世界大恐慌直前の物価動向:安定の仮面と資産インフレーションの二重構造

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序章:1920年代の物価のパラドックス

世界大恐慌(1929年)の直前、すなわち「狂騒の20年代」と呼ばれる期間の物価動向は、上昇トレンドであったか、あるいは下落トレンドであったかという問いは、経済史における最も重要な問いの一つである。しかし、その回答は単純な「上昇」または「下落」のいずれでもない。

当時の経済を正確に理解する鍵は、「一般物価の安定(ないし軽微なデフレ)」と「資産価格の持続不可能なインフレーション(バブル)」という、二つの異なる物価が致命的なまでに乖離していた「二重構造」を認識することにある。

この物価の二重性こそが、当時の「ニュー・エコノミー」の繁栄がいかに脆弱な基盤の上に成り立っていたかを示すシグナルであった。そしてこの二重性こそが、当時の政策担当者、とりわけ米国連邦準備制度(FRB)の判断を誤らせ、未曾有の破局を招く一因となった。

本レポートは、この1920年代の物価のパラドックスを解明する。第1部では、大恐慌の中心地となった米国経済における、安定した一般物価と、それに先行した不動産バブル、そして株式バブルという二重の資産インフレーションの実態を詳細に分析する。第2部では、なぜこの異常な二重構造が生まれたのかを、FRBの金融政策イデオロギーと、生産性・賃金の構造的アンバランスという観点から解剖する。さらに、英国、ドイツ、日本との国際比較を通じて、米国を除く世界がいかに広範なデフレ圧力に覆われていたかを明らかにし、1929年の崩壊が世界史的文脈において持つ意味を考察する。


第1部:米国の物価動向:安定の仮面と投機の熱狂

第1章:戦後処理とデフレの衝撃(1920-1921年)

1920年代の物価動向を理解する前提として、その直前に発生した極めて激しいインフレとデフレの揺り戻しを把握する必要がある。

第一次世界大戦(WWI)の遂行と戦時需要により、米国経済は1914年から1920年にかけて歴史的なインフレを経験した 1。消費者物価指数(CPI)は1916年10月までに二桁上昇を記録し、1916年12月から1920年6月にかけては年率18.5%という驚異的なペースで上昇、この期間だけで物価は80%以上も高騰した 2

しかし終戦から14ヶ月後の1920年1月、経済は急激な収縮に転じる 1。これは「1920-1921年の不況」として知られ、18ヶ月間にわたって続いた深刻な経済危機であった 1。この不況の最大の特徴は、米国史上最大級の急激なデフレーションであった 1。CPIは1920年6月から1921年6月までのわずか1年間で**15.8%**という記録的な下落を示した 2。卸売物価(WPI)の下落はさらに激しく、一部の推計では-36.8%(商業省推計では-18%)に達し、これは米国の140年間のデータで最大の単年下落率であった 1

このデフレは、戦時インフレの反動 1に加え、FRBニューヨーク連銀による急激な金融引き締め(政策金利を1920年6月までに7%という高水準へ引き上げ)によって引き起こされたものであった 1

この強烈な「V字回復」の経験は、1920年代の経済主体と政策担当者の心理に深く刻み込まれた。すなわち、これほど深刻なデフレと不況であっても、その後には「狂騒の20年代」と呼ばれる空前の繁栄が訪れるという経験則である 1。この経験は、後に1920年代半ばに軽微なデフレが発生した際 2、それを深刻な脅威ではなく「一時的な調整」と見なす油断につながった可能性がある。

第2章:「狂騒の20年代」における一般物価の安定性(1922-1929年)

1920-21年のデフレ不況から米国経済が回復した後、1923年から1929年の大恐慌直前に至るまでの期間、米国の一般物価(CPI)は、驚くべき「安定」を示した 2。ブリタニカ百科事典はこの時期を「価格は10年間を通じてほぼ一定(nearly constant)だった」と記述している 3

この安定は、当時の経済ブームを考えると異常なほどであった。さらに、経済が活況を呈していたはずの1927年と1928年には、CPIはわずかなデフレさえ記録している 2。この「物価なき好況」は、一体何によってもたらされたのであろうか。

その要因は、少なくとも二つの構造的なデフレ圧力に求めることができる。

第一の要因は、生産性の爆発的な向上である。この時代、電化の進展やフレデリック・テイラーの「科学的管理法」の導入により、米国の工業生産性は飛躍的に向上した 4。工業生産は1919年から1929年にかけて30%上昇し 4、米国は世界の工業生産の半分近くを占めるに至った 6

しかし、この生産性の向上は、労働者の実質賃金には比例して還元されなかった。賃金は停滞、あるいは一部の基幹産業(鉱業、運輸、製造業)ではむしろ低下した 4。例えば、石炭鉱業の時給は1923年の84.5セントから1929年には62.5セントへと明確に減少している 4。1929年当時、経済学者が家族の最低限の生活に必要とした年収2,500ドルに対し、全米の家族の60%以上が2,000ドル未満の収入しか得ていなかった 4

第二の要因は、慢性的な農業不況である。1920年代を通じて、米国農業部門はWWI後の農産物価格の暴落 3と世界的な過剰生産 8により、深刻な不況に苦しみ続けていた 9。CPIの主要な構成要素である食品価格が低迷を続けたことは、一般物価全体を持続的に押し下げる強力なデフレ圧力として機能した 2

この二つの要因が組み合わさった結果、極めて重要な経済的帰結がもたらされた。通常、生産性の向上は、コスト低下を通じて製品価格の下落(=「良いデフレ」)として消費者に還元されるか、あるいは賃金上昇として労働者に分配される。しかし1920年代の米国では、物価が「ほぼ一定」3であったため、生産性向上の果実は、消費者に価格低下として還元されることも、労働者に賃金として分配されることもなく、ほぼすべてが企業利益として吸収された。

企業は1922年から1929年にかけて純利益の32%という膨大な内部留保を蓄積した 11。同時に、利益の恩恵は富裕層に集中し、米国の所得上位5%が全可処分所得に占める割合は、1920年の24%から1929年には34%へと激増した 12

この構造こそが、1920年代後半の米国経済の根本的な歪みを形成していた。すなわち、労働者の購買力(実体経済の需要)は停滞する一方で、企業と富裕層の手元には、実物経済への投資(1923年以降ほぼ横ばいであった 12)や消費では吸収しきれないほどの過剰な資本が蓄積された。この過剰な資本が、実体経済から遊離し、金融市場へと流れ込んだのである。「一般物価の安定」とは、この生産性向上の果実が「資産市場のインフレ(バブル)」を引き起こす燃料へと転換されていた状態を示す、危険なシグナルに他ならなかった。

第3章:資産価格インフレーション(1):忘れられた不動産ブーム(1921-1926年)

1929年のウォール街の暴落があまりにも有名なため、経済史家以外の人々の記憶からはしばしば抜け落ちているが、1920年代の米国は、株式バブルに先行して、もう一つの巨大な資産バブルを経験していた。それが、1921年頃から始まり1926年頃に収縮した、全米規模の不動産バブルである 13

このブームは、フロリダの土地投機(投機家が1日に10回も土地を転売したと記録されている 13)で象徴されるが、その本質はニューヨークやシカゴなどの大都市における商業用不動産建設ブームであった 14。WWI後の経済的楽観主義とオフィス需要に煽られ、1922年から1931年にかけてニューヨークでは空前の建設ラッシュが発生した 14

このブームを金融面で支えたのは、驚くべきことに、21世紀初頭の金融危機と酷似した金融技術、すなわち**商業用不動産ローン担保証券(CMBS)**であった 14。これらの証券は、従来の大口投資家だけでなく、信用力の裏付けに関する十分な情報を持たない「リテール投資家(一般大衆)」にも広く販売された 14

重要な点は、この不動産バブルの崩壊が、株式市場の暴落に先行していたことである。ブームは1926年頃に収縮・デフレートし始め 13、差し押さえ件数は1926年から着実に増加し始めていた 13

この不動産市場の亀裂は、金融市場においても明確なシグナルを発していた。NBER(全米経済研究所)のワーキングペーパーに基づく分析によれば、不動産担保証券の価格下落は株式市場の暴落に先行し、米国債に対する利回りスプレッド(リスクプレミアム)の顕著な拡大は、株式市場暴落のほぼ1年前である1928年12月にはっきりと始まっていた 14

この1926年からの不動産市場の崩壊と、1928年末からの不動産証券の暴落は、米国経済の信用収縮がすでに始まっていたことを示す「炭鉱のカナリア」であった。にもかかわらず、FRBをはじめとする政策担当者や市場参加者は、この重大な警告をなぜか無視した。

その理由の一つは、このブームが「あまり文書化されていなかった」ことや、当時の世論の関心が住宅不動産よりも「農家の差し押さえ」問題に集中していたことにある 13。しかし、より根本的な理由は、後述するFRBのイデオロギー的「盲点」にあった。高層ビルを建てるための融資(建設)は、表面上は「実物」の生産を伴うため、「生産的信用」として見逃されやすかったのである 14

第4章:資産価格インフレーション(2):ウォール街の大強気相場(1925-1929年)

不動産市場が1926年から崩壊過程に入る一方で、投機資金はより流動性が高く、当時「ニュー・エコノミー」の象徴ともてはやされた株式市場へと流れ込んだ。

1920年代の「狂騒」を最も象徴するのが、ウォール街の大強気相場である。ダウ工業株平均は、1921年8月の底値63から、1929年9月の頂点381まで、わずか8年間で6倍に高騰した 16。株価は1920年から1929年にかけて4倍以上になり 17、高名な経済学者アーヴィング・フィッシャーをして「株価は、恒久的に高い高原に達したように見える」と暴落直前に宣言させたほどであった 16

このブームは、自動車や電話といった「新技術(ニュー・テクノロジー)」への期待と、それがもたらす未来への「楽観主義の時代」16によって心理的に支えられた。

しかし、その熱狂を持続不可能なレベルまで増幅させたのは、金融メカニズム、すなわち「信用」であった。特に「証拠金(マージン)取引」が爆発的に増加し、一般の投資家が購入価格のわずかな割合(時に10%)を頭金として、残りを借金して株式に投資した 16。この「借りた金が株式市場に流れ込み、株価を押し上げ」、その上昇した株価がさらなる借入の担保となる 17という、典型的な自己増殖的バブルが発生したのである 16

ここで、第2章で論じた「一般物価の安定」が、この資産バブルをいかに助長したかを指摘しなければならない。もし1920年代後半に、実体経済の過熱を反映して一般物価(CPI)が高騰していたならば、FRBはためらうことなく強力な金融引き締めを行い、バブルは早期に崩壊していたであろう。

しかし、現実にFRBが直面したのは、CPIは「安定」ないし「軽微なデフレ」2である一方で、株式市場だけが熱狂しているという「分断された物価」であった。この「一般物価の安定」は、FRBの金融引き締めを遅らせ、また投機家たちに「経済のファンダメンタルズは健全であり、インフレの心配はない」という誤ったお墨付きを与えた。皮肉なことに、一般物価の安定性こそが、資産バブルが制御不能なレベルまで膨張することを許した最大の要因の一つとなったのである。

表1:米国の物価動向の二重性(1920-1929年)
時期
1920-1921年
1922-1925年
1926-1928年
1929年

第2部:政策の誤謬と国際的文脈

第5章:連邦準備制度(FRB)と「実体手形主義」の呪縛

1920年代の米国が直面した「一般物価の安定」と「資産価格のインフレ」という二重構造は、当時の金融政策の中枢であった連邦準備制度(FRB)にとって、未知の難題であった。そしてFRBの対応は、そのイデオロギー的制約によって、最悪の帰結をもたらすことになる。

当時のFRBの金融政策は、「実体手形主義(Real Bills Doctrine)」という硬直したイデオロギーに強く支配されていた 15。この主義の核心は、銀行の信用(貸付)を、実際のモノの生産や商業取引から生じる短期的な手形(=実体手形)にのみ限定すべきだという考え方である 15

このイデオロギーに基づき、FRBは銀行信用を二種類に人為的に分類した。すなわち、実物経済のニーズに応える「生産的信用」(良い信用)と、単なる所有権の移転(=投機)に資金を供給する「投機的信用」(悪い信用)である 15

FRBが「強迫観念にとらわれていた」のは、インフレ(CPI)ではなかった。CPIは安定していたからである 3。彼らが問題視したのは、株式市場の「投機的信用」(証拠金ローン)が、「生産的活動」から貴重な資金を奪い取っているのではないか、という実体手形主義に基づく懸念であった 15

この懸念に対し、FRB内部の意見は割れた。FRB理事会は、投機的貸出を制限するため、加盟銀行に「直接圧力」をかける(=「お願い」する)政策を支持し、1929年2月には投機的貸出を制限するよう公式に勧告した 15。一方、ニューヨーク連銀のジョージ・ハリソン総裁らは、そうした選択的な信用管理は不可能であり、市場全体への「利上げ」こそが唯一の手段だと主張した 15

長い議論の末、FRBは1928年から金融引き締めスタンスに転じ、公定歩合を1月の3.5%から7月には5%へと引き上げた 23。そして最終的に1929年8月、FRB理事会はNY連銀の要求を認め、公定歩合を6%に引き上げた 16

この1928年から29年にかけての金融引き締めは、二つの点で破滅的な結果をもたらした。

第一に、FRBがターゲットとした投機の抑制に失敗した。利上げにもかかわらず、金融ブームは続き、投機家は銀行以外のルート(企業や海外)から資金を調達し続けた 16

第二に、この高金利は、投機家ではなく、実体経済を直撃した。金利に最も敏感に反応する建設業や自動車購入といった分野での支出が急激に落ち込み、生産が減少したのである 3

FRBの政策は、「バブルを潰すには弱すぎ、実体経済を殺すには十分すぎる」という、最悪のタイミングと最悪の手段の組み合わせであった。

事実、米国の実体経済の生産は、株価が暴落する数ヶ月前の1929年夏にはすでに明確な後退(リセッション)を開始していた 3。この後退こそが、株価を支えるファンダメンタルズ(企業収益への期待)を最終的に破壊した。1929年10月の「株価大暴落」は、大恐慌の「原因」なのではなく、すでに始まっていた「実体経済の不況」を追認し、金融システム全体にパニック的な増幅を加えたイベントだったのである。

第6章:国際比較:金本位制下の多様な物価動向

1920年代の米国の「物価安定と資産バブル」という特異な状況は、他の主要国と比較することで、その異常性が一層明確になる。ユーザーの問いである「世界」の物価は、米国を除き、広範なデフレ圧力にさらされていた。

英国:金本位制復帰と慢性的デフレ

英国は1920年代、米国のような好景気を経験することなく、「大停滞(Great Slump)」と呼ばれる長期不況に陥っていた 25。その最大の原因は、1925年に蔵相ウィンストン・チャーチルが決断した、戦前の(高すぎる)平価での金本位制への復帰であった 26

経済学者ケインズが「チャーチル氏の経済的帰結」で痛烈に批判したように 27、この政策はポンドを実態よりも過大評価させ、英国の輸出競争力を決定的に奪った。その結果、英国経済は1920年代を通じて高失業 25と産業の不振に苦しみ、物価は一貫して下落(デフレ)トレンドにあった。

ドイツ:ハイパーインフレから「見せかけの安定」へ

ワイマール共和国(ドイツ)は、1921年から1923年にかけて、賠償金問題 29と通貨の乱発 31により、パンの価格が数千億マルクに達する歴史的なハイパーインフレーションを経験した 30

しかし、1923年末のレンテンマルク導入と1924年のドーズ案(賠償金支払いの緩和)29により、通貨は奇跡的に安定した。1924年から1929年は、ドイツの「黄金の20年代」と呼ばれ 32、物価は安定し、経済は一見回復したかのように見えた 32

しかし、この安定はドイツの自律的な経済成長によるものではなく、その実態はドーズ案を通じて米国から流入する**短期借入(ローン)**に全面的に依存した「見せかけの繁栄」であった 34。米国の金融市場が好況である限りにおいてのみ、維持可能な安定であった。

日本:「慢性的不況」と意図されたデフレ

日本もまた、1920年代を通じてWWI後のブームの反動から立ち直れず、「慢性的不況」と呼ばれる長期停滞に陥っていた 36。1927年には昭和金融恐慌が発生し、金融システムは極めて不安定であった 36

この間、物価の基調は一貫して**「緩やかなデフレ」**であった 36。さらに1920年代末、濱口雄幸内閣と井上準之助蔵相は、国際経済への復帰を目指し、戦前の平価で金本位制に復帰(金解禁、1930年1月)することを国家的な最優先課題とした 37

この高すぎる平価での復帰を実現するため、井上蔵相は、国内物価を国際水準(デフレ状態)にまで引き下げることを目的とした、意図的なデフレ政策(緊縮財政と金融引き締め)を強力に推進した 36。その結果、日本は世界恐慌の波が北米から押し寄せる以前から、自国の政策によって「昭和恐慌」と呼ばれる深刻なデフレ不況に突入していた。

表2:主要国における物価トレンドと金融政策の国際比較(1924-1929年)
国名
経済状況
一般物価
トレンド
資産価格
主要金融
政策(目標)

この国際比較が示すように、1920年代後半の世界において、米国の一般物価の「安定」こそが「例外的」であった。英国と日本は、金本位制という当時の国際的「イデオロギー」のために、自らデフレを選択していた。

この状況下で、金本位制は「デフレの伝達装置」として機能した 28。FRBが1928年から29年にかけて国内の「株式投機」を抑制するために利上げを行うと 3、その高金利に引かれて米ドル(金)が世界中から米国に流入しようとした。金の流出を恐れた欧州や日本の中央銀行は、自国経済が不況であるにもかかわらず、自国の金準備を防衛するために、米国に追随して利上げを余儀なくされたのである 38

ドイツ経済は米国の短期資本が引き揚げられたことで即座に破綻し 35、英国や日本はさらなるデフレ不況に叩き込まれた。FRBが国内の局所的な問題(と彼らが信じていた株式バブル)を解決するために放った一撃は、金本位制という導火線を通じて、すでにデフレに蝕まれていた世界経済全体を爆発させる引き金となった。


結論:崩壊前夜の「分断された物価」

世界大恐慌の直前、物価は単純な「上昇トレンド」でも「下落トレンド」でもない、極めて危険な**「分断」**状態にあった。この問いに対する経済史的な回答は、どの物価を、そしてどの国を指すかによって、全く異なるものとなる。

  1. **米国の一般物価(CPI)**は、生産性の向上と農業不況に支えられ、大恐慌の直前まで「安定」ないし「軽微なデフレ」基調であった 2
  2. しかし、その水面下では、**米国の資産価格(株式、そしてそれ以前の不動産)**が、制御不能な「インフレーション(バブル)」を起こしていた 14
  3. 一方、**米国以外の主要国(英国、日本)**では、金本位制への復帰・維持という政策目標のため、物価は明確な「下落(デフレ)トレンド」にあった 25。ドイツの安定は、米国のバブルから供給される短期資本に依存した、借り物の安定に過ぎなかった 34

この米国内における「一般物価の安定」と「資産価格のインフレ」の致命的な乖離は、健全な経済運営の結果ではなく、深刻な構造的歪みの兆候であった。生産性の向上が賃金に還元されず 4、企業利益と富裕層の所得に偏って蓄積された 11結果、実体経済の需要(消費)は停滞し、行き場を失った過剰な資本が投機に向かったのである。

「一般物価の安定」は、この危険なアンバランスを覆い隠す「仮面」として機能した。

米連邦準備制度(FRB)は、「実体手形主義」というイデオロギーに縛られ 15、CPIが安定していることに安心し 22、資産バブルの本質を見誤った。彼らは第一の警告(1926年からの不動産バブルの崩壊)を無視し 13、第二のバブル(株式)に対しては、遅すぎ、かつ不適切な手段(利上げ)で対応した 3

この利上げは、バブルを止められなかった一方で 16、すでに弱っていた実体経済(建設・自動車)を1929年夏の不況に陥れ 3、同時に金本位制 38を通じて、すでにデフレに苦しむ世界経済に最後の一撃を加えた。

したがって、1929年の崩壊は、物価が「上昇」したから起きたのではない。物価が「分断」され、その矛盾を政策が解決するどころか、国内外に増幅させたために起きた、必然的な帰結であった。

引用文献

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