
序章:不可避な未来の直視—人口減少フェーズにおける国家戦略の再定義
日本の人口動態は、歴史的な転換点に立たされている。2025年(令和7年)1月時点の概算値として、日本の総人口は1億2359万人と推計され、前年比で56万人の減少が報告されている 1。この年間56万人という減少幅は、毎年、中核市が一つ消滅し続けるに等しいインパクトを持つ。人口減少はもはや「将来の予測」ではなく、既に対応を迫られる「差し迫った現実」である。
この深刻な事態に対処するため、本レポートは、人口減少対策を二つの異なる戦略的柱に基づいて分析する。第一は「減少の緩和」であり、これは主に出生率の反転と次世代育成を目指す長期的な施策群である。第二は「減少への適応」であり、これは既に確定的な未来である生産年齢人口の減少を前提とし、社会経済システムそのものを再構築(リデザイン)する現実的な施策群である。
これまでの政策議論は「少子化対策」(緩和)に重点が置かれがちであった。しかし、現在の労働力不足は、20年以上前の出生数によって既に決定されている。したがって、国家の持続可能性とレジリエンスは、「適応」戦略の成否に大きく依存している。「適応」は「緩和」の失敗を意味するものではなく、現実を直視した上での第二の戦略的戦線である。
本レポートは、この二元的アプローチに基づき、4つの主要なステークホルダー(①国家(政府)、②地方自治体、③企業、④個人)が、それぞれの責務において取るべき具体的対策を、その相互依存関係とともに詳述する。
第1部:国家(政府)の責務:マクロ環境の設計とセーフティネットの再構築
政府の責務は、個々の主体が単独では対応不可能な「ルール(制度)」と「マクロ環境(経済・労働市場)」を国家レベルで設計し直すことにある。具体的には、政策の「司令塔」を確立し、「緩和」(少子化対策)と「適応」(労働力確保)の両面において、大規模な投資と抜本的な制度改革を断行することである。
1.1. 司令塔の設置と政策の統合:省庁の壁を超克するガバナンス
人口減少問題は、その裾野があまりにも広いため、従来、複数の省庁に政策がまたがり、全体最適の欠如や施策の断片化(サイロ化)が深刻な課題であった 2。例えば、少子化対策はこども家庭庁 3、労働力確保は厚生労働省 4、外国人材は出入国在留管理庁 5、地域活性化は総務省 2 がそれぞれ担当し、政策の連携が必ずしも十分ではなかった。
このガバナンスの不全を解消するため、政府は2025年11月中にも、首相をトップとする「人口戦略本部」(仮称)を新設する方針を固めている 2。この本部は、省庁横断的な政策を統括する司令塔として機能し、首相の指示の下でこども家庭庁や総務省などが具体策を検討する体制を構築する 2。
ただし、この司令塔機能の確立には、新たな課題も存在する。高市(仮称)内閣は、この「人口戦略本部」 7 とは別に、経済政策の柱として「日本成長戦略本部」を新設し、危機管理投資やAI・半導体分野への投資を推進している 9。さらに、文部科学省内には「人材育成システム改革推進タスクフォース」が設置され、大学改革やリスキリングのビジョン策定を進めている 10。
これら3つの「本部」および「タスクフォース」は、すべて人口問題(=経済成長の基盤、=人材育成)と密接に関連している。したがって、「人口戦略本部」 2 が真に司令塔として機能するためには、単に新設されるだけでなく、経済政策を担う「成長戦略本部」 9 や、教育・リスキリングを担う「人材育成タスクフォース」 10 と競合するのではなく、それらのアジェンダを「人口戦略」の文脈で統合し、主導するだけの強力な政治的権限と調整能力を発揮できるかが問われる。司令塔の乱立が、かえって政策の渋滞を招くリスクは回避されねばならない。
1.2. 対策(1)「減少の緩和」:こども・子育て支援加速化プランの徹底実行
「減少の緩和」戦略の中核を成すのが、こども家庭庁が主導し、2025年4月から本格始動する「こども・子育て支援加速化プラン」である 3。これは、従来の福祉的支援の枠組みを超え、未来への「国家投資」として子育て支援を位置づけ直すものである。
同プランは、①若い世代の所得向上と経済的支援、②すべてのこども・子育て世帯への支援、③共働き・共育ての推進、④意識改革、の4つの柱で構成される 3。特に2025年度から本格化する主要施策は、以下の通りである 3。
表1:こども・子育て支援加速化プラン 主要施策一覧(2025年度本格始動)
| 施策分野 | 主要施策名 | 内容 | 開始時期 | 関連S_ID |
| ①経済支援 | 児童手当の抜本的拡充 | 所得制限撤廃、高校生まで延長、第3子3万円 | 2024年10月分〜 | 3 |
| 高等教育支援(多子世帯) | 3人以上扶養で大学授業料等無償化(所得制限なし) | 2025年度〜 | 3 | |
| 妊婦への経済的支援 | 妊娠・出産時に計10万円相当の支援給付 | 2025年度〜 | 3 | |
| ②現物・サービス | こども誰でも通園制度 | 就労要件問わず、時間単位で保育利用可 | 2025年度〜(順次) | 3 |
| 保育士配置基準の改善 | 1歳児:6対1 → 5対1 | 2025年度〜 | 3 | |
| ③働き方改革 | 出生後休業支援給付 | 両親が14日以上の育休取得で手取り10割相当(最大28日) | 2025年4月〜 | 3 |
| 育児時短就業給付 | 2歳未満で時短勤務時、賃金の10%を給付 | 2025年4月〜 | 3 | |
| 柔軟な働き方の義務化 | 3歳~就学前の子を持つ労働者に対し、テレワークや時短等を選択・措置 | 2025年10月〜 | 3 |
このプランの核心は、児童手当のような「現金給付」の拡充(上記①)に留まらない点にある。真に注目すべきは、上記③の「共働き・共育ての推進」に組み込まれた、精緻な金融インセンティブである 3。
「出生後休業支援給付」(両親が14日以上育休取得で手取り10割相当)や「育児時短就業給付」(時短勤務者の賃金10%補填)は、単なる育休支援ではない。これらは、「男性が育児に参加し(政府目標:民間85% 3)、女性がキャリアを中断せずに時短で働き続ける」という特定の家庭モデルを、国家が強力な金融インセンティブを用いて積極的に設計・誘導しようとする、強い意志の表れである。
この政府戦略(第1部)の成功は、政府自身では完結しない。それは、第3部で後述する「企業」が、これらの制度(育休、時短)を単なるコストではなく、人的資本投資として受け入れ、職場の意識改革(3)を断行すること、そして第4部の「個人」(特に男性)が、取得をためらわない意識を持つこと、この三位一体の改革に依存している。政府の施策は、残る2つの主体の変革を促す「触媒」として機能することが期待されている。
1.3. 対策(2)「減少への適応」:労働力人口の確保
仮に出生率が奇跡的にV字回復したとしても、今後30年間の生産年齢人口の減少は不可避である。したがって、政府の「適応」策は、国内の潜在的労働力を最大限活用することと、国外からの労働力を計画的に受け入れること、の二方面作戦となる。
A. 国内労働力の最大化(潜在労働力の掘り起こし)
国内に残された潜在的労働力は、主に「高齢者」と「女性」である。政府は、65歳以降の定年延長や継続雇用制度を導入する企業に対し「65歳超雇用推進助成金」を支給する 4 ほか、全国のハローワークに「生涯現役支援窓口」を設置し、65歳以上の高齢求職者の再就職を重点的に支援している 4。また、女性の活躍推進に関しても、企業の取り組みを支援している 4(前節の「共働き推進」3 もこれに該当する)。
B. 外国人材政策の歴史的転換:「育成就労制度」の創設
適応戦略のもう一つの柱は、外国人材の受け入れである。1993年に創設された「技能実習制度」は、「国際貢献」という建前(技能移転)と、「安価な労働力の確保」という実態の乖離が長らく指摘されてきた 11。人権上の問題や失踪者の多発など、制度疲労は限界に達しており、国際的な批判も招いていた。
この状況を抜本的に見直すため、政府は歴史的転換に踏み切った。2027年4月1日をもって技能実習制度を廃止し、同日から「育成就労制度」を施行する 5。
新制度の最大の変更点は、制度目的を「国際貢献」から、明確に「人材育成と人材確保」へと転換することである 11。これにより、受け入れの仕組みが大きく変貌する。
表2:「技能実習」から「育成就労」への主要制度比較
| 比較項目 | 技能実習制度(~2027年3月) | 育成就労制度(2027年4月~) | 関連S_ID |
| 制度目的 | 技能移転による国際貢献(建前) | 人材育成と人材確保(実態) | 11 |
| 対象分野 | 90職種165作業(細かく限定的) | 特定産業分野(特定技能と連動し、幅広い) | 11 |
| 転籍(転職) | 原則不可(人権問題・失踪の温床) | 一定の制限下で可能(※後述) | 12 |
| キャリアパス | 特定技能への移行が複雑・分断 | 特定技能へのシームレスな移行を前提に設計 | 13 |
この新制度は、労働力不足に悩む企業(特に介護 5、建設、農業など 11)にとって朗報である一方、その制度設計には、国内の利害調整の「妥協」と「矛盾」が内包されている。
新制度は、技能実習制度の最大の問題点であった「転籍(転職)の原則不可」を改め、労働者の権利保護とキャリアアップの自由を認める方向にかじを切った。しかし、政府が公表した方針案では、対象となる8つの産業分野において、就労開始から2年間は転籍を制限する仕組みが盛り込まれている 12。
これは、労働者の「移動の自由」を求める声と、中小企業の「人材投資を回収するまで(=少なくとも2年間は)囲い込みたい」という相反する要求に対する、政治的妥協の産物である。
この「制限付きの自由」は、新制度の最大のアキレス腱となり得る。企業側は「2年経ったら育成した人材が賃金の高い都市部へ流出してしまう」と不安を抱き、育成投資をためらう可能性がある。労働者側は「2年間は拘束される」という不満を持ち、結局は旧制度の二の舞になるリスクも否定できない。政府の「適応」策は、産業界の短期的な要求と、国家の長期的な(人権に配慮した)人材確保戦略との間の困難な綱引きであり、12 が示す「転籍制限」はその最前線を示している。
第2部:地方自治体の責務:「縮小」局面における持続可能な地域モデルの構築
人口減少の影響は、全国一律ではない。特に地方や過疎地域において、その影響はより深刻かつ急速に現れる。地方自治体の責務は、人口増加と経済成長を前提とした20世紀型の行政モデル(インフラの拡大、公共サービスの均一な提供)を清算し、「縮小」を前提とした効率的かつ魅力的な地域モデルへと、地域構造そのものを移行させることである。
2.1. 都市構造の再設計:「コンパクトシティ」戦略の隘路と活路
人口減少と高齢化が同時に進行すると、過去の成長期に郊外へと拡散した市街地(スプロール化)のインフラ(道路、上下水道、学校、病院など)を維持・更新することが、自治体の財政力を超えて不可能になる 14。また、拡散した居住地は、自動車を運転できなくなった高齢者の移動負担を増大させ、社会的な孤立を招く 14。
この課題への処方箋として、100を超える自治体 15 が推進しているのが「コンパクトシティ」構想である。これは、都市機能(居住、医療、商業、行政)を特定のエリア(多くは中心市街地や公共交通沿線)に集約し、行政サービスと公共交通を効率化することで、持続可能なまちづくりを目指すものである 14。
しかし、この戦略は理想と現実のギャップに直面している。青森市や富山市といった先進的に取り組んできた都市 15 においても、公共交通(LRTなど)の整備は進んだものの、戦略の核心である「居住の集約」が思うように進んでいないのが実態である 15。
なぜ「居住の集約」は進まないのか。それは、行政側が提示する「効率性の論理」と、住民側が持つ「生活の選好」との間に深刻なミスマッチが存在するためである。
第一に、富山市の事例 16 が示すように、中心市街地が、車社会を前提とした郊外の大型商業施設や居住環境と競合できるだけの「魅力」を持てていない。
第二に、住民の意識の問題がある。弘前市の調査 17 では、市民は「集約された方が便利だ」と理屈では賛同している。しかし、四国山地の過疎地・大豊町の事例 18 では、高齢者は、家族の近くに転居するよりも、「自分の畑(土地)」との繋がりや、そこで畑仕事をしながら生活するライフスタイルそのものを重視する傾向が見られた。
富山市 16 や青森市 15 の初期のコンパクトシティ戦略は、LRTの導入 15 など、インフラ整備(ハード)からアプローチしたが、住民のライフスタイル(車依存、土地への愛着)を根底から変えるには至らなかった。今後の自治体の戦略は、インフラ(ハード)の整備に留まらず、「それでも中心市街地に住みたい」と住民に思わせる魅力的なコンテンツ(質の高い医療、教育、文化、コミュニティ)の集約(ソフト)へと軸足を移さなければならない。行政による強制的な集約は不可能であり、魅力による住民の自発的な誘導こそが、唯一の活路である。
2.2. 過疎地における公共サービスの維持と効率化(適応戦略)
人口密度が極度に低下する過疎地においては、課題は「集約」以前の「維持」にある。「全ての集落に従来の公共サービス(医療、交通、行政窓口)を」という20世紀型のモデルは、物理的にも財政的にも維持不可能である 19。
ここでの自治体の戦略は、「撤退戦」ではなく、テクノロジーと広域連携による「再編戦」である。具体的な対策は、「固定されたサービス」から「柔軟で移動可能なサービス」への転換である 19。
- 医療・健康: 従来の病院への「来訪」を前提とせず、テクノロジーを活用した「遠隔医療」や「オンライン診療」「リモートモニタリング」を導入し、アクセスを確保する 19。
- 交通(モビリティ): 定時定路線(利用者減少で維持困難)から、需要に応じた「オンデマンド交通システム」や「コミュニティバス」、住民による「シェアライド」といった柔軟な手段へ移行する 19。
- 行政サービス: 物理的な「窓口」の負担を減らすため、行政手続きのデジタル化(オンライン化)を推進する 19。また、複数の行政サービスを一つの施設で提供する「ワンストップサービス」や、「移動式サービス(移動市役所)」を導入する 19。
- 広域連携: 単独の自治体で維持できないサービス(特に医療や消防)は、近隣の自治体と協力し、広域で提供する仕組みを構築する 19。
これら 19 が描く未来(遠隔医療、オンデマンド交通、オンライン行政)は、すべて高度なデジタル技術(ICT)の活用を前提としている。しかし、多くの自治体、特に過疎地の小規模自治体には、それを実行・維持するための「DX(デジタル・トランスフォーメーション)人材」が絶望的に不足している。
ここで、19(過疎地の課題)の解決策として、20(自治体DXの事例)が機能する。福島県(全59市町村へのICTアドバイザー派遣)、愛媛県・大阪府(高度デジタル人材のシェアリング事業)といった取り組み 20 は、単なる業務効率化ではなく、19 で求められる公共サービスを維持するための「武器」を、人材のいない自治体に提供するものである。
過疎地の自治体にとって、DX 20 と広域連携 19 は、もはや「努力目標」ではない。それは、住民の生活を守るための公共サービス再編を実行し、地域として存続するための、必須の「生存戦略」である。
2.3. 地方創生の新機軸:神山プロジェクトに学ぶ「逆説的」アプローチ
効率化や集約化を目指す「適応」モデルとは異なるアプローチで、人口減少に歯止めをかけた事例が、徳島県神山町である 21。
神山町の取り組みは二段階で進化した 21。第一段階は1999年に始まった「アーティスト・イン・レジデンス」であり、国内外の芸術家を現地に招聘し、滞在制作を支援した 21。これにより、神山町は「アートの町」としての認知を得た。第二段階は、この成功を受け、「アート」から「ワーク」へとコンセプトを拡大し、IT企業のサテライトオフィス誘致などに乗り出したことである 21。これらの施策が成功し、移住者や移転企業が大幅に増加。結果として2011年には、転入者が転出者を上回る「社会増」を実現した 21。
神山プロジェクト 21 の成功要因を分析すると、多くの自治体が陥る「人口増加」や「企業誘致」そのものを目的とし、補助金合戦を繰り広げる戦略とは一線を画していたことがわかる。神山プロジェクトの最大の成功要因は、「人口の増加」ではなく、「素敵な故郷作り」を目的としたことである 21。
これは、地方創生における極めて重要な原則を示唆している。すなわち、「人口」は、その地域が持つ「独自の魅力(生活の質、文化、コミュニティ)」の結果としてついてくる、ということである。前節の「コンパクトシティ」 14 が、既存の都市基盤を集約し効率化を目指す「適応」モデルだとすれば、神山町 21 は、独自の魅力を創造・発信することで、新たな「関係人口」や「定住人口」を惹きつける「創造」モデルである。すべての自治体が神山町になれるわけではないが、この「目的と手段の逆転」(=住民や来訪者のQOLの徹底的な追求)こそが、他の自治体が学ぶべき核心的な戦略であろう。
第3部:企業(民間)の責務:生産性の向上と事業継続性の確保
人口減少は、企業経営に対して「労働力不足(供給側)」と「国内市場の縮小(需要側)」という二重の試練を突きつける。この環境下で企業が持続的に成長するための責務は、テクノロジー活用による徹底した生産性革命、多様な人材が働き続けられる環境整備(人的資本経営)、そして地域経済の基盤である事業の「承継」である。
3.1. 人手不足への直接的対応:DX、AI、自動化の徹底活用
労働力人口の減少が不可逆的に進む中、従来の労働集約型(人海戦術)のビジネスモデルは早晩破綻する 22。企業が取り得る最も直接的な対策は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、AI(人工知能)、自動化技術を徹底的に活用し、少ない人員で高い生産性を上げる体制へ移行することである 22。
AIの活用は、もはや一部の先進企業のものではなく、人手不足が深刻なあらゆる業種での必須手段となりつつある 22。
- 製造・物流: AIによる画像認識を用いた「品質検査(不良品自動検出)」、AIが最適な配送ルートを計算する「物流最適化」 22。
- バックオフィス: AI-OCR(光学文字認識)とRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を組み合わせた「経理業務(請求処理)の効率化」 22。
- 顧客対応・サービス: 問い合わせを自動化する「AIチャットボット」、注文やレジ業務を自動化する「接客支援AI」 22。
これらの技術導入は、単なる「省人化(コスト削減)」に留まらない。AIが単純作業やルーティン作業を代替することで、従業員はより創造的な業務や高度なコミュニケーションが求められるタスクに集中できるようになる 22。
この点は、企業のDX戦略(第3.1節)が、政府の「リスキリング」政策(第1.3節、23)および個人の「リスキリング」(第4.1節、24)と表裏一体の関係にあることを示している。例えば、AIチャットボット 22 を導入した企業では、従来のオペレーターは不要になるのではなく、その役割が「AIでは対応できない高度なクレーム処理担当」や「AIの対話ログを分析しサービス改善につなげるマーケター」へと高度化する。したがって、AIを導入する企業(第3部)の責務は、AIを導入するだけでなく、それによって仕事の定義が変わる従業員に対し、企業主導でリスキリングの機会を提供すること 24 である。
3.2. 多様な人材の確保と定着(人的資本経営)
労働力が希少化する「売り手市場」においては、新規採用のハードルが上がる一方、既存社員の「定着(リテンション)」が、企業経営における最重要課題となる。
この課題に対し、企業が取るべき対策は、多様な人材が長期的に働き続けられる環境を整備する「人的資本経営」の推進である。
第一に、育児や介護と仕事を両立できる柔軟な制度の拡充が求められる 25。これは、第1部で述べた政府の「こども・子育て支援加速化プラン」 3(育児時短就業給付や出生後休業支援給付など)を、企業側で実効性のある制度として受け入れる体制を構築することに他ならない。
第二に、高齢者(4 の生涯現役支援)、女性(4 の活躍推進)、外国人材(5 の育成就労制度)など、多様な労働力を積極的に活用し、戦力化する人事制度の改革が必要である。
これまでの「働き方改革」が、残業規制など「守り」のコンプライアンス対応の側面が強かったとすれば、人口減少下におけるHR戦略は、優秀な人材を惹きつけ、定着させるための「攻め」の経営戦略である。政府の「共働き推進」 3 を先取りし、25 に見られるような手厚い両立支援制度を整備する企業は、採用市場における明確な競争優位を得ることができる。同様に、24 が示すように「社員の学習も仕事のうち」と考え、リスキリングに積極的に投資する企業は、社員のエンゲージメントと生産性の両方を高めることが可能となる。
3.3. 地域経済の存続:中小企業の事業承継問題
人口減少は、労働力不足と並行して、経営者の高齢化と「後継者不足」という形で地域経済の存続を脅かしている。帝国データバンクの調査によれば、全国平均の後継者不在率は依然として50%を超えており、地方に限定すればこの数字はさらに高まる傾向にある 26。
優れた技術力や地域雇用を維持している黒字の中小企業が、「後継者がいない」という理由だけで廃業に追い込まれれば、その地域経済(サプライチェーン、雇用、コミュニティ)は壊滅的な打撃を受ける。
この課題に対し、従来型の「親族内承継」が困難になる中、「従業員承継」や「M&A(第三者承継)」が現実的な選択肢として急速に普及している 26。政府もこの問題を「地域経済の存続に関わる重大な社会課題」 26 と捉え、支援を強化している。具体的には、事業引継ぎ支援センターなどが、金融機関等と連携して潜在的な承継ニーズを掘り起こす「プッシュ型事業承継診断」を推進しており、令和5年度には約23万件の診断が実施された 27。
さらに、承継を金銭的に後押しする公的支援制度も充実している。特に重要なのが「税制」と「補助金」であり、これらは2025年から2026年にかけて重要な期限を迎える。
表3:中小企業向け「事業承継支援ツールキット」(2025-2026年)
| 支援策 | 支援の概要 | 主な対象と支援内容 | 重要事項・期限 | 関連S_ID |
| ① 税制 | 法人版事業承継税制(特例措置) | 非上場株式の承継(贈与・相続)に係る税を100%猶予・免除 | 適用期限:2026年3月31日までに特例承継計画の提出が必要 | 28 |
| ② 補助金 | 事業承継・引継ぎ補助金(事業承継促進枠) | 親族内・従業員承継。後継者が行う生産性向上のための設備投資等 | 2025年度公募実施(例:上限800~1000万円、補助率1/2等) | 29 |
| ③ 補助金 | 同(PMI専門家活用類型) | 第三者承継(M&A)後。円滑なPMI実施のための専門家費用等 | 2025年度公募実施(例:上限150万円、補助率1/2) | 29 |
この支援ツールキットの中で、企業経営者が今、最も強く認識すべきは、28 が示す「2026年3月の時限爆弾」である。非上場株式に係る相続税・贈与税の納税が実質ゼロになる、極めて強力な「特例措置」の適用期限(=特例承継計画の都道府県への提出期限)が、2026年3月31日に迫っている。
この期限までに計画を提出しなければ、莫大な税負担が発生し、承継(特に親族内・従業員承継)が事実上不可能になるケースが続出しかねない。プッシュ型診断 27 や各種補助金 29 は、すべてこの「2026年の崖」を回避し、中小企業に承継を決断させるための支援策である。企業の責務は、このデッドラインを正確に認識し、今すぐ行動(専門家への相談、承継計画の策定)を起こすことである。
第4部:個人(国民・住民)の責務:自律的なキャリアと生活の設計
人口減少社会は、経済成長の鈍化、社会保障制度への圧力、そして「国や会社に依存すれば安泰」という20世紀型の生き方の終焉を意味する 23。この新しい時代において、個人の責務は、自らの「キャリア資本」「健康資本」「社会資本」という3つの資産に対し、主体的に投資し、自律的に設計することである。
4.1. キャリア資本:「リスキリング(学び直し)」の常態化
個人のキャリアを取り巻く環境は、二つの大きな力によって激変している。第一は、DX、AIの進展 22 であり、これにより既存のスキルが急速に陳腐化している 23。第二は、政府による「三位一体の労働市場改革」(①リスキリング支援、②職務給の導入、③労働移動の円滑化)の推進である 23。
これは、年功序列から、スキルや職務内容で賃金が決まる「ジョブ型」への移行を意味し、「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代への転換を迫るものである 23。
この変化に対応する個人の対策は「リスキリング(学び直し)」の常態化である。
第一に、マインドセットの転換が必要である。「今のスキルで十分」という受け身の姿勢 24 を捨て、「将来どのような働き方・生き方をしたいか」を自ら考え、新しい知識を積極的に学ぶ姿勢 23 へと転換する必要がある。
第二に、政府が「5年間で1兆円」を投じるリスキリング支援策 23 や、ハローワークに設置される「学び直し窓口」 23 といった公的支援を、主体的に活用することである。
第3部で企業がAI(22)を導入するという経営判断を下した結果、社会は「AIに代替される仕事」と「AIを使いこなす仕事」に二極化する 23。この構造変化の中で、個人が「リスキリング」 23 に取り組むことは、単なるスキルアップではない。それは、AIによる*自らのスキルの陳腐化(=経済的死)*から身を守るための、最も重要な「経済的防衛」戦略である。個人が自律的に学ぶこと 24 は、第3部の企業の生産性向上と、第1部の政府の成長戦略(23)の双方を支える、社会変革の「エンジン」そのものである。
4.2. 健康資本:「健康寿命」の延伸
「人生100年時代」 31 という言葉が現実味を帯びる中、単に長く生きる(平均寿命)ことと、健康で自立して生きられること(健康寿命)は同義ではない。日本の平均寿命(男性81.64歳、女性87.74歳)に対し、健康寿命(2016年時点で男性72.14歳、女性74.79歳)との間には、約9~12年ものギャップが存在する 31。
このギャップ期間は、個人の生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく、医療費・介護費という形で社会保障制度全体に多大な負担を強いる。この課題に対し、厚生労働省は「健康寿命延伸プラン」を策定し、2040年までに健康寿命を男女ともに3年以上延伸し、75歳以上とすることを目指している 32。
政府は、疾病予防・重症化予防のため、「ナッジ」(行動経済学に基づき、より良い選択をそっと後押しする手法)を活用した健診・検診の受診勧奨や、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード:個人の健康診断結果や服薬歴等を電子記録し、本人や家族が把握する仕組み)の活用を推進している 32。
個人が取るべき対策は、これらの仕組み(ナッジやPHR)を主体的に活用し、自らの健康状態をデータに基づき管理・改善する「予防医療」の実践である 32。
第1部(政府)と第3部(企業)が、人手不足を補うために「65歳超」の高齢者の労働力 4 を必要としていることを踏まえれば、個人の「健康」は、もはやQOLの問題だけに留まらない。働く意思があっても、「健康寿命」 32 が尽きていれば、労働市場に参加することすらできない。前節の「リスキリング」 23 がスキルの陳腐化を防ぐキャリア資本への投資であるのと同様に、「健康管理・予防医療」 32 は身体の陳腐化を防ぐ健康資本への投資である。人生100年時代において、個人の「健康」は、自らの「労働資本」としての価値を高齢期まで維持し続けるための、必須の「経済的資産」となる。
4.3. 社会資本:「自助」としての資産形成と「共助」としてのコミュニティ参加
人口減少、少子・超高齢社会の進行は、社会保障制度への圧力や、第2部で見たような地方における公共サービスの縮小 19 を不可避なものとする。この中で、個人は「国や自治体に頼る」という従来のモデルからの脱却を迫られる。
個人が取るべき対策は、「自助(経済的自立)」と「共助(社会的自立)」の両輪を確立することである。
第一の「自助」は、経済的な自立である。「人生100年時代」 31 という長い時間軸を見据え、自らの人生設計=「ライフプラン」を考え、それを実現するための「マネープラン」=資産形成を、自己責任において実行することである 31。
第二の「共助」は、社会的な自立である。公共サービスが縮小し、地域コミュニティが希薄化する 33 中で、社会的孤立を防ぎ、生活の質を維持するためには、住民同士の支え合いが不可欠となる。多世代による交流事業や、NPO活動など、地域コミュニティの再生・維持活動に主体的に参加することが求められる 33。
これら二つの資本(金融資本と社会資本)は、相互に補完し合う。第2部で見たように、自治体が財政難で公共サービス(高齢者の見守り、地域交通など) 19 を縮小せざるを得ない場合、その「穴」は、住民による「共助」 33 によって埋められる必要がある。個人がNPOや多世代交流 33 に参加することは、単なる趣味やボランティアではなく、自らが住む地域の「社会資本」に投資し、行政サービスが縮小した後のセーフティネットを自ら再構築する、高度な「適応」戦略である。
結論:ステークホルダー間の連携による「適応型成熟社会」への道筋
本レポートは、人口減少社会における対策を、4つの主体(①国家(政府)、②地方自治体、③企業、④個人)別に分析した。しかし、導き出される真の結論は、これら4つの主体が個別にではなく、強固に連携して行動しなければ、どの対策も機能不全に陥るという、その厳格な「相互依存性」の認識である。
- 連携の例(1):育児と働き方
政府(第1部)がどれほど手厚い「出生後休業支援給付」 3 を創設しても、企業(第3部)がそれを許容し、取得を奨励する風土(人的資本経営) 25 を作らねば、個人(第4部)は(特に男性は)取得できず、出生率(緩和戦略) 3 は反転しない。 - 連携の例(2):DXとリスキリング
企業(第3部)が人手不足対策としてAI導入(DX) 22 を進めれば、政府(第1部)は「リスキリング支援」 23 で労働移動を支え、個人(第4部)は「学び直し」 24 を実践しなければ、社会は「AIを使いこなす者」と「仕事を奪われた者」に深刻に分断される。 - 連携の例(3):公共サービスとコミュニティ
地方自治体(第2部)が財政難から公共サービス 19 を縮小・効率化(コンパクトシティ化) 14 せざるを得ない地域では、個人(第4部)が「共助」 33 の精神でコミュニティ活動に参加し、セーフティネットの穴を埋め、企業(第3部)が「事業承継」 26 で地域雇用を守らねば、その地域共同体は存続できない。
人口減少は、痛みを伴う「克服すべき危機」であると同時に、生産性の飛躍的向上、生活の質(QOL)の追求、真の働き方改革といった、過去の成長期には成し得なかった構造変革を、社会全体に強烈に推し進める「変革の触媒」でもある。
各主体が自らの責務を自覚し、上記のような「相互依存関係」を深く認識した上で、それぞれの対策を連携させて実行すること。それこそが、日本が単なる「縮小する社会」ではなく、効率的で、多様性を持ち、質の高い生活を実現する**「適応型成熟社会」**へと移行するための、唯一の道筋である。
引用文献
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- リスキリングとは?学び直しのメリットや効果的な進め方を紹介 – eセールスマネージャー https://www.e-sales.jp/eigyo-labo/about-reskilling-13488
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- 法人版事業承継税制(特例措置) – 中小企業庁 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
- 事業承継・M&A補助金【2025年】とは?補助額や申請要件を解説 https://hojyokin-portal.jp/columns/jigyoshokei2025_summary
- 中小企業生産性革命推進事業「事業承継・M&A補助金」(十三次公募)の公募要領を公表します https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/kobo/2025/251017001.html
- 第1回「人生100年時代」と資産形成の関わりとは? | ミライ研のライフプラン羅針盤 https://www.smtb.jp/personal/column/miraiken-column/column_01
- 健康寿命延伸プラン | e-ヘルスネット(厚生労働省) https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/hale/h-01-004.html
- 人口減少に歯止めをかける 多世代交流・共生のまちづくり – 全国市長会館 https://www.toshikaikan.or.jp/shisei/2016/pdf/201608/2016_08_special.pdf



