。これらの法人は、空き家の所有者や市区町村に対し、空き家の管理や活用に関する相談対応、情報提供、具体的な管理・活用業務の実施といった支援を行うことを目的としている 16。2023年の法改正でその役割が強化され、国は施行後5年間で120法人の指定を目指すという数値目標を掲げている 16。
この制度は、しばしば人員や専門知識が不足しがちな市区町村の業務負担を軽減し、民間や非営利セクターの専門性や機動力を空き家対策に活かすことを狙いとしている。既に一部の地域では、支援法人(またはそれに類する団体)が相談業務や情報提供で実績を上げている例も見られる 35。国土交通省は、これらの法人の指定に関する手引きを作成し 21、モデル事業を通じて効果的な活用方法の検討も進めている 22。
これは官民連携の一形態であり、その成功は、明確な指定基準、支援法人の持続可能な活動資金の確保(公的助成が限られる場合)、市区町村による適切な監督、そして質の高いサービスを提供できる団体の育成にかかっている。「不動産業による空き家対策推進プログラム」10 の中で、不動産関係団体を支援法人として指定しやすくする環境整備が言及されていることは、特に不動産の専門家の関与を重視している表れと言える。
3. 「不動産業による空き家対策推進プログラム」
国土交通省は、不動産業界が空き家対策においてより積極的な役割を果たすことを目指し、「不動産業による空き家対策推進プログラム」を2024年6月に策定した 10。このプログラムは、低廉な空き家等(例:物件価格800万円以下)の売買や賃貸借に係る媒介報酬規制の見直し(上限額の引き上げ)、空き家管理受託のガイドライン策定、不動産業者向けの専門研修の充実、不動産DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進による業務効率化などを柱としている 9。
このプログラムの背景には、従来の不動産ビジネスモデルでは、手間がかかる割に収益性の低い空き家物件の取り扱いが敬遠されがちであったという認識がある。報酬体系の見直しや専門知識の付与を通じて、不動産業者が空き家市場に積極的に関与するインセンティブを高め、それによって空き家の流通促進と適切な管理を目指すものである。これが成功すれば、特に市場性があるにもかかわらずこれまで放置されてきた空き家の取引や管理が大きく進展する可能性がある。ただし、遠隔地や著しく過疎化した地域にある、そもそも市場価値の低い物件への効果は限定的かもしれない。プログラムの成否は、不動産業界が空き家に対応した新たなサービスモデルを開発し、積極的に展開する意欲にも左右されるだろう。
D. 対応困難案件への対処
1. 所有者不明空き家への措置と財産管理人の役割
所有者が不明、連絡不能、あるいは事実上放棄されている空き家は、最も管理が困難で問題が深刻化しやすい。こうしたケースに対応するため、市区町村長は、裁判所に対して財産管理人の選任を請求し、選任された管理人が当該空き家の管理や処分を行うことができる制度が強化されている 7。
これは、従来は法的な袋小路に陥りがちだった所有者不明の空き家に対し、行政が介入して解決を図るための重要な法的手段を提供するものである。さらに、令和3年の民法等改正により、相続登記の申請が義務化され(令和6年4月1日施行)21、将来的に所有者不明土地・建物が発生することを予防する措置も講じられている。国土交通省は、「空き家対策と所有者不明土地等対策の一体的・総合的推進」のための政策パッケージを提示し、関連ガイドラインも整備している 21。
これらの措置は、これまで手つかずだった最も困難な空き家問題に対処するための強力なツールを市区町村に与えるものである。しかし、財産管理人の選任を裁判所に請求するプロセスは、市区町村にとって時間と資源を要する可能性があり、また、実際に管理人として活動する意欲と能力のある個人や法人の確保も課題となる。相続登記義務化の徹底は、将来の新たな問題発生を抑制する上で長期的に極めて重要となる。
VI. 実施状況、課題、地域的側面
A. 進捗と成果:実施された施策の概要と初期の成果
空き家対策は、制度的枠組みの整備と具体的な措置の実施において一定の進捗を見せている。令和4年度末時点で、全国の市区町村の69%が空家等対策協議会を設置済みまたは設置予定である 7。空家法の施行状況に関する平成31年3月末時点の調査では、平成28年度から30年度までの3年間で、全体の44%にあたる761市区町村で何らかの対策が実施され、交付件数は合計19,234件に上った 23。ただし、このデータはやや古い。
一方で、全国に約800万戸(当時)ある空き家のうち、「特定空家等」として措置(除却等)されたのは5年間で約1.2万物件に留まっており、対策の規模が問題の大きさに追いついていないとの指摘もある 18。これは、「特定空家」への対応だけでは限界があることを示唆している。
2023年の法改正を受けて、国は新たな数値目標を設定した。施行後5年間で「空家等活用促進区域」を100区域、「空家等管理活用支援法人」を120法人指定し、市区町村の取り組みによって15万物件の「管理不全空家・特定空家」を管理・維持することを目指している 16。これらの目標は、特に予防的管理と活用促進の分野で、活動を大幅に強化しようとする意欲の表れである。一部の空家等管理活用支援法人(またはそれに類する団体)では、住民からの情報提供件数の増加や相談件数の実績が報告されており 35、新たな枠組みが機能し始めている兆候も見られる。
このように、制度構築や最も危険な「特定空家」への対応は進んでいるものの、問題全体の規模から見れば、これまでの介入は限定的であったと言わざるを得ない。2023年改正とそれに伴う数値目標は、より大きな規模とインパクトを目指す政府の新たな決意を示しており、これらの目標達成が今後の政策評価の重要な指標となるだろう。
B. 残存する課題
1. 所有者の特定とエンゲージメント
空き家対策を進める上での大きな障害の一つが、所有者の特定と、特定できた場合の所有者とのコミュニケーションである。特に所有者が遠隔地に居住していたり、相続が複雑に絡み合っていたりする場合、連絡を取ること自体が困難となる 6。また、所有者が判明しても、対策に消極的であったり、経済的・精神的な理由から行動を起こせなかったりするケースも少なくない。高齢の所有者が多く(約7割が60代以上 3)、問題の先送りが起こりやすい構造もある 3。空き家バンクへの登録が進まない背景には、先祖代々の土地家屋への愛着や、新たな入居者が地域の慣習を乱すことへの懸念といった、非経済的な要因も存在する 6。
この所有者特定とエンゲージメントの課題は、単なる行政手続き上の問題ではなく、日本の人口動態(高齢化、都市部への人口集中)や文化的背景(家意識)と深く結びついている。法的な権限強化だけでは解決が難しく、革新的なアウトリーチ手法、共感に基づいたコミュニケーション、そして所有者の多様な動機や制約に対応できるような解決策が求められる。自治体によっては、夜間訪問による通知や地域ネットワークの活用といった工夫も見られるが 38、より広範には、「住まいの終活」7 のような啓発活動や、相続・財産管理に関する専門的な相談サービスの充実が不可欠である。相続登記の義務化 21 は、将来的な所有者特定問題の軽減に寄与する長期的な構造改革と言える。
2. 所有者及び地方自治体の財政的制約
空き家の適切な維持管理、改修、あるいは解体には多額の費用が必要であり、これが所有者にとって大きな負担となっている 2。一方で、地方自治体も、特に財政状況の厳しい地域では、十分な補助金を提供したり、大規模な介入事業を実施したりするための予算確保が困難である 13。
この所有者と自治体の双方における財政的制約は、対策の根本的なボトルネックとなっている。たとえ法制度が強化されても、実行するための資金がなければ、空き家は放置され続ける可能性が高い。このため、国の財政支援の拡充はもちろんのこと、低コストでの管理手法の開発、段階的な改修計画の推進、地域住民による自主的な維持管理活動の支援、さらにはPPP/PFIといった民間資金活用手法の導入 40 など、革新的な資金調達モデルやコスト削減策の検討が重要となる。「不動産業による空き家対策推進プログラム」10 も、一部の空き家に対して専門的サービスをより利用しやすくすることを目指している。補助金制度 27 の効果も、実際の費用負担に対してどの程度十分な水準であるかに大きく左右される。
3. 空き家率及び政策対応能力の地域間格差
空き家問題は全国一律ではなく、地域によってその深刻度や様相が大きく異なる。特に地方の過疎地域では、都市部と比較して空き家率が高く、かつ対策を講じるための行政資源(人員、予算、専門知識)も乏しい場合が多い 3。
このような地域差は、画一的な国の政策だけでは対応が不十分であることを示している。効果的な解決策のためには、高度な地域適応性と、特に空き家率が高く資源の乏しい地域に対する国や都道府県からの重点的かつ差別化された支援が必要となる。例えば、「空家等活用促進区域」制度は、ある程度の経済的活力が残る地域では有効かもしれないが、過疎化が著しい地域では、管理された解体、集落の集約化、あるいは森林再生や再生可能エネルギー用地といった新たな土地利用への転換など、異なるアプローチが求められる可能性がある。「地方公共団体における空き家対策の実例集」38 のような形で、多様な地域の取り組み事例を共有することは、地域ごとの最適な解決策を見出す上で有益である。
C. 注目すべき地方自治体の取り組み事例
全国の地方自治体の中には、国の制度を活用しつつ、地域の実情に合わせた独自の工夫を凝らし、空き家対策で成果を上げている事例が見られる。これらの事例は、他の自治体にとって貴重な示唆を与える。
- 栃木県栃木市:空き家バンク制度を積極的に活用し、全国でも有数の成約件数を達成している 24。
- 徳島県神山町:サテライトオフィス誘致など移住交流促進策と空き家改修を連動させ、地域創生に繋げている 24。
- 長野県下諏訪町:職人を誘致し、空き家を工房兼住居として活用することで、地域の魅力向上と空き家再生を両立させている 24。
- 鳥取県米子市:固定資産税の納税通知書に啓発チラシを同封し、所有者の意識向上と相談窓口への誘導を図っている 24。
- 岐阜県高山市:観光施設に近接する空き家を取得・改修し、伝統文化発信拠点として整備、まちの回遊性向上に貢献している 25。
- 岐阜県郡上市:第三セクターが空き家を借り上げ、賃貸住宅やゲストハウスとして運営し、収益を次の空き家改修費用に充てる循環型モデルを構築している 25。
- 香川県宇多津町:相談体制の充実、専門家によるセミナー開催、マッチングシステムの高度化など、総合的な対策を推進している 13。
- 長野県木曽町:町民課が移住・定住、町営住宅、空き家対策の窓口を一元化し、移住希望者へのワンストップサービスを提供している 38。
- 千葉県香取市:民間サービスを活用し、空き家の通報をオンラインで受け付け、職員の業務負担軽減を図っている 38。
これらの成功事例に共通して見られるのは、地域住民やNPO、企業、教育機関といった多様な主体との連携・協働、そして国の制度を地域の実情に合わせて創造的に活用する姿勢である。トップダウンの施策だけでなく、こうしたボトムアップの取り組みが、持続可能で地域に根差した空き家問題の解決には不可欠である。
VII. 政策目標、評価、今後の展望
A. 国が掲げる政策目標(数値目標を含む)
日本政府は、空き家対策に関して具体的な政策目標を設定し、その達成に向けて取り組んでいる。特に2023年の空家法改正に伴い、今後5年間の数値目標が明確に示された 16。
- 空家等活用促進区域の数:施行後5年間で100区域設置
- 空家等管理活用支援法人の指定数:施行後5年間で120法人指定
- 市区町村の取り組みによって管理・維持された管理不全空家・特定空家の数:施行後5年間で15万物件
これらの数値目標は、より成果志向の政策アプローチへの転換を示している。進捗を測定し、関係機関の責任を明確化するためのベンチマークとなる。ただし、問題の規模や利用可能な資源との比較において、これらの目標の野心度や実現可能性は引き続き注視が必要である。
より長期的な目標としては、政府の「住生活基本計画」において、空き家戸数を約400万戸程度に抑制するという数値が示されている 12。しかし、2023年時点で空き家総数が900万戸、「その他の空き家」だけでも385万戸に達している現状 3 を踏まえると、この目標達成は極めて困難であり、特定の空き家類型を対象としているか、あるいは非常に長期的な視点に立った目標である可能性が高い。東京都では、2030年度末までに全区市町村が空家等対策計画を策定するという政策指標も掲げられている 26。
B. 政策の継続的評価と適応
空き家対策は、一度策定したら終わりではなく、継続的なモニタリングと評価に基づき、必要に応じて戦略を適応させていく必要がある。国土交通省や総務省は、空家法の施行状況に関する調査を定期的に実施し、政策効果の把握に努めている 23。また、国土交通省の「空き家対策モデル事業」22 は、NPOや民間事業者による創意工夫ある取り組みを支援し、その成果を全国に展開することを目指しており、これは実質的な実証実験と学習のプロセスと言える。
2023年の法改正後、その効果に関する包括的な公式評価報告は本稿執筆時点では確認されていないが 42、関連業界(例:不動産業界)からのフィードバックや課題認識が、新たなプログラム(例:「不動産業による空き家対策推進プログラム」10)の策定に繋がるなど、政策が現場の状況に応じて調整されている様子はうかがえる。
一方で、改正空家法の認知度が不動産会社の間で低い(都内では30%未満など)という調査結果 43 は、政策立案とその現場への浸透との間にギャップが存在することを示しており、効果的な実施のためには広報・啓発活動の強化が急務である。政策の有効性を高めるためには、こうした継続的な評価と、それに基づく迅速な軌道修正、そして関係者への確実な情報伝達が不可欠である。
C. 新たな動向とアプローチ
1. 空き家管理・情報提供におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用
空き家対策の効率化と効果向上を目指し、デジタル技術の活用が進められている。具体的には、空き家の実態調査、データベース管理、空き家バンクの運営、国民への情報提供など、多岐にわたる分野でDXが推進されている。国土交通省は、不動産取引のオンライン化や不動産IDの整備といった「不動産DX」を推進し、業務効率化と担い手確保を目指している 9。
地方自治体レベルでも、民間サービスを活用して空き家のオンライン通報システムを導入し、職員の負担を軽減する事例 38 や、GIS(地理情報システム)やAIを活用して空き家バンクのマッチング精度を向上させる提案 44 などが見られる。
DXの推進は、特に人手不足に悩む地方自治体の業務効率を改善し、所有者や利用希望者にとっての利便性を高める上で重要な鍵となる。ただし、技術導入だけでなく、データ標準化(例:不動産ID)や職員のデジタルリテラシー向上といった基盤整備も並行して進める必要がある。
2. コミュニティ主導の取り組みとNPOの関与強化
空き家対策においては、行政の取り組みだけでは限界があり、地域住民、NPO、ボランティア団体といった多様な主体との連携・協働がますます重要視されている。これらの組織は、行政にはない地域の実情に関する深い知識、住民との信頼関係、活動の柔軟性といった強みを持っている場合が多い。
多くの成功事例で、地域団体やNPO、学生などが重要な役割を果たしていることが確認されている(VI.C.参照)。「空家等管理活用支援法人」制度も、NPOなどを指定対象とすることで、その活動を公的に後押しするものである 34。国土交通省のモデル事業でも、NPOや住民組織が主体となる取り組みが数多く採択されている 22。
今後は、こうした官民連携プラットフォームの構築 44 や、コミュニティ主導の活動に対する財政的・技術的支援が一層強化されることが予想される。これは、日本のまちづくりにおける参加型ガバナンスへの大きな流れとも合致する。
3. 将来の空き家発生予防のための「住まいの終活」の推進
空き家問題の根本的な解決のためには、新たな空き家を発生させないための予防策が不可欠である。その一つとして、「住まいの終活」という考え方が提唱されている。これは、特に高齢者層に対し、自身の住まいの将来について早期に計画を立て、相続や管理不能といった事態に備えることを促すものである 7。
国土交通省も、親子で家の将来について話し合い、空き家になった場合は早期に対応することの重要性を啓発している 8。これは、所有者の意識改革と自主的な行動を促すソフトな政策アプローチであり、その効果は長期的に現れるものである。相続が空き家発生の大きな要因であること 23 を踏まえれば、この「住まいの終活」の普及は、将来の空き家ストックを抑制する上で極めて重要な意味を持つ。福祉サービス、法律専門家(遺言・相続)、ファイナンシャルプランナーなどとの連携も視野に入れた総合的な支援体制の構築が望まれる。
VIII. 結論
日本における空き家問題は、人口構造の変化や社会経済状況を背景に、依然として深刻な課題であり続けている。これに対し、日本政府は「空家等対策の推進に関する特別措置法」を軸に、法整備、財政支援、税制措置、情報提供基盤の整備など、多岐にわたる対策を講じてきた。特に2023年の法改正は、従来の「特定空家」への対処に加え、「管理不全空家」という予防的段階での介入や、「空家等活用促進区域」による積極的な利活用促進を導入するなど、対策の質的転換を図るものであった。
国、都道府県、市区町村がそれぞれの役割を担い、連携して対策を進める多層的なガバナンス構造が構築されているが、その実効性は、特に最前線である市区町村の実行能力や財政力に大きく左右される。所有者の特定とエンゲージメントの困難さ、所有者および自治体の財政的制約、そして空き家問題の地域間格差は、依然として大きな課題として残されている。
しかし、デジタルトランスフォーメーションの活用、NPOや地域コミュニティとの連携強化、そして「住まいの終活」のような発生予防策の推進など、新たなアプローチも積極的に模索されている。これらの取り組みは、空き家対策が、単なる問題物件の処理から、地域資源の再評価と持続可能な地域社会の構築へと視野を広げていることを示している。
日本の空き家対策は、規制強化とインセンティブ付与、市場メカニズムの活用とコミュニティ主導の取り組み、そして事後対処と発生予防という、多様な要素を組み合わせた動的かつ進化するシステムである。その成功は、これらの要素が効果的に統合され、現場の状況や新たな課題に応じて柔軟に適応していく能力にかかっている。空き家問題の解決は、一朝一夕に達成できるものではなく、全てのステークホルダーによる持続的かつ協調的な努力が求められる長期的な挑戦である。今後の政策展開においては、これまでの成果と課題を真摯に評価し、より実効性の高い施策へと不断の改善を重ねていくことが不可欠である。
引用文献
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- 2043年には空き家率が25%に⁉国交省が不動産会社に対して進める対策とは? https://owners-style.net/article/detail/147929/
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- 【23年12月】空家措置法の改正法が施行|変更点や対応を解説 … https://www.zennichi.or.jp/column/202312-akiya-kaiseiho/
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- 空き家で利用できる補助金は?除却・改修・取得で使える制度を解説! – 空家ベース https://sora-ie.jp/investment/subsidy/
- 【2024年版】空き家の解体に使える補助金は? https://hojyokin-concierge.com/media/2024/11/20/akiya_kaitai_hojyokin
- 【被相続人居住用家屋等確認書とは】申請時の必要書類と取得方法 – OAG税理士法人 https://www.oag-tax.co.jp/souzokuzei/column/confirmation_document_for_inherited_unoccupied_house-7299/
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- マンション標準管理規約の見直しについて検討します … – 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/report/press/house03_hh_000184.html
- 空き家に関する調査レポート2023(いえらぶGROUP) 不動産会社向けお役立ちブログ https://ielove-cloud.jp/blog/entry-04754/
- 空き家・空き店舗活用支援 – 行政情報ポータル https://ai-government-portal.com/%E7%A9%BA%E3%81%8D%E5%AE%B6%E3%83%BB%E7%A9%BA%E3%81%8D%E5%BA%97%E8%88%97%E6%B4%BB%E7%94%A8%E6%94%AF%E6%8F%B4/



